第12話 誰が為の英雄か
(やっぱり……魔力の素のあるなしじゃ、状況が違うな)
もし魔力の素があれば二回目の異世界転移でも、自分と彼女との繋がりを辿ることで、史織の居場所を特定できていたかもしれない。だからこそ、三回目以降はどうとでもなると、健一は考えていた。
喚び出されるのが史織であれば自身が持つ転移の魔導具で。逆に健一であれば……『召喚』の魔法を用いて、彼女を喚び出せば事態が解決する。
転移の魔導具自体に細工して『召喚』できる対象にする案も考えたが、健一もまた、異世界転移の理屈を理解できていない。その為、下手に構成を弄るわけにはいかなかったので断念した。だからこそ、史織ことシルヴィアとは、事前に打ち合わせを済ませておいたのだ。
「……で、今はどうなっておる?」
「陰謀論で正解。あの年寄りはその黒幕の関係者。正体、規模、現存戦力も不明」
「つまり……まだ会ったばかりということか?」
「……ついでに言っとくと、まだ部屋から出てもいないから、現在地すら不明だ」
綾も居て、後ろに隠れていることを伝えておきたいところだが、まだ老科学者に気づかれていない内は、下手に口にしない方が良い。
「(手持ちの魔導具、補充完了までどれくらいかかる?)」
「(……後少し、時間を稼がねばならぬ)」
「どうやら、まだ戻れぬようじゃの……」
転移の魔導具による帰還手段について、あえて日本語で話してみた。その結果、眼前の老科学者は言葉を変えないものの、こちらの内容を理解して割り込んできている。
魔導具自体は二つあるが、確実に帰還するのであれば一回目の転移から用いている方を使うのが確実だ。それに、次もまた補充できる保証はないので、二回目で回収した方はすぐに使えても、温存しておいた方が良い。
そのついでとばかりに、また鎌を掛けてみたのだが……
(やっぱり、強制学習を受けた口か……まあ、そうでないと本は読めないか)
相手が日本語を理解しているのであれば、内密の意思疎通は難しい。やはり先に、目の前の老科学者を黙らせるしかないと、健一達は判断した。
「あんたの正体や事情は知らないが、これ以上は『魔王』を敵に回すことになるぞ? ……ってことで、このまま解散にさせてくれないか?」
「……でなければ、儂を殺すか?」
健一であれば……『鎖の英雄』であればそうすると分かっているかのような口振りで、老科学者は言い放ってきた。
「さすがは魔物より人間を殺した……『魔物達の英雄』じゃな」
……『勇者』とは、何か?
少なくとも健一は、自身を『勇者』だと思ったことはない。
『……一体何人、喧嘩を売ってきたら気が済むんだよ?』
調理用の短剣を武器におろすのは、これで何度目だろうか。狩った魔物の数よりは少ないとは思うものの、人殺しに用いた回数を考えれば、あまり良い気分はしない。
『もう使えない……なっ!』
最後の一人となった盗賊に『くれてやる』という気持ちで、健一は手に持っていた短剣を投擲した。
『ガッ!?』
学生時代にやっていたダーツはそこまで上手くなかったはずなのに、この異世界に喚び出されてからは、格段に上達してしまった。その現状にやるせなさを感じつつ、戦闘の余波により壁が壊されて剥き出しになっている酒場に入った健一は、テーブル席に一人腰掛けた。
この場に居るのは健一だけではないはずだが、連れの魔物は傍に居ない。気がつけばふらりと、どこかへ行ってしまっている。
とはいえ、それが当たり前だと思える位には、付き合いが長くなってしまっていた。
(観察……ってところ、だろうな)
干し肉の塊を奪われて以来、健一の旅路には、あの人型の魔物が常に傍に居た。いなくなったりすることもあるが、気がつけば横や背後に居たり、時には先回りして、待ち伏せていたならず者を蹴散らしていたこともある。
しかし一度たりとも、健一には危害を加えようとはしてこなかった。いや、おそらくは『してはいけない』ことだと、学習しているのかもしれない。
(手を上げればやり返される、と理解している……覚えようとしているのは、言語だけじゃないのか?)
