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プロローグ (パイロット版)

 コンクリートで固められた、巨大なトンネルのような空間だった。

 採掘資材搬入出用の連絡通路である。


 地球環境再生機構と日本政府が共同で建造した、地下資源採掘工場施設である。

 細菌のバイオリーチング能力を利用したバイオプラント施設で、レアメタルやエネルギー資源を安全かつ効率よく採掘する。 


 閉鎖生態系生命維持システム《CELSS》型施設の昏い通路内を、駆動音を響かせ、巨大な人影が闊歩していた。

 全長8メートル前後の双腕式二足歩行の人型で、全身は堅固な複合装甲で覆われている。

 マッシブなシルエットのフォルムに白色のカラーリングが施されているが、装甲構造から軍事タイプとはっきり分かる。

 アーム部はリーチが長く、人と同じ五本指のマニピュレーター方式で、兵装機構が組み込まれているのか、大型化していた。

 腰にロボット規格の大型アサルトライフルを携えている。

 排熱用インテークが一体型の、大きな耳か角のような複合型センサーが特徴的な頭部モジュールが、通路内を観察するように動く。 

 ファーマシン・アルヴァム――機体の名称であった。

 V字型のバイザーに覆われた人工網膜レセプター型生体素子レンズ使用の双眼デュアルアイ方式メインカメラが焦点を任意に自動調整する。

 視野範囲は人間とほぼ同じ左右200度で、通路内の映像情報をコックピッド内に絶えず伝えている。

 双眼デュアルアイ方式により照準精度は高く、視差による距離測定も可能で、また片方を自然光や太陽光などの可視光線の映像を、もう片方の眼は紫外線や赤外線などの別の不可視光線の映像を、それぞれ波長の違う映像を同時に捉えることができる。

 メインカメラは右目はノーマルモードで、左目は光増暗視モードで映像を入手しているため、通路内映像はフィックスを行いながら補正され、闇の中も昼のように見渡すことが出来る。

 メインカメラ以外にも背後バックパックや腕部、脚部などに機体各部に設けられた超広角カメラにより入手した映像データをリアルタイムで処理し、統合した上で操縦席モニター上に映し出していた。

 昏いトンネル内のコンクリートの壁や床で淡い光を放っている箇所が点在していた。

 天井にも広がり、星空に見えなくも無い。

 ただし光の色は緑の蛍光色に近い。

 さらに空気中で光の塵のように坑内を舞い、漂っている。

「――汚染がもうこんなにすすんでるなんて……」

 胸部内に設けられた複座型コックピット内部で、コパイロットのシンカー――安良城沙希が呟いた。

 後部副座席の操縦者である沙希はリンケージ・ヘルメットを装着している。

 コックピットシートに備付の専用コントロールヘルメットで、ケーブルと共に支持ブームに支えられ、顔の半分近くを覆い、口元しか出ていない。 

 IHADSL(Integrated Helmet And Display Sight cortical layer)――視覚皮質ブラウザ型統合化ヘルメットで、操縦士の視覚野上に直接投影され、機体の行動データも投影される。


「これでこの施設もパーだな……もったいねえ」

 シートの両脇に設けられたアルヴァムの操縦桿であるアームコマンダーを左右の手で握りながら、主幹操縦者の十神真は、メインモニターを見た。

 沙希も真もどちらも年端もいかない中学生くらいの子供だった。

 FMスーツと呼ばれる、身体中の様々な部分に軍事デバイスが取り付けられた専用のパイロットスーツを全身に着用している。

「<A1M3型(アーキタイプ)>に間違いねえな」

 真がモニターを見ながら呟いた。

 頭には視線追従用のワイヤレス型ヘッドセットを装着していた。

 攻撃ポイントを見定めるための、真の視線を捕らえるセンサーで、拡張現実型情報技術により、網膜へデータを投射し、現実世界にマスキングする事も出来る。

 データは前方の大型HUDにも反映される。

 アルヴァムのコックピッド内のモニターはHUD(Head-Up Display)とHDDs(Head Down Displays )に分かれている。

 HUDはメインカメラや背後左右の補助カメラからの映像で占められ、HDDは各種操縦用の操作パネルであるICP(Integrated Control Panel)のモニターに表示される。

 さらに拡張型現実技術により、必要な情報がコックピッド内にオーバーレイ方式で映し出される。


「うん、うっすら光ってるもんね」

 沙希のリンケージ・ヘッドセット内のHMDにもその様子が映っているようだ。

「……あっ」

 沙希が突然声を上げた。

「どうした?」

「この前、パンに生えてたカビを思い出しちゃった」


 場の空気を読まないような沙希の発言に、真は思わず絶句する。

沙希の唐突過ぎる発言は、何度聞いても慣れることは無い。

「<M.A.I(マイ)>、抗体製造の準備だ。とりあえず、サンプルを採取するぞ」

 気を取り直した真は指示を出すと、『了解しました』とコックピッド内に声が響いた。


 女性を思わせるようなアナウンス音声である。

 <M.A.I>――アルヴァムに搭載されている|軍事AI《ミリタリー・アーティフィシャル・インテリジェンス》である。

 アルヴァムの機体制御のみならず、FCS《火器管制》や戦況分析などを仕事は多岐に渡り、地上や宇宙空間などに至るまでさまざな環境や状況、ミッションに対応できる汎用性の高い知性を持つバイオ・ホロニックス・コンピューター型戦術AIである。

 刻一刻と変わる戦況に対し、環境や状況を瞬時に分析し、時には持ち前の創発性を発揮して、自ら戦術の提案を行なうことすらある。

 咄嗟の搭乗者の命令や音声コマンドを聞き入れだけでなく、何気ない言葉のやり取りを理解し、受け答えする優れたコミュニケーション能力も持つAIであった。

 沙希の被るリンケージ・ヘルメットは、軍事AIとのインターフェイスでもある。

 副座席の操縦者である沙希は、軍事AI<M.A.I>とリンケージヘルメットを通し、同期状態シンクロナイゼーションである。

 M.A.Iの本体および中枢制御ユニットは、セラピューティッククローン技術により作られた人間の大脳そのものが使用されている。

 毎秒1000兆回ペタフロップスの演算が可能で、AI単独での二足歩行などの姿勢制御はもちろんだが、視覚映像の分析による三次元空間認識や、ナノセンサーによる嗅覚センシングすら可能とするほどの優れた処理能力を持つ。

