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『鎖の英雄と影の女王』……の次回作  作者: 朝来終夜
第1巻 『鎖の英雄と影の女王』、完結。そして……【2025年3月7日完結】
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第1話 『鎖の英雄と影の女王』、完結

 コンヴォーカ王国。その王城は現在、絶望的な状況に陥っていた。

「まっ、待て――」

 ザシュッ!

(もう、慣れちまったな……)

 命を奪う行為は、生きていく上で常に付きまとっていたが……直接、しかも、同じ生物である人間を殺すこと自体に慣れてしまっている。この世界に召喚されるまでは、真っ当に生きてきた『鎖の英雄』、箕田(みのた)健一(けんいち)には想像もつかなかった。

 普通に高校、大学と順調に進学し、就職して早三年の年度末。健一はこのコンヴォーカ王国に半ば拉致、異世界より召喚されし勇者として、『魔王』の討伐を命じられた。

 もしそれが、国ないしは人類存亡の危機を救って欲しいとかであれば、まだ情状酌量の余地もあったかもしれない。けれども、コンヴォーカの王族達が健一を召喚した理由は、ただの(・・・)戦力増強だった。

 たしかにここは、健一にとっては異世界そのものであり、『魔王』と呼ばれるものも実在していた。

 だが……その『魔王』は人類等、別に何とも思っていなかった。

 当然の話だ。元々は魔力を持つ野生生物……魔物が理性を得て、人間のような振る舞いを身につけだしたのが、魔王をはじめとする魔族と呼ばれる者達である。彼等は未だ進化の途中、地球の人類で言えば、猿人からようやく変異を遂げる途中だったのだ。

 ……だからこそ、自分達の領土に眠る資源の価値を理解できず、人類が奪おうとしている理由だということにも気づかないまま、侵略を受けていたのだ。

「ケンイチ、コッチハオワッタゾ!」

 慣れない人類の言語を介する女性、いや魔族のシルヴィアは黒い影のようなロングドレスを纏い、一本の魔剣を握ったまま駆け寄ってくる。その血塗れの刃を見て、以前の健一であれば、間接的であろうと罪悪感を抱いたかもしれないと考えてしまう。

「……よし、そのまま地下へ降りるぞ!」

 だがもはや、今の健一にはそんな精神的余裕はなかった。案外適性があったのか、それとも……もう、そう考える思考自体が壊れてしまったのか。

(それにしても……本当にあるのか?)

 王族の一人を捕らえて拷問し、無理矢理聞き出した情報の中には、健一が求めている魔法が刻まれた道具、魔導具が存在した。王国をはじめとした生物全ての存亡は、残りの魔族と共に、この世界の住人が決めればいい。

 部外者である健一や、すでに魔族と決別したシルヴィアは、この世界から地球へと抜け出そうと王国を襲撃し……地下の宝物庫を目指しているのだ。

「…………ここだ」

 健一は自らの持つ聖剣『エスファンダ』を振り翳し、強引に鍵を叩き切った。

 そしてとうとう、健一は宝物庫の中へと入り……目当ての魔導具を見つけ、手に取る。

「よし、これで……」

 後は魔力を注ぎ込めば、元居た世界へと帰れる――




 ――……が、人生が続く以上、地球に戻るだけで終わりではない。

 人は生きていく上で、衣食住を得なければならない。

 貨幣制度があるので、ただ働けば必要な物を得る手段を得られる。だが、その為に働かなければ……必要な物は何も手に入らない。哀しいことだが、それが現実だ。

 その為に新しい職を見つけ、どうにか働いていた健一だったが……一つ、重大な問題が発生した。

「もう、ネタがない……」

 閉店間際の深夜帯。通いつけの家系ラーメン屋の席に着いた健一はそのまま頭を抱えて、蹲ってしまう。

「そんな脂っこいところに、よく顔を埋められるのぉ……ご注文は?」

「麺固めスープの味普通の脂少なめ……あとライスはラーメンと一緒に持ってきてくれ」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 顔馴染みどころか同居人のアルバイト店員こと箕田史織(しおり)に購入した食券を差し出した健一は、今度は椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げた。

「一生、食っていけると思ったんだけどな……」

 異世界召喚による転移、それは望むと望まざるとに限らず、誰もが経験するとは限らない。それどころか、周囲から見れば完全に、妄想の産物である。

 けれども、幸か不幸か、健一はその貴重な経験を得ることになった。せっかくだからと、その実績を活かしてライトノベル作家となり、収入を得ていたものの……その約三年間の生活は全て、小説の中に書き起こしてしまった。

