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School of Savage VS.  作者: 真坂倒
Episode.3
16/19

Game.15 残光

 前髪が目にかぶさる。

 呉鶴はどしゃり、と床に落ちた。

 重たくなった体は限界を迎えたようで、自分では一ミリも動かせそうにない。脳からの命令まで無視するのだから、相当だろう。

 ただ、今は脇腹からじんじんとくる疼くような痛みが『生』を実感させる。

 鋭く輝く眼も。針のように尖った体毛も。しなやかな爪も。どこかへ消えてしまったように見当たらなくて。

 仰向けのまま、かつて左腕のあった場所を、右手で無意識に押さえた。

 

「……………………」


 髪の毛の隙間から、どこか空虚な瞳が月を捉えた。

 それを背に自分を見下ろす羽々斬も、一緒に。


「なぜ、殺さなかったのですか」

「あン?」


 肩で息をしつつも、少年は問いかけに答えを返す。


「俺はアンタを『倒す』とは言ったが、『殺す』なんて言った覚えはねーぞ」

「……屁理屈、ですね」

「いいんだよ、これで」


 静寂(しじま)の中で、繰り広げられる会話。

 切れぎれの呟きの重ね合い。


「敗者の、私ができることは――今まで切り捨ててきた者達へのけじめとして、死する事だけです」

「『それが正解だから』ってか」

「私の中では」

「けっ……」


 羽々斬は刀を納め、起こした呉鶴を背負った。

 足元に転がる、気絶した役員達。


「……聞こえていないのですか」

「うるせぇよ。知ったこっちゃねーよ」


 それらを超えて向かう先に、新校舎。の保健室。

 羽々斬がこうも苛立つのはきっと、どこかの誰かを見ているようだからであろう。

 ひたすら、頑固に自分の流儀を貫く様は――目の当たりにしていて特にじれったくなる。


「手前が、不幸にしてきた奴等に対して本当に償いてぇと思うなら、死は余計に誤答だろうが」


 なればこそ、要らないことまで口走る。


「ずぶとく生き続けて、そいつらの顔を思い出し続けて、ずっと憎まれ続けて、最後の最後で『ざまぁみろ』って笑われながら無様に死んでいきやがれ」


 清潔な玄関を踏み荒らし、


「私には、もはや何も残っていない……、生きる意味さえも」


 整然とした階段を上り、


「だからってくたばるのか? そりゃ逃げだ」


 綺麗なドアを蹴破る。


「手厳しい……」


 ふてぶてしく足を踏み入れた真暗い空間に、明りを灯す。

 呉鶴を手荒くベッドへ放り、応急手当を始めた。

 背中を包むぬくもりは、どんなになっても心地がいいもので。天井とも取れない宙を漠然と見据えながら、言葉を交わす。


「死ねば、全部無くなる。他人から買った恨みさえも」

「……だが」

「『だが』なんだよ。やかましィんだよ」

「つっ」


 止血も済んでいない傷口に、敢えて消毒液を吹きかける。

 一蹴して言わせない。次の言葉が理解できるからこそ。

 かつての己が幾度と言い訳を繰り返してきた姿に、重なる。


「アンタが勝手に満足して死んでいったところで、アンタを恨んでる奴はすっきりするのか」

「それは……」

「言ったぜ、死は最大の逃避だ。逃げるんじゃねぇよ」


 呉鶴は堅い面持ちのまま、ため息を吐く。


「生きろ。生きて背負って、殺されるまで生き続けろ」


 そして、ごそごそ救急箱を漁る少年の横顔を見やった。


「んでもって、さ」


 その輝きはあまりに鈍く、


「……?」


 不確かで、


「そいつらにずっとしてやれなかった事を、してやれなかった分だけしてやれたら――御の字さな」


 今にも消えそうだけれど。


「まだやり直せる」


 希望は――。


「『遅い』ってことはあっても、『遅すぎる』なんてことは、ねぇはずだろ」


 ちゃんと見えたから。


「…………ふっ」

「なんだよ、気持ち悪ィなぁ」

「ふふ、いえ、なんでもありません」