 中枢ユニットは意識と魂は存在しない代わりに、擬似人格が存在し、人間の脳のような抑制機能は存在しない、R領域が拡大した、極めて恐竜脳に近い構造になっている。

 いわば抑制が施された人の脳と、解き放たれた脳が連結同調している。


 もともと真も沙希も『脳力』値が高く、ある特性を持っていた。

 ゆえに子供でありながら、軍事兵器を動かす役目を担っていた。


 真は腕部の制御をオートからマニュアルで動かす為に、右のアームコマンダーから手を離した。

 アルヴァムの移動方向や行動を指示する操縦桿で、サイドスティック式のグリップに指を入れて握るタイプのものだった。

  挿入部にはファンクションキーが備わって、親指が掛かる部分はガントリガー・キーになっている。

 従来のレバー式は、前後左右作動とボタンの長押しなど、単純な作業しか操縦しかできない。

 しかしアームコマンダーは、より多くのデータ入力が可能で、ボタンが五指それぞれにつき、圧力感知とコマンダーの前後左右、さらに角度により入力を行なう。

 

 アームコマンダーは多様な動作をファーマシンにさせる事が可能で、多種類の火器や武器を簡単かつ素早く管制する事ができる。

 操作するファンクションキーを事前に設定しておけば、ライフルを撃ちながら、別の武器の使用を操作できる。

 真はレバーから離した手を、開いたり閉じたり、指を滑らかに動かす。

 真の手の動きにアルヴァムのアームが同調するように同じ動きをした。

 アルヴァムのMTPS機能である。

 MTPS――モーショントレース型プロトコルシステムの略称である。 

 ファーマシンの首や上部の動きなどは、パイロットの向きと連動している。

 コックピット内にはパイロットの動きを感知するMTPS用センサーが設置され、おもに上半身の動きを追従する。

 器用な動きが必要なのはほとんど上半身であり、座って操縦する関係上、下半身の動きやバランス制御はフットペダルなどでオートで行なわれる。

  アーム部に関してはFCSなどと兵装システムと連動している関係上、通常はアームコマンダーのキー入力により制御するが、手を離すとコマンダーの圧力センサーが感知し、自動的にモーショントレーサー方式に切り替わり、搭乗者の腕の動きをそのままトレースするようになっている。

