第6話 ハリボテの技術
二つ目の用事の為に、健一は駅の近くにある大通りに来ていた。
そこにあるパチンコ店の前には、開店後だというのに入店しない人間達が、まばらに集まって来ている。
何故入店しないのか? その答えは、数分後に停車したマイクロバスが示してくれた。
「来たか……」
変に間違われるのも面倒なので、通りの反対側へと移動し、交代制勤務の人達が送迎バスへと入れ替わりに、乗降する光景を眺めることにした。やがて、人混みの中から目的の人物を見つけた健一は、近くの横断歩道を渡ってから向かいに立ち、声を掛けた。
「セジョン、こっちだ」
「おぅ! 健一」
見かけも日本語も、この国の住人と遜色ない中肉中背の男性だが、目の前に居るのはイ・セジョンという、れっきとしたアジア系の外国人だ。
「相変わらず、夜勤明けなのに元気な奴だな……」
「ふざけた故郷よりもよっぽど天国だよ、この国は」
その言葉の通り、セジョンが元居た国は酷かったのだろう。当事者でない健一からは何も言えないが、体力勝負な面もある夜勤生活が楽だと思えている時点で、それ以上に過酷な環境に晒されていたことが、嫌でも分かってしまう。
(まあ、あの異世界も……ろくなもんじゃなかったけどな)
セジョンの故郷もまた、あの異世界と同じ様なことをやっていたのだ。日本での生活が天国だと思える気持ちは、多少とはいえ健一にも理解できる。
「……で、また就籍関係の相談だって?」
「ああ、そうだ。今度は外国人の戸籍を用意したい」
「前回は記憶喪失の振りをして、どうにか戸籍作ったけど……日本で外国人の戸籍は、かなり難しいぞ。アジア系の外見じゃないのか?」
「白髪の北欧人に近い。史織の時は、まだ強引に日本人で通せたが……今回ばかりは難しくてな」
通話も含めた通信は記録されるものだと、考えた方が良い。合法的な範囲でも、調べる手段は存在するのだ。だから事前に、『就籍関係の相談がしたい』としか、セジョンには伝えていない。
だから今、健一はセジョンに説明しているのだが……その反応は予想以上に、芳しいものではなかった。
「すでに日本に居るなら……国籍を作るのは難しいな。必要書類を偽造して、在留資格を取得した方が早いかもしれない」
「そうか……たしかに、わざわざ戸籍を用意する必要はないのか」
必要なのは、身分を証明できる物を用意することだ。そう考えると、たしかにわざわざ、戸籍を作る必要はないのかもしれない。
「その手の偽造ができる伝手に、心当たりは?」
「いくつかあるけど……日本だと、難しいと思うぞ? 他国と隣接しているわけじゃないから、日本向けの偽造に特化している連中がほとんどだ」
「まあ、たしかに……これも島国の弊害かね」
需要がなければ、供給源は生まれない。それは偽造書類とて、例外ではなかった。
外国でその国や近隣の身分証を用意するならまだしも、日本でそれを用意する必要に迫られる機会はほとんどない。むしろ、下手に要求すれば密入国を疑われてしまい、余計な諍いを生みかねなかった。
「……一応、当たってみてくれないか? 永住を前提に、生活する上で必要な範囲だけでいい」
「それが一番、難しいんだけどな……在留資格さえあれば国民健康保険にも加入できるし、就職もできる。取得できるように段取りを組んでみるよ」
「在留資格があれば、問題ないのか?」
「少なくとも、俺は生活できてるから……大きな問題にはならないはずだ」
こういう時は実体験程、確実な根拠はない。健一はセジョンの提案に乗り、伝手の紹介を頼むことにした。
「少し時間を貰うぞ。一斉に連絡すると、足がつく可能性もあるからな」
「構わない。ただ……二、三日したら一度、また会いに来る。別口で資金繰りの結果が出るから、その時に手間賃の交渉もしたい」
「分かった。しばらくは同じ時間帯のシフトに入っているから、都合の良い時に連絡してくれ」
セジョンは駅の近くに、部屋を借りている。つまり、ここから十分もかからないところに住んでいる、というわけだ。
だから歩きながらも、向かっているのは駅の反対側……セジョンの自宅だった。
その自宅があるアパートの前で別れる際、セジョンは健一にこう問い掛けた。
「ところで……また訳有りか?」
「……そんなところだ」
用事も済んだので、健一はセジョンに背を向けてすぐ、家路についた。
