表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
School of Savage VS.  作者: 真坂倒
Episode.2
12/19

Game.11 破滅の火曜日

 ――七聖曜輝(ワンウィーク)

『総ては誰のためでもない、己がため』を行動理念とする、桁違いの実力とSPを兼ね備えた七人の学生の通称。

 彼らは、基本的に協調や連帯とは程遠い場所に位置しており、組織のためにその強大な力を活かすような真似は絶対にしない。

 たとえ世界に危機が迫ろうとも、彼らは『世界を救う方法』ではなく『自分が助かる方法』を最初に探し出すことだろう。よって自己中心性の塊と云ってもなんら問題はない。

 さらに人格に何かしらの欠陥を抱えている生徒が多いこともあるのか、周に一日、決められた曜日にしか戦闘を許されていないのも特徴だ。

 運営も表向きには、七聖曜輝の過労を避けるため――などと聞こえの良いおためごかしを吐き散らしてはいるが、それだけでないのは、ある程度知恵あるものならば簡単に理解はできようて。

 “生徒を徒に殺されるのは困る”。“方舟への損害が馬鹿にならない”。“貴重なサンプルの良好保存”。

 そこには方舟を漕ぐ人間らの様々な思惑こそあろうが、とにもかくにも――一癖も二癖も、もしかすると三癖さえあるかもしれない最強の問題児達。それこそが、七聖曜輝(かれら)という存在なのだ。


 が、当然例外もある。


 右を向く人々にまぎれて、左しか向けない人がいるように。

 皆が青と判断した色を、赤と判断してしまう人がいるように。

 凡才の中に、ひっそり異才が転がっているように。

 一見しただけで伝わる情報が、真実ではない。

 自己中心性の塊の中で、誰かの役に立たんとする者がいる。

 希望を与えようとする者がいる。

 それがどれだけ異質なことか、知りながらも行動する者がいる。


「ずいぶん、探したぞ」


 彼女、『火鷹 双葉』のように、だ。


「我らの袂へ戻ってもらおう――多元樹(ユグドラシル)


