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第5話 『力』

「……え!?」


 笛がなくても悪鬼を祓える。

 幻蘭げんらんの言葉に、桜鳴おうめいは思わず大きな声が出る。隣にいる漣夜れんや凌霄りょうしょうを見るが、彼らもどうやらそのことを知らない様子だった。


「ど、どういうことですか?」

「笛はあくまで祓う力を増幅させるための道具なだけで、力自体は笛がなくても発動できるんだよ」


 笛が吹けるのは奏祓師そうふつしの力を持っている人間だけ。そう最初に聞いていたから、笛を吹くことで悪鬼を祓う、つまりは笛の音によって祓えるのだと思っていた。

 だが、正面に座っている幻蘭は、笛がなくても祓えると、その既成概念を壊すようなことを言ってきた。

 桜鳴の脳内が多くの疑問で埋め尽くされる。


「えっと……? 力って悪鬼を祓うことですよね? 笛がなくて、どうやって祓えば……」

「いんや、悪鬼を祓えるのは付属品、ってところかな」

「『付属品』……?」


 幻蘭の言葉を繰り返すように呟くと、笛に向けていた目が動き、真っすぐとこちらを見据えた。


「そう! 『力』は個々で違ってくるんだよ。例えば――」


 ほんの数秒間、視線がぶつかった後、にっこりと笑った。


「――ああ、キミは面白いのを持ってるね!」

「え? なんで、分かるんですか?」

「それがボクの力だからさ!」


 胸を張って言う幻蘭に、呆気にとられる。個々で違うという『力』が分かるのが、幻蘭の能力だということだろうか。

 それに付随して悪鬼を祓う能力もある。つまり。


「ってことは、幻蘭さんも……」

「うん。()奏祓師、だね」

「元?」

「夭折した皇子の奏祓師だったんだよ」


 そう話す幻蘭は、どこか懐かしむような表情を浮かべていた。


「死んじゃったからやることがなくなってね。笛を作ってた師匠に弟子入りしたんだ」

「夭折……」

「凌霄さん?」


 ぽつりと呟いた凌霄は、何かを思い出すかのように斜め上を見た後、不思議そうな視線を幻蘭に向けていた。


「私の見た書物が正しければ、夭折した皇子というのは随分昔だった記憶が……」

「え? 随分昔……」


 目の前にいる幻蘭を見遣る。漣夜とそう変わらないくらいの年齢といった見た目だ。随分、というのがどれくらい前かは分からないが、凌霄の口ぶりからは相当昔なのだろう。それこそ、老人になっていないとおかしなくらい。

 きっと、書物が間違いだったのだ。そう思って、幻蘭に問い掛けた。


「……幻蘭さんって、おいくつですか?」


 その予想は見事に外れた。


「わかんない! 途中で数えるのやめちゃった!」


 幻蘭は、舌をぺろりと出しながら言った。

 この人は果たして本当に『人』なのだろうか。そう疑問に思ったが、人ではないという答えが返ってきても怖いので、胸の内で留めておいた。

 そんなことを考えている桜鳴をよそに、幻蘭は本題に戻る。


「それで、笛なんだけど……なくても祓えるし、キミの『力』も発動できるよ」

「……そういえば、わたしの『力』ってなんですか?」

「キミのはね、相手の心を解放させる、って感じかな? 心の傷を癒したり、鍵が何重にもかかった心の扉を開けちゃったり、そんな力だよ」

「心を解放……」


 桜鳴は幻蘭の言葉を繰り返す。

 何か攻撃的なものではなくてよかったと思うのと同時に、心を解放する能力というのは『力』と呼べるのだろうかと不思議に思う。せめて、もう少し使い道がある能力だったら、何か役に立てたかもしれないのに。


「奏祓師のみんなは『力』のこと知らないと思うけど、無意識に発動してることもあるんだよね。キミも多分そう」

「みんな持っているなら、もしかして華月かげつさんの人を操れる能力って……」

「華月、って天瑞てんずい皇子のか。視てはないから確実じゃないけど、そうだと思うよ」


 彼女は無意識ではなく、自分の能力を分かったうえで使っていた。しかも笛を吹いて、だ。笛がなくても『力』を使えるという幻蘭の言葉とは矛盾するのではないだろうか。


「華月さんは笛で操ってたんですが」

「それが、彼女にとっての呼び水、になってただけだろうね。『力』の使い方さえ覚えれば、笛は必要ないんだよ」


 これまで笛を吹くことで悪鬼を祓ってきた。心を解放するという力はいつ発動しているかは分からないが、目に見えて変化があるわけではないから悪鬼を祓うのと同時に発動していたかもしれない。

