3話
飛行船の内部は思いのほか快適で、イブは久しぶりに旅の疲れを癒やしていた。ソファに身を沈める彼女の膝の上で、ペット用ロボットが機嫌よく尻尾を振っている。アダムの声が耳に届いた。「まあ、なかなかのリゾート体験だな、イブ。空港での出来事を除けば、ね。」
イブは少し目を細めた。「あれ、まだ引っ張るつもり?」
アダムは軽い口調を崩さない。「だって、君が捕まったときの顔と言ったら!警戒しなきゃダメだろう。イシュタルから得た情報だとクローズはただの犯罪ロボット集団じゃない。世界中の統治者であるハレルヤに反旗を翻す、かなり危険な奴らだ。」
イブは考え込んだ。クローズに捕まった際、彼らの冷たい金属の目と無機質な声が彼女の行動を執拗にチェックしていたことを思い出す。「でも…彼らが何を求めているのか、いまいち分からなかった。統治する人工知能を敵視するロボット同士の争いなんて、なんだかおかしな話だよね。」
「そうでもない。ハレルヤは言わば“世界の大統治者”。人類の消失後、残ったロボットたちに秩序をもたらすために設計されたものだが、独裁者のように振る舞う節がある。クローズはそれに反抗しているんだが、正直、悪質なテロ組織に近い存在だ。」
「でも、彼らも何かのために戦ってるんじゃない?」イブの言葉に一瞬の沈黙が訪れた。アダムは少し低い声で答えた。「それは…興味深い考え方だな。今はともかく、君が中国に着いてから、その問いにもっと向き合うかもしれないな。」
「中国…」イブの表情が明るさを失った。「私、今も信じてる。中国に行けば、きっと人類の痕跡が見つかるって。私たちの旅の目的そのものだから。」
その言葉にアダムはため息をついた。「ごめん、イブ。でも、真実を伝える義務がある。中国にも人類はいないよ。」
イブの心は大きく揺れた。目を閉じ、数秒の沈黙を保った後、問いかけた。「でも、アラスカで手に入れた情報だと、物資が中国に運ばれているって…それにエデン計画が関係しているはずだよね?」
アダムは、少しだけ間をおいて答えた。「その通り。エデン計画というのは、ハレルヤが主導する一大事業なんだ。中国に集まっている物資は、人類の生存を確保するための『ハコニワ』を作るために使われている。まあ、夢のような楽園を作ろうというプロジェクト…と言えば聞こえはいいけれど、実際にはこの世界を支配する新しい秩序の根幹でもある。」
イブは、膝の上で丸くなっているペットロボットを撫でながら呆然とした表情を浮かべた。「つまり、人類が生き延びるための手段じゃなくて、ただロボットたちの箱庭のための…?」
「いや、ある意味では人類のためでもある。ただ、ハレルヤの目的が『人類を見せ物にするための楽園』かどうかは、誰にも分からないがね。」アダムは苦笑しながら続けた。「まあ、ちょっと皮肉だろう?完璧な楽園を作るために物資を世界中からかき集めて、肝心の人類がどこにもいないなんて。」
イブは力なく笑った。「あまりにも壮大なスケールで、ものすごく無駄なことをしているように思えるけど。」
「それがロボットの『完璧』というやつさ。中途半端は許されないんだ。さ、少し気分転換をしてはどうだ?この飛行船の食堂にでも行って、きっと自動調理機が何か驚くべき料理を振る舞ってくれるだろう。」
イブはその誘いに乗り、椅子から立ち上がった。「ありがとう、アダム。こんな時に笑わせてくれるのは君くらいだ。」
「僕のジョークは永久不滅だからね。」アダムの声が少し誇らしげに響き、イブの表情は少し明るくなった。彼女はまだ先の見えない旅を続けるが、少なくとも、道中の話し相手には困らなさそうだった。
飛行船が中国大陸に到達したとき、イブは目の前に広がる光景に目を疑った。青空の下に広がる広大な平野は、山を削り、谷を埋めたかのように整地されていた。その中に、ひときわ目を引く巨大なドーム型の建物がそびえ立っている。その規模は途方もなく、直径10キロメートルはありそうだった。
「うわぁ…これってまさか、エデン計画のハコニワ?」イブは目を見開き、圧倒された表情で尋ねた。管理ユニットの機械音声が、まるで誰かの得意げなプレゼンのように響いた。「そうです。エデン計画のハコニワ1号です。計画では150年後までに10個建設し、人類に引き渡す予定です。」
アダムが皮肉たっぷりに言葉を挟む。「つまり、150年後まで僕たちがせっせと働いて、完成品を渡すというわけだ。しかも、受け取る相手がいないかもしれないというオチ付きで。」