「まさかあそこまで、没になる展開が多いとは思わなかった……」

「持ち出した質草は?」

「……とっくに全部、売っただろうが」

 理由はどうあれ、三年も無断欠勤していれば、さすがに解雇されていると考えるべきだろう。だから地球に戻る前、宝物庫に侵入した際にいくらかの宝石を持ち出したのは、正解だった。誤算だったのは、人間の虚栄心が、世界を跨いでも変わらなかったことだろう。

 早い話が……そのほとんどが、ただの(・・・)硝子(・・)というオチだったのだ。

 その為、史織の就籍関係の費用を差し引けば、ほんの数年の生活費にしかならなかった。早々に執筆活動で収益を出していなければ、今頃二人してホームレスだったかもしれない。

 そして今日の夕方。ライトノベル小説『鎖の英雄と影の女王』シリーズの最終巻の原稿を執筆・納品したばかりの健一には、もう収入の当てが残っていなかった。

「まあ、数年分は稼げたわけだし……外伝か何か、考えてみるか」

「少なくとも、妾の収入は当てにするでないぞ?」

「……生活費入れてくれれば、それで十分だよ」

 配膳されたラーメン(麺大盛り、ほうれん草増し)とライスを掻っ込みながら、健一は史織に対して、そう応えた。




 そして、一人黙々とラーメンを食し、全て平らげた時だった。

「すみません、お客様」

「……どうかしましたか?」

 スープも飲み干し、水を飲みながら食休めをしている最中のことである。

 椅子に腰掛けていた健一に、チェーン店とはいえ顔馴染みとなっている店長が近寄り、声を掛けてきた。

「うちの箕田、知りませんか? 定時だから、もう帰ってるとは思うんですけれど……いつの間にか、居なくなってて」

 うちの、とつけているのは健一と史織を区別する為だろう。だが、そんなことは今、どうでもいい。

「……史織が居ない?」

 この店の裏口は隣接する他の店舗とも行き来できる為、構造上の問題から、緊急避難口以外の用途で使用することは禁止されている。だから店員が退店する際も、客と同じ正面口から、外へ出なければならない。

 だから店長だけでなく、客席に居た健一の目を盗んで店の外に出ることは難しい。むしろ帰り道が同じなので、バイト明けと被った時は、史織が他の席で待つことの方が多かった。

 何より、『挨拶は社会の常識』とこの世界に来て最初の頃に叩き込まれた彼女が、指導した健一の教えを簡単に無視して行動すること自体、まずありえない。

「何かあったのか? ……家に居たら、一度連絡を入れるように言っておきます」

「お願いします。何もなければ、それでいいんですけれど……」

 接客中ということもあり、終始礼儀正しい態度を取る店長の見送りを背に、健一は店を後にした。




「しっかし……何やってんだ? あいつは」

 家路につく傍ら、周囲に目を配りながら、健一は足を進めていた。史織を見かけたら呼び止めようとしていたのだが、一向にその姿を見かけることはない。

 このままでは、自宅のあるマンションに着く方が早いのではないか?


 そう健一が思い始めていた瞬間、人目のない場所に踏み入った途端に、周囲を懐かしい光が包み込んできた。


「これは…………魔力光?」

 かつて、召喚された異世界の空気に含まれていた魔力の素が、健一を取り囲むようにして浮遊している。

 実際に取り込んでみると、かつて行使していた魔力が再び、健一の体内を駆け巡った。

「と、いうことは……」

 瞬間、人生二度目となる召喚の魔法陣が、足元へと浮かび上がってくる。

「はあ、またかよ……いや、使えるっ!」

 史織が居なくなった件が、同じく異世界召喚による転移であるならば合点がいく。

 転移後速やかに合流して二度目の異世界冒険譚を始めるなり、宝物庫を襲撃して金目の物を奪うなりすれば……一生分の生活費を稼げるかもしれない。

 そう考えた健一は、召喚の魔法陣に抵抗することなくその身を委ね……地球から姿を消した。




 そして、二度目の異世界転移を果たした健一が最初に目にしたのは……

「おぅるぁあああ……っ!」

『ギャーッ!?』

 すごい巻き舌で影の魔法を取り戻し、周囲を取り囲んでいた衛兵の類相手に無双している史織こと『影の女王』と呼ばれし『魔王』、シルヴィア・ウンブラ・ディアヴォルの姿。そして、それを呆然と眺めている、いかにも貴族令嬢らしき人物が、眼前の恐怖から座り込んでいる光景だった。

「ええ……」

 やることもなく、呆然としていた健一だったが……ふと我に返り、少し離れたところに居た王族らしき、無駄に着飾った青年へと近寄って声を掛けた。


「……で、これどういう状況だよ?」

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