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School of Savage VS.  作者: 真坂倒
Prologue
1/19

Game.00 約束

 むかし、むかし。遠いむかし。

 人と、神がいた。

 神は、人を生かすために世界を与えた。

 人は、その世界を浄化し、綺麗にすることで神に感謝を示していた。

 彼らは共に在った。

 与え、与えられ。しかし神はあまりに大きく、人が神へ与えるものなど、たかが知れていた。

 それでもよかった。

 神は、人を愛していたから。

「愛おしいもの」と抱き留め、幾度もそのつむじを撫し、沢山の情を注いだ。

 父母が子を溺愛するように。祖父母が孫を甘やかすように。子が動物を構うように。

 ごく当たり前の感情を以て、人間を大切に扱った。


 ――寵愛だった。


 愛が、行き過ぎた。

 その様は、神が「神であること」を放棄しているようにも見えて。不完全で、欠陥だらけで、全知を備えた全能者とは思えなくなるまでに。

 人が過ちを犯せど、罰することも咎めることもしなかった。

 神を魅せた人が悪いのか。人に魅入った神が悪いのか。

 独善的行動、盲目的愛情、退廃的成長。

 そしてある時、人を愛し過ぎた神は、彼らに与えてしまった。

 禁忌とされる、『先を駆ける力』を――――与えてしまった。

 欠けた神が、欠けた彼らに。


 それからだ。


 人が世界という籠より飛び出し、飼い慣らせぬ者(サベイジ)となったのは。




『神様は人を大好きだった。故にこそ人は、神から与えられ過ぎたんだよ』


 ある程度の歳を召した、男の人。口調は穏やかで、声は静かで。顔はにこやかで。

 優しい言葉なのに。

 身に沁みないのはどうしてか。


『手に余る進化を与えてしまった、言わば過ちだ』


 耳を通って、年端もいかぬ子供たちの小さな身体の中で何度も跳ね回る、男の低い声音。

 それを味わっているうちに、彼は悟った。


『なに、神様にだって間違いはあるさ。気にすることはない』


 別に、特別扱いを願った訳ではないけれど。

 皆に等しくこんな調子で言うから。皆に等しく笑顔で接するから。


『神の過ちは、君たち"天使"が正せばいいだけさ――』


 ――皆に等しく、冷酷に接するから。

 自分の心はこんなにも拒んでいるんだろう、と。


『そうだろう?』


 白衣をきちっと着込んだ男達は、集めた子供ひとりひとりに、一本のナイフと一丁の拳銃をセットで渡した。そして最後に、


『さあ、殺し合うんだ』


 笑みを湛えて、こう言った。




「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 ぶしゃ、と裂けた――否、裂いた腹から、卵のように丸い紅玉が大量にぶちまけられる。飛散する絶叫と血潮を一手に浴びた少年は、また穢れてしまった。

 少年が同い年ぐらいの男子の躯からナイフを引き抜くと、死した彼の残滓が重々しくナイフに絡みつく。横たわった、紅白の泡をみっともなく吹き白目を剥く遺骸を見下ろしながら、刃を縛り付ける血肉を振り落とす。

 後を追って、足音で「びちゃ」と濡れた音。

 さて、血で汚れを作るのは何度目か。何リットルの血にまみれたか。はたと沸いた疑問を赤銅色の仮面に隠し、少年は辺りを見回した。

 広がる地獄絵図は、白と赤のツートンで彩られている。

 天井は途方もなく高くて、室内は際限なく広い。浮かぶイメージは、ちょっと綺麗な処刑部屋。

 シンプルという表現でも足りないほどに物がなく、物らしい物を強いて挙げるならば、血まみれのままで虚空に視線をほうった多数の子供。尤も、これは彼らを「人」という認識から除外せねばならないのだが。

