第7話 途切れない因縁と逃れられない勤労
もし、この短銃が複製品であるならば……正規品があるということだ。
そしてさらに、健一の予想通りに『地球』から正規品を手に入れているのであれば……異世界との繋がりはまだ、断たれていない。
「要するに、おぬしはこう言いたいのか? ……また妾達が、異世界に喚び出される可能性があると?」
「実際、転移の魔導具はもう一つあったんだ。今手元にある二つ以外にも、魔導具や手段があったっておかしくはないだろう?」
転移時に起きる言語の強制学習の時点で、気づくべきだったかもしれない。
一方の世界で生活するのに支障がない範囲、というのであれば翻訳魔法で十分なはずだ。また世界を転移しても、魔法を行使した側からすればそれこそ『知ったこっちゃない』のだから。
それなのに、強制学習を行うということは……往復での転移や、魔力の素の存在しない世界での活動を前提に構成しているとしか思えない。
「しかも厄介なのは、向こうの現状だ。あれだけ魔力の素が充満していれば、少し待つだけですぐに異世界転移が可能になる。それに……」
「召喚の条件次第では、また向こうに喚び出されると?」
「……それだけじゃない」
最初こそ肯定した健一だが、次いで面倒臭そうな表情を浮かべて、否定も混ぜた。
「俺達が行って帰って来たみたいに、向こうと『地球』が今でも繋がっている可能性がある。もしそれが技術の横流しの為で、しかも、故意に魔法を廃れさせたのだとすれば……」
「……おぬし、何を言っておる?」
史織もまた、同じ結論に至ったのだろう。それでも、あまりにも壮大で馬鹿馬鹿しいからと、否定しようとする気持ちが漏れ出ている。だが、このまま黙っているわけにはいかないと、健一は自らの仮説を口にした。
「あの世界は魔力の素がない世界に……魔法が使えない『地球』に、侵略しようとしているのかもしれない」
確証はない。ただ一個人の憶測だと、切り捨てられても仕方がない。
けれども、何らかの意思がその目的を掲げて、現状の仕様で転移魔法を開発したとすれば、全てが繋がってくる。
「だとしても、じゃ……その企ては、少し粗末ではないか?」
「……俺も、その辺りはまだ、確信を持てていない」
史織が言いたいことも分かる。
粗悪な複製品を量産する位であれば、魔力の素を保存、蓄積させる技術を向上させる方が合理的だ。それどころか、魔法と技術を掛け合わせた新たな武器を開発することだって、絵空事じゃなくなってくる。
つまり、わざわざ魔法を廃れさせる理由が存在しないのだ。
「これ以上は陰謀論かもしれないけどな、元々あの国だって、異世界転移の理屈を理解してなかっただろ? 別勢力がその目的の為に暗躍していると考えた方が……どうしてもしっくりくるんだよ」
「とはいえ……証拠がなければ、ただの想像に過ぎぬではないか」
会話を切って立ち上がろうとする史織を、健一は止めなかった。これ以上話していても、水掛け論に過ぎないからだ。
「まあ……また喚び出されるかもしれないことは理解した。妾達もしばらくは、その前提で動けば良いだけであろう?」
そしてバイト先に向かう準備の為か、史織は健一の部屋から出て行ってしまう。
史織が部屋を出て行った後も、健一はその場で動かず、ただ茫然と天井を見上げた。
(それで済むとは、どうしても思えないんだよな……)
鉄製にも関わらず、プラスチックよりも脆い強度しか持ち合わせていないのは、冶金技術が未熟である証明だ。熟達する前に次々と、新しい知識を詰め込まれていたと考えれば辻褄が合う。
異世界の知識や技術が継続的に流出していなければ、起こり得ないのだ。
(……問題は、誰が流しているかだよな)
とはいえ、地球では調べようがない。そもそも魔力の素自体がないのだ。前回とは違い、身体を器にして持ち出せたものの、それを失えばもう、補充はできなくなってしまう。
(いっそ、金貨を囮にして関係者を炙り出してみるか? 質屋の爺さんにも、次会った時に言っとかないと……)
