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《臥待月の輝く夜は》

[2-2]


 もう何ヶ月前になるのか。もうはっきりとは覚えていない。そのくらいは前のこと。

 すぐ近所じゃない、怖いわね――と、ひなたが言った。食事の手を止めて見てみれば、テレビでは交通事故のニュースが流れていた。

 大型トラックと軽自動車の衝突事故。相当に酷い事故だったらしく、軽自動車に乗っていた一家は、ほぼ全員が即死と言うことだった。

 ――たった一人を除いては。


 ニュースキャスターの言うことには、一家の一人娘だけが、一命を取り留めたと言う。俺達と、そう年の変わらない子だったと記憶している。自分と重ねていたのか、ひなたが酷く同情的だったのを覚えている――滑稽なほどに。

 あの頃の俺が、どうでもいい他人の生きた死んだに何かを思うことなんてあるわけがなかったから、それは、「ただそんなことがあったのだ」と言う事実の確認以上の意味を持たなかった。

 ――なのに、皮肉なもんだ。そんな非人間のこの俺に、そのヒトは、彼女を引き合わせようと言うのだから。


「――見える? フェンスの前で、じっと空を眺めてる子」

 車椅子に座した一人の少女を指し示しながら、彼女は言った。

 この病院の内科に勤務する看護師の女性で、名は草壁くさかべ 幸子さちこと言う。少し前、逢花の一件で知り合ったヒトだった。

「……ふぅん」

 屋上への出入り口に張り付くように向こうを伺って、俺はそう、つまらなそうな声を返す。

「たつ兄、あからさま過ぎ。少しは興味ありそうな声出しなよ」

 と、俺の脇から屋上を覗き込んで言うのは、月子である。

「事実興味がないんだから仕方ねえだろ。てか『たつ兄』はやめろ。漬け物漬けるのがすげえ上手そうで嫌だ。……つかそれ以前に、何でお前がここにいんだよ?」

「ふふふ、おにぃが行くところ、月子ありよ」

 なんて、気持ちの悪い笑みで言いやがる月子。なんだそのちょっとしたホラーは。


 ……まあ、ホラーと言えば、屋上で一人佇む車椅子の少女も、十分にホラーなんだけど。夜の病院で出くわしたら、思わず悲鳴を上げてしまうかも知れない。

 その車椅子の少女は、遠眼からでも分かるくらい、全身包帯まみれなのだ。おまけに、どこかダークなオーラが漂っている気さえする。

「……正直、関わり合いになりたくねえ」

 自分でも気づかないうちに、そんな言葉が嘆息混じりに漏れていた。

「えーっ、ちょっとちょっとお兄ちゃん! それってちょっと冷たすぎないっ?」

 当然と言えば当然の、抗議の声。……だが、こいつから抗議を受けるいわれはない。

「…………」

「……お兄ちゃん?」

 俺の雰囲気を察したのか、月子は少しだけ静かになった。


 仕方ないので、嘆息してから告げた。

「……あのな。お前は知らねえだろうけど、俺ゃあここんとこ、余計なことに巻き込まれちゃあ、その度俺らしくないことしなきゃなんなくて、正直うんざりしてんだよ。せっかくの夏休みに、これ以上厄介ごと抱えたくねーの。……大体、そんな義理もねえだろ」

 そう吐き捨てた俺に、それでも月子は不満そうだった。

「……でも……あんな風に独りでじっと空を見上げて――……寂しそうだよ、すごく」

「……そりゃ、そうだろ」

 俺は嘆息した。

「聞いた限りじゃ、他に身よりもねえって話だし。おまけに家族は、自分のすぐ側で死んじまった。なのに、事故の後しばらく意識がなかったから、家族の死に顔すら見ることが出来なかったってんだろ。……自覚も何にもねえ。眼が覚めたら、いきなり家族がもうこの世にいねえって聞かされる――想像できるかよ」

 月子は押し黙って、何も答えなかった。


 もう一度嘆息して、俺は続けた。

「……それ以上に辛いのは――理解できないのは。……自分だけが生き残っちまったってことだろうな」

 その寂しげな瞳が、蒼い空の向こうに何を見ているのか――何を願っているのか。何となく、想像ができた。……なんて、そんな軽々しく言っちゃいけねえんだろうけど。

 自嘲的に考えてから、最後に付け足した。

「……だから、な。ちょっとかわいそうだとか、そんな軽い気持ちで関わっていいことじゃねえんだよ。……こっちは前に世話になっときながら、すまねえとは思うけど……さ」

 言いながら、伺うように草壁サンの方を見た。

 ――と。何故か彼女は、満面の笑みを浮かべていた。

「だからこそ、なんだけどね」

 そんな言葉。意味が分からず小首を傾げていると、

「……うん。今のお兄ちゃんなら、なんかだいじょぶな気がする」

 月子まで、そんなことを言った。


「あ、あのなあ、二人ともあんま無責任なこと言うなよ、俺はっ――」

「キミなら大丈夫だって」

 半ば慌てて発した俺の言葉は、そんな呑気な台詞に遮られた。

「一応、カウンセリングの先生は付いてくれてるから、よっぽどのことがない限りフォローは出来るわ。だから、お願い。境守クン――……起陽クンは。何も心配せず、あの子を折り紙教室に誘ってあげて? もちろん、元気づけてくれるなら、それだけじゃなくてもいいわよ?――信用、してるから、キミのこと」

 言うと、彼女はぱちんと一つ、わざとらしくウインクなどして見せた。……まあ、そんなものはどうでもいいのだが。しかし、この自己完結にも近い、有無を言わせぬ強引さは、何だかあのヒトに似ているような気がする。

 あのヒトに似ている、と言うことはつまり――

「……分かったよ」

 ……つまり、逆らえない、と言うことだ。嘆息して、俺は両手を挙げた。


 俺の言葉に、草壁サンは嬉しそうに、にんまりと笑う。

「うん♪ それじゃ、後はお願いね。あたしは、いない方がいいと思うから」

 そう言って、彼女は俺達に背を向けた。多少無責任かと思わないでもないが……まあ確かに、年の近い人間だけのがいいこともあるだろう。

 嘆息しつつも了承して、俺は彼女の背を見送った。

 そんな俺に、ふと、月子は言った。

「……ひなたさんに聞いてはいたけど、ホントに変わったんだね」

「あ?」

 意味が分からず声を上げたが、

「……ううん、そうでもないのかな。お兄ちゃんがこんなヒトだったから、わたしはここにいるのかも知れないし」

 そんな風に自己完結して、俺の問いには答えてくれそうにもなかった。

 ……まったく、俺の周りの女どもは。どいつもこいつも自己完結しやがって、俺の話なんて聞きゃしねえ。

 諦めて、嘆息した。

 そうしてそのまま、屋上で独り待つ、車椅子の少女へと足を向ける。月子も、慌てたように俺の後に続いた。


 車椅子に座すその後ろ姿に近づくと、重々しい雰囲気がより強くなったような気がした。……迷信を信じる方ではないが、何か得体の知れないモノが体にまとわりついてくるような、そんな錯覚すら覚えてしまう。

 きっと、迷っていたら、いつの間にかこの世のモノではなくなってしまうのではないか――そんな馬鹿げた焦りすら感じて、俺は歩み寄るのもそこそこに口を開いた。

「な、なあ、お前――」

 だが、

「――私を……迎えにいらしたんですか……死神さん」

 そんな台詞に、俺の声は遮られた。


 ――続けられる言葉なんて、あるわけもなかった。




【つづく】

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