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School of Savage VS.  作者: 真坂倒
Episode.3
15/19

Game.14 賢者vs愚者

 月下で繰り広げられる、爍々たる凶器の演舞。裂かれる空気が悲鳴を上げた。

 爪に鍛えられた刀が、今度は爪を研ぐ。

 踊り狂う『ガキン』という打音はまるで衰えを知らない。

 いや寧ろ、


「ガルア゛ア゛ァ!!」

「ッ!」


 苛烈化する一方だ。

 打ち合いで散った熱が両者を火照らせ駆り立てる。

 斜めに。縦に横に真っ直ぐに。

 拮抗。

 目にも止まらぬ速さで行われる斬撃の応酬。


「こっ、の野郎!!」


 前衛的一撃――踏み込んだ足が衝撃の白波を生み。

 逆袈裟が爪甲を大きく弾き鳴らす。


「ガヴゥゥ!!」


 吹き飛んだ呉鶴はさせまいとバック転、床へ鋭利な指先を突き立てた。地面が削れるのに伴い、すっ飛ぶ勢いも削がれていく。

 そうして四本の軌道が途絶えた時。


「グルルル゛ル゛……!」

「………………」


 二人は今一度凝望し合う。

 目には驕りも、侮りも、哀れみも、恐れもない。

 あるのはただ――自己犠牲精神から成り立つ、純粋さ。研ぎ澄まされた刃よりもシンプルで眩しくて、刺々しき決意。

 おもむろに円を描いて立ち回る。

 その足音がまだかまだかと急きたてる。

 ――――死にたがり達の行く末を。


「はアアアアアァァッ!!」

「ガオ゛ォォォォォォ!!」


 同時に大地を蹴った。

 宙を舞った瓦礫すら置き去りにして捉えるのは、敵の姿のみ。

 目鼻の先で呉鶴が構える。瞬き。思考のリセット。

 躊躇なきカウンターの打突。


(外した!?)