 火鷹はそう呟き、今一度左上腕の“副会長の証”を煌めかせた。


「……フタバ、今日は木曜日でしょ。あなたの戦闘行為は許されることじゃない」

「お前は逃走犯が警察から逃げる時、大人しく交通ルールを守ると思うのか?」

「……………………」

「罪には基礎があり、連鎖して積み重なる。一度罪を犯したのなら、犯し続けていくしかない」


 情けなく腑抜けた躯を転がし、地面に両手をついた羽々斬。

 影で塗り固められた顔面を伏したまま、口を開く。


「『真鶸を生贄にする』っていう、罪をか」

「……否定はしない」

「なら、その罪は裁かれねえと、な……」


 ところどころ途切れる言葉に、どうにか意味を与えている。

 痛む傷口を、さらに痛めて押さえ込むという苦行を、少年は続けた。止血のためだ。

「そうだな、否定しない」。

 そんな、発話すらままならない羽々斬への配慮を著しく欠いた、無情な答えが出る。


「彼女が、生贄になるべき宿命であったという事も含めて」


 続く言葉は合図となり、一気に生徒会役員を室内へと呼び込んだ。

 ずっと待機していたのだろう。血生臭さも振り払って、手早く羽々斬を取り囲む。

 そして、一斉に拳銃を向けた。


「っ……」

「……やめて」


 四面楚歌の様相を確認するやいなや、横たわる羽々斬を抱きとめた真鶸。

 眼で、周りに銃を下ろせと訴える。

 眉間をうっすら歪めているのは、事が上手く運ばぬことへの苛立ちか――少女が抱擁する相手を睥睨して、火鷹はひときわ強く口を結ぶ。

 その時、彼女の肩にポン、と手が乗った。それが誰から伸びたものか。説明は不要なはずだ。

 呉鶴が、仲間になだめるような視線を送ってから前に出る。

 夕陽の残光に優しく縁取られた姿は、どうにも悪人には見えなくて。

 なればこそ、余計に羽々斬の判断を鈍らせるのだろう。


「ごきげんよう。大丈夫ですか」


 挨拶の残響を、耳に留めた。

 呉鶴は羽々斬の眼前で屈むと、隣に座る真鶸と交互に瞥見する。


「無事で良かった」


 そうして、一言。


「動機はどうであれ、ここまで守りぬいてくれた事を心より感謝します。羽々斬くん」


 顔を上げた少年は、相手の瞳を凝視した。

 不思議でならなかったから。

 一度、顔を合わせているのに。

 希望という素材でできた建前――その向こうにあった本音を話してくれたのに。

 どうしてここまで、空っぽな眼をしていられるのか。

 別人と錯覚するほどに呉鶴はよそよそしく、そしてあまりに、あっけらかんとしていた。


「……嘘だったのか」

「……………………」

「――テメェはそんなにSPが欲しいかッ!?」


 思考が、放し飼いになった。

 疑念はやがて敵意へと変質し、抱いた信用は歪んで憎悪へと成り果てた。ある種の裏切りに遭ったかのような被害妄想に駆り立てられたのだ。

 ――お前もか。

 羽々斬は内心でそう呟き、


「勝利はもぎ取るものであっても望むべきものではない! テメェは、そう考えていたはずだろ!?」


 虚空に怒声を飛ばす。


「ただ、事実だけを認識して行動していたんじゃなかったのか!? テメェの感情はいつだって後回しに、ひたすら正しさだけを求めていたあの振る舞いは、嘘だったのか!!?」