 ゆっくりと天井へと向き直る呉鶴。

 その表情は、とても穏やかで。心ならずも口元が綻ぶ始末だ。

 羽々斬は露知らず、「どこだったかな」と、ただただ眉をひそめて箱をまさぐっていた。


「多元樹……いや、真鶸があなたに興味を持った理由が、なんとなくわかった気がしますよ」

「そうかい、そりゃどうも」


 “もっと早く出会えていれば”と考え。

 同時に、“出会えて良かった”とも思い。

 彼に感謝しながら、一人の少年は呪縛から解放された。




 手当ては終わった。

 止血のため、腕に強く巻きつく布を一瞥し、痛みをこらえる呉鶴。

 外は見事なまでの無風になっていた。

 この生温かさも、存外悪いものじゃない。

 彼は向けられた背中に、話しかけた。横目がぶつかる。


「行くのですか」

「あぁ。まだやる事が残ってるんでな」

「ならば――」


 真鶸の記憶が消される。

『急げ』と。それを伝えた。


「……わかってる」

「あと」

「?」


 不審に思った羽々斬は、彼の方を振り向く。

 羽織った上着を握り締めていた。


「彼女も、救ってあげてはくれませんか」


 ――ここでいう『彼女』が、一体誰を指すのか。

 思い巡らすまでもない。

 彼女は彼女だ。

 強者として生まれてきてしまったが故に、未だ弱者が勝手に押しつけた“責務”という名の呪縛に囚われている――そんな彼女。

 詰まる言葉を、どうにか繋ぐ。


「彼女も、私という人間の被害者なんです」

「……………………」

「ずっと、ずっと理不尽な選択を強いられてきた、この残酷な世界の犠牲者です」


 羽々斬が見下ろす少年は、静かに、それでも後悔を吐き散らすように――語り続けた。


「いつだって『仕方ない』と己に言い聞かせ、冷えきった仮面を被り、隠した本心を誤魔化すように剣を振るい続けていました」


 付け足される――「今だって」。

 開いた窓から、どこかの犬の遠吠えが聞こえた気がした。


「お願いします――――、どうか彼女の戦いを終わらせてあげてください」


 願うのは、星の瞬く空にじゃない。目の前の天使に、だ。

 これと言える対価もなければ、力もない。

 残った心からの思いをかき集め、羽々斬へとぶつけるだけ。

 呉鶴は縋るように頭を下げた。

 反響した声に、少年が返した言葉は。




「……――」




 少女が、未だ戦っている。


「そら、よっと」


 弾幕が左右より張られた。

 火を何度も吹く銃身は、そろそろオーバーヒートしてしまいそうだ。


「諦めろ」


 髪が揺らめき――またしても能力は発動される。

 弾丸が全て火鷹の間近で静止した。

 次の瞬間、それらが持ち主の元へ一斉に帰る。


「!?」


 一秒足らずで夜暗の背後にあった壁が蜂の巣になった。

 弾が頬を掠めて、血の出口を創り出す。

 少しでも反応が遅れていたらと考えたなら……。夜暗もさすがに戦慄した。


「遊びは終わりだ」


 間一髪で弾丸を回避できた夜暗だったが。彼の影はどうだろう。


「げ、やば……!」


 向こうへ視線を送ってみれば、右脚に穴を空けていたドッペルゲンガー。


「捕えたぞ」


 火鷹はそれを逃さない。夜暗が注意を逸らさんと走る。

 影へと向けた掌を包む朱色の光。

 程なくしてドッペルゲンガーはぐしゃりと歪み、折れ、あっけなく原型を失くした。

 まるで紙のように。


「くっ……!?」


 悠々と振り返った冷やかな眼差しが――終わりを告げる。

 しかし、跳びかかった彼を迎え撃つような真似はしなかった。

 代わりと云ってはおかしいが、念動力で横から真っ直ぐ飛んできたデスクに、激突された夜暗。

 景色の輪廻。

 時が止まり。

 風の輪が広がる。

 吐かれた血は、空をちょっぴり汚して。

 悲鳴にもならぬ悲鳴を、零して消えた。


「か――」


 短い声をはね除け、火鷹はその様を無言のまま見つめる。


(また……か)