 彼の脳はそれが正解と踏んでいたんだろう。が、大外れだ。

 切っ先が仕留めたのは、短い数本の体毛だった。

 改めて瞳をかっ開く。その先に居る。

 身を大きく捻り、今まさに自分へ回し蹴りを叩き込まんとする獣人が。


「フェイン――!」


『ト』まで言えやしなかった。

 左へ吹き飛ぶ。防ぐ物もなく、がら空きの脇腹に踵が直撃した。

 口端から「すっ」と漏れた二酸化炭素が、痛みを如実に表す。

 ばきり、という破裂音を溢しながら、汚れきった床を暫し転げた羽々斬。

 視界がスライドショーのように次々変わる。視線は図らずも、見果てぬ天井で落ち着いた。

 早急に体を起こす。


「――ヴォア゛アアア゛ア゛ア゛アアアアアア゛アアアア゛!!」

「……――――ッ!」


 そんな暇は与えない。

 呉鶴は俊足で追い討ちを掛けていた。

 頭上から襲いかかる爪をぎりぎりで受け止める日本刀。

 それは耐久性をとっても、切れ味をとっても素晴らしいものだろう。しかし持ち主がこうも扱い辛い体勢でいては――良さも活きないというものだ。

 腕を震わせめいっぱいの力で競り合いに応じる羽々斬だが、体は依然起こせぬ状況が続く。そんな彼を眼下に見る呉鶴の(つら)は、(いなな)きに反して穏やかだった。

 ……犬畜生のような声を出してはいるが、知性は潰えていない。羽々斬はそう考える。

 今のフェイントが判断材料だ。この、武器を封じるような動きも然り。

 何より叫んで突撃するだけで、素手と刀などというリーチ差の中をまともに戦えるはずがない。

 爪が刀をさらに押し下げて、顔のすぐ傍まで迫る。


「っく!」

「グア゛ァ!!」


 思いきり歯を食い結んだ。

 その瞬間、呉鶴は蹴上げられる。

 描いた高い放物線。たちまち消えて、羽々斬が立ち直る頃には無くなっていた。

 そうして闇を駆け抜け薙ぐ一撃。

 またしても虚を斬った。


「……!」


 華麗に羽々斬の剣筋をすり抜ける――――獣人。

 反撃を許した一瞬で、羽々斬は腹部に爪を受ける。


「ぐはっ!」


 そして獣人が間合いから離脱した。

 よろめく。滲む鮮血。

 呉鶴は背を向け疾ったかと思えば旋回し、再度こちらへ突進を仕掛ける。


「くっ、そ!!」


 反応できない。

 乱雑な一振りなど反撃というにはあまりに粗末で。

 また避けられて、逃げられる。通り過ぎざまの爪痕は胴に。


「チッ!」


 痛みも構わず振り返った羽々斬。


 ――いない。


 次に物音が聴こえたのは視界の外だった。


「クソッタレが……!」


 続く言葉は「ちょこまかしやがって」。

 目で追う右。いや違う。後ろ。

 左に、前に。現れては消えて。

 景色が矢継ぎ早に切り替わる。

 決して集中力が散漫になっている訳じゃない。それでも、彼は討つべき敵を捉えあぐねている。

 何故か?


