第3話 悪役令嬢の定義
ガシャン、ガシャン……
「相変わらず、硝子ばっかだな……」
「先祖代々、虚栄心は変わらずじゃのぉ……この国は」
目ぼしい宝石は全て床に落とし、その真贋を大雑把に把握していく。
ハンマー等で圧砕すれば割れるとはいえ、ダイヤモンドの類は基本的に硬度が高い。だから粗悪な硝子製と区別する為には、一度床に落とす方が手っ取り早かった。
「まあ、金貨の類はあるから……最悪、溶かして固めるなり砂金なりにすれば、売れるだろ」
「じゃあ、もういいかの……ん?」
「どうした?」
シルヴィアが見つめる方に健一が顔を向けると、そこにいたのは未だに身体が覚束ない、白髪できつい印象のある貴族令嬢だった。
「さっきの連中……とは、何か違うな」
「というより……ケンイチ、さっきはすぐに気づかなかったのじゃが」
シルヴィアの手により操作された、足元の影が貴族令嬢の方に伸びていく。そして彼女を拘束し、強引に引き寄せてきた。
「ぁ、っ……」
「おそらく、こ奴だけじゃぞ? あの場で魔法が使えそうなのは」
「……どういうことだ?」
口元の拘束を解かせ、言葉を発せられるようにしてから、健一は改めてその令嬢に問い掛けた。
「それで、魔法が使えるのはお前だけ、ってのは本当なのか?」
「は、はい……そう、だと思います」
そしてたどたどしく、その公爵令嬢ことマーセリットは、自らの名前や肩書と共に、この国の現状を説明し始めた。
「この国では一定の年齢になると、魔法が使える人間かどうかを判断されます。私が知る限り、『魔法使い』と呼ばれる者達は千人に一人、いれば良い方で……」
「どうりで……魔力の素が濃いのも納得だな」
「使う者がいなければ、魔力の素は減らない。単純な理屈じゃのぉ……」
それが、いつから続いているのかは分からない。だが少なくとも、ここ最近の話でないのはたしかだろう。魔法が使える人間かどうかを判断する基準が出来上がる程に常識と化しているのであれば、少なくとも数年単位の話ではないはずだ。
ますます、自分達が千年近く経過した異世界に再度、転移したことを理解させられてしまう。
「とはいえ、今回は魔力の補充がすぐ済むおかげで、早く帰れるからいいか。前回は強奪した後、溜まるのに時間が掛かって面倒臭かったからな……」
「あれでほとんど、魔力を使い切ったようなものじゃしのぉ……」
健一は拘束した令嬢を解放させ、シルヴィアに転移の魔導具を起動させるよう、手振りで命じた。
「ちなみに数回、転移可能になっとるようじゃが……また来るか?」
「勘弁してくれ……帰った時に浦島太郎になってるなんて、ごめんだっての」
開けてはいけない玉手箱、というものは実在するのだ。迂闊に異世界転移をして、常に結果が良くなるとは限らない。
その証拠に……問答無用で拉致られた末に勇者、そして英雄となったのが健一なのだ。
「まぁ、たしかに……今月もバイトのシフトが入ってるから、早く帰らんとのぉ」
「……あ、その店長から『連絡入れろ』、って伝言預かってるぞ。お前、いきなり消えただろ?」
「着替え中に喚び出されたのじゃから、不可抗力じゃというのに……」
「気持ちは分かる。俺もせっかく就職して働いていたのに……この世界に拉致られたせいで、それまでの努力全部パァになったからな」
取り出される、形状のよく似た二つの魔導具。それぞれに魔力の素を補充したシルヴィアは片方を仕舞い、もう片方を操作して起動させようとした。
「じゃあ、俺達帰るから……お前もあんな王族共、さっさと見限った方が良いぞ?」
そうマーセリットに告げた健一を合図に、シルヴィアは魔導具を起動させた。
足元の床に広がる、召喚の時とは反転された紋様が描かれている魔法陣が輝き、健一とシルヴィアを纏めて包み込んでいく。
「今日の風呂掃除、どっちが当番だっけ?」
「妾じゃから、出勤前に片付けといたわ」
「じゃあ、さっさと入って寝るか……」
