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『鎖の英雄と影の女王』……の次回作  作者: 朝来終夜
第1巻 『鎖の英雄と影の女王』、完結。そして……【2025年3月7日完結】
17/30

第17話 金と縁は天下の回り物

 たかが金だが、されど金である。

 元々は物々交換の手間を省くために生まれた物品貨幣として保存が利く布や貝、そして金銀財宝が現代で言う紙幣や硬貨の代わりとなっていた。それらの価値を統一し、かつ持ち運びやすくする為に生まれたのが貨幣制度である。

 つまり、経済の効率化を図る目的で生まれたのが現金という『ただの(・・・)道具』であり……無から有を成す『万能の存在』ではないのだ。

 だからこそ、健一は悩んでいた。

「バイトでもするかな……」

「地に足のついた考えを持つとは、殊勝な心掛けじゃな」

「……『悪銭身につかず』ってのは、学生時代に嫌という程経験してるんでね」

 異世界から戻ってきた当初は、換金した質草を以前勤めていた職場での月収程度に分けて、生活しようとしていたが……予算が増えるということは、それだけ選択肢が増えるということだ。おまけに史織が健一の生活に加わってきた為、否が応でも支出は増加してしまう。

 唯一の救いは、学生時代に散々、資産運用や賭博行為に手を染めていたことだろうか。だから数年の生活費程度とはいえ、突然の大金に対して贅沢に使い潰そう等とは考えずに済ませられた。

 裏通りにある質屋『伊呂波』の店内で健一は、柳堀から受け取った札束を数えながら雑談を続けた。

「所詮金だって、利便性を高めた結果生まれた道具だろ? だが利便性が高過ぎる分、逆に無駄遣いしかねない。何せ、大概のことはこれ(・・)でできるからな」

 数え終え、予想に近い金額となった金貨分の現金を鞄に仕舞った健一は、理性を保つ難しさについて改めて、頭を抱えた。

「とはいえ……その『本当にやりたいこと』の為にいざ金を稼ぎたいと思っても、そう都合よく用意できるわけじゃない。本当に、どうしたものか……」

「……何か入り用か?」

「少し、遠出する(・・・・)ことになりそうでな……正直言って、資金が心許ない」

 いくつかの算段は思いついているものの、堅実な労働以外に確実な収入を得ることは難しい。とはいえ、時間をかけ過ぎればまた、異世界からの魔の手が迫ってくる恐れがある。

 武器や食料、移動手段等、必要な物を考えれば、予算がいくらあっても足りはしない。

「この後も資金繰りに奔走する予定でな。何かいい儲け話があったら教えてくれ」

「そんな都合のいい話があれば、とっくに店を畳んどるわい」

「……それもそうだな」

 一先ずは、手元の資金でどうにかしてみようと、健一は質屋を後にした。




 勤務中によく耳にする『経費』という言葉は、収入を得る為にかかった費用を指している。無論、作家が取材目的で現地へ赴くのに必要な旅費も、その中に含まれるのだが……仕事と観光の比率次第で全額支給されるとは限らない上に、行き先が異世界の場合は果たして認められるのだろうか。

「キャンピングカーのレンタルなら、ギリギリ……ごめんなさい。前例があるかも分からないから、何とも言えないわ」

「まあ、普通そうだよな……」

 一度駅に寄った健一は、出迎えた綾を連れて自宅に戻ると、改めて異世界での出来事を説明し、そして再び転移することを告白した。

 告白自体は先日の件もあるので、すんなりと信じて貰えたからまだいい。問題は、異世界転移の準備の為に必要な資金を、経費で落とせない可能性が高過ぎることだった。

「異世界ものの物語は山程あるくせに、その取材費が経費で落ちないとか……世の中絶対に間違ってる」

「そもそも異世界に転移する手段がないんだから、しょうがないじゃない。私だって、この前の件がなければ『何言ってんの? この人』って思うわよ」

 綾もまた、健一が問題解決の為に異世界へと向かうことには反対してこなかった。いずれどうにかしなければならないとは分かっていても、自分では何もできないからと、遠慮しているのかもしれない。