現に、あの魔物が旅に加わるようになってからは、健一に敵対してくる存在の割合が、明らかに人間に寄ってしまっている。
別に健一が、あちこちで敵対行動を取っているわけではない。『王命を受けた』という噂を聞き、盗賊やならず者といったゴロツキ達に纏わりつかれているだけだ。
実際は剣一本で追い出されたというのに……ただ、『金を持っていそうだから』という理由だけで。
(税収……いや、国営もか? いくら何でも、治安が悪過ぎる……)
健一を『勇者』として召喚し、魔物が跋扈する大地へと放り込む目的は、旅をしていく中で嫌でも理解してしまう。
(資金繰りが上手くいってないのは分かるが……俺達を巻き込んでいい理由にはならないだろうが)
コンヴォーカ王国から魔物達の巣窟まで旅をする行為に、善悪をつけるとするならば……健一達は完全に『悪役』だ。決して、英雄譚にあるような『勇者』等と誇れるものではない。精々が、『困難を厭わずに挑む者』として、該当するかもしれないといったところだろうか。
(国から離れるにつれて、魔物との遭遇率は増えていき……同時にゴロツキ共が巣食う町村が、多くなってきているな)
健一が今いるのも、盗賊の隠れ家としても使われている追い剥ぎ村だ。
村長でもある盗賊頭が健一を襲い、反撃した結果がこれでは救いようがない。益々人間不信になってしまいそうだった。
そう考えていた時、テーブルの上に一枚の皿が置かれた。村人という名の盗賊達は老若男女問わず、襲ってきた相手に対しては迷わず反撃した。一応子供達もいたが、まだ理性と分別のある大人達が連れて、健一に手を出す前に逃げ出している。
だから今、この村に生き残っている人間は、健一以外に誰も居ない。
しかし、人間こそいないが……顔馴染みとなった魔物がいつのまにか、健一の傍に立っていた。
『ク、エ……』
『くれるのか?』
慣れない人語を操る、人型の魔物から差し出されたのは魚だった。この村に来る途中に河川があったので、おそらくはそこから獲ってきたのだろう。未だに跳ねる活きの良い食事を見て、健一は思わず、口元を緩めてしまった。
『……せめて焼いてくれ。他にもあるなら、お前の分も焼くぞ?』
『ソレ、ハ……ウマイ、カ?』
『焼き魚はまだ、試してなかったか……じゃあ、試しに食ってみるか?』
皿ごと生きた魚を持った健一は、そのまま酒場の厨房へと移動した。投げつけた短剣が刺さった死体を適当に蹴り退かし、スペースを作って竈に火を入れる。
(本当、人間不信になりそう……)
思えば、その時からだろうか。
健一が人間ではなく魔物……後の魔族達にとっての、『英雄』としての覇道を歩み始めたのは。
――タンタンタン、タンカッタン
(……ああ、そうか)
かつて、この世界で生きていた時の記憶が、頭の中を駆け巡っていく。
眼前の老科学者に『魔物達の英雄』と呼ばれた途端、当時のモヤモヤとした感情に対して言語化することに、いまさら成功したからだ。
「言っておくが……俺は別に、魔物側についたわけじゃないぞ?」
「どの口……がっ!?」
「……その口が嫌だから、お前等異世界人に背を向けたんだよ」
無詠唱で生成した魔法の『鎖』を飛ばし、老科学者の口を弾くと共に、健一は冷ややかな目を向けた。
「俺は相手が王族だから従ったわけでも、魔物だから討伐したわけでもない。というより、な……相手が誰だろうがどうでもいいんだよ」
魔力の素を体内に補充しては鎖を生成し、身体だけでなく宙にも顕現させながら、健一は一歩、前へと出た。
「俺だって人間、いや、一個の生命体だ。敵対してくるなら潰すし……好意を向けられたなら、それに応えたいと思う。そこらの有象無象と変わらねえよ」
しかしそれこそが、健一が『鎖の英雄』と呼ばれる所以だろう。
「魔物も魔族も、人間も関係ない……敵は潰すし味方は助ける。自分以外の存在に対して差別する理由なんて、それだけで十分だ」
言い切るや、健一は左右の手をそれぞれ、別の者へと向けていく。
右手は眼前の老科学者に。そして左手は……設備の陰に隠れていた綾へと向けて。
「きゃっ!?」
伸ばした鎖を手繰り、綾をそっと引き寄せていく。そこでようやく、シルヴィアは彼女の存在に気づいたらしく、軽い驚きを顔に浮かべてきた。
「なんじゃ……こやつもおったのか?」
「気づいてなかったのかよっ!」
顔馴染みとはいえお互いに、この場で出会うとは思っていなかったのだろう。シルヴィアと綾が何かを話す前に、健一は先程の合図に従い、老科学者の身体を逆に遠くへと弾き飛ばした。
同時に影から取り出され、シルヴィアの手に握られた転移の魔導具が起動し、『地球』へ帰還する為の魔法陣が地面に描かれていく。
「覚えておけ…………次はないぞっ!」
健一の叫びは、果たして老科学者に届いただろうか?
「『鎖榴散球』っ!」
それを確認することなく、健一は置き土産とばかりに、この部屋に鎮座したままの転移の魔導具へと『鎖』の魔法を叩き込んだ。
その後、自分達の魔導具を用いて、シルヴィアと綾の二人と共に『地球』へと転移した。