第20話 滑空式強行突破、成らず
異世界へと転移した後、いきなり建物の中に現れることはなかった。
そう聞けば朗報だが、現実は違う。二次元の地図を確認したわけではないが、一面の星明りに包まれた夜空を見れば、ここがどこかの建物の内部でないことは一目瞭然だ。
問題は……実際の三次元的な位置、高さだった。
「転移した時はいつも、建物の中だったからな~……正直、油断してた」
「妾達から転移の魔道具を起動すると、こうなるとはのぉ……」
「多分、目印なしで転移した結果だろうな……」
キャンピングカーの牽引車に乗っていた健一達は絶賛、自由落下の真っ最中だった。おまけにすぐ動けるよう、シートベルトを外した状態だった為、現在進行形で浮遊感に苛まれている。
「そっ、それよりもこの状況……っ!?」
「まあ落ち着け、って。この程度はよくある話だ。で、シルヴィア……いけるか?」
「当然じゃ」
浮遊状態にも関わらず、シルヴィアは苦もなく助手席のドアを開け放つと、その身を宙へと踊らせた。
一見、夜の暗闇の中で『影』を広げることは難しいかもしれないが、星の光と車のヘッドライト……そして、健一の『鎖』さえあれば、不可能ではなくなる。
「『鎖状成形』っ!」
呪文と共に、健一の生み出した『鎖』が車体を覆うようにして、巨大な翼を形成していく。ヘッドライト等の光源を反射できるようにし、かつ大きな影を生み出せるように。
その鎖を骨組みにして翼を作れれば良かったのだが、残念なことに羽布という、小型の飛行機に張るような軽くて丈夫な布までは存在しないし、魔法で生み出すことはできない。
だが、健一達の意図は違う。シルヴィアが車体の下に潜り込むことで、限界まで生み出した光源による影が、最大の大きさとなる。
これから唱える魔法に、必要な分の影を。
「……『影龍転身』」
叫んだわけではないのだろうが、シルヴィアの声は、夜闇にひどく響いてくる。
呪文を唱えた瞬間、シルヴィアはいつも服に纏うような、影の黒衣を生み出していく。
けれども、その生み出された影は、今度はシルヴィアの衣服に留まらない。その身体を包み込むと、彼女自身を核として徐々に肥大化し……四足の巨大な黒龍へと変貌した。
「きゃっ!?」
マーセリットが小さく悲鳴を上げた頃には、すでにキャンピングカーを上回る大きさの黒龍がその背で受け止め、空中を滑空していた。そこでようやく、健一は後部座席へと振り返る。
「シートベルトを閉めとけ。せっかくだから、このまま距離を稼ぐ」
「わ、分かりました……」
マーセリットと共にシートベルトを締めた健一は、再度『鎖状成形』の呪文を唱えた。追加で生み出された鎖は黒龍と化したシルヴィアの胴体からキャンピングカーへと通り、空中分解しない為の固定具と化す。
「よし。このまま魔族の領土へと方向転換して、着陸後はすぐに走り抜けるぞ。聞き慣れないエンジン音も、この世界で夜に紛れてしまえば、まだ『新種の魔物』で誤魔化せられる」
時差に関してはうろ覚えだったが、やはりルーマニアに関係がある。健一は異世界の星空を眺めながら、そう考えていた。
午前中に納車を済ませ、すぐに出立した理由は『早朝の方が夜勤明けで気が緩みやすい』というのもあるが……上手くいけば、時差の都合で深夜帯に転移できる可能性もあったからだ。
確実性も加味すれば、一日空けても良かったかもしれないが……あまり時間はかけられないので、その点は断念した。しかし、結果は空中に放り出された件を除いて、ほぼ理想通りである。
後は、『魔物ではなく未知の敵』だと認識される前に距離さえ取れれば、無駄な争いをせずに目的地へと向かえる。
「……ケンイチ、着地したら一度エンジンを切れ」
しかし、次の行動をシルヴィアに止められてしまう。
何事かと聞こうとした健一に、車体の外にいた為にいち早く気づいたシルヴィアから、空下の現状を伝えられた。
「コンヴォーカ王国が……滅びておる。何かあったのかもしれない」
