第18話 因縁
華嵐帝国で同じ年に二人の皇子が産まれた。
二人は同じ年に産まれたが、日にちは違った。
晩春に産まれた方が第一皇子となり、『栄徳』と名付けられた。遅れて、初冬に産まれた方は第二皇子となり、『光徳』と名付けられた。
長らく皇女ばかりで後継に悩まされていたが、ようやく、しかも二人も産まれ、宮中だけでなく国中が祝福に包まれた。だが、喜んでいられるのも最初のうちだけだった。
何の問題もなく産まれてきたとしても、無事に大きくなるのはおよそ半数。多く産まれた皇女の中にも、産まれてすぐ亡くなった子や二、三歳頃に病気で亡くなった子が数人いた。
待望だった二人の皇子がそうならないように、慎重すぎるほど慎重に、丁寧に、少しの傷もつかないように、大事に育てられた。
その甲斐あってか、二人の皇子は大きな怪我も病気もなく、順調に育っていった。
大きくなったからといって、もうなんの病気にもかからず怪我もしないというわけではない。どちらが不測の事態に陥っても問題ないように、同じように育てられた。二人にはそれぞれ母親がいたが、何が起きても対応できるように母親の元から離れ、二人は同じ建物で暮らすようになった。
二人が大きくなり物心がついた頃に、皇帝になるための勉学と武術の稽古が始まった。
同じことを同じように教えているにもかかわらず、二人の習熟度には差があった。
栄徳が数日で身につけたことを、光徳はひと月ほど掛けてようやくできるようになる程度。誰が見ても分かるくらいには栄徳の方が優秀だった。
子どもだけでなく、母親にも大きな差があった。
栄徳の母親は上級妃で、後ろ盾となる実家は有数の名家で権力もあった。対して、光徳の母親は下級妃だった。美貌はあったものの、田舎から出てきたせいか世間知らずで教養もなかった。
本人は優秀で、母親も国に利得をもたらす。当然のように栄徳を持て囃す人が多かった。だが、栄徳と光徳は、どちらが優秀だとか、どちらが偉いだとか、そういった目でお互いを見ていなかった。
気が付いた時にはずっと一緒にいて、ずっと一緒に育ってきた。兄弟であり、最初にできた『友達』でもあった。
周囲が微笑ましくなるほど、二人は仲が良かった。
だが、雲行きが怪しくなってきたのは、二人が十六歳になった頃。
長らく空いていた皇后の座が、突如として埋まった。皇后として立てられたのは、光徳の母親だった。
下級妃で実家の後ろ盾もない、言ってしまえば顔だけなのに、なぜ選ばれたのか。宮中は困惑したが、理由は単純明快だった。
皇帝陛下が光徳の母親を気に入ったから。ただそれだけだった。
まだ光徳を身籠る前のただの下級妃だった頃、他の后妃からはもちろん、女官からの扱いも散々なものだった。仕事も満足にできない、美貌だけの役立たず。そう何度も罵られ、時には、衣に隠れる場所に傷をつけられるようなこともあった。
だが、運よく夜伽の相手に選ばれ、光徳を身籠ってからは周囲からの扱いが一変した。
誰からも痛めつけられることもなく、まるで割れものを扱うかのように大切にしてくれた。何かを望めば、その通りに事が進む。光徳の母親にとっては初めてのことで、初めての快感だった。
欲しいものが手に入るのが当たり前。光徳の母親がまず望んだのは、皇后の座だった。
ひとつが手に入れば、またひとつ何かが欲しくなる。人間とは、そういうものだから。
歴代の華嵐帝国の皇帝は、第一皇子が選ばれていることが多かった。しきたり、とまでは言わないが、国を治めていく中で支障がない限り、第一皇子を次期皇帝に選ぶのが普通だった。
能力として申し分のない第一皇子の栄徳が、次期皇帝に選ばれるのは必然だと誰もが思った。栄徳自身も、第二皇子の光徳も、そう思っていた。
二人が十八歳の頃、次期皇帝が選ばれた。
皇帝陛下の口から出た名前は、第二皇子の光徳だった。
誰もが耳を疑った。驚いていないのは、皇帝陛下と皇后である光徳の母親だけだった。
皇后が望んだのは、もっと大きな権力だった。『皇太后』となり、国の実権を握る。そうすれば、誰からも傷付けられることはなくなる。誰からも敬われる。
その望みに応えた皇帝陛下の決定に、素直に頷かない者がいた。
栄徳と、栄徳派の官吏だ。
皇后の見え透いた奸計に、『このままでは国が危ない』と反乱を起こすことを決意した。
二年後。栄徳と光徳が二十歳になった頃。
皇帝陛下が崩御された。
持病もなく、戦の場に出向いていたわけでもない。原因不明の死で、栄徳派の官吏たちは、皇后のしわざだと疑った。
大喪が執り行われた後、すぐに光徳の即位式の日程が皇后によって組まれた。
光徳が皇帝になってしまえば、手出しはそう簡単にできない。反乱を起こすならこの時だった。
栄徳と、栄徳派の官吏は、光徳が即位する前に反乱を起こした。
目的は光徳を殺すことではなく、皇后を殺すことだった。
見事、その目的は達成されたが、反乱を起こした者に、国に居場所などなかった。
栄徳は奏祓師である耀京と共に、命からがら隣国へと逃げおおせた。
栄徳は自分が次期皇帝に選ばれなかった理由を分かっていた。皇后がそう望んだからだ、と。
だが、皇后を殺したところで自分は皇帝にはなれない。それどころか、国を追われる立場にまでなってしまった。
皇后がすべての元凶なことは理解していた。
だが、もし、光徳がいなければ、皇帝になれたのではないか。
――光徳を殺せば、皇帝になれるのではないか。
栄徳の憎しみは、いつしか光徳へと向かっていた。




