第94話 それでも剣聖は尻を叩いた
オウジンと目を見合わせ、うなずき合う。
その直後、俺たちは競い合うように同時に地を蹴った。振り抜かれる鉄塊をかいくぐり、獣臭と熱気の漂うオーガどもの真っ只中へと躍り込む。
――ギ……!?
それまで頑なに横列陣を守り通していた小さな者が、あっさりとそれを捨てて懐に潜り込む。その行動はオーガの脳をほんの一瞬、混乱させる。混乱は肉体の停止を呼ぶ。
やつらの視線を切った瞬間、長刀と脇差しが銀閃を描いた。遅れて真っ赤な血の花びらが飛散する。
一瞬の後にはもうオーガの群れの最後尾からふたりして飛び出し、やつらが振り返る瞬間には再び斬り込んでいる。
「鈍いな」
俺の身長や手足の長さ、脇差しという武器の短さでは、やつらの頸部を断つことはできない。そもそも届かないからだ。だからすり抜け様に、足を重点的に斬っていく。ずぐり、ずぐりと、両腕に確かな手応えを感じる。
「こっちだ」
密集している敵ほど、己の足下には意識を向けづらい。この小さな肉体を不利な要素ではなく有利な要素として使うんだ。
岩斬り、岩斬り、岩斬り。群れの中央からオーガが次々とバランスを崩していく。そこに剣舞と見紛うほどに優雅に、緩急自在の剣術でオウジンが斬り込んでくる。
「先行しすぎだぞ、エレミア!」
まさに撫で切りだ。
やつの剣は実に正確で、狙いを定められれば何者も逃れることは至難の業となる。どれだけオーガが動こうとも自在に軌跡を変えて追尾し、かならずその命にまで届く。
おもしろい。実におもしろい。一度放った剣がその軌跡を変えるだなどと。さらには緩急自在ときたもんだ。これでは防ぐに防げず、避けるに避けれん。オーガどもにしてみれば、たまったものではないだろう。
嬉しくなって、俺は叫んだ。
「ならばおまえがついてこい! それくらいはできるはずだ!」
俺は熱くなっているのに、オウジンは冷静だ。
「はぁ。無茶を言うなよ。僕はキミほど小さくはない」
俺は足を止め、オウジンに振り向いて怒鳴りつけてやった。
「お、お、俺は小さくなんてないっ!! すぐに大きくなるっ!!」
「後ろ! 後ろきてる! 後ろを見るんだ!」
「おまえがよく見ろォ! 俺は小さくな――?」
オーガがすでに鉄塊を振りかぶって――いや、振り下ろしていた。
巨大な影が俺の前身を呑み込む。
――ガアアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!
「ぬあーっ!?」
夜空に浮かぶ三日月のようなポーズを取って、俺は鉄塊をかろうじて躱す。
地面に叩きつけられた鉄塊が硬い石床を破壊し、飛礫を飛ばした。俺は掘り出された芋のように転がって距離を開け、膝を立てる。
「オウジン貴様、俺を殺す気か!?」
「むしろ助けたろ!?」
俺たちを中心として、周辺一帯に血の霧が立ちこめていく。足下には無数のオーガの足が、頭部が、すでにいくつも転がっている。
二体、俺たちに背中を向けてイルガたちの方へと向かったが、あの程度であれば問題はないだろう。
やがて、俺とオウジンが約半数、およそ十体ほどのオーガを沈める頃、やつらはじりじりと踵を引き摺りながら後退を始めた。
もはや完全に戦意を喪失している。
数歩後退したところで踵を返し、オーガどもはダンジョンの奥深くへと逃げ去っていった。
「エレミア、追うなよ」
オウジンが刀に付着した血糊を手ぬぐいで拭って、腰の鞘へと納める。
チン、と鯉口が鳴った。
「いちいち言われなくてもわかっている! 俺は犬か!」
「似たようなものだと思ってた。キミは野生児だからやりかねないだろ」
「失礼だな、おまえ……」
俺が王族だって知っているくせに。
喉元まで出かかった言葉は、かろうじて呑み込んだ。
ふぅと息を吐く。
俺たちの周囲に五体満足で動いているオーガの姿はもうない。這いずりながら逃げようとするやつの首筋へと、俺は脇差しを突き下ろす。
「……」
血を払って、刃を鞘へと納めた。
一班二班の集団の前にも、二体のオーガが転がっている。どうやらイルガやベルナルドらが斃したようだ。
やはり成長している。
本来であれば戦場での成長とは犠牲を伴いながら果たしていくものではあるが、今回はどうやらリリの目論見通り無難に終えることができたようだ。
少なくとも、貴族チームはな。
オウジンが俺に囁く。
「嫌われたかもしれないね」
「仕方があるまい。危機を煽るためだけに力を隠していたのだからな。だが最初から俺たちが全力で戦っては、あいつらのためにはならん。今日を越えられても、次のカリキュラムでは命を落とすやつが必ず出てくる」
「わかってはいるんだけど、損な役回りだな」
俺は肩をすくめて見せた。
「まあ、パーティから追い出されるならそれはそれで構わん。堂々とあちら側に戻れる」
「前向きなのは大いに結構だけど、キミが個人的に引き請けた任務を投げ出して、イトゥカ教官にはどう言い訳するつもりだ?」
「う……」
あいつが自分の言葉通り、師からされたことを忠実に俺にもしてくるとするなら、俺はおそらく尻を叩かれるだろう。
弟子に尻を叩かれるだなどと、これ以上ない屈辱だ。
オウジンが半笑いを浮かべる。
「いっそ謝るかい?」
「リリにか?」
無駄だ。きっと叩かれる。なぜなら俺は叩いたからだ。謝ってきたリリの尻を。
「イルガにだよ」
「笑えん冗談だ」
「だよな」
俺とオウジンがイルガたちの方へと歩き、戻っていく。
足取りが重く感じられるのは、靴裏にニチャニチャと張り付くオーガの血だまりのせいだけではない。
罵詈雑言くらいは覚悟するべきだろうな。
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