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『鎖の英雄と影の女王』……の次回作  作者: 朝来終夜
第1巻 『鎖の英雄と影の女王』、完結。そして……【2025年3月7日完結】
3/30

第3話 悪役令嬢の定義

 ガシャン、ガシャン……

「相変わらず、硝子ばっかだな……」

「先祖代々、虚栄心は変わらずじゃのぉ……この国は」

 目ぼしい宝石は全て床に落とし、その真贋を大雑把に把握していく。

 ハンマー等で圧砕すれば割れるとはいえ、ダイヤモンドの類は基本的に硬度が高い。だから粗悪な硝子製と区別する為には、一度床に落とす方が手っ取り早かった。

「まあ、金貨の類はあるから……最悪、溶かして固めるなり砂金なりにすれば、売れるだろ」

「じゃあ、もういいかの……ん?」

「どうした?」

 シルヴィアが見つめる方に健一が顔を向けると、そこにいたのは未だに身体が覚束ない、白髪できつい印象のある貴族令嬢だった。

「さっきの連中……とは、何か違うな」

「というより……ケンイチ、さっきはすぐに気づかなかったのじゃが」

 シルヴィアの手により操作された、足元の影が貴族令嬢の方に伸びていく。そして彼女を拘束し、強引に引き寄せてきた。

「ぁ、っ……」

「おそらく、こ奴(・・)だけ(・・)じゃぞ? あの場で魔法が使えそうなのは」

「……どういうことだ?」

 口元の拘束を解かせ、言葉を発せられるようにしてから、健一は改めてその令嬢に問い掛けた。

「それで、魔法が使えるのはお前だけ、ってのは本当なのか?」

「は、はい……そう、だと思います」

 そしてたどたどしく、その公爵令嬢ことマーセリットは、自らの名前や肩書と共に、この国の現状を説明し始めた。

「この国では一定の年齢になると、魔法が使える人間かどうかを判断されます。私が知る限り、『魔法使い』と呼ばれる者達は千人に一人、いれば良い方で……」

「どうりで……魔力の素が濃い(・・)のも納得だな」

「使う者がいなければ、魔力の素は減らない。単純な理屈じゃのぉ……」

 それが、いつから続いているのかは分からない。だが少なくとも、ここ最近の話でないのはたしかだろう。魔法が使える人間かどうかを判断する基準が出来上がる(・・・・・)程に(・・)常識と化しているのであれば、少なくとも数年単位の話ではないはずだ。