 相手が速過ぎるのだ。


 ドドド、とガトリングの発砲音よろしく絶えず連なる足音は、館内全域を包み込む。

 巻き起こる塵煙。浮き上がる瓦礫。地響きは止みそうにない。

 床を蹴って、壁を跳んで駆け巡る――その様相たるやまさしく縦横無尽。


「はあ、はあ……!」


 息を荒らげ、前屈みに構えた。

 揺動(ようどう)する空気はそんな彼をあざ笑う。

 反応速度を超えた一撃離脱。

 呉鶴が袂を横切るたび、羽々斬の傷は増えていく。


「ぐぁ!」


 腕、肩。


「つッ!!」


 頬に脚に手。


「ーーーー!」


 背中。まるでカマイタチだ。

 呻きさえ猛攻にかき消され。血飛沫がくすんだ風景に色を落とした。

 防戦一方。さりとて彼は思案する。この『肉を削がれるだけの現状』を打破する方法を――。


「ガオ゛ォ!」


 最中に蹴飛ばされるも、すかさず受身を取る。

 髪が揺れた。


 不意に風を感じる。


 駆動させた眼の先には、扉の無い出入り口。

 羽々斬は至急そこへ走った。

『場所を変えれば、この展開も仕切り直せる』。

 そう考えてのことだった。

 だがそれを易々許すほど、呉鶴も甘くはない。


「ガア゛ア゛アアアァァァア゛!」


『逃がすか』――そう言わんばかりに、引きずり戻さんと彼めがけて猪突猛進する。

 伸ばした手。開いた掌。跳びかかった。これで捕縛できると、信じて疑わなかったろう。


「――外に出るのは」


 標的が立ち止まるその時までは。


「テメェだ」


 瞬時に身を翻した羽々斬は、呉鶴へ振り向きざまの一閃を浴びせた。


「グア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 刹那、慟哭めいた悲鳴が夜空を昇る。

 胸に刻まれた赤い一の字が煌めいた。

 余った勢いは刀でも殺されてはくれず、物理法則の言いなりに呉鶴を投げ出す。すれ違う少年にぶつけた眼光。

 なぜ。なんで。どうして反撃を。

 多くの言葉は要らない。フェイントの仕返しだ。


「ウヴゥヴァア゛……!」


 真っ直ぐ外――中庭までぶっ飛ばされ、土煙もろとも芝の上を転がった。

 引かれた血の(しるべ)を忌々しげに叩いて立ち上がる。


(あめ)ェよ」

「!!?」 


 声。

 直後に煙は裂けた。

 飛び込む少年が、月影よりも眩いその目を輝かせ――――。



 呉鶴の左腕を切り落とす。



「ギア゛ァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 響いた、けたたましき咆哮。

 獣人の声は悲鳴をとうに通り越し、もはや絶叫と呼ぶに相応しい。

 月に届いたろうか。肉体の残骸が中空を泳ぐ。断面を灼けるような熱さが蝕み、紅蓮色した血漿が噴き出した。

 構わずまた、また追撃。

 呉鶴はそのまま、刀を素早く(さか)に握り替えた手に殴り飛ばされた。


「ヴグ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」


 そして大気の膜を幾度も押し破って、校舎に突っ込む。

 ドゴン、という鈍い音が、一つ。

 壁が崩れた。


「……………………」


 羽々斬は虚しく寝転がる腕を置き去りに、ゆっくりと彼が激突した方へ歩く。

 傷の周囲に赤色の電流が迸る。同時に損傷箇所が治癒していく。

 繋がるのは、踏み潰される芝の音。

 穿たれた横穴を睥睨すると、奥に見えたのは机だった。

 教室のようだ――。


「!」


 認識した途端、中から二つの机が出し抜けに飛んできた。

 破壊された静寂。刀は「致し方なし」と机を寸断する。

 豆腐のように容易に断たれたそれの向こうに在ったものは、言うまでもない。


「……しぶてーな、本当によ」


 羽々斬が決意したように。

 彼にだって決めた覚悟がある。譲れぬものがある。成さねばならないことがある。


「グヴヴウゥゥゥ゛ゥ゛ゥゥゥガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァ゛ァ゛ァァ゛ァ!!!」


 たとえ腕がもげ、歯が砕け、血まみれになって捨て石になろうとも――。


 獣は今一度、勇ましく月天(がってん)に吼えた。




 一方の、月も見えぬ最下層。

 コントロールパネルの液晶が複雑なコードを次々飲み下し、スクロールしていく。

 追憶調和(メモリング・ハーモナイザー)は未だに動いている。


「ぅ」


 オート操作により脳に負荷がかかっているのか――眠る真鶸が苦しげに洩らす。

 彼女を尻目に硝煙が渦巻いた。撃鉄が鳴った。


「ちっ……、時間がない」


 火鷹に向け絞り出される弾丸。

 させまいとデスクを引き寄せ、盾にした。

 チュイン、という跳弾音は、いい加減に聴き飽きてくる。

 弾の出所へ狙いを定め、その歪んだデスクを高速で飛ばす。


「おっと」

「くっ……」


 手応えはない。轟音だけ。これも何度目だろうか。

 接近できれば一番いいが、片手間に無防備な真鶸を守りながら戦うので、彼女から迂闊に離れられない状況だ。

 夜暗はそれを利用し、影とともに彼女らの周囲を延々と旋転する。

 絶妙な距離からねちねちと繰り出される多方向攻撃に、苦戦を強いられる。


「少しは学習したようだな」

「君には、散々いじめられたからね……!」


 発砲音が再度響く。

 前後から同タイミングで行われた銃撃というのは、耳ですぐにわかった。


「チャクラム!」


 飛び立つ戦輪。

 ホルスターへ別れを告げた。

 即座に真鶸と自分を凶弾より庇う。

 デスクの出番も終わっちゃいない。部屋にある分全てが、見えざる手で一気に持ち上がった。

 肥えゆく影――その数二〇。


「させないよ!」

「ちっ……!」


 スモーク弾がばら撒かれた。

 たちまち炸裂、煙る視界。

