第一話 みんなで守る、みんなの未来。
普通でいることは、難しくない。
アプリのタスクをこなしていれば。
並んだ緑が、心地よかった。
「いってらっしゃい!」
ゴミ袋を持った夫と、ランドセルの子供を送り出す。
あおいは、適当に目についた口紅を塗って。
急いで自身の身支度を済ませた。
平日の朝は忙しい。
朝食。
子供の支度。
夫を送り出して。
自分も、家を出る。
電車の中で、スマホを開く。
立ち上げたままのアプリ。
『未来保全機構(FPO)』
任意加入にも関わらず、加入率は99.98%。
子供へのサポートが、手厚いから。
子どもが一晩、嘔吐した翌朝。
すぐに、診察を受けられた。
点滴を受ける子供の横に付き添って。
ようやく、息ができた。
アプリには、箇条書きのタスク。
一番上の項目。
『お子様の準備』
朝食を食べさせた。
持ち物と身だしなみを確認した。
黒い箇条書きの丸をタップする。
緑に変わる。
電車が減速に入り、あおいは足を踏ん張った。
会社に行って、仕事して。
昼休みに、アプリ内で他の母親と交流して。
帰ったら、子供に読書を促して。
家族と会話して。
いたって普通の、毎日のタスク。
開いた電車の扉。
人波の流れに乗り、改札を通る。
爽やかな朝の空気。
「今日も、がんばろう」
あおいは、ローヒールで歩きだした。
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パソコンのキーボードを叩く音が響く室内。
区切りがついたらしい同僚が、口を開いた。
「昨日のフィギュアスケート、見た? めちゃくちゃ感動した!」
「うんうん、すごかったよね!」
ネットニュースで、その話題は流し読みした。
実際には、見ていないけれど。
「金メダル、すごいよね!」
笑顔で相槌を返した。
昼休み。
弁当を食べながら、スマホを開く。
アプリ内で、他の母親に挨拶をする。
「こんにちは!」
元気な笑顔が伝わるよう意識して、メッセージを送った。
『交流』のタスクが、緑になった。
帰宅後。
夕食を作りながら、子供に声をかけた。
「宿題、終わった?」
「うん、読書もすませたよ」
「すごい! うちの子、最高!」
子どもも、笑顔。
あおいも、笑顔。
『学習・読書』が緑になった。
夫が帰ってきた。
出来上がった夕食を、テーブルに並べる。
「わぁ、今日はからあげだ!」
「あおいの唐揚げは美味しいもんな」
「熱いから、気をつけてね」
美味しい匂い。
温かい空気。
夫と子どもの、笑顔。
あおいも、笑顔。
『家族・子供との会話』が緑になった。
21:00
子どもがベッドに入るのを、見届ける。
「…お母さん」
「なに?」
「学校の係、希望したのになれなかった」
少し、沈んだ声。
「……何が希望だったの?」
「保健係。でも、お便り係になった」
「そっか。それは……残念だったね」
「うん」
言葉を探しながら、口を開く。
「お便り係って、大変なの?」
「分からない。初めてだから」
「そう……」
なんて返すのが正解だろう。
あおいが迷っていると、ふっと子どもが息をもらした。
「…まぁ、いいけどね」
「いいの?」
子供は目を閉じて。
「やってみて、困ったら、その時に考えるから」
楽観的のような、頼もしいような。
「そっか。……頑張ってね」
「うん」
あおいは、部屋の電気を静かに消した。
寝る前、ベッドの中でスマホを開く。
全部、緑になっている。
今日もちゃんとできた。
ふと、口元に手があることに気づいた。
口から離す。
深爪を治そうと、頑張っているところだ。
あおいは穏やかな顔で、目を閉じた。




