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『鎖の英雄と影の女王』……の次回作  作者: 朝来終夜
第1巻 『鎖の英雄と影の女王』、完結。そして……【2025年3月7日完結】
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第19話 装備点検、後に出立

 牽引式のキャンピングカーが納車される前日までに、健一達は全ての準備を整えた。

(とりあえず、銃は買ってきたが……思ったよりも高くついたな)

 車両の購入費に予算が圧迫され、セジョンから購入できたのはチェコ製の9㎜口径自動拳銃(Cz75)二丁のみ。

 高威力や広範囲、貫通性等を考慮して自動小銃や散弾銃、最低でも大口径の拳銃も一緒に欲しかったところだが、慣れない武器に無暗に予算を掛けるべきではないと考え、断念した。

 それに、向こうでは空気中に魔力の素が充満している以上、あまり使用する機会はないと見込んでいる。そもそも銃弾自体、あまり多く用意できたわけではない。

(銃弾は在庫が多くないからって相場以上に取られたし、弾倉もあまり用意できなかった。銃は予備の武器だと考えるとして……)

 近接用の武器としてナイフの一本も買っていこうかとは考えたが、手間や品質を考えれば、資料兼趣味(別の目的)で購入したものと、向こうの世界で買い直せば十分だ。むしろ敵から奪うのであれば、柄に細工されてない限りはまだ、刃物の方が下手な銃よりも安全に取り扱える。

 何より……健一の手元には今もなお、聖剣『エスファンダ』があった。

「またこいつを、握る羽目になるとはな……」

 銃刀法違反に引っ掛かるからと、普段は箪笥の肥やしとなっていたが、再度異世界からの魔の手が伸びた日から、手入れを欠かすことはなかった。以来、転移の魔道具と共に史織、シルヴィアの影へと収納するか、健一の手元に置いている。

 そして今は健一の手にあり、鞘から少し引き出された刀身を晒していた。

(やっぱり……ただの剣、だよな?)

 柄拵えこそ立派だが、刀身は数打ちだろうと思って振っていた。けれども、下手な岩程度の硬度であれば刃毀れすることなく、その形状を保てている。もしかすれば、ただの鉄製の剣ではないのかもしれない。

(製法? 鉱物? 理由は分からないが……使えればこの際、何でもいい)

 一度鞘から全て引き抜き、抜き身の刀身で構えた。長い間握っていなかったが、数年とはいえ命のやり取りに使っていたからだろう、聖剣の柄は健一の掌に問題なく馴染んだ。

(剣と銃、魔法……用意できるものは全部準備した)

 後はカランビットナイフをはじめとしたナイフ類に、ホームセンターをはしごして掻き集めた薬品等ででっち上げた手榴弾擬き。木製の棍棒よりは頑丈で威力もあるからと、鉄パイプも数本購入してある。もし行き先が異世界でなければ、確実に凶器準備集合罪が適用されるだろう。

 ……しかし、健一は後悔していない。

「後悔させてやる……」

 むしろ、これまで散々振り回されてきたのだ。まだ何をすべきかは見えていないが、それでも事態を黙ったまま、甘んじて受け入れるつもりはない。

 もう……そうしないだけの経験と覚悟はできている。


「…………反撃開始だ」


 時折漏れ出る声を気にすることなく、健一は聖剣を鞘へと納めた。




 そして史織、シルヴィアもまた、自らの魔剣『マジクァ』を手入れしていた。

(もう、他人事ではすまされぬか……)

 元の世界に置いてきた同族について、これまで気にならなかったわけではない。けれども長寿かつ、かつて健一が残してきた『地球』の知識があるので、あまり心配してはいなかった。

 そもそも『魔王』ではあったが、魔族の長の座は別の者に任せてきたので、シルヴィア自身は出奔し、箕田史織として生きているつもりだった。

 しかしそれも、わずか三年で刺客の魔の手が伸びてきた為に終わりを迎えた。

(こんなことなら、もう少し鍛えておけば良かったのぉ……)

 体力仕事な飲食業で稼いでいるとはいえ、戦う為に身体を動かしてきたわけではない。現に、健一の二度目の転移の際、先に喚ばれたシルヴィアは魔法で強化した腕力で、力任せに暴れまわることしかできていなかった。

(せめて……剣だけでも、のぉ)

