《臥待月の輝く夜は》[3-3]
[3-3]
……女って奴は、変われば変わるもんだ。髪の色と服装、それにちょっとメイクが違うだけで、まるで別人になってしまう。
別に、それを詐欺だとか言うつもりはない。男も女も、見栄えが良くなるならそれに越したことはないだろうし、容姿を含めての「人間」だとも思うし。
ただ――見慣れない姿に対する違和感のようなものは、どうしたってあるだろう。どう接して良いか分からず、思わず眼を逸らしてしまうような。
……さして広くない部屋に二人きりでは、尚更だ。
俺の部屋である。
夕食の都合があるため、ひなた、月子と連れ立って帰ってきたのがつい先刻のことだ。
だが、部屋に着くや否や、ひなたは母親からの呼び出しで、一旦家に戻らねばならなくなった。
まあ、それ自体には何の異存もなかったし、困ることなど何もない――と、思っていたのだが。
……考えて見れば当たり前のことだ。この状況でひなたがいなくなると言うことは、つまり――そう言う、ことなのだ。
不自然に月子から顔を背けたまま、刻々と時は過ぎていく。
当初は、はしゃいだ様子であれこれと戦利品を拡げて見ていた月子も、今やすっかり大人しくなっている。……正確にどんな様子でいるのかは、分からないが。
「……ねえ、お兄ちゃん」
――いい加減、捻った首が痛くなった頃、月子は言った。
「……この服、どうかな?」
そう言われても、
「……見てないから分からんね」
そう言う他はない。
「もうっ、ちゃんと見てよっ」
御免被る。……だって、ひなたもいない状況で、不用意に見た目の変わった月子を見て、もし二年前みたいな気持ちになっちまったら、俺は――
「――ちゃんと見てってばっ!」
独り逡巡する俺の耳に、一際高い月子の声が鳴り響いた。
……気付いた時には、月子の顔を見上げていた。
両手を俺の顔の横に突いて俺を見下ろす月子と、それをぼうっと見上げるだけの間抜けな俺。
「……やっと、こっち見てくれた」
そう言って、嬉しそうに笑う。垂れた長い緑髪が、俺の頬をくすぐっていた。
「……ね、どう? この服……」
言われて、無意識に視線が彼女の体に――下った瞬間、理性を総動員して眼を閉じた。
「っ――お前っ、服着てねえじゃねえかっ……!」
「着てるよ、ブラとショーツ」
着てるって言わねえだろうそれは。
「何考えてんだお前っ! 俺たちはっ――」
「兄妹、でしょ?」
試すように月子が言う。
「っ――」
……言葉が、出て来ない。
「……わたしは、別にいいんだよ? お兄ちゃんがわたしを妹だって言えないなら、それでも」
言うや、月子はふいに体を沈ませた。快い薫りと柔らかな感触が、俺を包む。
「わたしは、お兄ちゃんの傍にいられるなら、どっちでもいい。お兄ちゃんと一緒にいられるなら、何でもいいの。……ねえ、お兄ちゃん――二年前の続き……しよっか……?」
「っ――」
……控えめに言って、月子はいい女だ。
器量もいいし、体付きも――あの人には負けるだろうが、俺好みのボリュームを誇っている。性格だって、お調子乗りなとこはあっても、根っこは優しい子だ。髪の色と服の趣味まで変えられてしまったら、非の打ちどころがない。
月子は可愛い。魅力的だと思う。抱き締めてしまいたいと思う。……いっそ、欲望に身を任せてしまいたい、と思わないわけじゃない。
――だけど。
だけどこんなのは違う。俺は月子とこんなことがしたいわけじゃないはずだ。
「――いい加減にしろっ!」
叫ぶと同時に、月子の軽い体を力任せに押し退けていた。
小さな悲鳴を聞きながらも、俺は背を向けて吐き捨てた。
「っ……何なんだっ! お前何なんだよっ!? 二年ぶりにひょっこり現れたかと思ったら、わけの分かんねえことばっかしやがって! 人の生活に首突っ込んで、引っかき回してっ……挙げ句にこんな、こんなっ――いったい何考えてやがるっ!? てめえはそこらの売女か、あぁっ!?」
迷いはなかった。……或いは、迷っている余裕がなかっただけか。我ながら、口汚い言葉を吐いたと思う。その言葉を聞かされる相手のことなんて、微塵も考えちゃいなかった。
「……んで」
ぽつり、と月子の声が聞こえた。
「――なんで、そんなこと、言うの……」
聞いたことのない、低く暗い声。
――いいや。いつか、どこかで、聞いた声。
「何で、そんなこと言うの……? わたしはただ、お兄ちゃんと一緒にいたいだけ……お兄ちゃんの近くにいたいだけなのに……どうして……? お兄ちゃんに……そんなこと言われたら……わたし……わたし……わ、たし……は――」
俺の思考を遮るように、月子の重い声が響く。
俺は――俺は。
……俺はもう、何も言えず。どうすることも、出来ず。ただ逃げ出すように、部屋を出ることしか出来なかった。
――月子独りを、そこに残して。
【つづく】