第13話 混迷する人間関係
「やって、くれおったわい……」
異世界転移の影響により霧消された魔力の素が、残滓を中心にして徐々に空中へと戻る中、老科学者は魔導具の下へと歩いて行く。途中、『Adam』の横を通るものの、壊れた道具に興味を示すことはなかった。
「『鎖』の……爆弾、といったところか」
現に、鎖が球体となって固まり、着弾と同時に破片となって四散した。その結果、転移の魔導具は破壊、とまではいかずとも破損させられていた。大きな傷ではないが、表面に刻まれた術式には影響が出るだろう。修復せずに使えば、結果何が起こるかは最早、誰にも分かるまい。
そう、おそらくは……『転移』魔法を創り出した者ですら。
「魔導具の修復に、どれだけかかるか……まあ良い」
幸か不幸か、健一の放った『鎖榴散球』は『Adam』の巨躯により、老科学者にまで破片を届かせることはなかった。そのおかげもあり、魔力の素へと戻る前の鎖の破片が、未だに床上へと散見している。
「『保存』」
その破片へと、基礎的な保存魔法をかけつつ、周囲を歩き回っていく。その間に考えていることは一つ、今後どうするかについてだった。
「魔導具の修復は他の者に任せて……儂は、これの研究に専念するかのぉ」
結論として、優先すべきは異世界への転移のみ。道具は後で、いくらでも都合がつけられる。
目につく『鎖』の破片に『保存』の魔法をかけ終えた老科学者は踵を返し、最後に一人残った、部屋の外へと出て行った。
「健一……やはりモールス信号は、ややこしくないか?」
「何事も覚えておいて、損はないだろ? まあ……連絡を取り合うのが俺達だけだってのに、汎用性優先させたのはちょっと反省しているけど……」
健一達が転移した先は、綾と共に拉致された最寄り駅までの、人気のない帰路ではない。
「だっ、大丈夫ですかっ!?」
マーセリットがシルヴィア、史織に留守を任されていた、健一の自宅にあるリビングだった。
史織の持つ魔導具で異世界転移を行ったからだろう。帰宅の手間が省けたと前向きに捉えた健一はまず、別の問題から取りかかることにした。
「とりあえず……靴脱ごうか?」
「いえ、次の仕事があるので、このまま帰社します」
意外にも、綾から返されたのは、仕事モードでの冷静な反応だった。時計を見た限りでは実際、異世界に転移して戻ってから一時間も経っていないので、外回りに関してはまだ誤差の範囲である。報告時に『打ち合わせが長引いた』とでも嘯けば、健一と口裏を合わせるだけで十分誤魔化せられるだろう。
「俺達……今まで、別の世界に行ってきてたよな? 普通、もうちょっと慌てないか?」
「箕田さんが冷静なので、一先ず気にしないことにしました。今度、打ち合わせの後で詳しい話を聞かせて下さい」
「普通にリスケされた……」
いったん靴を脱ぎ、史織に案内されるがまま玄関へと向かう綾。健一の視界から消えた後、一言だけ残してから帰っていった。
「それに……狙われているのは箕田さんですから、傍にいたら私まで巻き込まれますよね?」
「絶対そっちが本音だよなっ!」
「帰ったぞ」
「悪いな。助かった」
とはいえ、さすがに一人で送り届けるのも危ないからと史織に、綾を駅まで送って貰った。その頃には健一も精神的に落ち着いてきたので、丁度淹れた紅茶を人数分、カップに注いでからテーブルの上に並べていく。
「それで……健一、おぬし等に何があったのだ?」
「『鎖』の属性のせいで異世界に喚び出された。タイミングが悪くて、片木さんも巻き込んじまったが……おかけで、向こうも万全じゃないってことが分かった」
マーセリットを含めた三人でテーブルを囲み、健一は史織達に、異世界で起きたことを簡潔に説明した。
「――というわけで、向こうの魔導具に魔法ぶち込んできたから、しばらくは何もできないと思うが……大なり小なり俺が狙われている、ってのが厄介だな」
「おぬしの『鎖』魔法が、のぉ……」
史織は一度首を傾げていたが、やがて自身を『召喚』できることに思考が辿り着いたのか、すぐに納得した表情を見せてくる。
「ふと思ったのじゃが……おぬしなら、単独で転移も可能ではないのか?」
「前にも言ったと思うが、異世界を転移する理屈を理解できていないから無理だ。まあ……『召喚』の応用で、印をつけた場所に転移することはできるかもしれないけど、基本的に荒業だ。魔力の素の消費量が、魔導具の比じゃない」
そう考えると、転移の魔導具がいかに効率化されているのかが、嫌でも分かってしまう。
問題は……誰が、何の為に転移の魔導具等という代物を製造してのけたのか?
