第14話 後悔しない選択とルーマニアについて
「結論から言うと、偽造できる伝手はあった。ただ……問題が二つある」
「二つ?」
三度目の異世界転移から数日開け、健一は再びセジョンに会いに来ていた。
健一が差し入れとして渡したペットボトルの緑茶を呷りつつ、セジョンは指を二本立てて見せてくる。
「一つ目は、値段がかなり高くつく点だ。就籍関係にも精通している偽造屋で、腕は確かなんだが……良過ぎる分、馬鹿みたいに値が吊り上がっている。安い軽自動車で十分なのに、高級外車を無理して買うようなもんだ」
「……じゃあ、軽自動車の方は?」
「そっちは見つかってない。一応まだ探しているけど……どうする?」
仕事の品質はもちろん重要だが、すでに基準に達しているにも関わらず、さらに上を求めるのは『余計な手間』となりかねない。だが、ものがただの消耗品でない以上、他に選択肢がなければ、選ばざるを得ないだろう。
「金額次第だな。手持ちで足りるなら質が良い分、むしろ購入して損はないだろうし……それで、肝心の値段は?」
セジョンから値段を聞き、予想以上にかかることに軽く眩暈を覚えてしまう。けれども、すでに金貨の換金後の予想金額を聞いていたこともあり、健一はすぐに覚悟を決められた。
「基本は前払いだよな? 予算が貯まる前に安いところが見つかれば、その時に依頼先を変えるか考える。用意できた後も見つからなければ、そこに依頼するよ」
「分かった。で、二つ目の問題なんだが……」
丁度飲み干したペットボトル片手に、セジョンは空いている指を再び二本、立ててきた。
「相手が地方に住んでいる上に、普段十分に稼げているからか、基本的に誰かの紹介か直接の依頼しか請けていない。だが俺の方に、紹介までしてくれる伝手がないから……」
「……自分で直接足を運ばなきゃ、依頼できないってことか」
「それも、断られる可能性も込みでの話だしな」
しかも、相手によっては自分の身を守る為に、健一や周囲の人間に手を出しかねない。その偽造屋が保身の為にこちらの素性を洗ってくる程度であればまだマシな方。最悪仕草一つで、『新規の客だから』と文字通り切り捨てられる危険もあった。
もっとも……それは、ただの一般人であればの話だが。
(ちょっと、面倒だな……)
自分の身を守る点は、まず問題ない。手の届く範囲であれば、周囲の人間を守ることもできるだろう。異世界から戻る直前に『鎖榴散球』を放ったので万全ではないが、体内に取り込んだ魔力の素はまだある。
懸念すべきは、健一達が『異世界転移を行った』のがばれることだろう。異世界の存在だけでもファンタジーなのに、さらには移動できる手段や魔法の使用までできると知られてしまえば、後々面倒な事態になりかねない。
おまけに、マーセリットをセジョンに紹介することはあっても、彼女の為に命を懸けて貰うのは筋違いだ。手間賃の嵩増しで済ませていい問題ではない。
「どちらにせよ、すぐにその金額を用意するのは無理だ。その辺りは金策しながら考えるよ」
「それが良いだろうな。君子危うきに近寄らず、だ」
前回と同様に、セジョンの自宅前で別れようとした時だった。健一の出足は止まってしまう。
いや、健一の肩を、セジョンが何故か掴んできたのだ。
「……健一、マジで『裏』の仕事に関わる気か?」
いつもの軽い調子は、今は鳴りを潜めている。健一を振り返らせたセジョンは、少し表情を隠してから改めて話し始めた。
「前回はまだ記憶喪失で誤魔化せられたから何とかなったが、今回やろうとしているのは完全に犯罪行為だぞ? いざという時に、戻れなくなってもいいのか?」
「…………」
本気で、心配してくれているのだろう。今のセジョンの気持ちは、健一にも良く分かる。
真っ当な神経があれば道徳心から、一度でも社会の裏側を経験したことのある者ならば血生臭い目に合わせたくないからと、相手を止めようと考えることはよくある。特に、言葉だけで済みそうな範囲であればなおさらだ。
だからセジョンも、知らない相手よりも旧知の健一を心配して、そう忠告してくれたのだろう。
「まあ、たしかに搦め手で来られると対処し辛いが……」
それでも、健一はマーセリットに手を貸すと決めた。それをいまさら、覆す気は持ち合わせていない。
