第30話 約束されし分断の時
結論として……楔は二つ、打ち込まれることになった。
「問題は場所だな……コンヴォーカ王国の近くにするか?」
「そうですね……ここからだと少し反対側になりますが、国の外れに王族用の避難所があります。残っている人がいないかの確認も兼ねて、一度そこに向かいましょう」
話し合いが済んだ後、健一達はマーセリットの指示に従いながら、キャンピングカーを徐行させた。現状は運転席に健一、助手席にマーセリットが腰掛けている。
そして、牽引車とトレーラーの屋根それぞれに、琉那とシルヴィアが座り込んでいた。
最初は琉那の召喚獣で並走する案もあったが、精神的な消耗を抑える為に、今は控えることにした。
「この速度で、位置的に……ギリギリだが、かえって丁度良いな」
「はい……」
無論、ギリギリなのは燃料だけの話ではない。予定していた、この世界での滞在日数的にも、元々限界が近かった。そこで丁度使いきれると考えれば、今回の異世界転移は成果なしで終わらずに済むだろう。
「それより……本当にいいのか?」
「元々、そのつもりで……抜け駆けしようとしてましたから」
あっさりばれましたけどね、と困ったような笑みを浮かべながら言われてしまうと、さすがの健一も、言葉を続けることはできなかった。
……マーセリットはこの、元の世界に残る道を選んだ。
また来ることを想定して、拠点を作る話となった際……マーセリットは真っ先に、『この世界に残る』と言い出した。
無論、人を残す理由はないが……残さない理由もない。
全ては自由意思によるものだが、これには一つだけ、明確な欠点がある。
「……きついぞ? たった一人で、生きていくのは」
「分かっています。その……つもり、です」
かつて、自らがこの異世界に転移させられた時の話は、マーセリットには何度もしてきた。自筆の小説も読ませたし、健一が経験した以上に苛酷になることも、すでに警告済みだ。
それでも、助手席に腰掛けている公爵令嬢はたった一人で、孤独な世界に残る道を選んだ。
……選んで、しまったのだ。
「俺の時はまだ、味方じゃないとはいえ国民や魔族達がいた。だがお前は、俺達が来るか、生き残りを見つけるか……奴等に襲われない限り、ずっと一人だ」
「それでも……健一さん達はまた、来てくれるんですよね?」
「……信じられるのか? 俺達を」
最初に打ち込んだものを囮にして、予備として再度『鎖界楔世』を打ち込んだとしても、相手の時空間操作の方が上かもしれない。何事も、完璧は存在しないのだ。
そして、それ以上に……健一達が再び、この地に訪れる保証は一切ない。
金銭面の問題もあれば、敵が『地球』に転移してきて、その対処に追われる可能性もある。もしくは、第三者の存在や別勢力との衝突、それに何より……健一達がこの世界に来ること自体を拒絶してしまうかもしれない。
それでもなお……マーセリットは一人、この世界に残ることを決めた。
「……もちろん、信じてますよ」
マーセリットは自信をもって、そう答えてきた。
「これでも、人を見る目はある方です。それに……」
一度、言葉を区切ってから……マーセリットは、横目で見ている健一をしっかりと見返した上で、こう言い放ってきた。
「……被害者のまま、終わりたくないなのは、お互い様ですから」
その言葉を聞いて……健一はもう、笑うしかなかった。
あれから数日後、コンヴォーカ王国の王族やその関係者のみが知る避難場所へと到着した健一達は、残る物資をマーセリットの生活に役立てられるよう設置し終えてから、『地球』へと帰ることにした。
「キャンピングカーは、トレーラーだけ置いていく。牽引用の車がなければ奪われる心配もないし、どうせ給油が必要だしな」
むしろ、健一達が残ることよりも一番、喜んで見えたのは気のせいだろうか。令嬢様が汚物処理や給水をしなければならないことに変わりはないが、今だけは忘れさせておこうという帰還組の配慮から、ツッコミは一切入らなかった。
「もう食料も残ってないし……『地球』で買ってくるにしても、金が要る。また宝物庫を漁りに行きたいところだが……今回は、ここにあった備えの貴金属で、賄ってくるしかないな」
トレーラーに濾過用の浄水設備がある上に、避難場所には日当たりが悪くても育てられる、小さな畑が残されていた。残った物資も含めればすぐに、水や食料が尽きることはないだろう。
「水源も近かったわね。タンクに汲めるだけ汲んでくるとして……他には?」
「牽引車の方の荷物も、全部降ろそう。後……」
健一は、その牽引車のボンネットの上に、9㎜口径自動拳銃を二丁共置き、マーセリットに差し出した。
「これも置いていく。弾数が少ない上に持ち帰っても、銃刀法違反で捕まるしな」
「助かります……感謝を」
一丁ずつ、慎重に動作確認を行いながら、マーセリットはそう返してきた。
これから全員で水を汲み……そして、四人の道は一人だけ、別れることとなった。
意外な程、別れは簡単に済ませられた。
「ようやく帰ってこれたっ!」
帰国後の拉致からおよそ数ヶ月、琉那は『地球』の大地を踏み締め、叫びながらその場を飛び回っていた。いくら状況が異常だったとはいえ、おおよそアラサーの女性が取る行動ではない。唯一の救いは、ここが健一達の借りていた大型倉庫の内部で、視線が二つしかないことだろうか。
