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『火の宮』の姫  作者: 澤田 紅
1/18

誕生 二

あああああぁぁぁぁ・・・また間違えたああああ orz

「困り申した。」

「いやはやまったくですな。」

「お屋形様にはどのように?」

「いかにせん、隠した処で隠しきれるものでは無いわ。」

宮を司る神官と調停役の長老、歴学を治める(おきな)と呼ばれる一族の長老が額を集めての会談も、この事態にはさしたる妙案など出ようも無かった。

嘆息しつつ三人は早朝の光の中、左京家十八代目当主 左京陵悠の寝所に出向いた。

正室の迦絵が産褥に着いた産屋とは対極に位置する広々した続きの間から御簾越しに恐るおそる声を掛ける。

応えたのは低い落ち着いた声であった。


「児は産まれたか?」

影も見えない相手に向かって三人はハハッと平伏した。

「おめでたき事に親王様に御座います。」

「十九代目様の御誕生を心よりお喜び申し上げます。」

「これにて恙なくお世継ぎ様の儀、全くもって祝着しごくにて。」

祝辞を受けながらも男の声に変化は無かった。

「無事に育てば良いのだがな。迦絵は如何か。」

僅かに云い澱んだ神官が低く告げた。

「たいそうお疲れのご様子にて・・・これより祈祷を。」

「・・・ふむ、任せよう。大儀であったと伝えよ。」

話しを打ち切りかけた当主に長老が声を発した。

「お屋形様、しばし。実は・・・親王様御誕生の後、今お一方・・・三ノ宮様が御生まれになり申した。」

御簾の中の気配が変わった。

驚いた事に三人の前に現れたのは白絹の夜着もそのままの左京陵悠。

細面に何の感情も浮かべぬまま鋭い双眸だけが冷ややかに三人を見下ろしている。

「そのものは如何した。」

爺共の頭上に振り落ちた声は氷の様な冷気を纏っていた。

「・・・は、助産の根の者にいったん預けまして・・・」

恐れ入らんばかりに小さくなった三人に左京陵悠は告げた。

「止むおえまい。まだおなごで良かったと云う処だろう。」

そのまま背を向けると御簾の中に消える。

御前を下がって三人はやっとひとごこち着いた。




「双子と? 迦絵どのは・・・獣で在られたか。」

山の頂に左京家の館を望む二段下の瀟洒な屋敷には華やいだ空気が立ち込めていたが男の呟きに更に嬌声があがった。

「あれ、莉貴丸様。お口の悪い。」

「ほんに。御許婚様の母君で在らせられますに。」

「母上様とお呼びせねば天罰が下されましょうぞ。」

花が開いた様な艶やかな色彩の中央で応えたのはこの屋敷の主、京極莉貴丸だった。

「天狗様なぞついぞ出逢うた事も無い。天罰などと作り話であろう。」

綾絹の小袖に華やかな紋様を散らした肩衣を羽織り、ゆったりと寛ぐ気品に溢れた表情をすっと扇で隠す。

「一ノ宮には、よもや一度に二人も産むまいな。」

低めては有っても聞こえる程度の声音はさらに上がった嬌声にかき消された。


迦絵が双子を産んだ事は一昼夜と立たない内に山の二段、三段に住まう貴族たちに知れ渡っていた。娯楽の無い山の暮らしにこれほどのスキャンダルは無い。

下賤の者は人里に下りる事も可能だったし、実際出なくては敵の情報も掴めない。羨む訳ではないが貴人たちは常に退屈していた。

二ノ宮の後、長い時間を空けたがどうでも親王を望んだのは迦絵である。

懐妊の知らせを聞いた時も彼等にはどちらが産まれるか、無事に生まれるかでこの十月盛り上がっていたのである。双子誕生に飛びつかない訳が無かった。

「それで、二人目も親王か?」

「なんの、三ノ宮様にて。」

尋ねた莉貴丸に応えたのは彼の乳母だった。

(おうな)の位は左京家に次ぐ京極家と云う高位貴族に長く仕える証し。

当然人脈も多岐に及んでいた。

屋形内の話題など幾らでも手にはいる。だからこそ莉貴丸はこの乳母を懇ろに扱って来たのだ。

「さても御屋形様にはご心痛な事よ。」

呑気らしい言葉が本心なのか裏が有るのか、こればかりは幼い頃から傍にいる媼であっても計ることは出来なかった。




その里は常に戦の中に在った。

何時ともしれぬ古代より戦う一族として高位貴族は存在し、それを助ける与力として根の者は存在した。

未だに伝承されるは遥か太古の時代、その異形ゆえか不思議の力を持つがゆえか、人に追われて傷を負い苦境に落ちた天狗を救い護った一握りの村人に天狗が礼として与えた力だと云う。