 脚部の蹴りなどの動きに関しても、フッドペダルから足を離すと同様に作用し、パイロットの人間の動きを、ファーマシンの動きに解釈・変換される仕組みになっている。

 真が手を伸ばし、人差し指を立てると、アルヴァムもアーム部を稼動させ、人差し指を一本伸ばす。

 さらに指先が開き、微細物採取用の探針プローブが飛び出すと、壁に付着している胞子を採取する。 

 探針は極先端で、表面の極微細な三次元的な様子や原子レベルでの解析も可能にする。

 手の形をした電子顕微鏡やスキャナーそのものといってもよい。


 五指のマニピュレーターは、細胞を採取するための探針以外にも、圧力センサーやバイオセンサーを備え、驚くほど繊細な動きが可能である。

 同時に胸部インテークがモーター音を発する。

『胸部採取孔およびプローブからサンプルを採取しました。分析を開始します』

 M.A.Iが答えた。

「はやいとこ頼むぜ」

『真さんのご期待に沿うよう、努力いたします』

 M.A.Iの返答に真は鼻で笑うと、アームコマンダーに手を戻す。

 探針が引っ込み収納され、アルヴァムのアームが自動制御オートマティックモードに戻っていた。

「……なんかぞわぞわする」

 沙希が突然呟いた。

「精神干渉か……?」

 真の言葉に、沙希は頷く。

「分らないけど、探られてる感じがする……意識の触手の様な物が伸びてきて、神経に触る感じ――」

 沙希の言葉に、真はモニターを確認する。

「多分、近くにいる……と思う。M.A.I、監視システムにアクセスして周辺状況を再分析して」

『了解しました』

 沙希の要求にM.A.Iが再び合成音声で答えた。

『施設内の管理システムを立ち上げます。近くの制御盤を開いてください』

「おし」

 M.A.Iの指示に従い、真は再びアームコマンダーから手を抜いた。

 映像を見ながらアルヴァムの手を動かし、近くの壁に設けられた制御盤に近づけていく。

 カバー扉にアルヴァムの手が触れると、真は鍵爪上に自身の指を曲げた。

 アルヴァムのマニピュレーターの五指が引っかかると、カバーを一気に引きちぎり、こじ開けた。

「……乱暴」

 ヘルメットから覗く唇を歪ませ、沙希は言った。

「時間がねーんだからしょうがねーだろ。MAI、やってくれ」

『はい』

 アルヴァムに収納されていた作業用アームが展開し、制御盤内のシステム接続用ポートに向って伸びると、オス端子を出現させ、そのまま差し込んだ。

 施設内で働く職員は全て退避が完了している。

 全システムも電源を切られ、活動停止状態だった。

 別枠の情報ウインドウがモニター内に映し出されると、施設内の制御システムが起動し、OSの読込が始まる。

「システムはまだ生きているみたいね」

 沙希の言葉に、「そうだな」と真は同意した。

『施設管理システム起動完了。システムへのアクセスが成功しました。このまま情報交換を行ないます』

 M.A.Iの報告と共に、真の目の前に現実拡張《AR》型情報ウインドウがオーバレイ表示され、重なるように浮かび上がる。

「どう?」

 沙希はM.A.Iに尋ねる。

『汚染は最深部と思われる区域から広がっていると推察されます。動体反応や熱源反応も確認されています』

 M.A.Iの説明を補足するように、システムの監視データから得た熱赤外線映像が別枠で表示される。

 アーキタイプが発光しているとはいえ、通路奥まで見渡せるほどの光量は無い。

 自らの存在を知らしめる程度の弱い光だった。 

 システムの端子からアームが引き抜かれると、再びアルヴァム機体に収納された。

『システムの起動により、ワイヤレス環境の使用が可能になりました。管理システムとの接続をこのまま継続してもよろしいですか?』

 M.A.Iの問いに、真は「ああ」と答えた。

「……やっぱり、一番下まで行かなきゃダメか」

 真はシートに寄りかかり、憂鬱そうに呟いた。

 産廃物処理施設区内部への立ち入り調査を行い、敵対生物の存在が確認された場合、すぐに殲滅を行なうことは事前に決定していた作戦事項である。

「元々そういう話でしょ。サクッと終わらせて食事にしようよ」

「だな」

 沙希の言葉に、真は同意する。

「地下への最短ルートは?」

 真はM.A.Iに尋ねていた。

『この先にロボティクス作業機用エレベーターがあります。そちらを使って地下へ行けます』

「んじゃ行きますか。M.A.I、ナビしてくれ」

『了解しました』

 真はアームコマンダーの舵を取り、フットペダルを踏むと、アルヴァムは再び歩き始めた。


 アルヴァムはエレベーターへ辿り着いていた。

 ロボティクス作業機搬入用の大型エレベーターだった。

 地下施設内では、採掘した資源を運び出すために、ロボティクス作業機を利用している。

 施設上層にはロボティクス作業機専用の整備を行なう為の専用倉庫まで存在した。


 エレベーターが到着し、金網式のシャッターが左右に開くと、アルヴァムはエレベーター内部に足を踏み入れる。

 床に描かれた黄色と黒の縞模様に囲まれた安全指定区域内に脚部を踏み入れ、機体を収める。


『最下層への移動を設定します』

 M.A.Iが音声アナウンスで知らせると、管理システム経由で、エレベーターを操作する。

 警告ランプが回転すると、アルヴァムを乗せたリフトが動きはじめた。

 暗く果てしなく続く縦穴を、エレベーターが降下していく。

 金属が軋みを上げ、吹き上げる風とモーター音がリフト内で反響し、呻り声と化した。

 金網張りのゲージが向う先は真っ暗で、肉眼では底の状況を確認することはできない。

 メインカメラに備わった光増暗視機能や熱赤外線映像機能でも、全体像を把握することは困難だった。

 何が待ち受けているかわからない奈落の底で、得体の知れない未知の存在が徘徊している事だけは事実だった。

 待ち伏せの危険性も極めて高い。

「……最下層にはアルヴァムは入れんのか? 今更だけどさ」

 真がM.A.Iに尋ねていた。


『はい、問題ありません。区画内部は職員および作業員の入室ルートの他に、事故発生時に際し、作業員の保護を目的とした作業機械での補修工事メンテナンスを前提にした設計になっています。ファーマシンでの搬入および機動に必要な最低空間容積は問題ありません。元々、作業工期の短縮をするために、ロボティクス型土木作業重機の利用した建設ですから』

「戦闘も問題なし……か」

 

 真が抱えている、戦闘に対する漠然とした不安さは隠しようもなかった。

 沙希も索敵作業に集中しているのか、無言のままだった。

 最下層に着くと、大きな反動と共にエレベーターが停止した。

 シャッターが開く。

「走るぞ」

 真は後ろの沙希に一声掛けると、歩行用フットペダルから足を離し、脚部走行輪用のアクセルペダルを踏む。

 二足歩行から脚部に備わった走行輪ホイールに進行方法が切り替わると、アルヴァムはエレベーター内を走り出た。

 アルヴァムは徐行スピードで通路内を突き進む。

 走行輪は空気の圧力で弾性を保っているのではなく、ゴム自身の剛性でタイヤの弾性を保つ、軍用車両で使用されているチューブレスタイヤだった。

 ゴム部分は非常に厚く、銃弾くらいで空気が抜けることはない。

  脚部走行輪での移動をアシストするドライビング・ナビゲーターの画面に、スピードメーターや毎分の電力消費燃費を始めとする情報をリアルタイムで表示し、パイロットをサポートする。

 アルヴァムのMRWIS(Machine's Runding and Waikinng Integrated System 統合歩走姿勢安定制御システム)である。

 歩行や走行はもとより、電子制御ブレーキやステアリング機能と一緒に統合制御し、理想的な運動性能を実現し、さらに危険な状況に至らせない高い予防安全性を両立する。

 メインカメラやレーダーからの得た路面状況や地形データを三次元的に解析し、操舵トルクに加え、歩行時のステップや車輪の角度を制御し、ステアリング操作の修正を最適にサポートし、急なステアリング操作や滑りやすい路面での旋回時などに横滑りを感知し、制動力や駆動力などを制御する。

 パイロットは制御が行われていることを感じることなく、イメージした進行ラインをスムーズに安定して走ることができる。

 特に車輪走行時は、サーボ機構と脚部車輪のサスペンションとショックアブソーバーを最適に制御し、高い操縦安定性と快適な乗り心地を両立する。

 MRWISの本体オートバランサー機能と連動し、球状のデータグラフで機体本体の姿勢や重心状況がHDDに表示される。

 アルヴァムに搭載したレーダーやカメラからの情報をM.A.Iが解析し、パイロットへの警告やブレーキの補助操作などを行う。

 オートバランサー機能により機体の重心制御は自動で行なわれていた。

 アームコマンダーでアルヴァムをハンドリングしながら、ホイールダッシュで移動していく。

 ショックアブソーバーの減衰や旋回時の機体姿勢をAIが制御し、スムーズな方向転換を提供する。 

 二足歩行時においても、AIによる各部アブソーバーの制御に加え、脚底に取り付けられた衝撃吸収拡散素材の特殊樹脂ソールなどにより、グリップと安定性の両方を実現し、機体の重量や移動による加圧を緩和し、接地面を陥没させたり、破壊することは無い。

 真の首の動きに添って、アルヴァムの頭部モジュールが連動し、メインカメラが通路内を映し出す。

 メインビューモニターに大きな人影が映りこんだ時、真は小さな声を上げた。

 人影の正体はロボティクス作業機だった。


 通路内に設けた窪み《ピッド》に、ロボティクス作業機が石像のように静かに立っている。

 パワーショベルかブルドーザーを人型化したような寸胴の体形で、全身がオレンジ色だった。

 重心の低い設計の二足歩行型で、警告灯をショルダー部に備えた黒と黄色の警戒色で縁どられた太い双腕の先は五指ではなく、コンテナが運びやすいよう三本指やフォークになっている。


 ロボティクス作業機はファーマシンの原型ともいえる人型重機であり、土木工事現場でおもに使用される。

 クライメットショック以降に急速に普及し、激変した環境の中で作業を行なう為に、安全性に十分に配慮した完全密閉型のコックピッドタイプが現在の主流である。

 有毒ガスや病原菌、致死性の高い細菌などが発生した場合なども操縦者の生命を守る設計になっている。

 アルヴァムもまた作業機と同様に完全密閉式であるが、軍用規格ミルスペック仕様のため、より高い気密性を保持し、NBC対応バイオフィルターを完備し、アーキタイプなどの微生物や細菌を一切通さない。