「……………………」

「あの時交わした言葉は、全部偽りだったってのか!? ――答えろ!!」


 今、羽々斬が思い出せるのは、ただただ生徒会室で語らっていた昨日のこと――。

「この男ならば」、と。そう思ったからこそ。このような結果には憤りを禁じ得ない。

 たとえ、身勝手な願望であっても。

 悪意に満ちた世界だからこそ、呉鶴という純粋な存在に、懸けたくなった。

 人工の大地を押し下げ、再度立ち上がる呉鶴。

 裏切ったことに気付いていないのか、それとも良心の呵責が端からないのか。淡々と言を返し始めた。


「正しいですよ。生徒会長という立場としては、これ以上の正解はないでしょう」

「んだと……!」

「どうあっても、我々はこの世界に則している限り……この世界の中で用意された『それぞれの正解』を見つけ出さねばならない」


 踵も、程なくして返された。

 雨粒のように落ちていく太陽に、目を背ける。


「勝者は敗者を虐げるのが正解。敗者は勝者に蹂躙されるのが正解。風紀委員は悪を討つのが正解。審判者は罪を裁くのが正解。ならば生徒会は」


 火鷹が、傍の柱にそっと寄りかかる。

 組み合わせた腕が、左胸の紋章を持ち上げる。


「希望を与えるのが、正解です」

「!」

「生徒たちは――――この悪意にまみれた世界の中を死に物狂いで駆けずり回って、『希望の剣』に縋りつくのです」


「助かりたくて」。「救われたくて」。

 呉鶴はそう続けた。


生徒会(わたしたち)は、そんな人々を救う義務がある。なぜなら、それが我々にしかできないことだから。我々にとっての正解だから」

「だが時が来れば、救った相手はアンタらなんざ簡単に裏切る。いつかの恩義も忘れて。身勝手の許すままに」

「構いません。常々弱く愚かしいのが、民衆という在り方の正解でしょう」

「それは単なる思考の放棄だろうが……!」

「個人の思考は主観を生む。客観で物を言う時には撤廃すべきものだ」


 ギリリ、と大きな歯ぎしり。

 痛々しい摩擦音を発したのは羽々斬だった。

 畳みかけるように、呉鶴が「とにかく」と口を動かす。

 真鶸は、依然複雑な視線を彼らに送り続ける。

 俯くと、垂れていた血液はいつしか乾ききっていて。行き場の無い手が、血で形作られた三流芸術作品を優しく撫でた。


「私は、私を必要とした民衆を救う。どんな手を使って、どんな犠牲を払ってでも」


 揺るがぬ決意を眼前に、少女は眉をひそめた。


「秩序すら不確かなこのクソみてーな世界の中で、義務もへったくれも」

「お前は何もわかっていない」


 カラスの鳴き声が、やかましく羽々斬の発言を遮る。

 さらに彼の意志をねじ伏せるべく、火鷹は言葉を重ねた。


「明日すら見えない不確かな世界だからこそ、人は自分の為すべき事を探すんだ」


 行動しなければ滅ぶから。故にもがく。あがく。

 薄汚れた手で土を掻き、充血しきった目を回して己が役目を探し出す。

 羽々斬は、少しでもその言い分を理解できてしまった自分が、恨めしくて仕方なかった。

 ――それ、でも。

 それでも。

 声高々に云えることが、まだ残っている。


「――それでも、真鶸が巻き込まれるのは間違ってるだろうが!」


 激しく糾弾する少年に、竹刀が握り締められた。

 呉鶴が早急に右手を挙げる。サインの意味は「構え」。

 羽々斬を取り囲む生徒会が、間髪容れずに銃を構え直す。するとジャキリ、と重々しく響く駆動音。

 尚も沈黙の気配を見せない羽々斬を威嚇するべく、役員の一人が天井へ一発撃ちこんだ。

 驚いた真鶸が目を強く瞑る。

 硝煙が踊る。瞬間に走った焔の光のせいで、居合わせる全員の神経が尖った。


「動くな!」

「俺はこいつを連れて帰る――――誰かの食い物には、絶対させねェ!」

「言ったはずだぞ『理屈ではどうにもならない』と」


 少年は止まらない。

 理不尽に嘆き、凶獣が如き気迫を纏って唸る。


「動くなと言っている!」

「ハヤト、ダメ……!」


 骨が軋む。筋肉が熱を帯びて傷口が開花する。

 真鶸が満身創痍の肉体を抱きとめて制止するも、すぐにほどかれた。

 静かに携えた憤怒は、もはや矛先など選べやしないのかもしれない――。


「――かつては無双聖鎧と謳われたこともあった。しかしそれも、もはやおとぎ話だ」

「呉鶴会長! 奴が動き出します!」

叛逆の五将インサージェント・フィフスと呼ばれる天才が出現してからは、不本意ながら敗北の未来を見てしまう時だってあった」

「会長、指示を!」


 羽々斬が最初に狙った相手。

 右の役員。左の役員。後ろの役員。どれも違う。