「……大丈夫だ。別の所でも俺は、とっくに手を汚しているからさ」
だからせめて、健一は後悔のない人生を歩もうとしていた。たとえ異世界であろうとも、手が血で塗れたことを忘れるわけにはいかない。
法にこそ触れる機会はないが、健一もまた罪人なのだ。日本の法律で罰せられないからこそ、人間である為に己を律し続けなければならなかった。
「やばそうだと思ったら、縁を切ってくれても良い。ただ俺は、自分が後悔しない生き方を選びたいから……関わるよ。その決断を変える気はない」
「……そうか」
健一の肩から手を降ろし、一度腰に当てて下を向いた後、セジョンは頭を掻きながら強引に持ち上げてきた。
「ああ、もう! ……健一、明日時間あるか?」
「明日?」
突然の豹変に健一は気圧されてしまい、そのまま素直に答えてしまった。
「これから調べごとして、明日も続きをしようと思ってたから、時間は取れるけど……」
「……なら俺の仕事終わりに、ちょっと付き合え」
そう言い残すと、セジョンは健一を置いて、アパートの中へと入って行った。
「何なんだ、あいつ……」
どちらにせよ、明日には分かることだと健一は切り換え、次の目的地へと向かった。
電車を乗り継ぎ、到着したのは都心に近い場所にある、日本最大の国立図書館だった。基本的に貸し出しは行われていないが、調べごとで利用するには一番適した場所であろう。
現に健一も、インターネットや近場の本屋、図書館でも調べるのは無理だと判断して、ここを訪れたことは何度もある。
(さて、まずは……)
利用者登録は済ませてあるので、手荷物を整理して不要な分をロッカーに仕舞い込む。そして入館ゲートをくぐった健一は、そのまま奥へと進んだ。目的の資料については事前に調べてきたので、メモを片手に利用者端末へと向かって行く。
(……ルーマニアだな)
そもそも、言語が何故ルーマニア語に近いのかも未だに分かっていないのだ。文字はともかく、あの国と異世界の間に、何かしらの繋がりがある可能性も否定できない。
(もっとも……一個人が関わってるだけだったら、話にもならないけどな)
実際、健一が異世界に転移して戻ってきただけでも、贔屓目抜きにコンヴォーカ王国へと影響を与えてしまっている。せめて、御伽噺の一つでも関係しているものが出てくればいいが……今後のことを考えれば、たとえ無駄足だとしても調べて損はない。
利用者端末を使い、事前に見繕った蔵書の閲覧を申し込んでから、貸出カウンターへと向かった。通常の図書館とは違い、この国立図書館では自分で書架を漁るわけにはいかない。
カウンターから差し出された資料を手に、閲覧室に移動した健一は、早速腰かけて目を通し始めた。
(まずは、歴史から……)
ルーマニアはヨーロッパの東、バルカン半島の東部に位置する国家だ。国の中央を山脈が囲ってはいるが、首都のブカレストはその南方、海岸にも赴ける動線上に位置している。
『ルーマニア』という国名の由来は『ローマ人の国』であり、もともとはラテン人が形成した国だ。しかしいくつもの他国に囲まれていた為か、現国家となるまでに数多の戦争や革命が繰り返されてきた。全ての歴史を紐解くとキリはないが、少なくとも、現行の言語が使われだした年代に重点を置けば、何かが分かるかもしれない。
(政治的な背景から、モルドバ語もまたルーマニア語に近い。本当はそっちの可能性もあるけど、今日はいいだろう。元々はラテン語からの派生らしいが、地域的な問題からほぼ独立した言語になっている。その歴史から辿って少しでも、何か分かればいいんだけどな……)
言語としては七から十世紀頃から使われているので、そこから調べればいいと思っていたのだが、インターネットで調べられる範囲ではあまり情報が出てこない。他国に侵略され、小国が乱立した時期でもあるので、下手をすれば全ての国を調べなければならなくなる。
(調べる量が多いんだよな。せめて何か、きっかけがあれば……ん?)
改めて資料から、ルーマニアの歴史を見返していた際、ある国の名前が健一の目に留まった。
(ワラキア? へぇ…………この国、元々ブカレストに存在した国なのか)