「……脅かしやがって」

 真が毒ずくと、沙希が後ろで笑った。

「笑うなよ」

 真は後ろを睨みながら言った。

「だって」

「それだけこっちは真剣にやってんだ」 

「そうだった。ごめんね」

 アームコマンダーでハンドリングを行いながら、耐圧用隔壁へ辿り着くと、真は一旦ブレーキをかけ、アルヴァムを停止させた。

『産廃物処理施設区前です』

 M.A.Iの合成音声がコックピッド内に響き渡る。

 真は、近くの現実拡張《AR》型情報ウインドウに映る脳波パターンを見た。

 シンカー沙希とM.A.Iの本体たる生体ユニット、両者の脳波パターンである。

 脳波のスパイクに乱れは無く、両者とも安定している。

 同期に乱れはない。

 ヘルメットを介して沙希の微量な脳波を感知し、機体にフィードバックする。


 中枢制御を司る軍事AI<M.A.I>との五感同調により、気配すら感じ取り、索敵を可能とする。 

 M.A.I単独での二足歩行などの姿勢制御はもちろんだが、視覚映像の分析による三次元空間認識や、ナノセンサーによる嗅覚センシングすら可能とするほどの優れた処理能力を持つ。

 M.A.Iのメインフレームおよび中枢制御ユニットは人の脳を細胞複製セラピューティック・クローニングしたウェットウェア型を使用している。

 ゆえにアルヴァムは人型である。


 真は機体の活動限界時間を確認する。

 アルヴァムの駆動方式はバイオ水素リアクターと生物燃料電池のハイブリット方式である。

 カーボンナノチューブ水素タンクを利用した排気物質の少ない自然環境に配慮した仕様で、バイオリアクター内の微生物が水素を生産し、それをジェネレーターに利用している。

 アルヴァムの内部バッテリーの余力は十分にあった。

「解析のほうはどうなってる?」

 真はM.A.Iに尋ねた。

『アーキタイプに間違いありませんが、詳しい分析結果はもう少しお待ちください。遺伝子の型が特定しだい、すぐに抗体の製造に入りますがよろしいですか?』

「ああ。速いとこ頼むぜ」

『了解しました』

 アルヴァムは主駆動のバイオ水素ハイドロリアクター用プラントとは別に、もう一つバイオプラントを持っていた。

 予備電力の保持や空気製造を行うパイロットの生命維持システムのみならず、もう一つ重要な役目があった。

「沙希、<M.A.I>、戦闘モードに入んぞ。火器管制システムを起動。安全装置を解除しろ」

 真の言葉に、沙希は「うん」と、M.A.Iは『了解しました』と答える。

戦闘コンバットモードへの移行を開始します。武器管制システム起動ウエポンシステム・アクティヴェータ

 M.A.Iの音声アナウンスと共に設定が変更され、アルヴァムが戦闘モードに移行していく。


 真はファンクションキーを押し、腰にマウントしていたライフルを握らせ、アルヴァムに装備させる。

 アルヴァムのメインカメラを保護する為、頭部パーツの庇に収納されていたバイザーガードが降り、バイザーを覆う。

 バイザーガードはマズルフラッシュなどの閃光防御のみならず、赤外線や紫外線などの不可視光線域の感知や目標捕捉を補助アシストする機能を有する。

 

 火器管制システムが起動し、アルヴァムのマニピュレーターを通し、ライフルとコネクタリンクし、マニピュレーターの手の甲にある銃火器照準用センサーが赤く光る。 


 FCSの起動と共に沙希が被っているヘルメット型頭部モジュールのTADS(Target Acquisition and Designation Sight)――目標捕捉・指示照準装置と連動し、シンカーの視界――正確には視覚野に照準点レティクルが表示された。

