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『鎖の英雄と影の女王』……の次回作  作者: 朝来終夜
第1巻 『鎖の英雄と影の女王』、完結。そして……【2025年3月7日完結】
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第26話 消え去りゆく世界の中で

 山道を駆け抜ける中、健一の脳裏にふと、大きな矛盾点が浮かんできた。

(ちょっと待て……じゃあ、シルヴィアやマーセリットはどうなる?)

 最初こそ、世界を構成するすべてが魔力の素によるものだと思っていた。けれども、それが本当であれば……あの二人が地球に存在できた理由に説明がつかない。

(魔力の素自体に意思はない。と、いうことは……該当するのは無生物だけか?)

 しかし、シルヴィアやマーセリットの持ち物もまた魔力の素でできていると仮定した場合、構成されている物質の存在しない地球でも、その形状は保たれるのか。

 一度構成してしまえば、後は消去されるまで存続するとなれば話は別だが……今の健一達には、その検証をする余裕自体がない。

(とにかく、シルヴィアとマーセリットをここから引き剥がすしかない。他の国民も気になるが、今は調べる余裕が……っ!?」

 エミル率いる、新しい(・・・)岩人形(アダム)達が健一の傍へと、早くも辿り着いていた。繰り返し、伸ばす鎖を掴む手はそのままに、背後へと別途攻撃を繰り出す。

「『鎖鋼鋸糸(ヴァズトフィル)』っ!」

 もはや糸と呼べる程に細長くした鎖を、周囲一辺に張り巡らせていく。岩人形(アダム)達にはあまり効果は見られないだろうが……エミルは生身、しかも他に増援が来る可能性もある。有効なうちに使わない理由はなかった。

 何より、健一の目的は攻撃や、直接的な(・・・・)足止めではない。

(……よし、上手くいった!)

 この辺り一帯の樹木を切り裂き、エミル達との間に障害物を設け、


「『消―(ステ―)』」

「『鎖榴散球(スキージェ)』っ!」


 間接的な(・・・・)足止めと同時に、追撃を加える為だった。

 力任せに押し退けてくるか、はたまた効率を重視してもう一度『消去(ステルジェ)』を使うかまでは分からなかったが、移動時間さえ稼げてしまえれば、健一にとってはどちらでも構わない。

「『(ミザ)境界()(ホタ)』っ!」

 しかし、相手の選択肢を知れるだけでも、情報を得る材料に成る。

(魔力を消せる、ってことは……それを生み出す何かがある。しかも、生み出せる時間や許容量までは分からないが……連続して消し去っても気にする素振りを見せてこないのは、普段使う分に影響することはないからか?)

 相手が科学者であればなおのこと、研究材料をなくす愚を犯すことはない。可能性としては二つ。魔力の素そのものについて調べ尽くした上に代替品が存在するか、補充手段をすでに確保しているかだ。

 そして、エミルの操るあの岩人形(アダム)が魔力の素でできているのであれば……その材料となる魔力の素を生み出す何かがある可能性は、十分に高かった。

『鎖』の杭を用いて移動しながら、脳内で検討を重ねているうちに、健一はどうやら目的地まで(・・・・・)、逃げ切れたらしい。

「『上牛招来(コンヴォーカ)』っ!」

 宙を舞う中、地面すれすれを通り過ぎた際、その健一の横をすれ違っていく雄牛が視界の端に移った。

「こっちじゃ! 早く来いっ!」

 運転しつつも、簡単な命令は可能だったのだろう。トレーラーを切り離した牽引車のハンドルを駆りながら、琉那の喚び出した雄牛がエミルや岩人形(アダム)達へと襲い掛かっていく。その間に、端を掴みながらルーフの上に乗っていたシルヴィアの空いた手を掴んだ健一は、同じ場所へとすぐに降り立った。

「すぐ引き返せっ! 態勢を立て直す!」

「立て直す、って……」

「『消去(ステルジェ)』」

 哀れ、琉那の放った雄牛はその勢いごと消え去り、周辺にあった木々や偶々接近し、すぐさま応戦しようとした岩人形(アダム)の一体をも巻き込まれていった。

「……了解。要するに、相性最悪ってことね」

「話が早くて助かる、っ!?」

 車の屋根部分に、『鎖』と『影』が同時に伸びる。

 サイドブレーキすらも駆使して急旋回する、琉那からの遠心力に振り落とされないよう、ルーフにしがみつくのが精一杯だった。

「せめて声かけろよっ!?」

「そんな暇あるかっ!」

 さらにアクセルを踏み込まれてしまった為、健一達には振り落とされないよう、それぞれでシートベルト替わりを用意するしかなかった。けれども、岩人形(アダム)もまた性能が高く、トレーラーを外した牽引車の急加速にも、余裕で追跡されてしまっている。

