第95話 サムライは刀を手放さない
イルガもベルナルドもレティスも、俺たちを凝視していた。俺はあえて彼らの心情を読めないふりをして、口を開く。
「そちらも片付いたようだな」
「……」
何か言ってくれ。
ただ無言で睨まれては、さすがに居づらい。
「ああ、えっと……。これは……」
「エレミアとリョウカは、最初から俺たちに歩調を合わせていたのか?」
俺の言葉を塗り潰すように、イルガがそうつぶやいた。危機は脱したというのに、笑顔ひとつない真顔でだ。
ため息が出る。
「ああ、そうだ。だがそれは――」
口を開いた俺を手で制して、オウジンが進み出た。
「そうしなければ、いずれキミたちはこのダンジョンに呑まれる。ゴブリンやホムンクルスと交戦したとき、僕らはそう判断した。だからあえて死線を作り出し、乗り越えてもらった」
オウジンの言葉に、ざわと熱気が高まった気がした。むろん、悪い意味での熱気だ。頭に血が上った状態の。顔つきを見ればそれくらいはわかる。ベルナルドだけは表情を変えず、大木のようにぬぼっと立ったままだが。
オウジンが続けた。
「それは四班五班で構成されたあちらのパーティも同じだ。今頃向こう側では、ヴォイドとリオナさんが似たような状況を作っているはずだ」
「……ふざけんなよ、やりすぎだろ……」
二班の男子生徒がボソリと吐き捨てた。
次の瞬間、一班の別の生徒が怒声を上げる。
「何様だ、おまえら! ちょっと腕が立つだけでそんなにえらいのか!?」
「俺たちは死ぬところだったんだぞっ! おまえらが最初から戦ってくれていれば、こんな状況にならずに済んだのに!」
こんな状況? こんな状況とは何だ?
俺が抱いた疑問を、オウジンは平然と口に出す。
「こんな状況とは何のことだ? ここでは誰も死んでいない。生きるに支障を来すほどの大きなケガもなかった。その上で貴重な経験を得ることができただろ。何の問題があるんだ?」
一班の女子が表情を強ばらせる。
「そんな言い方――!」
「ああ、勘違いはしないでくれ。別に言い訳をするつもりはない。キミたちはあまりにも未熟だ。だから力を底上げするために鍛えさせてもらった。それは事実だ」
先ほどの男子が大声を張った。
「そういうところが傲慢だって言うんだ! おまえらにとっては何でもないことかもしれないが、俺たちは死にかけたんだぞ!」
「危険から遠ざかりたければ、そもそも騎士など目指すべきじゃないだろ。違うか?」
はっきり言いやがった。
オウジンは誠実だ。嘘などつかない。だが、いや、だからこそだろうか。一班二班からは言い返すことのできない鬱憤のようなものが吹き溜まっていく様がわかる。
相変わらずベルナルドだけはぬぼーっとしたままだが。
「キミたちは何か勘違いをしていないか? 授業だから、まだ学生だから安全だとでも思ったのか?」
オウジンは激昂することなく、静かに淡々と続ける。
「ホムンクルス戦では僕らも死にかけた。あのときはイトゥカ教官に偶然救われたが、今日ここに戦姫はいないぞ。次のカリキュラムでもだ。その先も、その先もいない。再びホムンクルスのような強い魔物が現れたらどうなる? 僕らだけでは対処できない」
怖いな、オウジンのやつ。静かなのが余計に怖い。
「僕ら三班も含めて、ここにいる全員が強くなるしかないんだ。こんなの十歳の子供でもわかる理屈だろう」
人生を合計すれば中身はもはや五十路近くだが。軽口を挟めるような空気ではないな。
自分が叱られているわけではないのに、なぜか動悸が収まらない。
「そ、れは……」
「僕やエレミアが気にくわなければパーティから追放してくれて構わない。次のカリキュラムでも自力で生き残れる自信があるなら好きにしたらいい」
オウジン? その場合、俺の尻はどうなるんだ? やっぱりリリに叩かれて腫れるのか?
「それとも騎士など目指すのをやめて、ダンジョンの隅で時間が過ぎるのを震えて待つか?」
口を挟めない。挟めそうにない。
奇妙な気分だ。ブライズだった頃は他人の怒りを買おうがまるで気にならなかったというのに、若いエレミーの肉体はどうやらそれをひどく恐れているようだ。誰かに嫌われることを極端に恐れている。
魂が肉体に引っ張られている。最近よくそれを痛感する。魂は同じだとしても、やはり俺はもうブライズではないのだろうな。
それに比して、オウジンの覚悟たるや。こいつはこいつで十代のものではない。
「生半可な覚悟なら、剣なんて持つべきじゃない。これは忠告だ。今日を生きても、明日は死ぬよ」
それまで黙って立っていたベルナルドが、何ら変わらぬ穏やかな声でオウジンに尋ねた。
「ならばオウジン。おまえには、どのような覚悟があるのだ? なぜ、海を越えてまで、この学校にやってきた?」
オウジンの左目が、わずかにぴくりと動く。
だが、次の瞬間やつから放たれた言葉は、俺の想像を遙かに超えたとんでもないものだった。
「ヒノモトに帰り父を斬るためだ。僕はそのために刀を握り続けている」
「――っ!?」
絶句した。俺を含め、その場の誰もがだ。
オウジンは誠実だ。嘘などつかない。だがその理由、あの屋上での会話と照らし合わせると。
「オウジン……おまえ……」
思わずつぶやいてしまった言葉に、オウジンが俺に寂しげな微笑みを向けた。
「……僕はキミが、キミたちがうらやましいよ……」
俺は初めて知った。こいつが“剣鬼”の子であることを。だが、子が父を殺さねばならない理由とは何なんだ。
俺には考えに及びもつかないほどの事態の渦中に、オウジンは立っていたのか。道理で並外れて強いわけだ。そしてそれ以上に、強さに貪欲になっているわけだ。
いつかこいつは、その理由を俺たちに語ってくれるのだろうか。
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