 同調者向けに翻訳調整された情報が視界に直接投射される。

『弾丸の設定はいかがなさいますか?』

 M.A.Iが尋ねてきた。

「HE弾を頼む」

 真が指示を出した。

『了解しました。HE弾をローティングします』

 ライフルから駆動モーター音が鳴り響くと、初弾が薬室に装填された。

 アルヴァムの持つ、ファーマシン専用アサルトライフルは、無薬莢ケースレス弾頭仕様の電磁加速式射出型のレールガンライフルである。

 グレネード弾を発射できる機構も兼ね備えている重火器で、弾丸はAP《徹甲》弾とHE《粘着榴弾》弾の二種類のミリタリーカートリッジが装填されている。

 本体制御によるセレクターにより、戦闘の最中に弾頭の切り替えも自由に可能である。

 敵対生物の生態にあわせ、適切な攻撃を加えられるように、ネフィリムがヨーロッパの老舗銃器メーカーと共同で開発したものである。

『戦闘モードへの移行を完了しました。真さん、確認をお願いします』

 M.A.Iの報告に従い、戦闘モードへのセッティングが完了したことを、真はモニターで確認する。

「オッケーだ。扉を開けろ」

『隔壁を開放します。十分にご注意ください』

 M.A.Iが管理システムを経由して、隔壁を開くようコマンドを入力する。

 ロックボルトが解除すると、重々しい音を響かせながら耐圧用隔壁が左右に開いていく。

 隔壁は三重構造式で、順番に開いていく。

 左右に隔壁が開くと、真は今度はフットペダルを踏んだ。

 二足歩行モードでアルヴァムは前に進みながら、センサーやソナーを全開にし、処理施設区画内の索敵を行なっていた。

 浄化処理施設区画内に続く真っ暗な通路は、打ちっぱなしのコンクリートで囲まれていて、天井や壁には配管がいくつも無数に走っている。

 通路先を出ると、大きく開けた場所に出た。


 産廃処理施設区画内だった。

 M.A.Iの報告どおり、区画内は空間は驚くほど広く確保されている。 

 アルヴァムが十分に動けるほどの空間スペースである。

 戦闘状態に入っても問題ない。

 地下の採掘現場は産廃物処理施設区やバイオリサイクルプラントが併設されている。


 施設内のゴミの集積所であり、産廃物などをナノマシンや機能性バクテリアなどを用い、可能な限り分解処理し、発生するガスなどはエネルギーに再利用する。

 排水などは可能な限り浄化され、海に排出される形になっている。

『アーキタイプの解析終了しました。引き続き、抗体製造を開始します』

「よろしく」

 真はモニターから眼を離さずに言った。

 人間が立ち入ったならば、その巨大な国に入ったのではないかと錯覚を起すほどだ。


 施設内専用の電気自動車やロボティクス作業機での移動が前提の空間構成はM.A.Iの報告どおり、広大であった。

 ファーマシンの背丈を超えるような、巨大な円筒型の大規模廃棄処理装置が幾つも並び、壁際には排水用の側溝が掘られている。


 柱が立ち並ぶ荘厳な遺跡か神殿、あるいは記念碑を思わせる。

 素材や資源を自在に生み出す可能性を秘めているナノテク産業を主幹とした経済システムは世界のスタンダードになりつつある。

 エネルギーや資源はもちろんのこと、持続成長可能な分野で、

 特に日本はナノテク産業において世界のトップを走り、国際競争力においても群を抜く技術力を持つ。

 国策においても重要成長戦略の柱の一つである。

 

 突如発生した新種の有害生物により、環境汚染被害が進む状況でありながら、環境ナノテクなどのナノテクによる社会インフラが発達し、被害拡大は辛うじて食い止られていた。


 敵対生物が身を潜めるには格好の場所だった。

 床には黄色と黒の警戒色で縁取られた点検用のハッチが至る所にあり、施設上部には手摺のついたキャットウォークが設けられている。

 上層部と同じように、アーキタイプと呼ばれる菌の繁殖が見られ、暗い中で埃のような淡い光を放っている。


「沙希、どうだ? なんか感じるか……?」

 真は頭上にあるバックモニターを見ながら尋ねる。

 機体各部に設けられた補助カメラの映像にも同時に気を配っていた。

 三六〇度周辺を映し出し、さらに動体検地センサーを備えたアルヴァムに死角はない。

 さらにMAIが周辺状況の変化を知らせ、真をサポートする為、安全対策は万全だった。

「……うーん」

 沙希は返答に困ったように唸った。

「なんか鳴りを潜めちゃったみたい」

『熱源反応や動体反応、共にありません』

 M.A.Iの報告に真は頭を掻く。

「てっきり、待ち伏せ《アンブッシュ》してると思ったんだけどなあ……当てが外れたかな」

 真はメインモニターを見る。

 HDDの熱赤外線映像にも変化は無い。

「……隠れてるのかも。M.A.I、MDFをレベル2で展開して。精神防衛と索敵を一緒にするから」

 沙希が指示を出す。

『了解しました。わたしと沙希さんの同期レベルを引き上げます』

「うん、お願い」

 MDF――|形態共鳴防御場《モルフォジェネティク・ディフェンス・フィールド》のことで、アルヴァムに搭載されている、敵対生物からの精神干渉を防ぐための、形態共鳴場を利用した精神防衛戦術システムである。

 バイオフィードバックを応用した精神防衛工学技術で、人間と機械の脳を直接的に同期状態にすることにより、MDFを恣意的に発生させることができる。

 沙希とM.A.Iの同期はMDFの発生のみならず、互いの脳内の不備を補い、特性を共有することで、操縦者の『脳力』を飛躍させる意味もある。

 バイオフィードバック型形態共鳴場は、直結されていない真までも影響を及ぼし、搭乗者同士の精神状態の安定化すら齎す。

 MDFは沙希のイメージに従い、敵対生物からの精神攻撃への防衛のみならず、さまざまな形をとる。

 防御はもとより、攻撃的な形を描くことで相手を牽制したりする。

 また形態共鳴場の展開により、一種のバイオセンサーとして扱うこともできる。

 沙希クラスの操縦者になると、操縦席にいながら、皮膚感覚的に機体外部の状況を捉えることも容易だった。

 沙希はアルヴァムの周囲に半球状の壁をイメージすると、敵の存在を捕らえるために、アルヴェムを中心とした波紋の軌跡を描くようなイメージを付け加えた。

 石が水面に投下され、広がっていく波紋ように、MDFセンサーの波が周囲に伝播していく。

 突然、センサーが反応し、モニター画面に警告が入る。

 赤外線および区画内の室温パターンも変化が生じ、操縦席内に一気に緊張感が走った。

『熱源増大、移動物体の存在を確認しました。ご注意ください』

 M.A.Iが警告した。

「ステルス能力……!? 背景に擬態してた……!?」

 沙希が驚いたように言った。

 沙希の予想通り、敵対生物の力であるステルス能力だった。

 背景に溶け込んでいる――ように見せているに過ぎない。

 人間の視覚野そのものに干渉し、情報の書き込みを行い、偽情報を送り込んでいる。

 ゆえにノーマルの状態では絶対に人間には知覚できない。

 驚異的な知覚能力を持つ沙希だからこそ、見破ることができた。

「……ミスったかも。MDFの展開がかえって刺激したみたい。来る……!!」

 沙希の声がコックピッド内に響いた。

 突然、闇の中に、光の粒が集まったような大きな塊が出現した。

 光の塊は形を徐々に現し、二枚の翅のようなものを背に生やしている。

 頭部は存在するが目も鼻も口も無く、のっぺりとしている。

 幼生の外見のままで成熟する幼形成熟ネオテニーの特徴を有しているため、どこかユーモラスだ。

 上半身はどちらかと言えば、女性に近いような体つきをしている。

 胸が膨らみ、乳房のような形を成している。細く、たおやかで、柔らかそうだが、下半身は脚部は無く、蛇のようだ。

 手が四本存在し、仮足を担う触手が下半身から生えでてくる。

 全身から淡い光を放ち、発光している。

「――擬天使エンジェリック……!!」

 沙希が声を上げた。

 擬天使――と呼ばれる存在の体からは、発光体を撒き散らしていた。

 ルシフェラーゼ――発光バクテリアやホタルなどの生物発光において、発光物質が光を放つ化学反応を触媒する作用を持つ酵素の総称である。発光酵素とも呼ばれ、堕天使の名に似ていることから、「擬天使」という俗称がついた所以である。

「……アブラクサス型か」 

 アブラクサス型天使――「両位の神」と呼ばれる蛇型の天使である。人型の上半身に、まったく別種の下半身というようなパラドキシカルな身体構造を持つタイプの擬天使である。