貧しいながらも心清く欺く事を知らないその村で天狗は傷を癒した。

やがて迎えに来た仲間と共に去った天狗では有ったが、その後も長きに亘り村人と天狗達の交流は続き、やがて天狗の血を引く赤子が七人産まれるに至る。

言い伝えではその天狗の血をひく者が高位貴族。左京家や京極家、羽鳥家など七宝家となった。

その赤子は軒並み美しかった。

異形の血をひきながらも姿かたちは常人と変わらぬばかりか田畑の中で泥にまみれた生活をする百姓とはかけ離れた輝くばかりの珠の様な子等。

だが、どう云う訳か全員が眼を固く閉ざしていた。

在ってはならない存在に天が罰を与えたと嘆く赤子の家族たちに天狗は告げる。

『眼はやがて開く、開眼すれば宝力が使えようぞ。』

その言葉通りに十歳前後で眼は開いたが、不思議な事に開眼が遅い程宝力は強く具現する。

最後に開いた左京家の力は限りなく天狗に近い物だった。

故にこの血を護るべく七宝家内での婚姻が続くのであったのだが・・・


天狗の血をひかない村人たちの大半は、だからと云って羨む事は無く、むしろ美しく力を持つが眼の閉ざされた赤子を大切に護る事を自分たちの役目としていた。強大な宝力など無くても何の痛痒も無い。

天狗様が与えてくれた力の片鱗は、例え欠片であっても唯人とは云い難い強大な力である。

どの作物も豊かに実り、例年起こる山崩れや旱魃、洪水などの天災さえ無いうえ、流行り病や事故による怪我人も絶えてしまったかのように平穏な暮らしが続いた。

村は繁栄して行く。

人口は増えたが天狗の恩恵を受ける村に飢饉は無く、間引きや姥捨ては無くなり人としての生涯を全うする事が出来た。

やがて貴族の末端と里人とが混ざり里人の子にも強い宝力が具現するようになる。

当然産まれた子は眼が閉ざされていたのだが薄まった血は高位貴族とは異なり早ければ七.八歳、遅くても十歳程度の開眼となる。

力を増した里は穏やかにそして伸びのびと繁栄して行った。


だが、天狗の護りの無い外界は天災と人災により飢えと病が蔓延っていた。

時代は戦乱の様相を呈してくる。

人里離れた辺鄙な山村であるがゆえに気付かれぬまま長く続いた平穏もやがて世に知られることとなる。

七宝家当主が代替わりした三代目にそれは不意にやって来た。

その村を知り、力を知った者がそれを欲するは当然であろう。

場数を踏んだ商人達の最初のやんわりとした穏やかな接触は疑う事を知らぬ村人たちから上に繋がる。

献上される珍しい菓子や華やかな衣、重ねられる耳に嬉しい言葉の数々に貴人とは言っても未だ鄙びた田舎暮らしの者では籠絡されるのは当然の事。都に夢を繋いで外へと嫁ぐ七宝家の娘が相次いだ。

無論、彼ら商人達はその女人たちをも売り物とする。

外界の汚さ、怖さを知って泣いたとしても既に遅く彼女たちは天狗の血を残す事となる。

清浄な天空の里、黄金色に染まる夕焼けの空、穏やかな日々を恋いながら泣く姿を見て彼女たちの子は育った。自分を売った商人を恨み呪いながら死ぬ母を見送った。同じ血をひきながらその楽園に住まう親族と帰れぬ我が身を比べ子等も泣く。やがてその想いは渇望となり餓えた呪詛は凝り固まり魔を呼び込んだ。



里が襲われたのはそれから更に数世代が過ぎた後だった。

突如として襲ってきたのは魔に心を喰われた彼ら自身の同胞の末裔。

この里に住まう者を喰らえばこの里に帰れると、大いなる宝力が自らに宿ると、魔族に身を委ねたそれ等は云い放つ。

おぞましい外見は既に人の姿を止めてはいなかった。それに率いられた者たちも程度の差こそあれ怨念の籠ったぎらつく赤い眼で、伸びた鉤爪と瘴気のこもる息を吐き散らかし里人も貴人も構わず貪り喰らう。

阿鼻叫喚の中で里人の幾人かが立ち上がった。

貴人たちを護りながら仲間を率いて戦う事を選んだのだ。

攻め込まれて三日目、全滅を覚悟した時貴人たちの祈りが天狗に届いたと伝承では伝えている。

空を覆うばかりの天狗達による里移しの術が発動した。



酒を飲むと・・・・

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