 火鷹は攻撃を加えようとしたところで、敵を見失う。


「――構うか!」


 それでも躊躇なしにデスクを落とす。

 流星群にも似た圧倒的な質量攻撃が部屋中を一手に襲った。

 大地が震え、床は損壊する。視界はさらに悪化して間近の物の認識さえ困難にさせる。

 惜しむらくはその乱雑さ。

 目を閉じ、少し仰いで、


「懲りない奴だ、本当に」


 口を動かす火鷹。

 それは独り言ではなく、明らかに誰かに向けて言葉を紡いでいるようで。


「彼が上で派手に暴れてくれたおかげで、すんなり潜入出来たよ」

「殺しても忘れられないことだろうな、しつこさという一点のみで」

「女の子を落とすのに重要なのは、アタックの回数だよ。しつこいぐらいがちょうどいいのさ」

「言っていろ」


 掌が空を薙ぎ――火鷹は風を起こした。

 風は煙を振り払った。煙はその場から立ち退いた。

 そうして露になった夜暗の姿。

 しかし未だに諦め悪く、コントロールパネルの陰に腰を降ろして隠れている。

 内心で「化け物め」と呟いても、誰にも聞こえやしない。

 リロードで小気味よく弾倉を挿げ替えた。


「しかし、あいつを千羽にぶつけたのは間違いだったぞ」

「……どういうことかな」

「奴は、道連れになってでも羽々斬を殺すつもりでいる」

「へえ」


 冷たい床に投げ出した足を、一瞥。


「覚悟を決めた存在ほど、恐ろしいものはない。場合によっては命すら簡単に捨て去る」

「ならきっと、彼も恐ろしいんだろうね」

「宿命に抗うのは、無謀というだけだ」


 物陰から覗いた銃口が鉛玉をひり出す。


「そうかい?」


 無論、跳ね返された。


「自分の立場や役目を理解しきった賢者より、己の役目はおろか、正体すら弁えていない愚者の方が――――僕はよっぽど恐ろしいと思うけどね」


 また走り出す。夜暗とドッペルゲンガーは、そう言って。



 どちらかが死ぬ。



 これは、争っている当人たちが既に理解していることなんじゃないだろうか。


「ぜぇ、ぜぇ……!」

「ガル゛ル゛ル゛……!」


 互いの肩を貫く刀を、爪を。各々引き抜く。

 校舎にて続く殺し合い。


「でやあァァああああァ!」

「グア゛ア゛ア゛ヴヴヴゥ!」


 皆のために、一人を殺す賢者。

 一人のために、皆を殺す愚者。


『どちらが正しいか』なんて、もう要らない。


 掲げる物があることだって。

 救いたい者がいることだって。


 何も間違いじゃない。


「ガヴゥアアアアアア!!」


 満身創痍の呉鶴は、気力一つ乗せた腕を前に出す。

 突き上げる爪が首を掠める。


「かッ!」


 ぶしゅり。肉の裂けた音。

 数瞬、生気のない目で天を仰ぐ少年を見て――呉鶴は安堵してしまった。


「……いってーな、この野郎」

「!!?」


 物凄い衝撃が腕に走ったかと思えば、それはひとりでに壁へ密着していうことを聞かなくなった。

 否。

 よく見ると――(やいば)突き立て、その行儀の悪い右腕を壁面へ(はりつけ)にしていた羽々斬。

 双眸に灯る光は、鬱陶しくもまだまだ消えそうにない。

 負傷する筋肉は血液を吹き溢す。刃を深紅に染めて止まらない。


「ふぅ、ふぅー……!」

「グ、ガア゛ァア!」


 抵抗。握り締めた最後の拳が必死にもがく。

 終わらない攻撃。

 彼はめりめりと鳴く右腕を左手の力だけで押さえ込み。


「う、おおおおォォおおおおおおおォォォォッ!!」


 右手に持った鞘で眼前の顔面を殴打する。


「グァ゛ア゛ァァ!」


 振り下ろす一発。


「ゴッ!」


 横殴りの二発。


「ガオ゛ァア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」


 払い上げた三発。

 返る肉感を振りほどき、四発目を叩き込もうとした瞬間。


「ぐああああっ!」


 呉鶴は肩に喰らいついた。

 筋肉と、骨と、脂肪とが牙でまとめ上げられ、不協和音を立てる。

 垂れた血から沸く(くろがね)の臭気が、散りかけた意識をどうにか捕まえる。


「~~~~~~~~~!!」


 反射的に出た足が呉鶴を突き飛ばした。

 転がる呉鶴。ふらつく羽々斬。数メートルの距離がまた生まれる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「フゥ゛ー……フゥ゛ー……」


 両者は無様に吐息を溶かす。

 生傷も、そろそろ命を危機に陥れる頃だろう――。

 どちらも、考えることは一緒だった。


 “決着(ケリ)をつけねば”。


 反目し合う。敵を逃がさぬように。

 称え合う。別れを後悔しないように。

 殺し合う。大事な物を守れるように。


 宵闇が見守る下で。

 刀を抜いた。爪を向けた。


「――はあァァァァアアアアアァァアアァァァ!」

「グヴア゛ァァァアアアアアアァァァァァァ!」


 ――駆け出した。


 叫び声を上げて。

 武器を振りかざし。

 呉鶴はひときわ強く地を蹴った。

 飛び込む懐で、今更守る様子など微塵もない。

 滑空させた爪撃は、脳を貫くだけとなった。


「ガアア゛ァ!!」


「刺し違える気だ」と。

 誰が見たってわかる。

 切っ先が迫る――――対する羽々斬は。


「悪いな――」


 一言だけ、そう謝って。

 死んではやらなかった。

 爪が自分に届く直前、刀身で呉鶴を一閃していたのだ。


「ナ゛――」


『峰』という部分を、用いて。


「に」


 刀に打ち上げられた獣人は、いつしかただの人に戻っていた。

 一度は近づいた天井が遠ざかる。

 静かに声を落とし、戦の果てに見えたのは。


「これで、おしまいだ」


 日本刀を返して振り抜いた、少年の背中だった。

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