 善にして悪なる存在、対比もしくは対立する組――天使の性質を象徴するような形を成している。

 最も出現率の高い擬天使種である。

 擬天使本体も頭から尻尾の先まで全て生物発光している。

 美しかった。

 真は、素直にそう感じた。

 異形な姿をしていながら、心は完全に魅了されていた。

「真、気をつけて! 変成意識状態アルタード・ステイツへ引き込まれている……!!」 

 シンカーの沙希から警告に、真はハッとなり、我に帰る。

 変成意識状態――擬天使が引き起こす精神干渉現象で、本来は日常的な意識状態、睡眠状態以外の意識状態を指す。

 変性意識状態は「宇宙」との一体感、全知全能感、強い至福感などを伴い、この体験は時に人の世界観を一変させるほどの強烈なものと言われる。

 その体験は精神や肉体が極限まで追い込まれた状態、瞑想や薬物の使用などによってもたらされるとされる。また催眠等による、非常にリラックスした状態を心理学上こう呼ぶこともある。

 擬天使の精神干渉は、変成意識状態を強制的に引き起こし、強烈な宗教体験を錯覚させ、

対象者を取り込む。

 宗教体験は、脳内に劇的な変化を齎し、被験者本人の価値観や趣味、嗜好を激変させ、暴力衝動の解放、価値観の変貌、記憶の改竄さえ行なう。

 また、信仰心を芽生えさせ、自らを信仰の対象として認識させ、あまつさえ、人類の敵である擬天使を崇拝対象あるいは上位存在として、崇めようとするタイプさえいる。

 神あるいは天使を僭聖する存在として、擬天使は人類の憎むべき存在であった。 

 アルヴァムに搭載された戦闘AIのバイオフィードバック防御とMDF展開だけが、擬天使の精神干渉に対抗できる現段階での対抗策だった。

 精神干渉を振り切るように、真はアームコマンダーのトリガーの安全セーフティーカバーを親指で弾くように開ける。

 ライフルとトリガーの安全装置が解除され、攻撃目標を擬天使へ定めた。

 管制システムを司るM.A.Iが照準や発射タイミングなどの最適値を算出しながら、バックグラウンドでパイロットのサポートを自動的に行なう。

 アルヴァムがライフルが擬天使に向けると、真はトリガーボタンを押した。

 電磁加速現象が起す蒼白いマズルフラッシュと共に、正確無比の攻撃が銃口から放たれる。 動力駆動による自動装填を行ないながら、ライフル弾は擬天使の強靭な身体を貫いていく。 

 放たれている弾頭は、対擬天使用30ミリミリタリーカートリッジHEDP弾である。

 軟目標の破壊を目的とした榴弾で、周囲に擬天使の肉片を待ち散らさないようにとの配慮である。

 砲撃の苦痛に抗うように、擬天使が大きく吼えた。

 姿やイメージとは裏腹に、獰猛な野生の動物が雄叫びを上げるような、怨嗟に満ちた叫びだった。

 ガラスを擦り合せた様な、不協和音を同時に奏で、天使の苦悶する声が、高揚していた操縦者の精神を現実世界へ引き戻す。

 擬天使は、威嚇するように、四本の手と四枚の翼を左右上下に広げた。

 頭部真横に線が走ると、真横に割れ、口腔が形成された。

 開いた口の内には、びっしりと小さな牙が密集している。

 攻撃を受けた銃創部に滲出液――カルスが噴き出すと、細胞が盛り上がる。

 カルスとは、固形培地上等で培養されている分化していない状態の植物細胞の塊である。 植物細胞の分化は何種類かの植物ホルモンの濃度比によって制御され、カルスの作製や維持、植物個体への再分化を操作できる。