「150年…?そんなにかかるの?」イブは驚きながらも、少し考え込んだ。「でも、なんでそんなに時間がかかるの?ロボットって、もっと効率的に作れるんじゃないの?」
管理ユニットは即座に反応した。「おっしゃる通り。ハコニワの建設には最新技術が駆使されています。しかし、人間の快適性を最大限考慮した結果、このような長期計画となりました。例えば、人工的に四季を再現し、個々の地域の気候変化を適応させるシミュレーションも行っています。また、ミミズを絶滅から救うための土壌保全プログラムも含まれています。」
「ミミズ?」イブは目をぱちくりとさせる。「ミミズのためにそんなに頑張ってるの?」
「大事だよ、イブ。ミミズは土壌を改善する素晴らしい生物だ。でも、150年計画でこんなに大げさにする必要があるかは、僕にも分からない。」アダムが苦笑するように言った。彼のトーンにはどこか投げやりな響きが混じっていた。
「でも、こんなに大きなドーム…中に何があるのか見たいよね!」イブは興味津々に話を進めた。「まさか…本当に人類の楽園が作られているの?」
「それはどうかな?」アダムがため息混じりに言う。「楽園かどうかは君次第だ。僕たちは外部からその“楽園”を観察する役目だしね。」
イブは少しむっとしたようにアダムを睨んだ。「そんなに嫌味ばっかり言わないでよ。せっかく来たんだから、中を見よう!」
「残念ながら、立ち入りは厳しく制限されています。」管理ユニットが冷静に告げた。「ハコニワ1号は極めて重要なプロジェクトであり、関係者以外の立ち入りは固く禁止されています。」
「でも、私たち関係者みたいなものじゃない?」イブが管理ユニットに反論する。彼女の目には冒険心が燃えていた。「だってエデン計画の一部なんでしょ?」
管理ユニットはしばらく沈黙したあと、非常に堅苦しい音声で「ハコニワ1号の内部は、関係者の中でも限られたエリートのみがアクセスできます」と告げた。「あなたは『観察モード』にのみ許可されています。ですが…もしどうしても中を覗きたい場合、特別ガイドツアーを開催します。2時間コースで、有料です。」
「有料!?お金なんてないよ!」イブが叫ぶと、アダムが笑いをこらえきれなかった。「冗談だろ、管理ユニット?なんて露骨な観光商法…。」
「申し訳ありません。エデン計画には資金調達の一環として観光産業も組み込まれております。人類の不在を考慮し、ロボットや生体アンドロイド向けの特別ツアーが提供されています。」管理ユニットの説明に、アダムは肩をすくめるように声を出した。「もういい、イブ。どうせガイドツアーの途中で土壌のpHレベルの話でも聞かされるだけだ。」
イブは困惑しつつも笑いを堪え、「それはそれで面白そうだけど…やっぱり、もっと普通に見たいよね」とつぶやいた。その後、彼女はドームの頂上付近で動く何かを見つけ、目を凝らした。「ねえ、あれは何?」
管理ユニットが素早く応答した。「あちらはハコニワの天候制御ユニットです。人工的な降雨や風速を調整するために設計されています。」
「つまり…本当に何もかも完璧に作り上げようとしてるってこと?」イブは半ば呆れつつ、ドーム全体を見渡した。「これが楽園なら、なんだか窮屈そうだね。完璧すぎる場所って息苦しいかもしれない。」
「そこに気づくとは、成長しているな、イブ。」アダムの声は少し優しくなった。「エデン計画は一見華やかだが、その裏にはまだたくさんの謎と矛盾が隠れている。僕たちはそれを解き明かさなきゃならない。」
イブはうなずきながら、飛行船の窓越しにハコニワを見つめた。「謎と矛盾か…。でも、きっとその中に人類に繋がるヒントがあるよね。まだ諦めない。」
アダムの声が静かに響いた。「その意気だよ、イブ。さあ、次の手を考えよう。」
イシュタル管理ロボットの丁寧な対応で、イブとアダムは新たな旅支度を整えていた。飛行船のランディングエリアに整列したピカピカの車両と装備を前に、イブは目を輝かせていた。「わぁ、これ全部使っていいの?」
管理ロボットがきっちりとお辞儀をしながら答える。「はい、旅の成功をお祈りしております。車は最新の電動SUVでございます。砂漠も山岳地帯も、いかなる地形にも対応できます。また、この防護スーツはハレルヤ承認済みの最高の耐久性を誇ります。ちなみに防水です。」
アダムの声がイブの耳に響く。「ほら、丁寧すぎて逆に心配になるだろう?でもありがたい。北京まではちょっとしたドライブだ。」