 

 内心、吐露。

 憎たらしくも羨ましい虫けらの抵抗に背いた。


「なんてね」


 直後、響いた銃声。


「!!?」


 弾丸は乾いた笑声と共に、彼女の頭上を飛び越え。

 真鶸を飲み込む装置を、綺麗に穿ち抜いた。

 何という事はない、夜暗が吹き飛ぶ最中に引き金を絞った――ただそれだけのこと。


「――貴様!!」


 火鷹が憤慨を(あらわ)にし、再度振り向く。


『システムダウン――――追憶調和(メモリング・ハーモナイザー)、動作を停止しました』


 それでもコントロールパネルは、容赦なくそう言い放った。

 背後で上がるささくれた電子音声を聞いてまで、形相を作り続けることは出来なかった。

 最後っ屁を盛大に繰り出し、夜暗はどしゃり、とうつぶせで倒れ込む。


「……やってくれたな……」


 忌々しげな発話。

 それを引きずって、少女が少年の前へ歩み寄る。


「ご愁傷……様だね」

「まったくだ」


 火鷹は目の前で、そっと項垂れる。

 口から垂れる夜暗の血が、床を汚しているのが見えた。


「まぁ、僕は……、自己評価で一〇〇点満点をつけてやっても、いいけれど」

「敗者の言う事か」

「……あぁ、全部『彼』の、筋書き通りだ」


 咳混じりに「僕は、最初から君を倒せるなんて思っちゃいなかった」と続けた。


「なんだと……?」

「僕の目的は……、最初から、お姫様の救出だよ……」

「!」

「これで……、お迎えに上がったヒーローが、すぐに連れ帰、れる」


 心臓に向けられた、長剣の切っ先。


「……生憎だがそのヒーローは、間もなく殺されることになる」


 聞き兼ねたか――。


「お前のようにな」


 そんな様子で言葉を遮って。


「そうかな――」




 保健室のベッドは、上に乗せた呉鶴と一緒に眠る。

 落ちた瞼の裏に描かれていた、銀髪の少年の貌。

 交わした言葉が鮮明に甦る。


『じゃあアレか、アンタら全員を元に戻せばいいんだな』


『!』


『誰も泣かさない、誰にも泣かされない――そんな日々に還しゃいいんだろ』


『……そうです』


『誰が悪いわけじゃねぇよ』


『君は……』


『世界中の恨み辛み悲しみを一手に引き受ける――悪意のはけ口ってやつが、一人ぐらいは居たっていいじゃねぇか』


『本当に、すまない――』


『ああ、任せな』


 敢然たる意志を湛えた後姿は、地を確かに踏みしめ、やがて駆けていった。


 


「彼は、簡単には倒せない」

「……話は終わりだ」


 剣を構える。

 血もすっかり抜けて冷えきった躯が、蹲った。

 だが、尚もこの口は雄弁に語る。


「覚悟を決めた奴が恐ろしいって言ったのは、」


 守るべき者がため、神にさえ仇なす愚者の(はなし)を。


「君だぜ」


「でやァあああああああああああああああああああああああああッ!!」


「な!?」


 傍の壁が砕けて散った。

 その瞬間、火鷹の腹に日本刀の鞘が突き立てられる。


「っーーーー……!!」

 

 視界は揺らいだ。

 咆哮と轟音とが一緒くたに混濁した。

 震える空気が姿を滲ませる。

 瓦礫の飛散。

 曳き摺られるうちに壁へぶつかり、返った我――。


 何度叩きのめして。踏み壊して。潰しても。

 潰しても、潰しても、潰しても、潰しても、潰しても、潰しても、潰しても、潰しても、潰しても、潰しても。

 消えない光。

 どこまでも諦めの悪い希望。

 眩しくって仕方がない。


「――羽々斬ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」


 火鷹は瞳に映った“光”の名を、憎しむように叫んだ。

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