 銃創が見る見るうちに再生されていく。

 再生速度が異常に速い。

 植物の特性すら兼ね備えた、天使の異常なる細胞再生機能である。

 擬天使の身体表層部が硬質化し、蟹の外骨格のような外装に覆われていく。

「外殻化現象に攻撃性の顕現――」

 沙希が呟く。

「……本性を現したな」

 真はトリガーを押したまま、銃撃を続けた。

 擬天使は加えれた攻撃に対し、分刻みで対応策を生じ、急速に発展進化する。

 外殻化現象――擬天使の武装現象の一つである。

 樹木は傷害や感染に対し、傷害周皮を作り上げる。

 傷が付いた、あるいは病原の感染を受けた細胞周囲で、内樹皮の柔細胞が分裂を始め、傷害周皮となる。

 傷害周皮と感染細胞の間の生細胞は全体を守るために破棄される。

 擬天使も同じ作用を起し、負傷した箇所を中心に外殻装甲を形成することで、攻撃へのさらなる耐久性を高める場合がある。

 柔軟性に富み、状況に応じ、身体を変態させていく擬天使は人間にとってまったく厄介な敵だった。

 HE弾では、擬天使の外殻装甲に効果は薄かった。

 外殻装甲がHE弾を跳ね返す。

 操縦桿のトリガーを押しながら、真は舌打ちをする。

「沙希、HE弾からAP弾へ変更しろ!! <M.A.I>、免疫防御は……!?」

『抗体製造および濃縮化作業、現在進行中です。完了まで、およそ240秒です』

 真の問いに、<M.A.I>が合成音で回答する。

 補助モニターに映る作業進行中を示すタスクバーが、じれったいほどにゆっくりと伸びていく。

 ライフルの弾倉がローティングし、弾頭の種類が切り替わる。

 擬天使が牙を突き立てようと口を大きく広げながら、アルヴェムに向ってくる。

「弾頭の設定変更、オッケーよ……! 後退バックして距離をとって……!!」

 沙希の言葉に従い、真はアームコマンダーをバック方向に入れ、アクセルペダルを踏む。

 脚部走行輪を地面に降ろし、後方へ下がりながら、擬天使の顎をかわすと、真は射撃を続ける。

 貫通力の強いAP弾は、擬天使の角質装甲を貫き、穴だらけにしていく。

 しかし、破壊力という点ではHE弾に劣る。

 事実、肉が盛り上がり、AP弾の銃創がすぐに再生してく。

「くそっ! 意味がねえ……!!」

 トリガーを押し続けながら、真は舌打ちした。

『弾切れです。弾倉の交換を行ないます』

 アサルトライフルから弾倉が自動排出されると、バックパックに折りたたまれ、収納されていた二重関節式の補助アームが伸び、予備の弾倉マガジンの再装填作業を行なう。

 アルヴァムからの攻撃の手がやんだ時、擬天使が四枚の翼を広げ、全身を震わせた。

 翼が震え、不快な振動音を奏でながら、同時に真と沙希に、不快感が全身を襲う。 

 擬天使からの精神波だった。

「……M.A.I! 精神防御を強化して!!」

 沙希の指示がコックピッド内で飛ぶ。

『了解しました。MDFレベル4まで上昇、形態共鳴場を強化します』

 真と沙希が焦る中、M.A.Iだけは冷静だった。

 沙希はMDFの形をアルヴァムの周りをドーム状のスクリーンで護るように、より強くイメージする。

 沙希のイメージに呼応するようにMDFが強化されたことに刺激されたのか、擬天使は蛇のような下半身をうねらせた。

「装甲もお願い! ゲルの弾性も最大で……!!」

 沙希が敵の動きを察知し、別の指示を出す。

『了解しました。衝撃に備えてください』

 M.A.Iはアルヴァムの装甲の強度を引き上げる為に、装甲表面を覆っている自己組織化コーティングの設定を変えた。

 電荷の変異により、分子配列の設定が変更されると、装甲の表面にはLEDのような光点が瞬き、線となってパターン模様を走り描く。


 アルヴァムの装甲はナノ合金装甲に自己組織化コーティングを施したスマート装甲と、さらにダンパーシールド構造の三重仕様になっている。

 ダンパーシールド・ゲルは宇宙船や宇宙ステーションなど、スペースデブリを防ぐ為の船殻構造技術を応用している。

 装甲のすぐ下に敷き詰められたダンパーシールド・ゲルが内部への貫通や衝撃を緩和する。

 さらにゲルは衝撃吸収のみならず、密閉性を高める役目を担っている。

 細菌等の侵入を防ぐ為に、機体の全身殆どを包んでいる。

 ゲル機能による高い密閉性は、ファーマシンの各部間接に使用されている潤滑油の揮発や蒸発をも防ぎ、宇宙空間のような真空上でも問題なく駆動する。

 丸太のような尾を鞭のように振るうと、擬天使はアルヴァムにぶつけてきた。

 擬天使の、精神および物理的な両面からの攻撃をまともに喰らい、アルヴァムはよろめく。

 機体装甲の耐弾性とダンパーシールド・ゲルによるショックアブソーバー機能が衝撃の殆どを受け流し、吸収緩和するが、コックピッド内が大きく揺れ、警報音が赤い光と共に鳴り響く。

 またコックピッド周りもフローティングシート方式のため、パイロットへの影響は薄い。

『製造終了しました。免疫抗体を散布します』

 あくまで冷静な、<M.A.I>のアナウンス音声がコックピット内に響き渡ると、真は眼を見開いた。

 同時にファーマシンの優れた自動重心安定制御オートバランサーにより、機体の体勢が元に戻る。

 アルヴァムの軍事AIが誇る二足歩行制御――人間が進化の過程で獲得した直立二足歩行能力そのものであった。

 アルヴァム胸部の排熱口を兼ねたダクトスリットが起き上がると、抗体物質が散布されていく。

『防衛圏の形成を開始します。周囲クリーニング進行中』

 M.A.Iが周辺状況を冷静に説明する。

「M.A.I、引き続き投薬攻撃の準備へ入れ!」

 真が音声入力による指示を出す。

『了解しました。プラント内にて濃縮作業を開始します』 

 M.A.Iはすぐに次の作業に入る。

 戦術情報モニターに抗体物質が広がっていく様子が、CGで映し出される。

 擬天使が振りまく汚染物質の光が急に弱くなる。

 周囲に撒かれた抗体物質が、カビや胞子を弱体化していく。

 擬天使――と呼ばれる存在も、身もだえし、苦しそうな声を上げた。

『濃縮化終了。引き続きDDS処理の実行を開始します』

 再び戦術AIが進行状況を告げる。

「<シリングキャノン>準備! DDS処理終了と同時に抗体物質を薬室チャンバーへ装填……!!」

了解ラジャー

 真の命令を受け、M.A.Iは返事をする。

 モニターに次の作業状況が映し出される。

 DDS――薬物を効果的に輸送するための処理である。

 アルヴェムは右手を空けるために、ライフルを腰部付け根にあるユニバーサル・ジョイント式の武器用ホルダーに回し、懸架マウントした。

『DDS処理終了しました。シリングキャノン薬室内へ装填します』

 DDS処理された抗体物質が、アルヴァムの肩内部にある薬室槽へ送り込まれる。

「抗体物質の装填終了いたしました。シリング・キャノンの砲門を開きます』

 戦闘AIが無機質な合成音で返答すると、アルヴァムの左腕部マニピュレーターが収納され、兵装機能――シリング・キャノンの発射口が展開する。

 擬天使が再び精神波を放ってきた。

 不可視の攻撃は、コックピッド内に悪しき波動として、伝播してきた。

「……毎度、ワンパターンなんだから」

 吐き捨てるように言うと、沙希は集中力を高め、精神活動を活性化する。

 沙希と<M.A.I>とのバイオフィードバック効果により発生した形態共鳴場が、真の精神活動にも影響を齎し、二人の精神活動がより強化されていく。

 真と沙希、そしてM.A.Iの脳波状態と同調率を映し出す補助モニターにも変化が生じていた。

 α波が高まりと共に、主要神経単位の活動レベルを表すバーグラフが激しく波打ち、一気に上昇すると、<シンフォニック・リンケージ>と画面に文字が表示されていた。

 シンフォニック・リンケージ――真と沙希、そしてM.A.Iの脳活動と同期率が最高潮に高まった三位一体の状態のことを指す。

 三者の脳型は構造が全く違い、当然のことながら長所と短所を有する。

 男と女、人間と機械、と性別はもちろん生命活動の形態に至るまで、脳型はまったく異なる。

 しかし、それぞれの脳波が調和し、協奏曲シンフォニーを奏でた時、相反する者同士との完全同期現象を齎し、互いの欠点を補完し、脳のスペックを最大限に引き出すことが可能になる。

