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『鎖の英雄と影の女王』……の次回作  作者: 朝来終夜
第1巻 『鎖の英雄と影の女王』、完結。そして……【2025年3月7日完結】
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第9話 愚痴時々異世界転移

「そろそろ時間ね。はあ……次に愚痴られる機会はいつになるのか」

「プロットを作成したら、すぐに送るよ。さすがに一ヶ月位はかかりそうだけど……」

 打ち合わせを終え、喫茶店を後にした二人は駅へと向かっていた。

「作家と担当編集って、立場が微妙だよな……男が女を送るべきなのか、それとも担当編集が作家を送るべきなのかが分からなくなってくる」

「オフィスならそれも考えなくて楽なんだけど、職場じゃ愚痴れないし……」

 ここから綾の職場である出版社のオフィスまで、電車込みで片道約一時間の場所にある。通えなくはない距離だが、かなりの不便を強いられてしまう。だから普段の打ち合わせでは、それを利用して職場の人間に愚痴を聞かれないよう、健一側に配慮する態で外出していた。客単価が高くて回転率の低い喫茶店の隅の席を利用しているのも、公私共に、外部に情報が漏れる危険を少しでも減らす為である。

 一つ問題があるとすれば、喫茶店から駅までの道筋だろうか。

 駅に真っ直ぐ向かうには、人気のない道を歩かなければならないので、綾はいつも大通りを用いて遠回りしている。だから近道を通るのは、健一が送迎する時だけだった。

「ところで……作業の進捗確認に、リモート会議してもいい? 最近オフィスに一人用の防音室が設置されたから、一回使ってみたいんだけど」

「リモート会議か……あまり好きじゃないんだよな。作業中、に……」

 瞬間、健一は足を止めた。

「……箕田さん?」

「片木さん……」

 足を止めた健一に綾も理由が分からないまま追従し、歩みを止めてくる。

 そして、綾が問いかけるよりも前に、健一が周囲に(・・・)突如(・・)蔓延した(・・・・)魔力の素(・・・・)に反応するよりも早く……


「事情は後で……くそっ! 間に合わないっ!」


 ……異世界転移が、行われてしまった。




 異世界からの意思は、予想よりも早く訪れてしまった。

「これ……は……?」

「こっちへ!」

 ただし今回は、以前までと違う点が二つある。

 おそらくは補充中だったであろう転移の魔導具が、予想よりも早く終了して起動したことと……異世界からの拉致に、綾を巻き込んでしまったことだ。

 殺風景だが、『地球』に存在する物に近い設備が乱雑している、立方体の内部を思わせる部屋だった。徐々に濃度が増していく魔力の素や、部屋の中心に鎮座している、二回目の転移で用いられた物に近い形状をしている魔導具から見て、また同じ『異世界』に来てしまったことは間違いない。けれども、周囲に人影がないところから見て、相手もまた予想外な事態に陥ってしまっている可能性がある。

 部屋にある扉は見渡した限り一つ。出入口からの死角になりそうな場所にある設備の陰に綾を押し込めた健一は、そのすぐ横にある60㎝程のスパナを手に取った。

「誰かが来る可能性がある。必ず(・・)還す(・・)から、少し待っててくれ」

「え、あ……ぅん…………」

 声が窄まっていく綾だが、今は構っている余裕がない。健一は可能な限り空気中の魔力の素を体内に取り込みつつ、室内の状況をつぶさに観察した。

(やはり戦後……昭和の終わりから平成半ば頃までの技術が使われている)

 とはいえ、一目見ただけで、理屈しか理解できていないことが分かってしまう。原因は以前予想した通り、効率化を図るどころか習熟する前に新しい知識や技術を次々と流入した結果、追いつけなくなってしまったとみて間違いない。

(というか……これで確定だな)

 綾が隠れた場所から少し離れた壁に設置されていた本棚には、いくつかの書籍が納められていた。言語こそ雑多だが、背表紙の劣化具合や分かる範囲でのタイトルを読み上げただけでも、年代順に配架されていることが分かる。

(基本的には科学技術関連だと思うが、後で調べてみるか……こんなことなら、前に来た時にも撮っとけば良かったな)

 電波は通じないが、カメラ機能は使える。取り出したスマホで本棚を撮影した健一は、次に近くの作業机の傍へと寄り、その上にある物を物色していく。

「あの……箕田、さん」

 物陰から少しだけ顔を出した綾が、健一の方を見つめてくる。一度手を止め、声のした方へと視線を戻した。

「何か、随分慣れているみたいだけど……どういうこと?」

「今まで証拠がないから、黙ってたんだけど……っ!」

 咄嗟に振り返り、先端に楔を取りつけた鎖をイメージし、扉と壁を縫いつけていく。直後、その扉を開けようとする振動と、誰かが喚いているようなくぐもった声が、鈍く響いてきた。


「……俺の書いた話は全部、この『異世界』での経験談なんだよ」


 さすがに、それを聞いても理解がすぐには追いつかない綾に構っている余裕も、今まで書いた『鎖の英雄と影の女王』シリーズが現実の話だと証明している時間もない。

(いったい、誰だ……?)

