第25話 破滅の始まり
「やれやれ、やはり油断ならぬか……『鎖の英雄』よ」
目の前にいたのは以前、健一の拉致を企てた老科学者だった。今回は右肩に搭乗部を設けた岩人形に腰掛け、頭上から見下ろしてきている。
「まさかまた、研究に没頭している時に乗り込んでくるとはのぉ……」
「常に狙われるのは御免だからな……先手を打たせて貰いに来たぞ」
そう嘯くものの、健一は内心で焦っていた。
偵察で済ませるはずが、まさかこんなにすぐ、黒幕の関係者に遭遇するとは思っていなかったからだ。
「そういえば、名乗ってなかったのぉ……エミル・スティインタじゃ。精々、冥土の土産にするが良い」
「そりゃどうも、ご丁寧に……『鎖境界杭』っ!」
先手必勝、と健一は老科学者エミルに鎖のついた杭を放ち、岩人形の横へと走り抜けようとする。けれども、相手の反応は予想以上に鋭く、すぐに移動する先へと回り込まれてしまった。
(空振った!? この前より動きが良い……っ!?)
咄嗟に放った『鎖』を伸ばし、強引に動きを変えなければ、迷わず繰り出された拳を受けていたことだろう。けれどもまだ、健一にとっては有利な状況だ。
「『鎖操――』っ!?」
その、はずだった。
(さすがに、対策してるか……)
突き刺さった拳に手を触れて再度、岩人形の内部に『鎖』を生成しようとしたが、魔力そのものを入れ込める余地がなかった。理屈まではすぐに理解できなかったが、健一の魔法は対策されているとみて、まず間違いないだろう。
「そっちの用意した対策……結構、苦労したんじゃないのか?」
「そうでもない。お前さんが壊した『Adam』は旧式、新式の『Adam』らに組み込むのが、手一杯じゃったからのぉ……」
戦術において、相手がよほどの馬鹿でもない限り、同じ手は二度と通じない。そう考えて行動するべきだが……まさか、『鎖』そのものへの抵抗を可能にしているとまでは、健一も思っていなかった。
(しかも、動きも前の奴より良くなってる……厄介だな)
もう下手に、『鎖移転動』による瞬間転移や、『鎖喚招来』でシルヴィアを喚び出す手は使えない。反応速度だけを見ても、先に叩き潰される可能性の方が高かった。
(銃弾もこの速度なら多分、届く前に防がれてしまう。剣も効くかどうか……いや、そもそも刃が立たないか)
魔法とて、万能ではない。それは相手も同じだろうが、機動面においては向こうが完全に上回っている。
しかし、健一の手持ちで効きそうな手段がほとんどない以上、長居する理由もまたなかった。
「『鎖榴散球』っ!」
即座に『鎖』の塊を放った為、威力は最小だが、大粒の鉄環を拡散させた為、十分目眩しになる。いくら岩人形だろうと、操作しているのはエミルと名乗った老科学者自身だ。たとえ自動操縦が可能だとしても、単純な命令が精々だろう。
そう高を括っていたものの、健一の目論見は二体目の登場により、潰えてしまった。
「一体いくつ造ったんだよ……」
思わず呟くものの、それで事態が解決するわけではない。仕方なく、一か八かにはなるが……健一は迷わず発煙筒を取り出し、発火させた。
「『鎖境界杭』!」
今度は二体いる岩人形や老科学者エミルが狙いではない。ただ頭上高くに、点火した発煙筒を打ち上げるのが健一の目的だった。
「やはり仲間がいるかっ!?」
「『影の女王』陛下とつるんでるんだぞ。当たり前だっ!」
とはいえ、戦力になりそうなのはその女王陛下一人だけ。マーセリットに攻撃手段は少なく、琉那自身は召喚獣を喚び出せても、身体能力はそこまで高くない。
一応、健一自身にも高火力の奥の手はあるものの、魔力の素を集束させるまでに時間がかかりすぎる。シルヴィア達に助けを求め、攻撃か足止めを頼むのが一番、勝算が高かった。
