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『鎖の英雄と影の女王』……の次回作  作者: 朝来終夜
第1巻 『鎖の英雄と影の女王』、完結。そして……【2025年3月7日完結】
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第2話 新たな婚約相手は魔王様

 マーセリット・ロゴードナ・ディストルジェリは突然の展開についてこれず、思わずその場で蹲ってしまった。

「今、この時を持って、第一王位継承者にして国王の代行ダリウス・コンヴォーカ・レガットは、マーセリット・ロゴードナ・ディストルジェリ公爵令嬢との婚約を破棄する!」

 玉座のある謁見の間という、公式の場での宣誓。たとえ証文で残されなくとも、何人もの貴族が複数立ち合えば、それだけで効力を発揮してしまう。

(…………そう、ですか)

 婚約自体、自身がこの世界で数少ない『魔法使い』として、重宝されていたから成立したに他ならない。

 かつては存在していた魔法も、今では誰もが使えるものではなくなった。

 歴史的な背景は不明だが、使える者の存在が激減している。ゆえに、伝承されている呪文を詠唱し、魔法が使えるかを判断するのが、国民全員の義務と化していた。

 結果、公爵家の家柄で『魔法使い』と判断されたマーセリットは、その資質を取り入れようとする王侯貴族達の思惑に従い、王室へと嫁がなければならなかった。

 ……その、はずだった。

「そしてこれより……我に相応しき、新たな妃を喚び出す儀式を執り行う!」

 最初はほんの数人、そして一斉に、歓声が沸き上がってくる。

「これから喚び出される者は、そこにいる搾りかすのような『魔法使い』ではない! 『鎖の英雄』や『影の女王』の時代に実在した、異界より喚び出されし真の英雄達の一人だ。ただ魔法を使えるだけの人間とは次元が違う!」

 ここには、婚約を決めた公爵の父も、国王をはじめとした他の王族達もいない。全てはこの場の中心にいる第一王子、ダリウスの暴走だと気づければ良かったのだが……残念なことに、マーセリットは公爵家の()を知っているわけではなかった。

(私は……王子の婚約者に相応しくなかった)

 ただ、己への自責の念のみが、マーセリットの心中を鋭い針の先端で削ろうとしてきた。

 現に今、ダリウスが何らかの魔導具を用いて、召喚の儀式を行おうとしているにも関わらず……ただ、この状況を受け入れることしかできずにいる。


「さあ来るがいい……異世界にて喚びかけを待ち求める、我が妃よっ!」


 自らでも起こすことが難しい、魔力の光が謁見の間を包み込んでいく。ダリウスは『魔法使い』ではないので、おそらくは魔導具の力なのだろう。しかし、それこそが彼の偽りない決意だと証明していた。

(本当に、異世界から喚び出されるの……ですね)

 これまでの花嫁修業や妃教育、それに捧げてきた人生はいったい何だったのだろう。過去を振り返っている間に、徐々に光が収まっていく。

 そこに立っていたのは、ようやく普及し始めたものよりもさらに扇情的な下着を纏い、見慣れない衣服へと着替えようとしていた、黒髪の女性だった。

「これは……いったい、どういうことじゃ?」

 一瞬、混乱していただろう女性は周囲を一瞥すると、突然手を挙げて、軽く指を弾いてくる。

(…………うそ)

 この場に、他に魔法を使える者がいないのだろう。だからマーセリット以外には、この現象が理解できていなかったらしい。喚び出された彼女は影のような漆黒のドレスを纏うと腕を組み、不遜な態度を押し出しながら歩き出した。

 向かう先にはただ一人、彼女を喚び出した第一王子、ダリウスしかいない。

「……貴様か、妾をこんな場所に喚びつけたのは?」

「あ、あ……」

 さすがに、魔法が使えなくても……彼女の纏う雰囲気から、その異常さは伝わってきたらしい。現に、その一部始終を見ていたマーセリットですら、頽れた状態で腰を抜かす等という、稀有な状態に至っているのだから。

(空気中の魔力の素で、ドレスを構成した……呪文も(・・・)使わずに(・・・・)?)

 現代で使える魔法は、呪文を唱えて空気中の魔力の素へと干渉し、行使しなければならない代物だ。それも、火を熾したり水の流れを変えたりといった、自然現象のわずかな創造と一時的な操作で、すぐに限界を迎えてしまう。

 それを目の前の女性は、一度指を弾いただけで魔力の素を操作し、一瞬にして衣服を生成してのけたのだ。何に変質しているのかまでは分からないが、この場で一人だけ、その大元を理解しているマーセリットは、ただ唖然とするしかなかった。

(違い過ぎる。この人は……いいえ、そもそも()なの?)

 自らが『魔法使い』と称されるのならば、目の前に居る女性は、明らかに上位の存在である。


(まさか…………『魔王』?)


