第93話 この剣聖は戦姫ほど優しくない
持ち直した。
剣戟の音が鳴り響く。どいつもこいつも表情が必死だ。オーガに負けないくらい血走った眼をかっ開き、歯を食いしばって剣を振り、血と汗を飛ばしている。
これは俺のおおよその予想を覆す状況だ。
一対一では、学生などオーガには到底敵わない。さらに数の利でも負けている。やつらの住処では地の利もない。にもかかわらず、イルガを中心とした戦術で、誰ひとりとして欠けることなく戦い続けられている。
次世代も、なかなかやるものだ。
「く……っ、予備隊、前に出ろ!」
「おお!」
それぞれが連携を取り、前列の者が体勢を崩されれば後列が前に出て入れ替わることで、どうにか凌いでいる。それどころか横列中央を前後させ、あえて誘い込んだ一体へと四名がかりで斬りつけたりもしている。
「硬いよ……! 刃が入らない!」
「構わん、続けろ。小傷でいい。いずれは失血死だ」
レティスの嘆きに、ベルナルドが冷静に返す。
「うおおおお!」
「斬れ斬れ斬れ斬れ!」
「足を止めるな! 常に揺れ続けろ!」
綱渡り状態ではあるが、実に素晴らしい。一班二班ともに、戦いの中で急激に成長している。それが実感できる。そして彼らを動かしているのはイルガだ。
「予備隊、左の補佐だ!」
だがそれでも。かろうじて。かろうじて、だ。
ほんのひとつでも判断を誤れば、すべてが崩れる。
レティスがショートソードを振り切った体勢で叫んだ。
「この――ッいい加減にしてよ! いつ倒れるんだよ、こいつら!」
こちら側の決め手にも欠けている。
オーガの硬く分厚い皮膚を貫くほどの威力があるのは、ベルナルドの放つ槍だけだ。オーガどももそれに気づいたのだろう。ベルナルドから視線を離さなくなった。
さらに輪を掛けて厄介なのは、オーガの持つ武器だ。
「ぐあ……っ」
鉄塊の一撃を受けてしまった生徒の剣が宙を舞い、壁へと叩きつけられて地面に転がった。すぐさま後列の生徒が前に出て牽制し、その隙に武器を落とした生徒は拾いに走る。
だが、剣はすでに曲がってしまっている。それでも使うしかない。
俺は叫ぶ。
「剣で受けるな! 刀身が保たん! 避けられなければせめて流せ!」
「があ……!」
隣にいた男子生徒が後方へと吹っ飛ばされた。後列の生徒を巻き込んで地面に転がる。横列が崩された。
舌打ちをして、俺は単身でオーガどもの足下へと潜り込む。やつらの視線が俺へと移った。
岩斬りを繰り出す暇などない。オウジン同様、この技になれていない俺には溜めが必要だ。ゆえに、ちょこまかと走り回りながら脹ら脛を引っ掻く。
ぶよぶよと弾力のある手応えはあるが、やはり刃は肉に入らない。
厄介な。
「エレミア!」
オウジンの鋭い声に、俺は側方へと転がった。
その直後、俺のいた場所へと鉄塊が叩き落とされ、ダンジョンに地面が飛礫となって爆ぜた。飛礫を全身で受けながら、俺は低く跳ねて後退する。
横列の再形成まで時間を稼いだだけだ。
陣形が崩されるたびに、俺かオウジンがやつらに斬り込んで時間を稼ぐ。それを何度も繰り返してきた。
だが、イルガたちの疲労具合からして、それもそろそろ限界だ。彼らが流した汗と血は、ダンジョンの地面に無数の染みとなって残っている。呼吸も荒く、そこかしこからまるで病人のような喘鳴が聞こえていた。
学校では鍛え続けているのだ。彼らに体力がないわけではない。だが実戦における消耗度合いは、命の危険のない鍛錬時とはまるで違う。
そう学んだだろう。だから。
「オウジン。これでは埒もない」
「そうだな」
先ほど俺は、決め手となるのはベルナルドの槍だけだと言った。だが正確には違う。針の穴を通すように難しいことだが、イルガの刺突は先ほどオーガの眼球を貫いたし、剣でつけられる小傷であっても度を過ぎればオーガとて血を流し膝をつく。
俺たちはすでに六体のオーガを斃している。だが、残るはその倍近く。さすがに酷というものだ。
一班二班はこの死線をくぐり、十分に成長しただろう。今の彼らにこれ以上を望めば、誰かが犠牲となる。
それに、決め手となる者はまだ二名いる。
当然、俺たちだ。
「そろそろやるよ、エレミア」
「ああ。やつらは十分に戦った。犠牲まで払う必要はない。生きていればこその成長だ」
オウジンが刀で鉄塊を静かにシャラと払いながら、息を吸う。
器用なものだ。俺には刀であの鉄塊を払うことなど到底できそうにない。空振一刀流は本当にすごいな。
「リオナさんがここにいたら、また歴戦のおっさんみたいなこと言ってるって言われるよ」
「やかましいっ」
オウジンが少し笑った。
そうして、ゴブリンの群れから一組を救ったときのように、十代中盤にしては小さな肉体から、轟くような大声を出す。
「イルガ! ベルナルド! 横列を解き、防御陣を敷け! 盾持ち、前へ!」
「――!?」
イルガが戸惑ったような視線をオウジンへと向けた。その隙を突いて、鉄塊の一撃がイルガの頭部へと迫る。
だがそれが届く直前、ベルナルドが槍をくるりと取り回し、その柄尻で鉄塊を突いた。
「ぬんッ!!」
イルガの頭部横で轟音と火花が爆ぜる。すぐさまレティスがオーガへと剣を突き立てる。切っ先は入っても、致命傷には至らない。オーガはそれを嫌がり、後退はしたが。
だが、イルガは微塵も臆することなく。
「待て! そんな陣形を組んでもじり貧になるだけだ!」
俺は鉄塊を避けながら、視線をイルガへと向けた。
「問題ない。俺とオウジンで斬り込む。だがすべてのオーガを防ぐことはできん。数体はそちらに流れる。しばらくの間で構わん。耐えていろ」
ちなみに嘘だ。
守るものを捨てて自在に動き回れるならば、一体たりとて討ち漏らさない自信がある。少なくともオウジンと一緒ならば。だが俺たちがすべて斃してしまっては、イルガたち一班二班の成長には繋がらない。
あえて数体、後方へと流す。限界を超えさせて本日の授業の総仕上げだ。
ブライズ流の授業はリリのそれほどは優しくない。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