 大地を盛大に蹴った。コンクリ片が飛び散る。沢山の銃口は結局最後まで彼を捉えきれず、自由を許してしまった。

 暴れ狂う竹刀が手始めに襲うのは、呉鶴。


「会長!!」


 空気が叩き潰されたのだろう、凄まじい破裂音が耳朶を打つ。

 猪突猛進の勢いに威力が上乗せされ、白い衝撃の波が辺りを一気に飲みこんだ。瓦礫が数ミリ、転げた。

 横薙ぎの果てにある敵の姿は――。


「――安寧を守るのは、もはや私達の力だけでは不可能なのですよ」


 どうしてか、無傷だった。


「……!?」


 羽々斬が動揺するなかでも、呉鶴は平然と話し続ける。

 いや、話し続けていられる。

 数秒後、竹刀を通って手に伝わる感触で状況を把握した。竹にぶつかっているのは肉ではない。鉄だ。それも鋭い。激しく擦れている。

 視線を手元から少し上へ向けてみると、竹刀に剣を当て付ける火鷹がいた。


「テメェ……!」

「私達は、何も無理に仲良しこよししようと言うんじゃない」

「『説き伏せます』ってか!」

「違う、ねじ伏せるんだ」

「ッ!」


 火鷹はそう言ってつばぜり合いを取りやめ、剛力で羽々斬を押し返す。

 浮かされた羽々斬は、宙ぶらりんな体を制御して抉れた床に踵を納めた。痛みでよろけるのは、やはり変わらない。


「戦争というものは、双方の思想と正義が明確に(たが)った時に初めて生まれる」


 ブオン、と斬られた風が唸った。


「私達は大のために小を切り捨て、お前は小のために大を見捨てる。互いに己が正しいと思い込んでいるのなら、やることは一つだ」


 一度は向き合ったことはあるものの、あまりに違い過ぎる。昨日以上のプレッシャーが羽々斬の精神にのしかかる。

 電撃のような眼差しに脊椎が麻痺させられているようだった。

 戦意はあるのに、肌はぴりついてまったく体が動かないではないか。


 これが、七聖曜輝か。


 彼はようやっと、この呼び名が持つ価値を理解した――。

 取り出したVS-Driveに表示されていた名前『Dooms Tuesday』。

 保有SP『3709293261468pt』。

 “崩壊の火曜日”という名に、途方もない数字が添えられているだけ。

 それだけなのに、どうしようもない絶望感が覆いかぶさる。


「来い、私が相手をする」


『加減はしないぞ』。

 自分の実力が上だ、と暗に示す。

 彼女のこの言葉は、優位に立ちたいがためのブラフでも、悪意を込めた誇示でもない。

 ただの事実だ。

 無論彼とて強くはないから、実力差で苦戦を強いられる戦いは幾度もあった。

 しかしこの敵ばかりは、『実力差』なんて安い言葉で表現できるような格差ではない。

 異次元。

 誰でも簡単にわかる。逆立ちしても、勝てないなんてことぐらい。

 ともすれば寒気立つほどの膠着に、屈してしまいそうになる。

 だが、いつまでもこうしていたら、彼女が――。


「……ッ!」


 決する。歯。食い結ぶ一瞬。隙間より漏れ出る呼気。

 足元にあった握り拳大の瓦礫を火鷹めがけて蹴飛ばした。

 彼は手応えも確認せずに突進する。

 二度の払い。いなされても構わない。またぶつかるまでのこと。


「おおおおおおおォォォおおお!」


 光が弾け飛んだ。水晶体が必死にそれを捌く。

 男にも負けぬ腕力で長剣を振るい、竹刀の自由を奪う火鷹。


「我々は多元樹を確保し、その後、研究室まで連行します」

「了解した」

「彼の足止めはお願いしました、最後に口止めも忘れずに」

「殺していいんだな」

「……彼は、知り過ぎました」


 剣同士が共振し合う傍らで、呉鶴が役員を従えて真鶸に迫った。


「真鶸!」

「――――!」


 一言で真鶸へ逃げるよう促す羽々斬だったが、時既に遅し。

 彼女が身を守るために立ち上がった一秒後には、鳩尾へ拳が入れられていた。


「か……、ぁ」


 真鶸はあっという間に瞳孔を散大させ、くたびれた針金のように力尽きる。

 そんな彼女を冷たく見下ろしたまま意識の消失を確認した呉鶴は、真鶸を抱え上げ、部下を伴い歩き出した。

 向かう先は、出口。


「――待ちやがれェェェェェェェェェェェ!」


 空間が打ち震えた。

 乾いた声帯がしゃがれた怒号を絞り出す。

 アドレナリン混じりの血が口端より零れ出ると、羽々斬がせり合いから前に出た。

 付随して一歩退く火鷹。その右脚が弱々しく折れ曲がる。


「テメェら……!」

「戦いに集中しろ」

「テメェらだけはッ!!」


 スニーカーのつま先が歪み、奥へ奥へと引きずられる。

 置き去りになったスキッドマークに、火花がこれでもかと降り注いだ。

 より屈曲する火鷹の右脚。羽々斬に気圧けおされたか――。


