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第30話 連環 弐

(……なんで、わたしが……)


 桜鳴おうめいは隣を歩く人物をじとりとした目つきで見る。その視線に気が付いた人物――漣夜れんやは、桜鳴をぎろりと睨む。まるで『なんで、はこちらの台詞だ』とでも言うように。何か余計なことを言われないように、慌ててサッと視線を逸らした。



 ほんの少し前、仕事が終わり後宮の自室へと帰るところだった。

 いつもは部屋まで漣夜に付き添うのは凌霄りょうしょうの仕事だが、今日は別の用事があり、それが不可能になった。代わりに指名されたのが天瑞てんずいだったが、あいにく、母である蘇芳すおうから夜の食事に誘われているから難しい、ということだった。そこで唯一残ったのは桜鳴だった。断る理由も、権利もなく、その役目を引き受けるしかなかった。



 執務室から一言も話すことなく、どこかぎこちない雰囲気が漂ったまま歩き続けた。ようやく宮の門が見えてきたことで、桜鳴は、ほっと安堵の息を漏らす。少しの時間ではあったが、何か嫌味を言われなくてすんだと思っていたら、門前に見知った顔が立っていた。


「――心蓮しんれんさん?」

「ぁ、……桜鳴さん」


 心蓮は桜鳴の顔を見るなり、気まずそうな、それでいて見つからない方がよかったとも思えるような表情を浮かべた。まだ怪我のことを気にしているのだろうか。


「どうかしたんですか?」

「そのぉ……今度、またお茶会はどうかな、と思いましてぇ」

「わっ、ぜひ! 日時は決まってますか?」

「明後日の午後、なんですがぁ……」


 その日はちょうど午後から休みの日だった。まるで事前に休みを知っていたかのようなぴったりのお誘いに、桜鳴は笑顔で快諾しようとした。が、それを地に這うような低い声が遮った。


「――おい」

「っ! な、なに……ですか、漣夜、……様」


 いつもの調子で相手をしようとしたところで、すぐ傍に心蓮がいたことを思い出し、人前用の対応をする。どうせ、そこにいると邪魔だとかなんとか文句をつけたいだけだろう。そう思って身構える桜鳴に、漣夜は大きく溜め息を吐いて、その手を引っ張って門の中へと連れ込んだ。


「はっ? え、ちょ、なに……っ!」


 ぎりぎり心蓮には聞こえないだろう声量で抗うが、抵抗虚しく、そのまま人目のないところまで連れて行かれた。

 ようやく漣夜の手が離れたと思ったら、呆れるような、馬鹿にするような、そんな視線で見下ろしてきた。


「な、によ……」

「お前……さっきの誘いにのこのこ行く気か?」

「のこのこって……別に休みだから、わたしの好きにしていいでしょ」


 この王宮から勝手に出て行かないこと以外に、休みにまで何か制限される筋合いはない。何も間違ったことは言っていないはずなのに、漣夜は二度目の溜め息を吐いた。


「……馬鹿か?」

「はあ!?」

「いや、馬鹿だろ。刺されたこと、もう忘れたのか?」

「忘れてないけど!? しっかり傷痕も残りましたけど!?」


 桜鳴の反論に、漣夜は頭を押さえながら「これだから」とやれやれといった表情をした。


「すぐそうやって人のこと馬鹿馬鹿って――」

「それとも、また死ぬような目に遭いたいのか」

「っ、そんな、わけないじゃん……」

「なら、行くな」


 口調は紛れもなく命令しているものなのに、その緋色の瞳はお願いするようで桜鳴は思わずどきりとする。


「こ、この間、事件が起きたばっかりだし、そんなすぐに、大きいこと、しないでしょ……」

「本当にそう思うか?」

「それに、全然関係ない人だったんでしょ。じゃあ、心蓮さんも宇樂うがく様も別に――」

しょう焔墨えんぼくは」


 桜鳴の言葉に被せるように放ったのは、いつになく冷たく警戒心をむき出しにしたものだった。

 桜鳴は、何をそこまで、と疑問を抱く。たしかに『嫌な感じがする』と言ったのは自分に違いないが、焔墨が何かをしたような形跡も、するような素振りもまだ見ていない。凌霄が身辺調査をしても何も出てこず、清廉潔白そのものだったというのに。

 それに、焔墨が()()()()()の命を狙う意味などどこにあるというのだろうか。


「……気を付ければ、いいんでしょ」

「はぁ……俺は、『行くな』って言ってるんだが」

「せっかく、心蓮さんと仲良くなれてきたのに……?」


 用事があるならしかたないが、何もない休みで時間もたっぷりあるというのにお誘いを断るのは、とても心苦しいものがある。今以上に親密になれる可能性だってあるのに。

 桜鳴が眉尻を下げて落ち込んでいるのを見て、漣夜はぐっと言葉を詰まらせる。


「……、何か少しでも危険を感じたら、すぐに逃げろ」

「え」

「宇樂の宮の前に凌霄を待機させておく。何かあったら、そこまで死に物狂いで走れ。いいな?」

「えっ、え? じゃ、じゃあ、行ってもいいの?」


 戸惑う桜鳴に、漣夜はしばし躊躇った後、首を縦に動かした。みるみるうちに桜鳴の表情が明るくなっていき、漣夜の両手をぎゅっと握ってその場で軽く飛び跳ねる。


「やった! ありがと!」

「……お前、本当に分かってるのか……浮かれる前に用心しろ」

「分かってるって! あ、心蓮さんに返事してくるねっ!」

「、おいっ……分かってねえだろ……」


 るんるんと嬉しそうに駆けていく桜鳴の背中を見つめながら、漣夜は髪の毛をがしがしとかき乱した。

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