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最終話 てのひらの外側

入院生活中、スマホは持ち込めなかった。

アプリが開けない日々。


最初は気になって。

窓から見える木々の緑にも、アプリを思い出した。


時間とともに、慣れて。

ふと、気づいた。

こころが楽に、なってきた。


サイドテーブルの上の、封筒。

これからのことを、考えてみる。


――合わない靴。


履き続けたくない。

自然と、そう思った。


「……やめれるのかな」


医師に相談して、許可をもらい。

夫の面会の時に、スマホを持参してもらった。


退会について、聞いてみた。

できます、と言われた。

でも。

『退会者がほぼいないため、退会後については保証しかねます』

その一言が、頭から離れない。


決まらないまま、退院を迎えた。


アプリを開く。

タスクが並んでいる。

緑じゃない。

こころが、ざわざわする。


口もとに、手が引き寄せられる。

おやつを食べ終わった子どもが言った。


「お母さん、困ってる?」


「大丈夫」と言いかけて、やめた。


「…うん、少し。困るかもしれなくて、悩んでる」

「そっかぁ」


歯磨き粉をハブラシにつけながら。

子どもが、なんでもないように言った。


「困った時に考えるのじゃ、だめ?」

「……。……だめじゃない、かも」


こどもが、いつかと同じように笑った。



翌日。

退会を申し出た。

面会の予定が組まれた。


画面の向こう。

担当者が、首を傾げた。


「何かご不満がありましたか?」


少し考えた。


「いいえ。ありませんでした」

「…では、どうしてご退会を?」

「私には、合わなかったみたいです」


担当者は、地面から逆さまに生えた家を見たような顔をした。


退会の意志を再確認されたあと。

数日後、退会は受理された。


仕事からの帰宅途中。

信号のない横断歩道の前で。


黄色いカバーのランドセル――1年生。

足を1歩踏み出そうとしては、止まる。


声を、かけてみる。


「大丈夫?」

「……わたるタイミングが、わからなくて」

「いっしょに、渡ろう。ちょうど私も、渡るところ」


「ありがとうございました」と、立ち去る小学生の背中を、見送った。



眠る前。

スマホを見る。

アプリから、通知がきている。


――復帰プログラムはいつでもご利用いただけます。

――あなたとお子さまの未来を、私たちは応援しています。


「もし困ったら、考えます」


アンインストールを、した。



翌日、朝。

夫に、声を掛けた。


「あのね、アプリ、消した」


夫が少し驚いた顔をした後。

優しく笑った。


「そっか」


朝食をみんなで囲んで。

夫と子供を送り出す。

自分の準備をする。


ふと、口紅が目に入った。

しばらく使っていなかった、ローズピンク。

好きだった色を、久しぶりに唇に乗せる。

鏡の中の自分が、柔らかい表情に見えた。


ローヒールを履いて、ドアをあけて。

だれにともなく、声に出した。


未来保全機構(FPO)

加入率 99.97%


「いってきます」


手の届く範囲で、できることをする。

これが、私に合った靴。

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