「そう言えば……お前は残らなくて、良かったのか?」
車外ではしゃぐ琉那を放置し、牽引用の軽自動車内に残った健一はシルヴィア、史織と話していた。
「同胞を心配する気持ちがない、と言えば嘘にはなるが……すでに離別は済ませておるからのぉ。今さら関わる方が、都合が良過ぎるだろうて」
「なら、いいけど……」
こればかりは個人の自由だ。マーセリットが残ると言い出した時にも、史織に残るよう提案しなかったのは、その為だった。
「それに……次のシフトはもう、決まっておるしのぉ」
「偶に思うんだが……お前、本当に元魔王か?」
「妾が『魔王』の地位に興味がないのは、おぬしも知っとるじゃろうが」
それを言われてしまえば、健一はもう、口を挟むことができなかった。
これ以上話すことはないと断じるとスマホを取り出し、電源を入れて日時が自動更新されたのを確認してから、健一達は車を降りた。
「じゃ……帰るか」
かくして、『鎖の英雄』と『影の女王』は帰路に就いた。
……そして琉那は、肝心なことを忘れていた。
「やばい、家がない……」
夕餉に訪れたのは、健一の通いつけかつ史織の勤め先である家系ラーメン屋だった。ちなみに学生時代、琉那ともよく訪れていた過去がある。
「……帰国する前に、家決めてなかったのかよ」
「いくらオンラインで内覧できても、国境超えてたら限界あるでしょう? 適当な家具付き物件借りて、仕事と一緒に探すつもりだったのよ」
二人掛けのテーブル席に健一と琉那が、そのすぐ近くのカウンター席には史織が腰掛けていた。
「ネットバンクが無事だったのだけは、唯一の救いね……悪いけど、しばらく泊めてくれない? どうせ一人分の寝床、余ってるんでしょう」
「そりゃ、余ったけど……史織は大丈夫か?」
「妾は構わぬぞ」
一人だけ、先に注文したチャーシュー麺(賄い価格)を口にする史織の許しが出た為、琉那が路頭に迷う心配はなくなった。
(それに……なんだかんだ、浮いちまったしな)
異世界から回収してきた貴金属に、マーセリット用の身分を偽造する必要がなくなったことで浮いた予算。それらを換金、合算すれば結構な金額になる。次の異世界転移の際に掛ける費用だけでなく、琉那の生活費にも充てられるだろう。
それ以前に……当人の保有資産次第では、むしろ家賃を徴収してもいい位だ。
「ま、今後のことはゆっくり考えるとして……」
今日も出勤している顔馴染みの店長に声を掛け、健一達はそれぞれ注文を告げた。
「麺固めスープの味普通の脂少なめ、ライス付きで」
「こっちは脂少なめで、残りは全部普通……あ、ライスも少なめでお願い」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
通いつけとはいえ、所詮はチェーン店の雇われ店長とその常連。何より、ここはラーメン屋である。
ならば後は、注文した品が運ばれたらすぐに、掻っ込めばいい。
久し振りの食事に、健一達は静かに手を合わせてから食べ始めた。
…………史織とは違い、通常料金で。
『『鎖の英雄と影の女王』……の次回作』という、訳の分からないタイトルの拙作は、一度区切らせていただきます。
すみません。自分でもそろそろ、どう話に収拾つけようかと悩んでいた際、『これは……一度区切るべきでは?』と判断しました。そして確認すると、丁度十万文字(文庫本一冊分)に近くなった為、一旦完結とさせていただきます。
ただ、はっきり言わせていただきますと……本作はまだまだ続きます。
一人残ったマーセリット、異世界との繋がりを仄めかす柳堀、今後のセジョンとの関係、何より……黒幕との因縁が、まだ描写されていません。そんな時に限って、突然出てきた元カノの琉那が今後、どう動くのか……正直、作者が聞きたいです。
……未来の自分に(おい)!
少なくとも、現時点で言えることは二つ。史織ことシルヴィアがいつも通りに振舞っていくことと……健一の前職が、ついに明らかとなります。
というわけで次回、『健一の職場復帰を目論む者達との邂逅中、新たな異世界拉致被害者が現れたせいで、予定より早く転移します』……という内容を、タイトルをもう少し見直した上で話を練ります。
作者には綾のような担当編集はいませんので、かなり時間を要するかもしれませんが……必ず戻ってまいります。
『二次創作エタってる奴が何言ってんだ?』
等と、(居るかは分かりませんが、)古参の読者からツッコまれるかもしれませんが……こちとら一度、鬱で精神崩壊しかけてんだよ! もう知ったこっちゃねえわ!
……失礼しました。
とにかく……現在は契約社員とはいえ、これまで働いてきた中で一番落ち着く職場に転職できた以上、(時折実家に借金しつつ、)今後は本気で作家業を目指す所存です。これからも別のペンネーム含めて作品を書き続けていきますので、またご一読いただければ幸いです。
では、次巻か別の作品、もしくは別のペンネームで……どうぞ、よろしくお願いいたします。
……別のペンネームについては聞かないで下さい。『朝来終夜』の正体知っている人もいるので、諸々バレると面倒なんです。
主に趣味嗜好と、――関係で。