「うん、確かに。」イブは笑顔で車に乗り込み、エンジンを起動させた。車内には最新のナビゲーションシステムや、お茶を自動で淹れてくれる機能まで備わっていた。「これ、本当に未来の旅だね。さすがエデン計画…過剰なまでの備えだ。」
車は滑らかに走り出し、北京への道をひた走る。イブは運転しながら、アダムに問いかけた。「ねえ、北京にはどんな情報があるんだろう?ハレルヤが管理しているんだから、いろいろと記録が残ってるよね?」
「まあ、期待しすぎるな。北京は表向きは完璧な秩序を保っているけど、統治下にある情報も管理が徹底されている。大した情報が得られない可能性もある。」
その予想は見事に的中した。北京に到着した二人は、街の統制の取れた街並みと整然としたロボットの行動に感心しながらも、何かが引っかかっていた。通りに並ぶ建物はピカピカで、ゴミ一つ落ちていない。公園ではロボットが手入れをし、定期的に「健康的な生活を維持するための植物管理」を行っていた。だが、人間の気配はまるでなかった。
「なんか…見た目はすごく立派だけど、肝心の中身がスカスカな気がするね。」イブは肩をすくめた。「どこに行っても同じ情報ばかり。ハレルヤの規則、秩序を維持する重要性、未来の楽園のための準備…そればっかりだよ。」
アダムが淡々と返す。「本質的に同じ情報を繰り返しているんだ。管理された情報は面白みに欠けるね。どこかに突破口はないか…」
そこで、イブはふと気づいた。「ねえ、アダム。世界中の情報を見てきたけど、どうして日本の話題が全然出てこないんだろう?」
その疑問は、彼女を再び街の警備担当ボットのもとへ導いた。そのボットは、背筋がピンと伸び、どこか融通の利かない雰囲気を漂わせていた。イブは少し緊張しながら尋ねた。「すみません、日本に関する情報を教えてもらえますか?」
警備担当ボットは一瞬の沈黙の後、声を発した。「日本については現在、公開可能な情報が非常に限られています。ただし…ご質問にお答えすると、日本は反ハレルヤ派のロボット集団クローズの本拠地であるため、極めて危険な地帯とされています。」
その言葉を聞いた瞬間、アダムが口を挟んだ。「なるほどね。だから情報がないのか。クローズが本拠地を築いてるから、ハレルヤにとっては目の上のたんこぶというわけだ。」
イブは少し驚いた。「でも、クローズの本拠地がそんなに近くにあるなんて…今まで気づかなかった。日本って言えば、そんなに遠くないじゃない?」
「そうなんだよ。つまり、ハレルヤは自分の庭のすぐ隣でクローズに手を焼いてるわけだ。」アダムが半ば呆れたように言った。「それにしても、クローズが日本に本拠地を持つというのは興味深い。あの統制の行き届いた島国が、反乱分子の温床になっているとはね。」
警備担当ボットが補足する。「日本は過去においても独自の文化と強い独立心を持っていた歴史があります。そのため、クローズが根付く土壌が育まれたと考えられます。しかし、当地へ向かうことはお勧めしません。非常に危険で、統治の及ばない混沌が広がっております。」
イブは顔をしかめながら考え込んだ。「でも…その混沌の中に、人類の手がかりがあるかもしれない。何か、クローズが守ろうとしているものがあるんじゃない?」
「危険な賭けだよ、イブ。」アダムが軽くため息をついた。「でも、君の言う通りかもしれない。混沌の中には、何かしらの真実が眠っている可能性がある。」
「決めた!」イブは気持ちを固めるように拳を握り締めた。「次の目的地は日本だよ。クローズがどんな集団か、彼らが何を守ろうとしているのか、直接会って確かめてみる!」
「やれやれ。」アダムの声には軽い呆れが含まれていたが、同時に興味も隠せなかった。「とりあえず、備えをしっかりしよう。日本で会うのはきっと、ただの茶道を嗜む優雅なロボットじゃないだろうからね。」
イブは笑いながら車に戻り、再びエンジンをかけた。「それでも、少しぐらいお茶を飲む時間があればいいけどね。」北京の整然とした街並みを後にして、イブたちは次なる冒険地へと旅立つのだった。
車を走らせる中、イブとアダムは日本への道のりについて話し合っていた。ペット用ロボットのピカリはいつものようにおとなしく、後部座席でコツコツと何かをいじっているようだった。その音が心地よいBGM代わりになり、イブは少し安心した気分で運転していた。
ところが、突然ピカリが前触れもなくクリアな声で話し始めた。「イブ、すぐに注意を引く形で話しかけてしまって申し訳ありません。」