 深い不快な赤に侵された白のキャンバスに添えられる骸は一つ、また一つと増えていく。その都度、吐き気を催す臭気は強まった。

 ガラスのクリアーで、一部分を四角に切り抜かれた壁の向こうでは、白衣の男達が少年少女を見守っている。


『これは死ではない。生まれるべくして生まれる、天使への生贄だ』


 方々で繰り返される命のやり取りの中で、悲鳴が上がった。銃が短く鳴いた。嗚咽が引きずりまわされる。断末魔がはね飛ばされた。

 Aを殺したBをCが殺し、Dがそこに襲いかかってCと相打ちに。隠れて見ていたEをFが不意打ちで殺す。そのFはGとHとIとJに貪り喰らわれるようにして滅多刺しにされた。そうして残った四人も殺し合って――。

 血の海だけが無限大に広がり、小さき者達は、次々に路程の最果てを迎えて絶命する。

 その中に沈みゆく命を目の当たりにしても、少年の表情が変わることはない。


『憎み、奪い合い、その果てに生き残った者が本当の天使になれる。世界へ飛び立ち、人を浄化する権利を得られる』


 誰が死にました。彼が死にました。

 関係ない。

 少年は殺されるまで、ただ殺すだけ。

 幼少より『立派な』人殺しの人形として育てられてきた彼に、呵責なんてものはどこにもなくて。


『喪失と略奪を恐れるな。君達は神に認められし存在だ。肉体が朽ちようとも、魂は神の御許へと導かれるだろう』


 投げたナイフが、名も知らぬ女の子の頭を二つにかち割った。吹き出る脳漿が煌びやかに白熱照明を通した。

 少年が飛沫を振り払うと、獲物を仕留めた瞬間を狙った二人の子供が、丸腰の自分に襲いかかるのが見えた。一人は数メートル先の混戦の中より拳銃片手に、もう一人は背後よりナイフを構えて一目散に――。


「!」


 襲いかかる。

 少年は駆け出した。拳銃を持った子の方に。

 敵は張りきったか、アドレナリンの分泌によって半狂乱のまま引き金に指の力を込める。

 直後に銃口が火を吹き、狙いを破壊せんと鉛玉を目いっぱいの力でひり出した。弾ける音が二つ先走って、空を掻っ切り突撃する弾丸。

 しかし体を素早く捻じり、即座に屈むことで紙一重の回避を行った。驚かせるだけ驚かせた少年だが、相手の「なに」という一言も許さず飛びかかり、懐の中で腹を全力で殴る。

 電光のように走る衝撃と見開かれた相手の目で、手応えを感じたようだ。

 嘔吐物で肩が汚れたが、引き換えに生まれた一瞬の隙で拳銃を奪う。それをくるりと手中で一回転させ、逆手持ちにして胴へ突き立て発砲した。

 一発。二発、三発。

 一撃のたびに震える相手の体は、穿たれて。貫き通された穴からは鮮血が吹きだして。敵が動きを止めるまで、零距離の銃撃はやまない。


「このッ!」


 連戦。後ろから襲ってきたナイフの子供へ、振り向きざまに残りの弾を撒き散らす。

 そして気持ち軽くなった銃身をすかさず宙空に放り。


 ツパッ。


 刹那で勝負をつけた。

 ナイフを持った子供の首がずるりと落ちた後に、放った銃身は地面へ情けなく落下。同時に倒れるハチの巣(拳銃の子)