「これはどっちかが、足止めするしかないな……」

「足場的に、妾は無理じゃ……ケンイチ」

「……分かってるよ。身体頼む」

 シルヴィアによって生み出された『影』に自身の身体が固定されたのを確認した後、健一は改めてエミルの方を向き、右手を伸ばした。

「『鎖鉄(サルマ)条網(ギムパータ)』っ!」

 牽引車の背後に『鎖』を編み込んだ鉄条網が敷かれるが、エミルの『消去(ステルジェ)』や岩人形(アダム)の剛力の前にはおそらく、意味を成さないだろう。

(駄目だ、不利過ぎる……)

 魔法は消され、衝撃等の二次攻撃も岩人形(アダム)を盾にして簡単に防がれる。しかも、下手に動きを止めてしまえば、シルヴィアやマーセリットすら消されかねない。可能性が少しでもある以上、下手な行動は慎むべきだ。

「あの老科学者……エミルを直接、狙うしかないか」

「銃は効かなかったんですか?」

 同じく目を覚まして、一緒に乗って来ていたのだろう。助手席に腰掛けていたマーセリットから、車外の健一に向けてそう問いかけられるものの、その提案は即座に却下した。

「あの岩人形共が厄介過ぎる。あの科学者はまだ人間っぽいから、効くとは思うが……多分、先に防がれる。せめて、隙さえ作れれば……」

 だが、今の健一達には手段が限られている。岩人形(アダム)に辛うじて効きそうなのは魔法のみで、物理攻撃の類はすべて防がれてしまう。しかも、エミルには魔力の素ごと消し去る手札が握られている。

(現実的なのは……強引に隙を作るしかない、ってところか)

 どちらにせよ、制御しているのはエミル自身だ。ならば、司令塔を叩くことに注力するしかない。

「今、もう一丁の(・・・・・)銃は……誰が持ってる?」

「戦闘力的に、マーセリットに持たせたままじゃ」

「と、なると……これしかないか」

 健一は自身の銃の安全装置(セーフティー)を確認した後、車内にいるマーセリットに直接手渡した。

「どうする気じゃ? ケンイチ」

 そう聞いてくるシルヴィアに、健一は少し表情を殺しながら答えた。


「ちょっと賭けだが……考えつく中で一番、勝率の高い方法だよ」


 シルヴィアの『影』を利用し、屋根伝いに助手席側から運転席の方へと移動した健一は、作戦の要となる琉那へと指示を飛ばした。




 健一や琉那も、どうやらかなりの速度で移動していたらしく、往路よりもかなり短い時間で、切り離したトレーラー部分の下へと迫っていた。他に動き回れる場所があれば良かったのだが、強引に切り拓くのも、あえてエミルに『消去(ステルジェ)』の魔法を使わせるのも、不確定要素が多過ぎる。

 だから、自然に拓けた場所を選んだ方がお互いに(・・・・)、罠の可能性を考えなくて済む。

「じゃあ頼むぞ、琉那」

「失敗しても、後で文句言わないでよね……『下熊招来(コンヴォーカ)』っ!」

 今度は雄牛ではなく、力技を可能とする為にあえて前足を肥大化させた、二足歩行の熊が琉那の喚び出しに応えて、その姿を現した。

 雄牛と続いて熊が喚び出されたのを目の当たりにし、ここで健一は、ようやく琉那の召喚獣の共通点に気づいた。

(もしかして……相場(ブル)()上下(ベア)か?)

 金融市場において、相場が上下に動くことを、雄牛の角や熊の前足でたとえることがある。ウォール街で働いていた琉那にとっては、ある意味では一番分かりやすい動物だったのかもしれない。

「『消去(ステルジェ)』」

 しかしそれも、エミルの前では意味を成さなかった。相性はもちろんのこと、運転しながらでは、精密な操作ができないのだろう。

「『(ミザ)境界()(ホタ)』っ!」

 しかし、遅れて放たれた健一の追撃には、あえて影響範囲から下がらせた岩人形(アダム)で防ごうとしている。『消去(ステルジェ)』の効果時間は短く、連続での詠唱が難しいのかもしれない。

 その行動自体がブラフかもしれないが……そこは、相手の戦闘経験値が低い可能性に賭けるしかなかった。

「やれっ!」


「……『牛人招来(コンヴォーカ)』っ!」


 そして、琉那の奥の手とも呼べる召喚獣が、姿を現した。

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