「……というわけで、しばらくは家に居て貰う。その後は好きにしてくれ。それでいいか?」
「はい、大丈夫です。ただ……私の生活費については、どうすれば良いのでしょうか?」
「とりあえずはツケだな。換金した金貨の分け前位は出してもいいけど……いくらになるかはまだ、確定してないしな」
帰宅した健一は、今は昼食の準備をしている史織と交代して、マーセリットの教育係を引き受けていた。その際に外出の成果として、今後の生活についても説明したのだが……思いの外、受け入れられていることに内心驚いてしまう。
ただ、今は顔に出さないように努め、先に実利の話へと繋げることにした。
「幸い、俺の方はまだ手が空いてる。もし質草になりそうな物があるなら、こっちで換金してきてもいいが……」
「では……先に手持ちの物を売って、衣類に当ててもよろしいでしょうか?」
文化圏が違う場所に入り込む際、衣服を現地の物に揃えることで、奇異の眼を避けることができる。何より、真っ先に質草になりそうなドレスから売らなかったということは、こちらに着替えまで要求しようとは考えていないのだろう。
どちらにせよ、装飾こそきらびやかなものの、マーセリットの着ているドレスの生地から見て、あまり価値があるようには思えない。他に手持ちがあるなら、先にそちらを手放せばいいのは分かるが……問題は、彼女が着のみ着のままで、地球に来てしまったことだ。
(やっぱり、頭が良いな。ただ……)
数少ない手持ちの中で、はたしていくつ、質草になりそうな物があるのか?
「……で、何か売れそうな物はあるのか?」
「まずは身につけていた宝石類、と……」
そう言いながら、マーセリットは装飾品の指輪やネックレスを外していく。デザイン性や品の良さを重視している為に、小振りなのが目立つ。けれども、あの国の虚栄心を考えれば、かえって本物である可能性は高い。
またあの質屋に行く際に、ついでに換金して貰えばいいだろうと考えている中、健一の目の前に、有り得ない物が飛び込んできた。
「……そして、護身用の短銃です」
こればかりは……さすがの健一も驚きで一瞬、声が出なかった。
食後、健一はマーセリットをテレビの前に放置してから、史織を連れて自室へと籠った。
「いったいどうしたというのだ、健一。急に妾を呼びつけて……」
「……ちょっと、まずいかもしれない」
整頓はしているものの、本や資料が雑多に収納されている自室の中で、健一はマーセリットから借りた短銃と抜いた銃弾を、史織の目の前に置いた。単発式で、造りこそちゃちな代物だが……護身用で持ち歩くには十分な性能を持っている。
「向こうの世界が銃を作った、と? それがいったい何だと言うのじゃ?」
「技術力の向上も銃の開発自体も、そこまで問題じゃない。魔法が廃れてるのなら、ほっといても『地球』と同様に、遅かれ早かれ進歩するだろうしな」
まだ確信には至っていない為、マーセリットには席を外して貰ってはいるが……もし今、健一が立てている仮説が事実なら、看過できない問題がある。
「問題なのは……この銃を開発した技術、そのものの方だよ」
「話が読めんのじゃが……」
「つまりな……」
健一は近くに置いていた『小物類』と書かれた箱の中から、そこそこ値の張るエアガンを取り出し、マーセリットから預かった短銃の横に置いた。
「これ……出来が良いのはどっちだと思う?」
「どっち、と言われても……」
史織はそれぞれ持ち上げ、手触りや質感、構造を比較し始めた。彼女が生活に慣れ始めた頃、周囲にある物事に次々と興味を持っていた時期があった。その時に健一から使い方を教わっていた為、確認作業は淀みなく行われていく。
やがて結論が出たのか、史織は両方を手放してから健一に向き直り、自らの答えを述べてきた。
「……プラスチックのエアガンの方が、まだ扱いやすい上に丈夫そうじゃの」
「そういうことだ……」
再び置かれた鉄製の短銃を掴み上げ、健一は史織に告げた。
「しかもこれは、聞いた限りでは使い捨てらしい。自害でも一矢報いるでも、一度撃てればそれで十分な……粗悪な複製品なんだよ、この短銃は」
「……複製品?」
その言葉を聞き、史織は眉を潜めてきた。どうやらようやく、健一の言いたいことが分かったらしい。
「まだ確証はないが、別の世界……多分、『地球』からあの世界に、技術が流れている可能性がある」