 笛を吹かないで能力を発動させることがすぐにできる気はあまりしないが、少し練習すれば習得可能なのだろう。より『力』のことに詳しい幻蘭が言うのだから。

 そうだとしても。何よりも。


「――笛の音が好きなんです」

「ふふ、そっかぁ」

「小さい頃にお祭りで影鳳えいほう様の笛を聞いて、それに魅了されたから今ここにいるんです!」


 桜鳴が、えへへ、と少しの照れを含ませて笑うと、ずっと黙って聞いていた漣夜が「祭り……?」と小さく呟いた。


「ほら、10年くらい前に国をあげてのお祭りがあったでしょ? そこで影鳳様が吹いてて――」

「お、桜鳴様!」


 凌霄に話を遮るように止められ、またやってしまったかと不安の目を向ける。凌霄は咎めているというよりは、ひどく慌てている様子だった。


「えっと……話しちゃだめなことでしたか?」

「いや、その……」


 しどろもどろに歯切れの悪い言葉を並べる凌霄に首を傾げていると、反対側に座っている漣夜が口を開いた。


「凌霄」

「は、はいっ」

「いい」

「……かしこまりました」


 二人の短い会話にさらに疑問は深まったが、きっと聞いたところで答えてくれないだろう。そういう雰囲気を纏っていた。

 どれだけ気にしても詮無いことだと、改めて幻蘭の方へ向き直る。


「……まあ、そういうことなので、笛はできれば吹きたいです!」

「うん、わかった。喜んで直すよ!」

「ありがとうございます!」

「ただ、この笛に使われてる材料が特殊で、西方から取り寄せなきゃいけないんだ」


 幻蘭はとんとんと指で笛を指し示しながら言った。

 何の素材でできているか見当もつかなかったが、西方でとれる素材というのなら分からなくて当然だ。

 西方から取り寄せるとなると、長い時間がかかりそうだ。そう考えているのを察したのか、幻蘭は言葉を続けた。


「取り寄せるのに、ひと月くらいかかっちゃうんだ。直すのはすぐできるんだけどね」

「ひと月も……」

「なら、一度王宮に戻るか」

「手間かけさせちゃってごめんねえ」


 幻蘭は手のひらを合わせ、申し訳なさそうなしぐさをした。


 もう日が落ちて、外は一帯暗闇が包んでいた。

 その日は、幻蘭の家兼工房に泊めてもらった。





 翌朝。

 また山を越えて、隣の地域へと戻らなければならないから、早めに碧澗郷へきかんきょうを出立することになった。


「じゃあ、これ」

「手紙、ですか?」

「そう! 西方の国――ムランってところなんだけど、そこに素材くださいって手紙を書いたから、下山したらそこで出してもらえるかな?」

「分かりました!」


 桜鳴は、幻蘭から受け取った手紙を落ちないように荷物の奥の方へしまう。


「一か月後にまたおいで」


 そう言って手を振って送ってくれる幻蘭に手を振り返して背を向ける。まだしっかりとしている足取りで、山道へと一歩を踏み出した。


 ◇◇◇


『10年くらい前に国をあげてのお祭りがあったでしょ?』


 桜鳴の言葉がふと頭の中で再生される。

 母上が亡くなった喪失感に付け入れられたことが分かった数日後に行われていた、あの祭り。直接祭りが関係しているわけではないが、やはり紐付けて記憶されているからか、わずかに気分が悪くなる。それと同時に、『皇子』としての自覚をできた日でもある。


(あの祭りに、こいつもいたのか……国をあげてだったから、当然か)


 地方ならまだしも中央に住んでいて、あれだけの賑わいに参加しないわけがない。


(この馬鹿のことだから、きっと)


 興味があちらこちらに移っては、そこに向かって行ったに違いない。雲軒うんけんを困らせていただろうことも想像に難くない。


(あの、ぶつかってきた少女みたいに)


 父親の腕をするりと抜けて、すぐに遠くへと走っていった少女を思い浮かべ、ふっ、と口元が綻んだ。


「……漣夜様? いかがなさいましたか?」

「いや、何でもない。あいつはついてきてるか」

「少し後ろですが、問題ないです」

「ならいい」


 またへたり込まれても困る。空を見上げて、太陽の位置を確認する。今日はまだ時間に余裕がありそうだ。

 そう思いながら、わずかに歩調を緩めた。

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