薬屋の息子
僕の家は薬屋をやっていて、両親は日中は素材を取りに森に行ったり、部屋で薬を作っている。僕は店であまり来ない客の相手をしている。
入り口のドアの上に付けている鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
大柄の男が店内に1歩入り見回すと、ぼそりと呟いた。
「薬屋かと思ったらポーションと虫除けしかないのか」
そう、うちの店はポーションと虫除けの2種類しか販売していない。何処にでも売っているポーションと虫除け、そんな物をわざわざこんな場所まで買い求めに来る客は少ない。この店は町の中心部から大分離れていて、森の入り口にある。森の入り口から少し歩くとダンジョンがあり、そんな物騒な場所に住む人は少ない。我が家と隣の宿屋くらいのものだ。
ぼーっとしていると、ドアを開けて客は帰っていった。
昔の宿屋の主人と我が家のご先祖が友人で、宿屋にポーションを買い取って貰う約束をしてここに店を建てたと聞いた。確かに中心部に店を出したらこの2種類しか販売していない店はあっという間に潰れてしまうだろう。それから代々お隣さんとして仲良くさせてもらっているそうだ。僕も宿屋の息子のイクスとは親友だ。イクスは僕より1歳年上で、客商売だからかとてもしっかり者で愛想もいい。お客さんにも可愛がられているし、友達も多い。僕も一応お店に出てはいるものの、客は何も買わずに帰る事がほとんどだ。だから僕の表情筋は仕事をする事は少ない。
薬屋は午前中だけ営業をしている。基本的に冒険者しか来ない店なので、その人達が通る時間帯にしか店を開けない。冒険者は朝一にダンジョンに潜り夕方頃には外に出て1日の成果を換金しに町に戻るか、宿屋に泊まる。どんなにのんびりした冒険者もお昼にはダンジョンに入るので、薬屋は午前中しか開店しない。午後からは僕の自由な時間になっている。たまに素材が足りない時には薬草を探す手伝いもするけれど、基本的には幼馴染のイクスと遊んでいる。今日もそろそろ店じまいをしようかと椅子から立ち上がってドアプレートをひっくり返そうと近づくと、イクスがドアを開けた。
「セツ!もう終わった?出られるか?」
「丁度ドアプレートをひっくり返そうと思ってたんだ」
イクスは押さえていたドアについているプレートを閉店に変えてくれた。
「ありがとう。今日は何しようか?」
「昨日町のやつらが煩かったから遊ぶ約束をしたんだ。セツも行こう」
僕はイクス以外と遊ぶのは苦手だった。
「でも僕が行ってもいいのかな?ダメだって言われない?」
「もしセツがダメなら、俺も帰るから大丈夫だ」
イクスはいつも僕の面倒を見てくれる。申し訳ないと思いながらも少し嬉しかった。
「そっか。じゃあ行く」
イクスは嬉しそうに僕と手を繋いで町までの道を歩き出した。
ここに住んでいる人達は皆日曜日になると教会に行く。大人は祈りを捧げに、子供は読み書きを習いに行く。読み書きの時間が終わると子供達は外に出て遊んでから帰る子供達がほとんどだ。だからイクスにも教会で友達が沢山できた。
イクスは運動神経がいいから男の子達に色んな遊びに誘われて、時には取り合いになっている。何をやらせても誰よりも上手い。女の子達はイクスが活躍しているのを見て歓声を上げる。つまりイクスは人気者だ。
僕は運動は苦手だし、人見知りだから本当はあまり遊びたくない。それでもイクスは絶対に僕を仲間外れにはしない。たまに「セツは見てればいいから、ちょっとイクス来てくれよ」と誘われてもイクスは「セツが出来ない遊びはやらない」と拒否をする。そんな事が続くと皆は僕が来なければイクスともっと遊べるのに。と思ったのだろう。
その結果、僕はイクスが見ていない時に地味に虐められるようになった。
教会前に着くと、男子グループが6人、女子グループが4人いた。
「今日は木登りやろうぜ」
一人が登りやすそうな木を見つけたと言って誘導した。
「木登りはセツが出来ないから違う事をやろう」
イクスはいつものように僕に気を使って断ってくれた。
「えー。今日はイクスより早く登ろうと特訓してきたのに」
木登りを提案した男の子が不満そうにしていると、女の子が僕の手を引っ張ってイクスから剥がした。
「じゃあ、セツは私達と遊びましょう」
僕は女の子と遊んだ事が無かったから動揺した。
「セツ、どうする?セツが遊びたい事でもいいぞ?」
イクスは僕がどうしたいかを聞いてくれた。イクスの後ろに立った男の子は、怖い顔をして睨んできた。
「僕は女の子と一緒にいるから遊んできていいよ」
その答えを聞くとその場の全員が喜んでいた。
「じゃあちょっと行って来る。また後で」
手を振って木がある方へと男の子達が去っていくと、女の子達はイクスの姿は見えるけど声は聞こえない位の場所に座った。
「やっとイクス君と離れたわね。いい加減イクス君に付き纏うのはやめたらどう?」
目はイクスの方を見ながら僕に声をかけて来る。僕は言い返せずに下を向いていた。
「イクス君本当は体を動かすのが好きでしょ?でもあんたがいるとイクス君まで遊べないじゃない」
僕もそれは申し訳ないと思っている。でもイクスは僕を優先してくれて聞いてくれない。僕にはどうする事もできない。
「イクス君あんたの事をお荷物だって。でも親から頼まれたから仕方なく面倒見てるんだって言ってたって聞いたの」
「見なさいよ。ほらイクス君凄く楽しそう」
女の子達は楽しそうにクスクスと笑っている。今日誘ったのも、皆が協力して僕という邪魔者を何とかしたかったのかもしれない。