 他に、武器になりそうな物があれば良かったのだが、現状まともそうなのは手元にある大型スパナだけだ。もう少し長ければまだ使いようはあるが、この際贅沢は言っていられない。

 異世界転移を可能とする魔導具は近くにあるし、いざという時の保険(・・)も掛けてある。後は綾と共に、『地球』へと引き上げればいい。

「ごめんなさい……頭の中ぐちゃぐちゃで、全然整理できない」

「当然だ。俺も最初はそうだった……誰かが入ってきたら身を隠して、じっとしていろ。音を立てるんじゃないぞ」

 鎖よりも、縫いつけた扉や壁の方は強度を期待できそうにない。

 現に、魔力の素から具現化した鎖よりも、元から存在しているはずの鉄拵えの方が明らかに脆く、近づけば扉の向こう側を覗けるような隙間がいくつも出来上がっていた。

「大丈夫だ。『俺が死にかけない内は、ちゃんと守ってやるから』」

「……それで結局、命懸け(・・・)で村人を助けたのよね?」

 鎖を顕現させた超常現象や拉致行為への状況把握。そして作中にある、魔物に襲われた際に村人を庇ったシーンでのセリフを吐いたことで、綾はようやく、健一の正体を理解することができたらしい。


「じゃあ、お願いね……『鎖の英雄』さん」


 頭を引っ込める前に、綾が健一にそう声をかけた直後、扉は勢いよく開け放たれた。




「誰だと思えば……貴様、『鎖の英雄』か」

「……残念、その子孫(・・)様だ」

「ふざけたことを……」

 部屋へと入ってきたのは二人。一人は白衣に片眼鏡(モノクル)を掛けた禿頭の老人で、後頭部に辛うじて残った髪を乱雑に伸ばしている。もう一人、いや一()はフィクションでよく見るゴーレムや人造兵の類に近い、岩を繋ぎ合わせて2m大の人体を形作っているように見えた。

「その魔導具の対象となる属性は『鎖』に設定してある。つまり、貴様が『鎖の英雄』自身だ」

「だから、その子孫様だっての。こっちは千年(・・)以上(・・)前の(・・)ご先祖様の御伽噺(与太話)が本当だったことに驚いて、ちょっと混乱してるんだよ」

「なわけないじゃろう。時空流の(・・・・)保留は(・・・)千年も(・・・)止めと(・・・)……鎌を掛けよったな? 貴様」

(やっぱり、か……)

 頭の良い人間程、自らの持つ知識が正しいと信じている限り、間違いを修正したがる傾向にある。知能指数に差のある人間同士の話が噛み合わない原因の一つが、知識量と理解力の違いだ。それを逆手に取れば、相手の口を滑らせることも難しくはない。

「保留だけ(・・)とはいえ、時空間の制御なんて、俺の世界でも実現できていない所業だぞ? それをただの技術盗用で用いるとか、明らかに宝の持ち腐れだろうが。もっと有意義に使えよ」

「……無駄な鎌掛けにはもう乗らん」

 世界が違っても、やはり科学者は頭が回るらしい。

 時間の流れが異なっていた理由だけでなく、できれば相手の目的も把握したかった健一だが、目の前の老科学者に思惑を見透かされる方が早かった。

「『鎖』の属性魔法を使えるのは未だに貴様だけだ。証明はもう済んでおる」

 視線の先には、壁や扉を塞ぐ為に繰り出した鎖が、破片となって飛び散っている。それを見て、老科学者は健一が『鎖の英雄』だと確信したらしい。

「最初に、扉の拘束に魔法を(・・・)使った己を呪うんじゃな」

(まあ、たしかに……魔法が使えると言ってるようなもんだよな、これ)

 持ち上げられる右手。人差し指を立ててから一息に降ろし、老科学者は岩人形に命じた。


「奴を捕らえろ…………『Adam(アダム)』」


 声帯までは造られていないらしく、その人造兵擬き……『Adam(アダム)』は言葉を発することなく、健一へと襲いかかってきた。

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