とはいえ、いきなりフリマアプリに出品するなんて素人染みた真似はしないはずだ。まずは数人のコレクターを当たるに違いない。もしかしたら、そこから何か、情報を得られる可能性もある。
「……ま、今は何を言っても無駄か」
そう独り言ちた健一は、一旦異世界について、忘れることにした。
マーセリットの衣服は一度ツケにし、史織がラーメン屋に出勤した後、健一のノートパソコンで通販購入することに決めた。
現代日本の授業の続きとしてIT技術について説明していたのだが、やはりある程度は進歩していたらしい。コンピュータの概念どころか操作についても、頭の良し悪し以上の理解を示してきた。
「買うのは史織が帰ってきてからにしよう。購入する為のアカウント……つまり身分がないから、今回だけだ」
「アカウントは購入する本人、もしくは仲介人の名前、という認識で大丈夫でしょうか?」
「仲介人というより、偽名の方が近い。通常は支払いの為に個人情報、つまり本名や個人資産の出所を登録しなければならないけど、基本的には通販サイト、売人にしか知られないようになっている。慣れればどのサイトでもすぐにアカウントを作って使えるようになるが、最初の内は俺か史織の使っている所だけにしておけ」
「そこが『信用できる商人』、ということでしょうか?」
「あくまで『比較的には』、だ。一部の個人が悪用することもあるから、あまり過信はするな」
少し使い方を教えただけで、マーセリットはもうほとんど、パソコンの基本操作を理解していた。健一からはもう、キーボードのローマ字入力を教えるだけで事足りてしまっている。
(コンピュータの理屈まで、すぐに理解した。いくらグラフィカル・ユーザ・インタフェースで分かりやすくなっていても……異世界の技術に対して、順応性が高過ぎる)
元々、貴族の公爵令嬢だったということは聞いていた。その伝手で電子計算機に近い、コンピュータの原型に触れる機会がどこかであったのかもしれない。
また今度、日を改めてマーセリットに聞いてみようと、健一は内心で予定を立てた。
「今日はインターネットブラウザと、通販サイトの使い方を覚えて終わろう。その際に衣服も、いくつか見繕っておいてくれ」
同じ女性アカウントで違うサイズの服を購入すれば、不審に思われることがある。ただしそれは、一個人に対して余計な疑いを抱かれている時だけだ。公的機関だろうが犯罪組織だろうが、明確な理由がなければまず、問題はないだろう。
「服以外にも、色々と売られているんですね」
「この国ではさすがに、銃は売られてないけどな。凶器になりそうな物は基本、非合法か登録制だ」
実際、健一も資料兼趣味でカランビットナイフを購入したことがあるが、その際に免許証番号を店側に控えられたことがある。外国とは違い、日本は比較的治安が良いので、一市民が自衛の為の武器を持つ必要がない。それどころか、危険物を持ち歩いていた場合は厳しく取り締まっている程だ。それが非合法な物であれば、なおさら罪が重くなる。
「色々ありますね……銃もあるんですか? 見たことない形の物が多いですけど」
「……基本的にはおもちゃだ。似たようなのならいくつか持ってるから、後で持ってくるよ」
銃社会で育った人間に、いきなり武器を持たない暮らしをさせるのは酷だ。マーセリット自身は武器を持って戦っていたわけではないので、そこまで深刻ではないだろうが……無防備な生活に慣れるには、相応の期間を要するのは想像に難くない。
現に……健一達も、そうだったのだから。
翌日、健一は史織にマーセリットのことを任せ、仕事へと出ていた。
「さて、と……」
数駅離れた待ち合わせ場所の喫茶店には、すでに目的の相手が健一を待っていた。
「すみません、片木さん。待たせましたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。箕田さん」
そう言い、片木綾は近くを通った店員に声を掛けてから、健一に着席を促してくる。
「私も今、来たばかりなので」
出版社の担当編集に促されるまま、健一は店員にコーヒーを注文してから席に着いた。