しかし今は、直近の問題に目を向けるべきだろう。
「面倒なのは、連中の規模が分からないってところだな。下手に長居するのも危ないから、さっさと帰ってきたが……」
「たしかに……あの男は、『時空流の保留』云々について言っておったのだろう? つまり、今なら……」
「……時間の流れを気にせず、あの世界に行ける」
そう結論付け、健一は……椅子の背もたれに体重を預けて、思いっきり脱力した。
「まあ……今行っても、仕方ないんだけどな」
「行って何をするでもないからのぉ……まあおぬしの言う通り、今はいいのではないか?」
「たしかに……一応あの爺さんにも、警告しといたしな」
こちらに帰ってくる前に放った魔法、『鎖榴散球』は鎖の塊を放って炸裂させるものだ。威力を上げるにはその分、魔力の素を集めて『鎖』を生成する必要があるので時間はかかるが、爆発と同時に金属片を周囲にばら撒けられる対集団用の手段でもある。だから全体的に攻撃できるので、たとえ防げたとしても、回避に関しては容易ではない。
一目見ただけでは魔導具の強度が分からなかった為、一点突破の攻撃は早々に諦めた。だから『鎖榴散球』で表面に刻まれた術式に少しでも干渉し、下手に使えなくすることが現状の最適解だと判断した健一は、その魔法を選んで放ったのだ。
問題は、着弾した結果を確認できなかったことだが……こればかりは置き土産なので、今さら気にしても仕方がない。
「とりあえずは……また保留だろうな。情報収集しようにも、『地球』じゃルーマニアの歴史について学ぶのが精々だし」
「とはいえ、何もしないよりかはましじゃろうて。妾も魔導具について、可能な限り調べてみる。それに……」
史織の視線は、話を聞くだけで精一杯だったので、口を挟めずにいたマーセリットに向けられていた。
「魔導具についても……こやつから何か、情報を得られるかもしれんからの」
「……はい。協力させて下さい」
力強く頷くマーセリットに、健一は史織の顔を見てから、ようやく紅茶のカップに口を付けた。
「そうだな……まずは、できることを一つずつだ」
話は纏まり、健一達はそれぞれの役割を全うする方法について考え始めた。
その日の夜、健一は綾からの電話を受けていた。
『今日のことについて、改めて話を聞きたいんだけど……電話越しでも大丈夫?』
「その辺りはまだ、何とも言えないんだよな……」
地球側に黒幕の関係者がいる可能性もある以上、記録が残りかねない手段は、できるだけ避けておきたい。とはいえ、ただの一般人が盗聴等に警戒するのは、明らかに被害妄想の類である。
相手の規模が分からない内は警戒するに越したことはないにしても、それで疲弊してしまっては本末転倒だ。おまけに、収入を得なければ生活できないのが無情にも、この世の理だ。
「……取材も兼ねて、少し調べてみる。しばらくは伏せといてくれ。詳しいことは次の打ち合わせの時にでも、雑談がてら話すよ」
『今のあなた、って……公私共に忙しそうね』
「お陰様でな……」
自室には今、部屋の主である健一しかいない。椅子に腰掛け、机上に載せたノートパソコンのキーボードに指を這わせている。同じく作業机に置いたスマホのスピーカーモードで話していても、他に聞いている者は誰も居なかった。
少なくとも、史織やマーセリットが聞き耳を立てているかどうか位は、嫌でも分かる技能は向こうの世界で得てきている。
「何にせよ、しばらくは調べごと以外に動く気はない。もし何かあれば、個人的に連絡をくれ。どんな内容だろうと、今日の件だと判断して動く」
『それって……何かあれば助けてくれることを喜ぶべきか、それとも箕田さん相手だと異性関係は期待できないと嘆くべきか。ちょっと、本気で悩むんだけど……』
「……少なくとも、結婚願望があるなら他を当たってくれ。今の俺にはない」
それだけ言い、健一は綾との通話を切った。
「さて、どうするべきか……」
調べようにも、指針となる要素は少ない。多少の徹夜を覚悟した健一は、無意識に指を叩きつつ、思考の奥底へと沈んでいった。




