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第22話 結集

 どこに行くか分からないまま、とにかく天瑞てんずいについていった先は、宇霖うりんの宮だった。

 よりにもよって漣夜れんやの宮から一番遠い場所だった。そのせいで、道中に何度か敵兵と出会ってしまい、その度に天瑞が見事な剣裁きで圧倒していた。

 宇霖の宮に到着し、門番に沐陽ぼくようを呼んでほしい旨を伝えると、門番の一人が宮の中へと入っていた。

 桜鳴おうめいは、沐陽がやってくるのを待ちつつ、隣にいる天瑞を見上げた。


「あの、天瑞様?」

「なぁに?」

「どうして、沐陽さんから、なんですか? 一番近い玖雪くせつさんからでも、よかったんじゃ……?」


 宇霖の宮は、漣夜の宮から遠いうえに、大きな黒いもやの方向にある。つまり、宇霖の宮に行ってから蒼峻そうしゅんの宮に行くと、二度手間になる。それぞれの宮の位置を元皇子である天瑞が分かっていないはずがない。

 首を傾げて問うと、天瑞は、柔らかく微笑んだ。


「僕は桜鳴のことを守れるくらい武術に自信があるけど、守るべき人数が増えるとさすがに『絶対』とは言い切れなくなる」

「? なるほど?」

「玖雪からでもよかったんだけど、もしもがあると……ね。だから、最初は沐陽ってわけ」

「……なるほど?」


 桜鳴は、先ほどよりもより深く首を傾げた。

 頭が真横になってしまうのではないかというほどまで曲がった首を見て、天瑞は、「ふふ」と可笑しそうに声を漏らした。


「分かってなさそうな桜鳴もかわいいね」

「分かって! ……ませんけど……沐陽さんなら、守らなくても大丈夫、ってことですか?」

「んー……半分正解かな。沐陽は奏祓師そうふつしだけど、それだけじゃないでしょ?」

「それだけじゃ、ない? ……あっ!」


 一見胡散臭そうな沐陽の顔を思い浮かべながら考えていると、天瑞の言いたいことにようやく気が付いた。


「奏祓師で、従臣、ですね!」


 奏祓師の中で沐陽だけが従臣も兼ねている。従臣は、仕える皇子の手となり足となり、皇子を支えるのが役目だ。そのために文武の両方に優れていなければならない。

 他の奏祓師を呼び集める途中で敵兵に襲われた場合に、天瑞だけでは万一があるかもしれない。だが、従臣でもある沐陽を最初に一行に加えれば、協力して全員を無傷で守れる可能性が、ぐんと上がる。

 だから、たとえ遠回りになるとしても宇霖の宮を最初に訪れたというわけだ。

 桜鳴が得意気に言うと、天瑞は、桜鳴の頭に手を伸ばした。


「うん。よくできました」

「わっ、ちょ、天瑞様っ」


 小さな子を褒めるかのように、よしよしと撫でられ、慌ててその手を払いのけようとするが、上手く避けられてしまう。

 天瑞の手に苦戦していると、門の向こう側から足音が聞こえてきた。


「なんや、楽しそうやなぁ」

「沐陽さん!」


 足音と共に聞こえてきた軽い調子の声に顔を向けると、門番が沐陽を連れて戻ってきていた。

 沐陽は、糸のように細い目を桜鳴と天瑞に向けて、首を傾げた。


「ほんで? 緊急の用事があるって?」

「あ、はい。少しこっちに出てきてもらって……あ」


 門の近くだと建物でちょうど悪鬼の靄が見えにくくなっていたため、門から少し離れてもらおうと沐陽を促した。すると、沐陽の影に隠れるようにしていた宇霖の姿が露わになった。


「宇霖様、いらっしゃったんですね」

「っ、う、うん……」

「坊ちゃんをひとり、部屋に置いていくのはできへんかったから、堪忍なぁ」

「いえ、大丈夫ですよ。それで、あっちの空、見えますか?」


 桜鳴は、皇宮へと繋がる道の方の上空を指差した。

 沐陽は、その指先を追うように顔を動かした。暗くなっている空に気付いたようで、表情がわずかに険しくなる。


悪鬼あっき、やなぁ……」

「わたし一人だと祓うのは難しそうなので、皆さんのお力をお借りしたくて……」

「『皆さん』、ってことは、他の宮にもこれから?」


 桜鳴が頷くと、沐陽は、後ろに隠れている宇霖をちらっと見た。それから顎に手を置き、何か考え込んでいるようだった。

 悪鬼を祓わなければこれからどんなことが起こってしまうか分からない。悪鬼を祓うのが奏祓師の役目だ。だが、その本質は『主を守るため』だ。おそらく、沐陽はその守るべき主を置いていくのを躊躇っているのだろう。

 桜鳴は、「あの……」と控えめに手を上げて言った。


「もし、宇霖様と離れるのが難しい、ということでしたら、無理に手伝ってほしいとは言いませんので……」

「せやなぁ……坊ちゃん」


 沐陽は、膝に手を置き、軽く前かがみになって宇霖と視線を合わせた。


「坊ちゃんは、どうしたいですか?」

「ぼ、ぼく……?」

「はい」


 宇霖は、戸惑ったように視線を彷徨わせる。

 人見知りで、心を許しているのは沐陽や宇樂うがくくらいだ。何度もお茶会をしている桜鳴ですら、長い時間二人だけでいるとなると、不安が生まれてくるだろう。

 やはり難しいだろうか。そう思っていた時だった。

 宇霖は、自らの胸元にあった手をぎゅっと握り締めた。


「……っ、ぼくは、大丈夫だからっ!」

「……ほな、分かりました」


 沐陽は、「少し待っとってな」と告げて、ひとり宮の中へと入っていった。

 門の前に置いていかれた宇霖は、どうすればいいのか、とおどおどしている様子だった。

 そう経たないうちに沐陽が戻ってきた。その手には笛が握られていた。悪鬼を祓いにいく準備ができたようだ。

 留守番をすると自ら言った宇霖は、部屋に戻ろうと動き出したが、その足取りはゆっくりで不安そうなものだった。

 やはりこの状態の宇霖を一人で残しておくのは可哀想だ。

 そう思った桜鳴は、声をかけようとしたが、宇霖の「えっ」と驚いたような声に遮られた。

 沐陽が宇霖の手を握っていた。


「ぼ、沐陽……?」

「ほな、坊ちゃん、行きましょか。それから、お嬢さんに、天瑞様も」


 沐陽は、宇霖の手を繋いだままどこかへと歩き出した。

 桜鳴と天瑞も、わけが分からないままそれについていく。


「……沐陽。さすがに宇霖を危険な場所に連れて行くのは……」

「天瑞様、分かっとります。坊ちゃんには、お留守番しといてもらいますよ」


 沐陽は、にっ、と笑って、「ただし」と付け加えた。

 沐陽の視線の先には、宇霖の宮と同じくらいの煌びやかな建物があった。


「宇樂様の宮で、宇樂様と一緒に」


 沐陽は、隣にいる宇霖の顔を覗き込んだ。

 先ほどまで恐怖が見えていた宇霖の表情が、少し和らいでいるようだった。

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