 そのことに関しては、健一も何かを言えるわけではないので、あえて素知らぬ振りをした。

「とにかく、問題解決と取材旅行を兼ねて、もう一度転移する必要があるんだ。手短に済ませたいから急ぎで、可能な限り資金が欲しい。何か、当てはないか?」

「当てって言われても……一介の編集者にできることなんて、限られてるわよ」

「その数少ないできることに、『取材費の請求』が入ってるじゃないか。最悪できなくてもいいから、やるだけやってみてくれ」

 作家とはいえ、法律からは逃げられなかった。ならば義務を果たしている分、せめて権利を行使しなければ割に合わない。

「というか……いっそのこと、魔法でどうにかできないの?」

「……具体的には?」

 綾からの疑問に、健一はあやふやな回答を潰すように問い返した。

 口が噤まれる中、沈黙に耐え切れなかった健一は軽く息を吐くと綾へ向け、静かに首を横に振った。

「地球上に魔力の素が含まれてないから有限な上に、俺が出せるのは『鎖』だけだ。しかも、時間が経てば消えてしまうから、下手に売買したら詐欺行為で訴えられかねない」

 鎖そのものを売ったり金属として溶かす案は、実は異世界でも行っていた。けれども、たとえ『保存(パストラァザ)』という基礎魔法を用いたとしても、いずれ魔力の素へと還元されてしまう。ゆえに、盗賊相手に売って金に換え、かつ拘束された民間人が勝手に逃げ出せるようにするのが精一杯だった。

 むしろ、消える前提で証明不可能な罠や犯罪行為に用いようとしたこともあったが、国民の教育が不十分なせいで即座に『超常現象=魔法』だと疑われ、逆にあっさりばれていた。

地球(こっち)に帰ってきた後も魔力の素がないから、詐欺や強盗とかの犯罪行為もあっさり諦めたし……そもそも現金自体、単なる(・・・)道具(・・)だから適当に盗んだところで何の役にも立たないしな」

「……普通の人はまず、お金に対してそこまで(・・・・)割り切れないと思うんだけど?」

 そう訝しげに見てくる綾に、健一は肩を竦めながら答えた。


「ああ……その辺りの概念は昔、ウォール街で働いてる元カノ(・・・)に叩き込まれた」


 一瞬、室内の空気が静まり返る。

「え……」

「……壁の(ウォール)、街?」

 健一からそう聞き、異世界人であるマーセリットは理解できずに首を傾げている。けれども、地球の住人である綾は『|世界の金融市場の中心地ウォールストリート』のことだと知っている為か、若干顔を青褪めていた。

「えっと……随分、アクティブな人と付き合っていたのね」

「学部は違うけど、大学の講義で知り合ってさ。グループ内で色恋沙汰が煩わしくなってきてつるんでたら、ウザ絡み防止にもなって自然と。向こうはどうだか知らないけど、俺の方は結構好みだったしな」

 とはいえ、健一にとってはある意味もったいなさすぎる相手だった。

「ただ、俺の好みって『どこか抜けてるように見えても自立心は強い女』でさ。けれども、その手の人間って大抵、結婚願望どころか恋愛沙汰に興味ないこと多いだろ? だから普通に長続きしなかった」

「……箕田さんの方からは、続けようとは思わなかったの?」

「それでこっち優先して続けてくれても、ある意味好みじゃなくなるし……好みでいて貰おうとすると結局止められないし……とりあえず、『やりたいことやり終えた後にお互い相手がいなかったら、付き合うの再開するか決めよう』ということで、大学卒業と同時に別れた」

 あっさりしてるとは思うが、ある意味都合が良かったとも言える。何せ別れて数年後に、異世界に拉致されたのだ。

 もし拉致された後まで付き合っていれば、十中八九関係が拗れてしまっていたことだろう。解きほぐすのに面倒な時間を要するか、別れ話に発展しかねなかったかもしれない。

 しかし、現実はある意味残酷である。卒業後に『就活成功した』報告以降、向こうから連絡は現在進行形で一切来ていなかった。健一から何かしらのアクションをしないのも原因の一端かもしれないが、所詮はその程度の関係だったということだろう。一応ベッドの上で最後まで進んだ関係だったが、結局はお互い、自分の意思で人生を歩んでいた。

 向こうが健一のことを今でも覚えているかは分からないが、連絡が来ない以上、どんな形でも彼女の人生が充実しているのは間違いないだろう。

 ……もしくは常人なら自殺しそうな原因で犯罪に走り、刑務所暮らしをしている可能性もなくはないが。

「まあ、話を戻すけど……その関係で、学生時代はその元カノと結構無茶やっててさ。インサイダー取引から裏カジノまで、割と手広くやってたんだよ。資産運用や経済知識についても、その時にあいつから教わった……というか、無理矢理勉強させられた」

「その彼女さん……一体何を目指してたの?」

 綾からの至極真っ当な疑問に、健一は溜息交じりに答えた。


「表向きは大物投資家で…………本音は経済面での、世界征服だとさ」


 ある意味訳の分からない目標に、この場にいる全員は一度、健一の元カノについて忘れることにした。何故なら、完全に話題が逸れてしまったからだ。

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