第23話 いざ、魔族の領土へ
「まさか……私が『地球』に帰れない元凶が、元カレだとは思わなかったわ」
「だからって、腹に蹴り叩き込むか。普通……」
未だに『鎖』帷子を生成していたとしても、防げるのはあくまで刃物等の、斬撃に対してのみである。甲冑とは異なり、鉄板で『壁』を作っているわけではない為、物理的な衝撃はどうしても届いてしまう。
ゆえに、健一は琉那の蹴りの衝撃をもろに喰らい、膝をついて蹲ってしまう。それを横でアワアワと心配げにうろつくマーセリットだが、シルヴィアの方はインスタントコーヒーのお代わりを(自分の分だけ)淹れている最中だった。
その光景を見て息を吐いた琉那は、健一からコーヒー片手に佇んでいるシルヴィアの下へと向かい、改めて話しかけていた。
「それで、あんたが『影の女王』だってのは本当なの?」
「まあ……そうじゃな」
その称号にこだわりはないのか、当のシルヴィアは別段気にすることなく、コーヒーを飲み続けていた。
「たしかに、人間でいうところの『魔王』の地位にいた過去はあるが……魔族の長の座は、今は別の者だぞ?」
「本人だって言うなら、それで十分よ。これから向かう時に、問答無用で殺されたら堪ったものじゃないし」
「……どういうことだ?」
「どうもこうも……」
蹲っていた健一は立ち上がってすぐ、琉那に事情を問い質そうとする。それに対して、彼女は呆れ交じりに首を振りながら、視線をシルヴィアから移してきた。
「私がこの国に残っていた理由は、コンヴォーカ王国に残っている、または知らずに訪れるかもしれない人間を魔族の領土へ誘導する為なのよ」
『……誘導?』
その言葉に、健一達は不思議そうに繰り返してしまう。
「誘導、って……魔族の領土へか?」
「まあ……良くて、その手前くらいじゃない?」
誘導、つまり案内すると言っておきながら、琉那はどこか煮え切らない回答を返してきた。
「詳しくは知らないけど、王国が滅亡する予兆があったとかで、魔族との同盟を図ろうとしていたらしいのよ。それで王様や公爵様が出国中だったってわけ」
「そう、だったんですか……」
「都合がいいとは思っていたが、そんな時から事態が動いていたのかよ……」
転移の魔導具を渡してきた黒幕関係者が手引きしたのかと健一達は考えていたが、どうやらその前から、王国は魔族と手を組む為に奔走していたらしい。
「とはいえ……話がまとまる前に壊滅させられたんじゃ、堪ったもんじゃないわよね。一応避難はできても、駐屯地はその手前のはずよ。まあ……もう、交渉自体終わってるかもしれないけど」
「そうなると……やっぱり、行ってみるしかないな」
必要な情報は得られた。後は予定通り、魔族側の領土へと向かうだけである。
「お前はどうする? まだコンヴォーカ王国に残るのか?」
「いや、普通について行くわよ」
琉那の視線の先には、健一達の乗ってきたキャンピングカーがあった。そしてすぐ、視線はコーヒーを口に含んでいるシルヴィア、そして魔族の領土を見つめているマーセリットへと向けられる。
「さっきも言った通り、『影の女王』様を待ってたのよ。公爵様からも、『来るとすれば王国領土内しかない』って言われてたし」
「そりゃ……下手に転移の魔導具を弄れなかったからな。こっちからこの世界に来るとなれば、十中八九そうなるわな」
要するに、魔族陣営と手を組む為の材料を求めていたのだろう。たしかに、元とはいえ『魔王』と呼んでも差し支えない『影の女王』が王国側につくとなれば、向こうも無下にはしてこないはずだ。
それに、マーセリットの元婚約者であるダリウスの暴走で起きた内容を知れば、たとえ報復だとしても、『影の女王』が来る可能性は高い。
何より……コンヴォーカ王国を恨んでいてもおかしくない『鎖の英雄』と行動を共にしているのだ。賭けに出るには十分過ぎた。
「とりあえず、話だけでも聞いてあげてくれない? お互い様とはいえ、一応恩があるから争いたくないのよ」
「こっちはいまさら、恨みも何もないんだけどな……慰謝料代わりに宝物庫の中身にも手をつけてるし」
「妾も似たようなものじゃ」