 マーセリットが眼前の光景を眺めることしかできない中、その女性はダリウスが召喚に用いた、魔導具をその手から奪い取っていた。

「ふん、まだ(・・)あったのか。にしても……」

 召喚に用いられた魔導具が、女性の手に握られた瞬間、先程よりも大きな輝きを放ってきた。

「……っ、妾に従わぬ気か。こやつめっ!?」

 その暴走を表す光が落ち着くと共に、再度召喚の魔法陣が、謁見の間の床全体に刻まれていく。

「まあ良い……どうせ(・・・)喚ばれるのは、あやつ(・・・)じゃろうて」

 それだけ漏らすと、女性は魔導具を影の中に落としてしまう。けれども、何かが割れて壊れるような音はしない。おそらくはどこかに転移したか、別に生成された空間に仕舞われたのだろうが……そんな魔法自体、マーセリットの持つ知識の中には存在しなかった。

 そんなものがあれば、技術が魔法の(・・・)代わりに(・・・・)発展することもなかっただろう。

「さて……さっさと帰って、一風呂浴びようと思ってたところを邪魔してきたんじゃ」

 何が起きたのかは分からない。ただダリウスは弾き飛ばされてしまい……女性の殺気に満ちた眼差しが、周囲の貴族達を見渡していく。ようやく危険を察知したのか、衛兵が彼女の周囲を取り囲もうとするが……


「人間風情が…………覚悟はできておるのだろうな?」




「……で、あいつが暴れているのを止められる奴は、誰もいなかったと?」

「な、なんな、……何なのだあれはっ!?」

 あまりにも呆れる状況に、健一は後頭部を掻きながら、思わず溜息を零してしまう。足元で怯えている国王代行(・・)を名乗る青年の傍で、暴れ回っている史織ことシルヴィアやその周辺を眺めてから、改めて視線を降ろした。

「それよりここ、コンヴォーカ王国だよな? 今、王歴何年だ?」

「19、88年……」

(…………妙だな)

 以前訪れた時は、王歴1000年だった。建国祭と同時に喚び出されたので、記憶違いなんて起きようはずがない。

 異世界転移の際、時間の流れは同一だったらしく、健一達が地球に戻った時を確認してみれば、召喚されてから約三年の年月が経過していた。最初は並行世界とかを想像してみたが、実家や元の職場、果ては役所の記録を調べた結果、元居た『地球』という世界に間違いはないと判断できた。

 けれども、健一が周囲を見渡した際に偶々見つけた、王家の家系図が描かれたタペストリーを視線で辿ってみても、知っている名前は存在しなかった。だが、記載されている国の名前や言語、果ては周囲を取り囲む魔力の素を見た限り、ここがかつて喚び出された異世界であることは間違いなかった。

(時間経過が異なっている? どんな理屈で? しかも……)

 誰かが持っていた物を取り零してしまったのか、上質な紙を用いた書類が、束から単一となって散乱している。当時使われていたのは羊皮紙だったので、少なくとも、製紙に関しては明らかに、技術的進歩が見られた。

(そして、極めつけは……この魔力の濃さだ)

 標高で酸素濃度が左右されるように、時間や場所によって魔力の素の濃度が違う。そんな次元をはるかに超えた量が、周辺の空気に含まれていた。

(1000年近く、時の流れた異世界か……とはいえ、これなら)

 そこでようやく、健一は眼前で暴れているシルヴィアに対して、右手を持ち上げた。そして魔力の素から鎖を生成し、それを操作して強引に引き寄せた。

「が、がっ……おお、おぬしも来おったか」

「来おったか、じゃねえよ。お前はともかく、何で俺まで召喚されたんだよ? しかも一緒にいたとかじゃなく、何故か時間差で」

「それはおそらく、これの仕業じゃろうな」

 床に倒され、引き摺られたシルヴィアは気にすることなく立ち上がると、自らの影に手を伸ばした。

 そして握られていたのは、ある魔導具だった。

「転移の魔導具じゃ。こ奴等、使い方も分からずに起動させおったみたいでの……おかげで妾が纏っていた魔力を勝手に(・・・)吸い取って、また動きおったわ」

「それで遅れて、俺が喚び出されたってことか……しょうもな」

 大規模な時間経過の可能性がある以上、このまま滞在し続けるわけにはいかない。幸い、以前『地球』への帰還用に用いた魔導具はシルヴィアの影の中にあり、起動に必要な魔力の素も周囲に充満している。むしろ、必要以上といっても差し支えなかった。

 だが……慰謝料位はいただいても、バチは当たらないだろう。

「宝物庫の中身かっぱらって、さっさと帰るぞ。場所が変わってなければいいが……」

「後、硝子玉に引っ掛からんようにせねばな」

 そう言って二人並んだ健一達は、宝物庫のある地下へと向かって行った。

「節穴なのは、お前も一緒だろうが……」

「生まれたての魔族に、宝玉の価値など分かるわけなかろうに」




「ま、待て……」

 無意識とはいえ、ダリウスは声を出した。

「お前達は、一体……何なんだ?」

 その問いかけに、一度立ち止まった二人は互いに顔を見合わせ、そしてダリウスの方を向いた。


「誰って……『鎖の英雄』と『影の女王』様だよ。伝承どうなってるのかは知らないけど」


 その返答を聞き、ダリウスはとうとう、口を噤んでしまった。

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