「パワーは申し分ないな」


 そうではない。


「ごはッ――!!」


 袈裟斬り。

 曲がり続けた膝が鋭角になる瞬間、火鷹はそれをばねの要領で一気に伸ばした。踏みこみで剣を振り切ったのだ。

 塵煙は複数の輪を作る。烈々たる勢いで吹き飛び、壁に背を強打する羽々斬。

 煮え滾る赤い泡が「ごぷ」とひり出て――――終いに破裂した。


「……だが、それだけだ」


 ――『真鶸を返せ』。


「ッがアアアアアアアアアア!!」


 そう、叫んだ気がした。

 羽々斬が揺らいだ靄掛かりの視界を、強引に御する。

 砕け散った壁の破片を引っ掴んで投げた。

 虚を穿って描く螺旋(ジャイロ)は、程なくして縦一閃の餌食となる。


「!」


 ぐわ、と拓けた前方より突如飛び込んできた手。

 それは荒々しく火鷹の首を掴み、竹刀による一撃のお膳立てを果たす。

 彼女の目と鼻の先に在るのは、深紅の蒸気を撒き散らしながら竹刀を構える凶獣の姿のみ。


「はあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「……………………」


 前髪に隠れた双眸が輝くと同時、竹刀を彼女の顔面にねじ込んだ。

 ばきり、という大きな音が破壊を知らせる。


 竹刀の。


 刹那、竹の刀は真っ二つに折れていた。

 残骸が虚しく宙を舞う。


 なぜだ。なぜ。どうして。


 方舟での「なぜ」の大抵は、ある言葉で簡単に片付く。

 一秒が一〇〇秒ほどに感じられた。だが羽々斬にそんな時間は要らない。答えはもう出てる。

 ――朱の光を帯びる彼女を認識した、その時から。


「“敵の能力も十全に理解しないうち、特攻を仕掛ける”か」


 彼女が掌を翳すと、羽々斬は天井に激突していた。

 ぐしゃり。歪んだ躯がまた血をぶちまける。

 そうして傷どころか痣一つ無い相好のまま、逆さに落ちてきた彼を。


「――さすがに愚策だったぞ」


 斬った。

 十文字が刻まれる。絶叫も許されず。どてっ腹に。

 搾汁される果物のように内容液を吹出させた彼は、逆転した世界を丸い目に納めた。

 それを最後にぐったりと倒れ込んで、柄だけ残された竹刀を無造作に転がす。


「真ひ――」


 気力一つで繋ぎ止めていた意識も、ついに失くなった。

 いや。

 気力とはいえ、あのダメージでここまでしぶとく継戦できていた方が、もしかすると異常だったのかもしれない。

 己が血に浸される中でも、声にならぬ声で真鶸の名を呼びながら――彼は沈黙した。


「……………………」


 彼の限界をしかと見届けた少女は、無表情でその血濡れた剣を鞘に納める。

「わかるか」と漏らして。


「これだけの力があっても、総てを救うことはできない」


 冷え切った瞳で、生気の無い少年の肉体を捉える。


「世界のルールそのものを、変えてはやれない」


 ――『念動力(サイコキネシス)』。

 思念により不可視の力を発生させ、ありとあらゆる物の動きを制御する。それが彼女の能力。

 先ほどの竹刀も、竹刀に「折る」ための力を加えて、真っ二つに破壊したのだ。

 人体や物体は勿論、果ては水や空気といった自然的な物までもがこの能力の効果範囲内であり、その精密性は分子レベルにまで及ぼすことが可能となっている。

 極端ではあるが、海洋や河川の水流を操作して水害を起こすこともできれば、台風を生んで町一つをまるごと吹き飛ばすのも難しいことではない。

 さらには物体の分子運動を活発化させて発火させたり、空気分子を摩擦させて発電などという芸当も出来る。

『思念で物を動かす』という単純な力でありながらも、その応用力は十分に目を見張るものがあるだろう。


「理屈で何も変えられなければ、感情で何かができる訳でもない」


 だが、このような力があっても、彼女は。


「非力なんだよ。お前だって、誰だって」


 少女はどこか嘆かわしげにそう言い放って、燃えるような赤い色をしたVS-Driveを取り出す。

 連絡をせねば。証拠隠滅等の申請もある。

 そう考えて呉鶴へ電話をかけようとした、その折の事。

 音も無く滑空するナイフが、背後より火鷹に襲いかかった。


「誰だ」


 抜剣、振り向きざまに切り払う。

 するとそれは踊るように回転しながら落下、荒れ果てた床に突き刺さった。

 小さくひび割れたその場を一瞥し、警戒の糸を張り巡らせる。

 半歩下がり、剣を構えた。両刃にちりちり尖った空気が当たる。曇った剣身に写し出された風景には、間違いなく誰かが隠れている。


(正面からは相対しない……大方そんな腹積もりだろうな)