 実際、シルヴィアは剣が得意ではない。元の世界にいた時も、本来の使い方に近いとはいえ、力任せに叩き切る位にしか使っていなかった。精々が『素手だと怪我するから』と、棍棒代わりに使っていた程だ。

「……まあ、いまさら言うても仕方あるまい」

 あの世界へと旅発つ日程は決まっている。その為にアルバイトのシフトは調整済みだ。健一程準備しているわけではないが、そもそも慣れない武器等、かえって足枷になりかねない。

 それに……魔剣自体、他の魔族との離別の際に、餞別として受け取ったものだ。健一よりも付き合いが短い上に、『地球』に来た後は振るう機会も必要性もなかった。

 だから、改めて手入れしていたのだが……埃だらけだったのを磨いただけだ。むしろ放置していた分、錆びなかった方が不思議でならない。

(腐っても魔剣、じゃな)

 いまさらながらも、同胞への感謝を込めつつ、シルヴィアは魔剣を鞘へと戻した。


「ま、シフトの理由通り…………帰省を楽しむとするかのぉ」


 最初はどう誤魔化そうと考えてはいたが、文字通り『帰省』の為、『家庭の事情』を理由にして休日を取得できたのは、シルヴィアにとって嬉しい誤算だった。




 リビングで健一が購入した9㎜口径自動拳銃(Cz75)(弾抜き)の感触や扱い方をたしかめていたマーセリットは、その後ゆっくりとテーブルの上へ、銃を置いた。

(皆、無事でしょうか……)

 関わっていたかどうか以前に、事情を把握していたかも分からない。その為か、家族の安否についてどうしても考えてしまう。

(私は……いったい、どうしたいのでしょう?)

 婚約破棄の一件もあり、あの世界の趨勢について、大きく興味を抱けているわけではない。


 ただ……真実を知らなければ、自分は一生、過去に囚われてしまうのではないか?


 その不安が、マーセリットの原動力へと代わり、健一達に同行する決意となった。

(……なんて、考えていても仕方ありませんね)

 健一が購入してきた拳銃は二丁、うち一丁は車内に残すことになったが……残る一丁は、マーセリットが持つことになっている。他にまともな武器を持っていないからでもあるが、一番の理由は……『何が起こるか分からない』からだ。

 健一やシルヴィアが近くにいれば、守ってくれるかもしれない。だが、常に傍にいて貰えるとは限らない上に、ただ安穏と保護されることはマーセリット自身が自分を許せなかったからである。

 これまで貴族として培ってきた価値観、高貴たるものの義務(ダトリア・ノビルリィ)の為に。

(他の魔法は世界を渡ってから、健一さん達に教わることになっていますが……今の私は非力。せめて、恥ずかしくない振る舞いを)

 元の世界に居た頃よりも大きく、複雑な機構を持つ拳銃へと視線を降ろしたマーセリットは、咄嗟に掴むと前方に構えた。


「……今度こそ、貴族としての責務を」


 貴族として培ってきた過去ではなく、その土壌から花開いた自身の生き様を貫く為に……マーセリットは再び、武器を手に取った。




 納車日当日。先に牽引用の軽自動車にガソリンを入れてきた健一は再び連結させると、事前に借りていた近所の大型倉庫に、トレーラーごと駐車させた。

「二人共……準備はいいな?」

 倉庫内に格納していた武器や食料、その他必要な物を積み込んだ健一は改めて、二人へと振り返った。

 シルヴィアもマーセリットも、元の世界での服装に着替えた上で、最初から武器を携帯している。そこに油断の感情は一切ない。

「いつでも良いぞ」

「……お願いします」

 その言葉に、健一は無言で頷くと、軽自動車の方に乗るよう指示を出した。

 転移後の場所はおそらく王城になるだろうから、強引に突破する必要がある。最悪の場合は屋内に転移する可能性がある為、トレーラー部分を切り捨てなければならない。だから最低限の物資と共に一度、全員車に乗り込むことになった。

「エンジンを点けたら、すぐに起動してくれ。準備は?」

「いつでもできておる」

 助手席に腰掛けたシルヴィアが自らの影から転移の魔道具を取り出し、見せてくる。それを一瞥した健一は、静かに車のエンジンを点火し、駆動音を倉庫内に響かせた。


「…………行くぞ」


 シルヴィアが起動させた転移の魔道具により、周囲に魔力光が満ちていく。そして……数秒も経たず、牽引式のキャンピングカーは『地球』から姿を消した。

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