車内に残っていた二人は、状況を把握することができず……健一は光源を保ち続けるのが精一杯だった。
着陸し、シルヴィアが『影龍転身』を解いた後、健一は指示通りにエンジンを切った。
そして三人は、軽く仮眠を取りつつ夜明けを待つことにした。女性陣がトレーラーの中へと入り、健一が見張りも兼ねて車内で座席を倒した数時間後、朝日と共に照らされたのは……かつて、コンヴォーカ王国だった場所に残されていた廃墟群だけだった。
「襲撃された後だとは思うが……死体どころか、住人の生活痕すら見当たらない。どう思う?」
「すでに退去した後なのは、間違いなかろう。問題は……どこへ行ったか、じゃな」
健一もシルヴィアも、すでに剣を帯びている。マーセリットですら、9㎜口径自動拳銃の銃身を引き、指先一つで、いつでも発砲できるようにしていた。
「さすがに、約千年だと記憶とは違うな……マーセリットはどうだ? 見覚えとかはあるか?」
「…………あります」
つまりここは、マーセリットが暮らしていた頃のコンヴォーカ王国で、まず間違いないということだ。もし時間が経過していたとしても、記憶に残っている以上、そこまで大きくは変動していないだろう。
「少し奥にある大通りを抜けると、王国での別邸があるはずです。まずはそこへ行きましょう」
「理由は?」
「別邸には……緊急避難用の、地下室が備わっています。国外への脱出路と共に」
銃口を下げたまま、両手で拳銃を構えたマーセリットを先頭にして、三人は瓦礫にまみれた大通りを突き進んでいく。途中、健一やシルヴィアも周囲を警戒するが、今のところ、人の気配はない。
「もし何らかの事情があって、国民全員が退避した後に襲撃されたのなら……そこか王城の地下宝物庫に、手がかりが残っているかもしれません。私が知らない、他の地下施設を探している余裕はありませんので、まずは近場の別邸から」
「……賢明だな」
あまり時間をかけられない以上、当てどなく瓦礫をどかしている暇はない。ならば少しでも、手がかりを見つけやすい場所を探すのは、間違いではなかった。
「食材すら、少しも散らばっていない。襲撃される前に、計画的に移動させられた証拠だ。金品や生活物資も、大半が持ち出されたとみていいな」
今でも空気中には、魔力の素が充満している。それでも健一は安心することなく、車から持ち出し、ベルトに差したカランビットナイフの柄に、軽く手を触れた。
「見えました。あそこで……っ、健一さん?」
突如、肩を引かれたマーセリットは思わず振り返ってくる。だが健一は構うことなく、掴んだ身をシルヴィアに投げ渡すと……聖剣『エスファンダ』を、その鞘から引き抜いた。
マーセリットが示した別邸もまた、廃墟と化している。けれども、壊れ果てていた門の奥、屋敷の前の馬車道だった場所には、不自然な焚火の後が残されていた。
……未だに、煙の燻る焚火の後が。
「誰か、いる…………」
ようやく見つけた生活痕。しかも火を消して、まだ時間は経っていないということは……誰かが、近くにいることを示していた。
「こ奴の関係者ではないのか?」
「それはあり得ません」
シルヴィアが思わず出した予想を、マーセリットは力強く否定した。
「いくら非常時でも、他にひらけた場所がたくさんある中、あんな所で焚火をする理由がありません。それに、どんな理由であれ……家の者が残っているのであれば、顔を出さない方が不自然です」
ゆっくりと、銃口が中空へと持ち上げられていく。いざとなれば、持ち上げるよりも早く狙えるようにする目的で。
「と、なると……余所者の可能性が高いな」
手振りでシルヴィアとマーセリットを立ち止まらせてから、健一はゆっくりと、廃墟と化したディストルジェリ公爵邸の前に立つ。未だに他の人間の気配はない、かに思われたが……すぐに、誰かの視線を感じた。
(さて、と…………どうくる?)
さりげなく、健一は移動しながら、服の中に『鎖』帷子を生成していく。少しでも、不意打ちに備える為に。