 その腰のホルダーは、留守だった。

 少年が奪ったのは、拳銃だけではない。

 手にしたナイフの刃が、徐々に、徐々に。シルバーから、メタリックレッドに変わっていった。




 命の奪い合いは、夜通し行われた。

 みんな、死んだ。

 同じ人殺しの道具でも、共に育ち、一度でも『家族』と誓った相手が。

『"ここ"を無事に出て、一緒に遊ぼう』と約束した相手が。

 右も左もわからぬ自分の面倒を見てくれた、かつて自分が『兄』と呼んでいた相手が。

 みんな、みんな、死んだ。

 一人のために作り上げられる屍の山も、仕上げに差し掛かった。

 裸足に伝わる、人の体液の温かさ。まみれた血はとうに乾いて、全身にこびりつく。硝煙と遺骸の香りが、意識を保てと脳を突き刺して、どうにもやかましい。

 いつしか重くなったハンドガンを三〇度に構え、べたつくグリップを握りしめた。

 少年は、まだ生きていた。

 その銀髪を鮮血に染めながらも。


「……強い、ね」

「そう育った」


 視線を落とす先から聞こえた少女の声に、少年は素気なく返事をする。

 黒い長髪に、儚さを感じさせる青い目をした少女――見たところ一〇歳にも満たぬ、実に少年と近い年頃の女の子だった。

 座り込んで壁に寄りかかり、絞り出すような、弱々しい声で必死に発話するのを邪魔したくはないようで、少年は引き金にかけた指を離す。


「そう、じゃなくてね」

「……?」

「自分の感情を殺せるその意志が、『強いね』って」


 少女が切れ切れの息で残す言葉。その意味を理解できない少年は、首を傾げる。


「本当は、殺したくなかったんじゃない?」

「……違う」

「なら、君は望んでみんなを殺したの?」


 こくん、と少年は頷く。すると。


「嘘がヘタだね」

「何故、そう見える」

「人殺しの目は、こういう時だともっと綺麗に光ってるもの。君の目は死んでる」

「……殺す」


 不気味だ。

 少年の頭には、それしかなかった。

 死に直面しているというのに、彼女はなぜこんなにも静かに笑っていられるのか。命も乞わなければ、怨み言を遺すでもない――疑問でならなかった。

 未知なる恐怖に、無意識で再び入った攻撃態勢。

 だが、少女は銃を突きつけられども、聖母のような笑顔で彼と対話を続ける。


「死んでったみんなは、きっと君を『残酷』って言うかもしれないけど……私は『頑張ったね』って言うね」

「……………………」

「もう、頑張らなくていいよ。耐えなくていいよ。人を殺さなくても、実験で体に傷を付けられなくても、いい」


 滲んだ血が流れ落ち、床をまた汚した。

 未だ冷めやらぬ銃口が、少女の額に密着する。


「自由だから――――生きてるだけで、いいから」

「……撃つぞ」


「うん」と首を縦に振ったあとに、少女は思い出したように言葉を付け足す。


「良かったら、最後に一つだけ約束してくれる?」

「?」

「――――――」


 彼女と小指を絡めた後、少年はそっと引き金を引いた。




 バンッ。




 第九研究室――そう書かれたプレートも、紅蓮の手形で台無しである。

 夜の研究室に響いた銃声。

 液で満たされた、太い円柱状のガラスケースに入った沢山の人間が、焦点の合わぬ目で研究者の死体を捉える。それも一人や二人ではなく、大量の。

 天井にクモの巣よろしく張られたコードの一本が破れ、垂れた一部が火花をだらしなくバチバチと溢す。

 書類は散乱し、亡骸は山積する。

 断続的に起こるスパークが、暗闇を照らした。死して間もない魂のしるべにでも、なろうというのか。

 止まらぬ出血が、今しがた撃たれた研究者の話を急かした。


「誰か、連れ戻せ……一刻も、早、ぐ……」


 目の前で、その男を足蹴にする存在。人の範疇を逸脱しない程度に長い四肢からして、やはり人なのであろう。

 だが照明のない部屋故、詳しい姿は残念ながら確認できない。


「あれを、外に出しては……我々の希望が」


 三回の小さい爆発は、人を殺す。

 研究者が言いきる前に、拳銃は持ち主の意に沿って彼を殺害してしまった。

 闇のせいでも、なんでもない――――真黒で顔を持たぬ、文字通りの正体不明な存在に従って。




 街灯の明かりとは、なんと心許ないものか。

 追手から逃げる人間一人も、満足に導けないではないか。

 ボロボロの、手術衣にも似た薄緑の服で、アスファルトの上を駆けている。鮫の肌のように荒れた道でも、彼女は走らねばならない。たとえ多分の無理が生じても、だ。

 息が切れ、肺が痛む。足裏からの血は、とうに出ている。

 行くあてもないのに。

 それでも走る。

 くすんだ金の髪をふり乱し、月明かりに映える白肌を汗に汚して。

 宵闇に行方をくらます少女を、明りの失せた街並みはそっと見送った――。

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