 とすれば闇討ちだ。

 内心呟く火鷹は、橄欖色(かんらんしょく)の眼を動かして周囲を一望した。

 数多の柱。近くにあるのは四本。

 それぞれ二時、五時、八時、十時の方向に座している。

 ナイフの飛んできた方向を考えれば、二時か十時の方向にある柱に敵が潜んでいる可能性が高い。

 しかし、だ。

 ――もし相手が二人いて、投げたナイフが牽制だったのだとしたら。


「後ろか」


 静寂を破り捨て、八時の方向より飛び込む影。

 刃と刃がぶつかった。


「まだ動けたんだな……、しぶとい奴だ」

「…………」


 忌々しげに辟易する。一度斬り捨ててやったにも拘わらず、『奴』は平気で鉄同士の逢瀬を楽しむのだから、仕方ない。

 ドッペルゲンガーがそこにいた。

 彼は無言の圧力をかけ、火鷹を激しい斬り合いへと誘い込む。

 幾度も火の花が咲き乱れ、金属音が二人の耳にまとわりつく。

 彼女が「ふ」という短い息を吐くのを合図に、両者は今一度つばぜり合った。


 影の主(夜暗)はそれを見逃さない。


 手負いとは思えぬ身のこなしで闇を駆け抜け、背中に剣を振りかざす。


「――邪魔だ!」


 構えた半身。伸ばした左手。

 能力は発動する。

 無数の小さな瓦礫が足元より巻き上がり、夜暗を突き放した。


「ぐっ!」

「飛べ、戦輪(チャクラム)!」


 すかさず剣身を擦り合わせて影の脇を抜ける。

 右脚のホルダーより解放された十の戦輪は念動力により浮遊した。

 そして回転、大気をかっ裂いて四方八方からドッペルゲンガーを襲う。


「!!」


 逃げ道は閉ざされた。今更忙しなく首を回したところで、何もできやしないのに。

 得物を蝶が如き舞で籠絡し、蜂が如き鋭さで屠る戦輪。

 一瞬だ――――矢継ぎ早に斬り裂かれる自己の認識さえさせず、チャクラムは影を無へと還した。


「一つ……!」


 次に素早く身を翻し、夜暗に顔を向ける。

 だがそこに彼はおらず、代わりにあったのは。


「――閃光弾(フラッシュバン)!?」


 銀の球体は凄まじい爆音とともに輝きを放った。

 音は良い。局所的に空気分子を排除して真空空間を作り出し、振動の伝達を遮断すればいいだけだ。

 しかし光はというと、そういうわけにもいかない。火鷹は目の前の柱に背を預け、目を腕で覆った。

 広がる強烈な光はやがて影すら打ち消し、ひたすら彼女の目を眩ませる。

 宵闇が取り戻された数秒後、大至急腕をどいて周囲を確認した。

 そして間もなく、愕然とする羽目になる。


「……なんだと……!」


 羽々斬がいない。


「どこへ隠れた!?」


 当たり前に答えは返らず、声だけが侘しい室内に反響する。

 ……気配すら感じることのできないこの様相から、彼女はすぐ悟った。

 舌を打ち、ゆっくり剣を下ろして、窓の方へと歩みを進める。

 三階より見える通路を走っていたのは、血まみれの羽々斬を担いで逃げる――――夜暗の姿であった。

 チャクラムが右脚のホルスターに戻る。


「……命冥加な奴だ」


 彼女は追う事をせず、ただ壊れた窓枠にそっと拳を置き、二人を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