そもそもの話、恨みがあるのであれば、とっくにマーセリットに手を出している。琉那が事情を知らないとしても、その辺りは察してくれると非常に助かったのに、と健一は思った。
「というか……向こうが攻撃してきたら、さすがに抵抗するからな。千年くらい経ってるから、いまさら敵対なんてしてこないとは思うが……」
「それは……向こうに聞いてみるしかないわね」
それに、魔族側とて必ず味方になるとは限らない。向こうもそうであるならば、こちらもまた賭けのテーブルにつくのは必然だった。
「とりあえず、行ってみるか……魔族領に」
健一の言葉を合図に、シルヴィアもまた、コーヒーを飲み干し終えた。
そして一行は車に乗り込み、コンヴォーカ王国を後にした。
「というか……何でお前、こっち側に乗ってるんだよ?」
「別にいいでしょう。さすがにちょっと、気まずいのよ……」
異世界転移を行う前に健一がコンビニで購入した新聞を読みながら、琉那は難しい表情を浮かべていた。
「あの国にはたしかに助けられたし、助けた命もある。でもね……私が行かなければ、あそこまで壊滅することもなかったんじゃないか、って今でも思うのよ」
「どうだか……転移の魔導具があの国にあった時点で、遅かれ早かれだと思うぞ?」
こればかりは、健一は琉那の考えを否定した。
約千年の月日が経過していたとはいえ、元々転移の魔導具があったのはたしかだ。そこからさらに新しく持ち込まれたとしても、それは琉那がコンヴォーカ王国を訪れたからか、それとも別の思惑に偶然巻き込まれたのか。
いずれにせよ、健一達も琉那も、魔族の領土へと向けて旅立つことに変わりはない。黒幕側がどう動くかが読めない以上、急いで王族や魔族達と合流するべきである。
たとえ味方にならずとも、敵対者を増やしてもいいことは、何一つとしてないのだから。
「何にせよ、まずは敵を増やさない努力からだな。味方なんて、できればそれで御の字なんだし」
「……ま、それくらい気楽に構えていましょう」
それより、とばかりに琉那は、健一の握っているハンドルを指差してくる。
「ちょっと運転させなさいよ。『地球』帰った後、感覚鈍ってたら嫌だし」
「……お前免許持ってたっけ?」
「それ……国際免許持ちの私に言う?」
そして掲げられる国際免許証を横目で見た健一はふと、ある疑問を口にした。
「アメリカのウォール街って、運転することあるのか?」
「あるわけないでしょう。物価と人口密度が無駄に高い街中で乗り回してたら、即訴訟になるわよ」
本当かどうか分からない、微妙にリアルなアメリカ生活を琉那は話し始めた。
「気晴らしに街外れまで、よくドライブして……あ」
そう呟いた途端、琉那は健一を指差して叫びだした。
「そうよあんた、どこから銃なんて持ってきたのよっ!?」
「……知り合いから買った。相場よりも割高だけどな」
とりあえず気持ちを逸らせようと、健一は適当なタイミングで、運転を代わって貰うことにした。
一方、トレーラー内で二人だけの中、マーセリットはシルヴィアに話しかけていた。
「あの……史織、さん?」
「なんじゃ?」
健一が琉那と共に車に乗っていることに、何か思うことがあるのではと心配していたマーセリットだったが、シルヴィアの方は特に、変わった様子は見られない。ただ漫然と、自身の魔剣の手入れをしているだけだった。
「ふと思ったのですけれど……史織さんは何で、今でも健一さんと一緒にいるのですか?」
別のことに意識を逸らそうとした思惑もあるが、健一のかつての恋人が現れたこともあって、なんとなくシルヴィアの様子が気になったマーセリット。その際に何をどう聞こうかと考えていた折、いまさらながらの疑問をぶつけることにしたのだ。
「改めて言われると、返答に困るが……」
少し眉を顰めてから、シルヴィアは魔剣を鞘に納めながら、マーセリットに答えてきた。
「……結局は、生存本能の延長に過ぎぬわ」
その言葉の意味を、マーセリットは魔族の領土に入った後……嫌という程に思い知るのだった。
週一目標での執筆を行っておりましたが、年末年始(2024年12月~2025年1月)の間は隔週目標とさせていただきます。誠に申し訳ございませんが、次回(12月13日予定)更新までお待ちください。
よろしくお願いいたします。