 シンフォニック・リンケージ状態の形成するMDFは極めて強固で、擬天使の精神波の影響に毒されること無く、完全に跳ね除けていた。

 まさしく、<耐性者>の特性そのものだった。

 沙希はMDFの形をドーム状のスクリーンに攻撃的なイメージを加味していた。

 腕を伸ばし、指を広げ、握り、押さえこむようなイメージだった。

 攻撃的なMDFはすぐに効果を現し、擬天使が苦しげな悲鳴を上げた。

「いくぞ! 沙希!!」

 真か叫ぶと、沙希は「うん!」と力強く頷く。 

 濃縮型抗体物質を擬天使に攻撃投与するには、可能な限り近接戦闘圏クロスレンジに踏み込まなければならない。

『ライフリング回転、薬室チャンバー内の加圧を開始します』

 シリングキャノンの状態を伝える<M.A.I>の声に、真の眼は完全に擬天使を捕らえていた。

 シリングキャノンへ変形したアルヴェムの右腕がモーター駆動音の唸りを上げる。

 真の視線追従センサーが後を追う。

 フットペダルから足を離すと、真はアクセルペダルを踏み、さらにバックパック部のスラスターを噴射する為に、ファンクションキーを入れる。

 アルヴァムが擬天使目掛けて、急発進した。

 脚部排気口エキゾーストから熱風を排出しながら脚部車輪が駆動し、背部のスラスターが火を吹く。

 アルヴァムのコックピッド内に急激な加速と重力負荷がかかっていた。

 Gに耐えながら、真はアルヴァムを飛び込ませると、擬天使の懐に入った。

 沙希のTADSの視界の照準とシリング・キャノンが連動し、擬天使を攻撃目標に定める。

「目標を固定! いつでもどうぞ……!!」

 沙希が真に報告した。

「っしゃあ!!」

 真が気合を入れ直すよう声を上げると、アームコマンダーの<攻撃>を登録してるファンクションキーを押す。

 オート制御によりアルヴァムがシリングキャノンの発射口を擬天使の脇腹へ押し当てると、さらに真はアームコマンダーの発射トリガーを押した。

『――発射ファイア

 戦術AIの言葉が響き、圧搾空気と共に、抗体物質が擬天使の表皮を通じて放たれた。

 操縦席に投薬攻撃の反動が伝わる。

 投薬攻撃――製造した抗体物質を投与し、殲滅する攻撃戦術である。

 抗体物質のみならず、貯蔵している睡眠薬や鎮静剤などの数種のケミカルドラックも弾頭として強制投与できる。

 皮膚を経由して、抗体物質が擬天使の体内に伝送されていく。

 攻撃投与された濃縮型抗体物質は、薬物伝送ドラック・デリバリーシステム技術が応用されている。

 プラント内にはさまざまな機能性バクテリアやバイオマテリアルが混合されている。

 精製された抗体物質は、数種のナノマシンと化学物質が一緒に配合される。

 抗体が濃縮、精製が完了すると抗体物質を補助する為、標的指向化ターゲッティング運搬体キャリアー拡散制御膜リザーバー機能などをもった高分子構造体が自己組織化により形を成す。

 拡散制御膜リザーバーで包まれた抗体物質は、直接攻撃と同時に天使の経皮吸収もしくは体内に直接注入される。

 DDSはターゲッティングなどを設定し、擬天使の生体内環境の生理機能および防衛機能を破壊、もしくは浸透圧ショックにより、防衛機能をすり抜け、吸収促進剤と共に擬天使の身体へ急激に効果を発揮する。

 誘導体に導かれた抗体物質は、攻撃目標部に到達すると、拡散制御膜を解き、身体中に広がっていく。

 生体内環境を薬物の不活性化を防ぎ、薬物の安定性、吸収性の増大、作用の持続性を促す。

 これにより、特定の部位や細胞に攻撃を施すことも可能である。

 抗体物質を投与された擬天使の全身を駆け巡り、体細胞が急激に壊死や角質硬化現象を引き起こしていく。

 HE弾を跳ね返した擬天使の外殻装甲に亀裂が走り、血管が盛り上がり、身体を激しく痙攣させた。

 アルヴァムの腕部のリーチの長さが勝敗を分けた。

 

 トンネル内を轟かす様な断末魔の声を上げると、擬天使はその場に倒れた。

 死に抵抗するように、身体を激しくくねらせ、波打たせ、精神波を周囲に撒き散らす。

 だが、放たれる精神波は微弱なものに過ぎなかった。

 痙攣を繰り返すと、ついに擬天使は動きを止めた。

『擬天使、完黙しました。生命活動の停止を確認――』

 事実上の勝利を告げる、<M.A.I>の機械的で無機質な声に、沙希と真は同時に大きく息を吐いた。 

「擬天使の生存を再度確認後、清浄化作業に移って」

 沙希はM.A.Iに指示を出した。

『了解しました』

 M.A.Iは擬天使の躯をセンシングする。

 擬天使の死骸は、細胞が崩壊し、石灰化を起していた。

『再確認を終了しました。殲滅対象から生命活動の反応は見受けられません。清浄化作業を進行します』

「うん、お願い。後は任せるから」

 M.A.Iの報告が終わると、沙希はリンケージ・ヘルメットの右側についているロック解除用のスイッチを押した。

 圧着が緩むと、両手で持ち上げるように脱ぐ。

 ブームに支えられたヘルメットから出た沙希の額には前髪が汗で貼り付き、後ろは乱れていた。

 真もアームコマンダーから左右の手を離し、シートベルトを外す。

 二人とも戦闘の緊張から完全に解き放たれていた。

 対照的に、各モニターやAR情報ウインドウには、周辺環境の状況がバーグラフで作業の進行具合が表示されている。

 アルヴァムの機体各部やダクトスリットから放出している抗体物質の散布量がさらに増大していた。

 そして、今もなお細胞が崩壊化が進んでいる擬天使の死骸がモニターに映し出されていた。

 真っ白に石灰化し、罅に覆われた擬天使の姿は、芸術家が作り上げた禍々しい石膏像そのものだった。

 罅が無数に走り、粉々になっていき、その形を失いつつあった。


「……終わったな」


 振り向く真に、沙希は無表情で見ていた。

「気を抜かないの。清浄化作業はまだ済んでないんだから」

 沙希は結っていた髪を解きながら、真に釘を刺す。

 長い髪が解け、周囲に舞い、広がると沙希の体臭が真の鼻に届いていた。

 甘く、どこか乳臭かった。

「……お前だって、ヘルメット外してんだろーが」 

 むっとする真に対し、


「まあね」 


 沙希の口元にようやく微笑が浮かんでいた。

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