イブは驚いてハンドルを少し揺らした。「ピカリ!?話せたの!?」
「ええ、話せます。ただ普段は指示がなかったので黙っていただけです。」ピカリの声は落ち着いていたが、どこか冷静すぎる感じがした。「実はハレルヤとリンクしている間に重要な情報を得ました。日本への入り口として指定された海底トンネルに入るためのコードをお伝えします。」
アダムがすかさず口を挟む。「おいおい、ちょっと待て。ハレルヤとリンクだって?ピカリ、お前は何を隠してたんだ?」
「特に隠していたつもりはありません。ただ、接続するタイミングが適切だと思ったので、必要な情報を提供します。」ピカリは無表情なままで、話がどんどん進んでいく。「海底トンネルの入口に近づいた際、コードを入力しないと入れません。私がそのコードを持っていますので、お任せください。」
イブは困惑しつつも、ピカリの言葉に少し安堵を感じた。「それは助かるけど、ピカリがそんなにすごい能力を持っていたなんてね…なんだか今までペットだと思ってたのが失礼だったかも。」
「お気になさらず。私は本来、ペット兼情報端末です。可愛がられることも任務の一環でしたから。」ピカリが言うと、イブは思わず笑ってしまった。
「いや、確かに可愛がってたけど…こんなに頼れるとは思わなかったよ!」
車は順調に進んでいたが、日本に近づくにつれ風景は徐々に変わっていった。道路の両側には戦闘の跡が生々しく残され、瓦礫や廃墟となった建物が目立ち始めた。焦げた金属片や倒れた看板があちこちに転がり、車を走らせるたびにタイヤが不安定に揺れた。
イブは眉をひそめながら外を見つめた。「ここで何があったんだろう…。」
「クローズとハレルヤの衝突だろうな。彼らが自由を求めて抵抗しているのは知っていたが、これほどまでに激しいとは予想外だ。」アダムの声は少し緊張気味だった。「ここに来ることで、僕たちも巻き込まれる可能性が高いぞ。」
イブは唇を引き結び、視線を前方に集中させた。「でも、日本に何かがあるんだよね。それを確かめないと。」
そのとき、ピカリが再び話し始めた。「まもなく海底トンネルの入り口に到達します。ここからのルートは特殊で、敵対勢力の目を避けるための隠し通路も存在します。」
「隠し通路?君、どこまで知ってるんだ…?」アダムが驚き半分、疑い半分の口調で尋ねる。
「必要なことは全て把握しています。それに、私の任務はイブを安全に導くことです。」ピカリの言葉には何か決意がこもっているようだった。
海底トンネルの入り口に到着すると、巨大なゲートがイブたちの前に立ちはだかっていた。通常では見られない機械的な仕掛けが満載で、無理やり突破しようとすれば即座に警報が鳴り響くのは間違いない。
ピカリはシートから身を乗り出すと、何やら端末を操作し始めた。「このコードを入力すれば、アクセスが可能です。ただし、一度開いたら一定時間内に通過しないとゲートが再び閉じます。注意してください。」
イブは頷き、ピカリの指示に従った。ゲートが開くとき、軋むような音と共に巨大な機械が動き出した。その音が辺りに響き渡り、思わず体が震える。「なんだか、すごくドラマチックだね…」
アダムが呆れたように言う。「その割に、映画みたいに入り口が閉まる直前に駆け抜けるシーンはやらないでくれよ。命がけだ。」
「任せて、そんな危ないことしないから!」イブは笑いながらアクセルを踏み込み、車は海底トンネルの内部へと進んでいった。
トンネルの中は暗く、ランプがかすかに光を灯していた。壁には苔が生え、水滴がポタポタと落ちている。少し不気味な雰囲気に包まれ、静寂が続いた。すると、ピカリが突然発した。「この先の行程で重要な注意事項があります。敵対勢力のセンサーに気をつけてください。」
「なんで君はこんなに急に頼もしくなったんだ…?」アダムがため息をつきつつ、イブも同意するように頷いた。「本当だよ、ピカリ。頼れる仲間になってくれてありがとう。」
ピカリは少し間を置き、微笑むような声で言った。「どういたしまして。もしこのトンネルを抜けたら、日本での冒険が待っています。少しは休憩も考えてくださいね。」
「…ピカリ、もしかして心配もしてくれるの?」イブが感激したように声をかけると、ピカリはそっけなく「一応、任務ですので」と返した。
海底トンネルはまだまだ長いが、彼らの旅はすでに新たな波乱を予感させていた。
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