そんな雑談を交わす二人の間に突如、誰かが割り込んできた。
「いや、見限った方が良いとは言ったが……何で俺達について来たんだよ?」
地球へと帰還し、早々に自宅へと帰った二人だったが、そこには珍客が紛れ込んでいた。
「あの国に……私の居場所なんて、ありませんでしたから」
「だからって、思いきり過ぎだっての……」
ちなみにシルヴィアこと史織は、自動給湯のスイッチを入れてから、バイト先の店長へと連絡を入れていた。急に店内から居なくなった件をどう言い訳するのかは知らないが、もう地球生活も長いのだ。勝手に解決するだろうと、健一は放置している。
むしろ、問題なのは目の前にいる、絨毯の上にそのまま座り込んでいる公爵令嬢、マーセリットの方だ。
「言っておくが……ここと向こうの常識は全然違うぞ? ついてこれるのか?」
「…………元々」
顔を伏せつつ、ポツポツとだが、マーセリットは己の身の上話を健一に聞かせてきた。
「元々、私には『王族に嫁ぐ公爵令嬢』という立場しか、持ち合わせていませんでした。だから、他に何をすればいいのかが分からなくて……」
だからこそ、二人について来たと、マーセリットは健一に告げてくる。
「私の他に……あの国に、『魔法使い』の味方は居ませんから」
「……いや、俺達もお前の味方になるとは限らないんだけど?」
むしろ転移した先が王国と同様に奴隷が合法で、真っ先に売り飛ばされるとは思わなかったのだろうか。
内心呆れつつも、ここまで連れてきてしまった以上、健一も腹を括ることにした。
「仕方ない……どうせアイデアに詰まってたし、丁度良いか」
「え、何を……」
困惑するマーセリットから一度視線を外し、健一は天井を見上げた。
「次は悪役令嬢ものか…………いや、そう仕立て上げられた奴も『悪役令嬢』になるのか?」
紆余曲折はあったものの、結果的には公爵令嬢を拉致してきたのだ。史織同様、ちゃんと面倒を見ようと、健一は決意するのだった。
「一先ずは寝るか……おい史織、ちょっとこいつの風呂の世話、してやってくれないか?」
「かまわんぞ~」
史織の声が飛んでくると同時に、入湯完了の電子案内が流れてきた。
「あの……シオリさん、っていうのは?」
「シルヴィアっていう、さっきの女。ここでは箕田史織って名前で通ってるんだよ」
そして健一は、箕田が家名で、史織が名前だと補足した。
「ちなみに俺は、箕田健一。詳しいことは後にして、さっさと風呂入ってこい」
健一が言い終わると共に、二人分の着替えを手にやってきた史織に引き摺られるまま、マーセリットは浴室へと消えて行った。
「次回作か、シリーズの続編か……持ち出した金貨を質草にすれば、しばらく食うに困らないとして……」
ここに居る三人、いや全ての命が、明日どうなるのかなんて分からないのだ。だが、生きる為に必要な予定を立てることはできる。
「とりあえず、編集と相談するか。まったく……地球でも魔法が使えたら、楽に生活できたのに」
担当編集にメールを送り、打ち合わせの予定を入れた後、健一は座っていた二人掛けソファの上に、寝転がるのであった。
「あ、あの……」
「ん?」
風呂が空くまでの間、寝そべりながら適当にテレビを見ていると、背後から声を掛けられた。頭を上げてソファ越しに後ろを向く健一が目にしたのは、史織のパジャマを着たマーセリットだった。
けれども、胸の大きさに差があるのか、服が持ち上がってしまっている為に、腹部まで布が届いていなかった。
「どうした?」
「私は……どこの寝床をお借りすれば、良いのでしょうか?」
「あ~……そっか。そうだな……」
そして健一は、三つの選択肢を差し出した。
「とりあえず……今日のところは一、俺と同じベッドで寝る。二、史織と同じベッドで寝る。三、今俺が寝ているソファの上で一人で寝る」
「……三でお願いします」
そしてマーセリットは、何故か自らの胸元を抱きながら、そう応えるのだった。