「『鎖鉄条網』っ!」
合図は出した。後は壁を作りつつ、距離を置こうと目論む健一だが、岩人形の動きが良すぎて、それもままならない。
「『鎖鉄条網』っ! ……『鎖榴散球』っ!」
残された手段は攻撃や防御で魔法を使い続け、魔力の素で生成された『鎖』の欠片を周囲にばら撒いていくことだけ。一度見せてしまっている為、そちらも対策されている可能性は高いものの、広範囲に打ち消せないのであれば、一つ一つを潰さなくてはならない。
「馬鹿の一つ覚えじゃな……仕方ない」
やはり対策はしてあったらしく、何が来ても応じられるよう、健一は聖剣『エスファンダ』を鞘から抜いて構える。
しかし、エミルが取った手段は……おおよそ健一が想定できる範囲を超えていた。
「…………『消去』」
少なくとも、健一はこれまで見たことのない魔法だった。けれども、異世界転移の際に行われた『強制学習』のせいで、その呪文の意味は嫌でも理解させられてしまう。
「おい、マジかよ……」
初めてこの世界に来た時、今程ではないが、空気中に魔力の素は含まれていた。ただし量が少ない為、魔法そのものを使う機会が限られてしまっている。その為、今みたいに多用すること自体なかった。
だから……手段としては考えたことがあっても、健一は『魔力の素を消す』発想を実行に移そうと、試行錯誤することはなかった。何故なら、魔法を使えなくしてしまえば最悪、自衛の手段を失うことに繋がるからだ。
それをエミルは、たったの一言でやってのけてきた。
「咄嗟に周囲の魔力を、体内に取り込んだか……やはり抜け目がないな」
「……一応は、考えたことがあったからな」
魔法という手段を失うことは、敵対者への攻撃手段を奪うだけには留まらない。効果範囲次第では、自身にも影響が出かねなかった。現に、魔力の素を材料や動力源にしていたのだろう。岩人形達は動きを止め、一斉に消滅し始めている。
「それより……これはどういうことだ?」
健一達がいたのは、山間部にある森林地帯だ。今でこそ岩人形達によって周囲は削られてしまっているが、それでも木片や倒木が周囲に散らばっている上に、少し離れたところには、未だに樹幹の太い木々が軒を連ねている。
しかし、エミルが使った魔法は……それらすらも消し去っていた。
「何で……魔力の素以外も消えてるんだよっ!?」
そう、健一が恐れたのは魔力の素を消し去ったことではない。
魔力の素しか消さないはずの魔法で、周囲の物質までもが粒子と化したことにだった。
「よく言うわい……とっくに気づいとるんじゃろ?」
その言葉を合図に、健一は聖剣の柄を握ったまま腕を伸ばし、立て続けに魔法を放ちまくった。
「『鎖榴散球』っ! 『鎖境界杭』!」
魔法で生成した『鎖』の榴散弾を隠れ蓑に、健一は元来た道に向けて放った杭に繋がった鎖を掴み寄せ、急いで引き返した。
もし、今健一が考えていることが真実だとすれば……先程の発煙筒は完全な悪手だった。
(どおりで、名前がそのまんまなわけだ……)
「『拘束』!」
「『鎖榴散球』っ!」
初弾が炸裂する前に拘束されて無効化されても、二発目を少し離れた距離で起爆させ、エミルの追撃を逃れる健一。おかげで咄嗟に取り込んだ魔力の素はほぼ空に近かったが、『消去』の範囲外に脱出すればまた、魔法が使えるようになる。
再び木々に紛れ、同時に空気中の魔力の素を取り込みながら、健一は急いだ。
増援に来るであろうシルヴィア達。特に、同行しているはずのマーセリットを下がらせる為に。
(聞いてないぞ……)
たった今知った真実を、絶対に伝える為に……健一は『鎖境界杭』を連続発射することで、高速移動を繰り返した。
(この世界にある物質が、いやそのものが……全部魔力の素で生成されているなんてっ!)




