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『鎖の英雄と影の女王』……の次回作  作者: 朝来終夜
第1巻 『鎖の英雄と影の女王』、完結。そして……【2025年3月7日完結】
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第10話 Adamとの戦い

 魔法で鎖を生成して操作しても、実際は何の役にも立たない。

 そもそも鎖どころか、その材質すら人体と関連しない元素であることがほとんどだ。だから素材はいつも、数少なくかつ一般的な金属……鉄で生成するしかない。しかも、魔法では何故か、剣や鉄パイプ、果ては鉄板すら形作ることはできなかった。

 おそらくは、何らかの制約が掛かっているのだろう。だから健一は『鎖』という属性だと断じ、生成できる範囲の狭さについて納得していた。けれども、鎖に該当するものであればいくらでも顕現させ、操作できる強みがある。

(やっぱり鉄じゃ弱い。どんな硬度してんだよ、この岩人形、っ!?)

 大型スパナどころか、腕周りに顕現させた鎖すら削られてしまう。肉体への損傷は避けたとはいえ、2mもの巨体から繰り出される拳は、健一が退いた後の床を難なくへこませてしまった。

(工具や床の鉄板はともかく、鎖まで削られたのは厄介だな……)

 硬さの尺度であるモース硬度上では、鉄は4とそこまで高くはない。けれども、それはあくまで傷つき難さの尺度であり、実際の硬度や衝撃への耐性は物質によって異なる。

 だから、鎖は防御に向かない。

 いくら網目を細かくした鎖帷子を拵えても衝撃は防げず、鉄以上の硬度がある武器を使われては意味を成さない。どれだけ鉄の塊を繋ぎ合わせても、固めて作られた盾の方が、防御としての用途に適している。

(片木さんから距離を取りつつ……いや、存在に気づかれたら間違いなく人質にされる)

 とはいえ、不利な状況だと分かりきっているにも関わらず、『Adam(アダム)』と呼ばれた岩人形から距離を取らない理由が他に思い浮かばない。このままでは遅かれ早かれ、綾の存在に気づかれてしまうだろう。

 ならば先に、この岩人形を対処しなければならない健一だが……如何せん、決定打に欠けている。


(……まあ、似たような状況には散々出くわしてたけどな)


 約三年間の異世界生活での経験は、伊達ではない。中には自分よりも大柄な体躯を持つ盗賊どころか、大型の魔物にも遭遇したことがある。その為、健一の脳裏にはすでに対処法が浮かんでいた。

 持ち手だけになったスパナを捨てた健一は、襲いかかる『Adam(アダム)』の左拳を跳び箱の要領で躱す。そして床に突き刺さった瞬間、身体全体を使って二の腕にしがみついた。

「何をやっとる! 早く引き離さんかっ!」

 老科学者の怒号が飛んでくる中、『Adam(アダム)』の右腕が健一へと向かってくる。

「箕田さ……んっ!?」

 陰から様子を見ていたらしく、思わず漏れ出てきた綾の声が健一の耳にも届く。もし身を乗り出しでもしていれば、老科学者に存在を気づかれたかもしれない。

 だから、今はまだ気づかれていないことを祈りつつ……健一は叫ぶようにして唱えた。


「『鎖操芝居(マリオネタ)』――――『関節破壊ディストルジェレア・コムナ』っ!」


 ほんの数センチ手前、健一の眼前にてその拳は、動きを止めた。

「あ、っぶな……」

Adam(アダム)』の左腕から身体を離して降り立った健一は、もう動くことのない岩人形から離れ、老科学者の下へと歩き出す。

「勘弁してくれよな。ここ最近は運動不足だってのに……」

「儂の『Adam(アダム)』を壊して(・・・)おいて、よく言う……」

 どうやら老科学者には、自らの岩人形がどのような状況に陥ってしまっているのかが、すぐに分かってしまうらしい。もっとも、手の内を隠すよりも、追加(・・)詠唱によるイメージの即応性を優先させたことも、気づかれた要因の一つだろうが。

 健一の『鎖』属性からなる魔法の一つ、『鎖操芝居(マリオネタ)』。

 その効力は体内に鎖を生成し、操作すること。自身の体内に生成しても、精々が骨折の応急処置か、体力の限界で動かせない身体を精神面で操る為の非常手段でしかない。

 けれども、この魔法は相手の(・・・)体内でも同様の効力を発揮することができる。

 その為には対象となる相手に触れ、そこから体内に鎖を生成する必要があるが、一度顕現させてしまえばこちらのものだ。さすがに膂力のある相手には強引に破られてしまうこともあるが、その前に関節(・・)部分を破壊(・・)し、物理的に動きを止めてしまえばいい。

