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《臥待月の輝く夜は》[3-2]

[3-2]


 優さんをベッドに落ち着かせた頃、見計らったようにケータイが鳴った。

 発信は、ひなたから。メールも届いていて、『HELP!><』などと書かれている。

 ひなたは今日、月子を連れて買い物に出ているはずだから――大方、荷物持ちに来いとでも言うのだろう。……くだらない。

 だけど、吐き捨てる俺に、私はいいから行ってあげて、なんて優さんは笑う。

 俺の気持ちも知らないで、と言ってやりたかったけど――ここに残ったところで、俺が優さんに出来ることなど何もない。……役立たずなのは事実だった。

 むしろ、俺がいたら、優さんはゆっくり休むことなど出来ないだろう。……無理をしてでも、笑おうとしてしまうヒトだから。

 ……だから、まあ、つまり。

 今の俺には、そのくだらない呼び出しに応じるしか選択肢はなかったのである。


 ひなたからの呼び出しで訪れたのは、隣町のショッピングセンター。

 某企業の工場跡地に立地するそれは、ファッションや飲食は言うに及ばず、映画館からスポーツセンター、動物病院を含む各種医療施設までもカバーし、中央図書館に科学博物館なんてものまで隣接すると言う、地方の一商業施設にしては中々の規模のものだ。

 ファッション関連だけ見たって胸焼けがするくらいだ。ウインドウショッピング好きの女連中なら、それこそ丸一日時間を潰すことなど造作もないだろう。

 日暮れにはまだ時間がある。朝もはよから出向いていたにしても、この呼び出しがお開きの合図であるならば、早く終わった方なんだろう。

 ……もっとも、単に荷物が持ちきれなくなっただけと言う可能性もあるが。……それを俺が担いで帰るってのか……?

 嘆息しながらも、足は素直に待ち合わせ場所に向かっている。変わった変わったと言われても、正直さほど実感はなかったのだが――確かに、お人好しにはなったのかも知れない。


 ひなたの姿は、到着後間もなく見付けることが出来た――のだが、すんなり合流と言うわけにはいかなかった。

 ひなたの傍に、若い男が二人。

「――だからっ、ヒトを待ってるんですってばっ」

「えー? いーじゃん、そんな待たせるようなヤツなんてさー」

「そーそ、俺らなら女の子待たせるようなことしないしー。カラオケでもいこーよー」

 苦い顔をするひなたに、軽薄な笑顔で食い下がる男たち。

 ――一目見て、それがそう言うことなのだと知れた。

 別に、誰があいつをナンパしようが俺には関係ない。他人の色恋なんぞに興味はないし、好きにしたらいい。仮にひなた自身が誰かとそう言うことになっても、俺がどうこう言うことじゃない。

 ――が。少なくとも今の俺は、あいつに呼び出されてここにいるわけで、だとすれば、妨害する権利があるわけだ。こちとら、女二人を拾ってとっとと帰りたいんだからな、うん。


「……邪魔するぜ」

 妙な言い訳臭さを感じつつも、俺は声を掛けた。

「あ! 起陽っ……!」

 俺の名を呼び、あからさまにほっとした顔をするひなた。

 それが気に食わなかったのか、

「あ?」

「んだテメー」

 険のある声を俺に向ける男たち。

 ……何と言うか、分かり易いな。こう言う手合いってのは、どいつもこいつも似たような反応だ。脅せば我が通ると思ってやがる。

「……悪いな、そいつ、俺の連れなんだわ。解放してやってくれるか」

 嘆息しつつ言ってやる。

 だが、それで引き下がってくれるなら世話はない。

「解放しろ、だあ? 俺らが悪いみてえな言い方じゃねえかよ、おい」

「テメー、舐めた口きいてんじゃねえぞ、ぶっ殺すぞ」

「――テメーらに、人殺す覚悟があんのかよ」

 睨め付けて、言ってやった。


「え」

「へ」

 子供みたいな声を上げて、きょとんと眼を丸くする奴ら。

「……殺すつもりで、人殴ったことがあんのかって聞いてんだよ」

 今一度、繰り返した。

 今度は言葉の意味が分かったのか、男たちは僅かに後退った。

「な、なに言って……?」

「な、なあ……?」

 ぎろり、と更に眼に力を込めた。

「――人のどたまから、赤いモンが噴き出すとこを見たことがあんのかって聞いてんだよ」

 言いながら、腰の後ろから手に馴染んだ得物を取り出して、これ見よがしに振り下ろした。

 ガキン! と殊更大きな音がして、伸縮部がジョイントする。

「ひっ」

「ひゃっ」

 条件反射のような、情けない声。

 もしかしたら、その恐怖が思い出させたのかも知れない。男の一方が、瞬間、ハッとしたように眼を見開いた。

「そ、その得物……それに、『タツヒ』って言ったか……?」

「え……それってまさか」

 もう一方の男も気付いたらしい。

「お前――『境守起陽』……か?」

「…………」

 無言の肯定をしてやる。別に何か意図があったわけじゃない。ただ、面倒くさかったから。

 だが、奴らにとっては脅しになったらしい。眼の前の男が「そう」なのだと悟るや、男たちは悲鳴も上げずに走り出した。

 無様な背中が見えなくなるまで見送って――嘆息した。


 脱力したようにその場へしゃがみ込み、地面に得物を押しつけて収納しつつ、背後に声を掛けた。

「……めんどくせえことに巻き込まれてんなよ」

「あたしが悪いわけじゃないもんっ! ――って言うか、起陽ってば、まだそんな物騒なもの持ち歩いてるのっ!?」

 ……やぶ蛇だったか。

「――っと、そーいや、月子は?」

 俺は慌てて話題を変える。

「え? ……何言ってるの?」

 不思議そうにひなたは言った。

「月子ちゃんなら――さっきから、ずっと一緒にいるじゃない」

 こいつは何を言っているんだ? そう思った。

 誓って言うが、俺はひなたの姿しか確認していない。そこには、確かに、月子の姿はなかった。ひなたしかいなかったのだ。

 ……いや、違う。ひなたしかいなかったわけじゃない。

 確かに、俺の見知った人間はひなたしかいなかった。月子はいなかった。

 ――けど、そこにはもう一人、見覚えのない少女が立っていたのだ。

 月子とは似ても似つかない少女。清楚な雰囲気の装いに、長い黒髪をした――

「あら、まさか可愛い妹の顔が分からなかったの?」

 よく知った声が耳を打つ。

 挑戦的な声。何故か嫌な予感がして、恐る恐る振り返れば。

「どうかした? ――おにーちゃん?」

 よく知った、けれど見覚えのない少女が一人――どこか得意げな顔で、笑っていた。




【つづく】

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