第5話「郷土の名にて、拳を掲げよ」
空崎錬場での継承から、数日後。
私は、高知市内にある白い石の建物の前に立っちょった。
「アルマ教会……土佐支部か」
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
音のない、冷たくて神聖な空間。
教会ってより、病院の中みたいやった。
けんど、拳を継いだ以上――逃げられんき。
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通された礼拝堂には、祭壇がひとつ。
その上に、ゆらゆらと揺れる光の玉が浮かんじょった。
「桂浜いろは殿。アルマの覚醒を確認しました。
これより、“高知代表”としての正式登録を執り行います」
白い装束の神父みたいな男が、静かに言うた。
私は無言でうなずいて、一歩、前に出た。
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「名を、述べよ」
「……高知県代表。桂浜いろは――拳をもって、ここに立ちます」
その瞬間、背後の端末が淡く光った。
【代表認証:完了】
高知代表・桂浜いろは
郷土登録、承認。
「……“ごうど”?」
登録端末が読み上げた言葉に、私は首をかしげた。
「えっ、“きょうど”やないが? “郷土”って……え、“ごうど”?マジで?」
ひとりで小さくツッコむ。
けんど、口の中で繰り返してみると――
「……“ごうど”」
なんや、不思議と腹に響いた。
“きょうど”やなく、“ごうど”。
読み方が変わるだけで、ちょっとだけ、重く感じる。
「最後に、ひとつだけ」
神父が言った。
「継承者の“記憶核”より、象徴的な記録を公開いたします」
「え、まっ……それ、今初めて聞いたがやけど!」
制止も間に合わず、光の玉が煌めく。
空中にホログラムのような映像が広がる。
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畳の部屋。ちゃぶ台。
湯気の立つ、味噌汁。
そしてそれをじいっと見つめる、小さな私。
目をまん丸にして、にっこり笑って。
「え!?好きやけど、なんでこれ!?もっとあったやろ!?
うち、喧嘩しよったり拳交えよったり……なんで味噌汁なん!?」
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周囲が笑いに包まれた。
教会の職員たちまで、肩を震わせちゅう。
---ま、まぁ……嫌いじゃないけどやね!
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その夜。スマホを開いた私は、驚愕した。
「高知代表かわいくね?」
「拳で語る系女子らしい」
「てか味噌汁ってなに?」
「#ミソメンタル女」
「#汁から来た拳」
「#土佐のうま味代表」
---はぁあああああああああ!?
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一方その頃。
関東某所、代表育成機関。
真っ赤な髪の少年が、モニターを見ながら薄く笑った。
「ミソメンタル女、爆誕ってわけね。
ま、でも……拳に“出汁”が効いてそうではある」
彼の指が画面をなぞる。
「会ったら煮込んでやるよ。“高知”」
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この日、“拳を継いだ少女”の名前が、全国に刻まれた。
それはもう、拳より速く、拳より深く――。
そして私は初めて、“ごうど”という言葉の重さを知る。
土地を継ぐとは、名前を背負うこと。
拳で語るとは、想いを晒すこと。
それが“郷土代表”。
それが――“ごうどむそう”の、始まり。
⸻
【To Be Continued】
ほんま、次から次へとびっくりやき。
まず、“郷土”って“ごうど”って読むらしいがよ。
あれ、今までずっと“きょうど”やと思うちょったし、
「代表」とかって言葉とくっつくと、一気に重く聞こえてくるがやね。
それが、うちの名の前にポンってくっついて、
「ごうど代表、桂浜いろは」って――
……ちょっと、震えたき。
あと、味噌汁の映像出されたやつ。
あれほんま何!?誰が選んだが!?
うちは喧嘩も、拳も、継承も、いろいろあったのに――
---味噌汁!!
はあ……えいがよ。どっちみち、うちはもう全国に出ちゅうき。
笑われても、タグつけられても、拳で黙らせたらえいやん。
次は、拳の味、教えちゃらあね。
また来てよー。まちゆうき!