 その為の追加詠唱が、『関節破壊ディストルジェレア・コムナ』だった。

「じゃあ、改めて……用件を聞こうか?」

 綾を頭数に含めずとも、健一だけで老科学者を相手取ること位は造作もない。そう考えて近寄るものの、相手は未だに逃げ出すそぶりを見せてこない。

 それどころか、抵抗する為に身体一つ、動かそうとしてこなかった。

 相手の様子に不信感を抱いた健一は、老科学者から数歩離れた距離で足を止めてしまう。

「さっき、『()』属性を転移の対象に設定した、って言ってたよな? つまり、『鎖の英雄』に……俺本人(・・)に用があるんだろ?」

「……そこらの愚図よりは多少、頭が回るようで助かるわい」

(こっちは逆に、あんたが無駄にプライド高くて助かってるよ)

 挑発でも共感でもいい。相手が話したくなるように誘導するには、ある程度頭が回る方が都合が良かった。頭の良し悪しが極端だと気づかれやすいが、半端に賢しい相手であれば昔取った杵柄で、いくらでも情報を引き摺り出せる。この時ばかりは、健一は前職での経験に感謝した。

「何、話は単純じゃ。貴様の魔法を解析して、効率的な転移門を構築しようと思っておってな」

「……魔法を?」

(ああ……そういうことか)

 おそらくは一、二回目の転移とは違う、純粋な研究目的だろう。もっとも、我欲を優先してこちらの都合をガン無視してくる時点で、どちらも傍迷惑なことこの上ないが。

「要は『鎖』の魔法を楔代わりに使えないか、って研究だろ? 他に当てはないのかよ……」

 つまり、片道ではなく常に双方向で転移する為に、もっとも効率の良い手段を構築するのが目的らしい。以前立てた『『地球』への侵略』という仮説が、益々信憑性を帯びてくる。

 その証拠に、健一の発言に対して、老科学者は不機嫌な表情を浮かべつつも肯定してきた。

「儂とて、使えそうだから選んだだけじゃ。他にも当てはあるが、どこぞの王族が喚び出しおったから便乗しただけに過ぎん」

「結局、あの王族か……先祖から子孫まで、俺に迷惑かけないと気が済まないのかよ」

 またこの世界に拉致されてしまう可能性は考慮していたが、まさか前回の召喚を利用して、健一を名指ししてくるとは思いも寄らなかった。

 とはいえ、どんな思惑があろうと、眼前の老科学者に目的を果たさせるわけにはいかない。『地球』側が一丸となってこの世界に対して、交流なり防衛なり侵略なりする分には一向に構わないが、あくまで健一の目の届かない範囲で頼みたい話だ。自分とその周囲で戦争を起こされては、堪ったものじゃない。

「……扉や後ろの岩人形に打ち込んだ『鎖』で十分なら、もう還っていいか? 生憎実験動物(モルモット)は勘弁して欲しいんでね」

「まあ、そう言うな……『拘束(レティネレ)』」

 魔力の素を光の縄に作り変えて放つ、基礎的な拘束魔法が飛んでくる。だが、健一は冷静に『鎖』を生成し、ぶつけて相殺させた。

 そもそも『拘束(レティネレ)』という魔法自体、マーセリットのような『魔法使い』がほとんどいなくなっているのならば有効だが、かつて冒険していた時には、馬車の荷物を固定する位の用途でしかほとんど使われていない。自身の習熟度と対象の重量や膂力次第では、簡単に破られてしまう。

 だがこれで、相手が魔法を使えるだけで天狗にならず、別の目的に邁進した上で尊厳を構築していることが見て取れた。

「無詠唱で魔法の『鎖』を飛ばす、か……さてさて、どうしたものかの?」

「このまま送り還してくれるなら、俺はあんたに何もしない。俺の知らない所でなら好きにすればいいさ」

「だから『関わるな』と? 随分な無茶を言う……」

(……どうやら、俺のが一番使えるみたいだな)

 他に適正のある魔法属性等があり、かつ利用できるならそちらを使うはずだ。つまりそれだけ、時空流の中を安定させて異世界転移を行うのは、相当に難しいのだろう。

 随意の異世界転移が最初からできるのであれば、場合によっては軍隊すら手中に収められる。人間単体ではなく街ごと召喚を目論んでも、おかしくなかった。


「ということは、だ。後ろの転移の魔導具(これ)を作ったのは……あんた()じゃないんだな?」


 少なくとも、時空間の制御を可能とする手段は存在するのだろうが……その理屈を作ったのは、目の前にいる老科学者やその関係者達じゃない。でなければわざわざ、『鎖の英雄(健一)』を喚び出して研究しよう等とは思わないはずだ。それこそ最初から、転移の魔導具を発展させればいいだけの話なのだから。

「……本当に、頭の回る」

 再び老科学者の手に、魔力の素が集約されていく。次にどんな魔法を使うかは、相手の詠唱か現象の顕現後でなければ分からない。

 ……だが、必要な(・・・)時間は(・・・)稼げた(・・・)


「ああ、だから…………事前に対策済みなんだよっ!」


 瞬間、健一の意思に沿って静かに移動し、配置された鎖の欠片が魔力の素へと再生成され……ある魔法陣を形作っていく。

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