 ますます、自分達が千年近く経過した異世界に再度、転移したことを理解させられてしまう。

「とはいえ、今回は魔力の補充がすぐ済むおかげで、早く帰れるからいいか。前回は強奪した後、溜まるのに時間が掛かって面倒臭かったからな……」

「あれでほとんど、魔力を使い切ったようなものじゃしのぉ……」

 健一は拘束した令嬢を解放させ、シルヴィアに転移の魔導具を起動させるよう、手振りで命じた。

「ちなみに数回、転移可能になっとるようじゃが……また来るか?」

「勘弁してくれ……帰った時に浦島太郎になってるなんて、ごめんだっての」

 開けてはいけない玉手箱(ブラックボックス)、というものは実在するのだ。迂闊に異世界転移をして、常に結果が良くなるとは限らない。

 その証拠に……問答無用で拉致られた末に勇者、そして英雄となったのが健一なのだ。

「まぁ、たしかに……今月もバイトのシフトが入ってるから、早く帰らんとのぉ」

「……あ、その店長から『連絡入れろ』、って伝言預かってるぞ。お前、いきなり消えただろ?」

「着替え中に喚び出されたのじゃから、不可抗力じゃというのに……」

「気持ちは分かる。俺もせっかく就職して働いていたのに……この世界に拉致られたせいで、それまでの努力全部パァになったからな」

 取り出される、形状のよく似た二つの魔導具。それぞれに魔力の素を補充したシルヴィアは片方を仕舞い、もう片方を操作して起動させようとした。

「じゃあ、俺達帰るから……お前もあんな王族共、さっさと見限った方が良いぞ?」

 そうマーセリットに告げた健一を合図に、シルヴィアは魔導具を起動させた。

 足元の床に広がる、召喚の時とは反転された紋様が描かれている魔法陣が輝き、健一とシルヴィアを纏めて包み込んでいく。

「今日の風呂掃除、どっちが当番だっけ?」

「妾じゃから、出勤前に片付けといたわ」

「じゃあ、さっさと入って寝るか……」

 そんな雑談を交わす二人の間に突如、誰かが割り込んできた。




「いや、見限った方が良いとは言ったが……何で俺達について来たんだよ?」

 地球へと帰還し、早々に自宅へと帰った二人だったが、そこには珍客が紛れ込んでいた。

「あの国に……私の居場所なんて、ありませんでしたから」

「だからって、思いきり過ぎだっての……」

 ちなみにシルヴィアこと史織は、自動給湯のスイッチを入れてから、バイト先の店長へと連絡を入れていた。急に店内から居なくなった件をどう言い訳するのかは知らないが、もう地球生活も長いのだ。勝手に解決するだろうと、健一は放置している。

 むしろ、問題なのは目の前にいる、絨毯の上にそのまま座り込んでいる公爵令嬢、マーセリットの方だ。

「言っておくが……ここと向こうの常識は全然違うぞ? ついてこれるのか?」

「…………元々」

 顔を伏せつつ、ポツポツとだが、マーセリットは己の身の上話を健一に聞かせてきた。

「元々、私には『王族に嫁ぐ公爵令嬢』という立場しか、持ち合わせていませんでした。だから、他に何をすればいいのかが分からなくて……」

 だからこそ、二人について来たと、マーセリットは健一に告げてくる。

「私の他に……あの国に、『魔法使い』の味方は居ませんから」

「……いや、俺達もお前の味方になるとは限らないんだけど?」

 むしろ転移した先が王国と同様に奴隷が合法で、真っ先に売り飛ばされるとは思わなかったのだろうか。

 内心呆れつつも、ここまで連れてきてしまった以上、健一も腹を括ることにした。

「仕方ない……どうせアイデアに詰まってたし、丁度良いか」

「え、何を……」

 困惑するマーセリットから一度視線を外し、健一は天井を見上げた。

「次は悪役令嬢ものか…………いや、そう仕立て上げられた奴も『悪役令嬢』になるのか?」

 紆余曲折はあったものの、結果的には公爵令嬢を拉致してきたのだ。史織同様、ちゃんと面倒を見ようと、健一は決意するのだった。

「一先ずは寝るか……おい史織、ちょっとこいつの風呂の世話、してやってくれないか?」

「かまわんぞ~」

 史織の声が飛んでくると同時に、入湯完了の電子案内が流れてきた。

「あの……シオリさん、っていうのは?」

「シルヴィアっていう、さっきの女。ここでは箕田史織って名前で通ってるんだよ」

 そして健一は、箕田が家名で、史織が名前だと補足した。

「ちなみに俺は、箕田健一。詳しいことは後にして、さっさと風呂入ってこい」

 健一が言い終わると共に、二人分の着替えを手にやってきた史織に引き摺られるまま、マーセリットは浴室へと消えて行った。

「次回作か、シリーズの続編か……持ち出した金貨を質草にすれば、しばらく食うに困らないとして……」

 ここに居る三人、いや全ての命が、明日どうなるのかなんて分からないのだ。だが、生きる為に必要な予定を立てることはできる。


「とりあえず、編集と相談するか。まったく……地球でも魔法が使えたら、楽に生活できたのに」


 担当編集にメールを送り、打ち合わせの予定を入れた後、健一は座っていた二人掛けソファの上に、寝転がるのであった。




「あ、あの……」

「ん?」

 風呂が空くまでの間、寝そべりながら適当にテレビを見ていると、背後から声を掛けられた。頭を上げてソファ越しに後ろを向く健一が目にしたのは、史織のパジャマを着たマーセリットだった。

 けれども、胸の大きさに差があるのか、服が持ち上がってしまっている為に、腹部まで布が届いていなかった。

「どうした?」

「私は……どこの(・・・)寝床をお借りすれば、良いのでしょうか?」

「あ~……そっか。そうだな……」

 そして健一は、三つの選択肢を差し出した。

「とりあえず……今日のところは一、俺と同じベッドで寝る。二、史織と同じベッドで寝る。三、今俺が寝ているソファの上で一人で寝る」

「……三でお願いします」

 そしてマーセリットは、何故か自らの胸元を抱きながら、そう応えるのだった。

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