第86話 貴族と部族
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俺は涙をいっぱい溜めた顔で首を左右に振った。
なるべく、あざとくだ。かわいらしく見えるように。仕方がないだろう。イルガと行きたくないのだから。
だが、ヴォイドとリオナは。
「エレミア」
「エルたん。嘘泣きはよくないよぉ?」
ヴォイドの手が俺の右肩に、リオナの手が俺の左肩にのせられる。
「てめえ、わかってんだろうな。もしも俺をあの野郎と一緒に行かせてみろ。ダンジョンカリキュラムが中止になるくれえの大惨事にしてやるからな」
「痛い痛い、肩が痛い! 強く握るな!」
およそ十名の倒れた生徒らの中央で、血まみれの拳で悪魔のように嗤っているヴォイドの姿が目に浮かぶようだ。
「ごめんねぇ~。あたしも生理的に無理みたい。途中で喉裂いて黙らせたかったもん」
「……こっちは肩よりも言葉が重い……」
喋っている最中に唐突に声がなくなり、喉からひゅうひゅうと音と発生させている血まみれのイルガの姿が目に浮かぶようだ。
俺は溢れそうな涙を、視線を上げて堪える。
嫌だぁ~……。
「オウジン……」
「……気をつけていってくるんだよ、エレミア……」
「オウジン!?」
だがオウジンの肩にもリオナの手がのせられた。
「まさかリョウカちゃんったら、十歳の子供だけを生け贄に出す気じゃないよねぇ?」
「うぅ」
もう片方の肩には、ヴォイドの大きな手がのった。いつもならば心は優しく、目つきは悪いヴォイドだが、今日は珍しく反対だ。
瞳に優しい光を宿し、静かにうなずく。
「あきらめろや」
「わかったよ……」
俺とオウジンは肩を落として、とぼとぼとイルガ・フレージスの後を追うのだった。
待ちに待ったダンジョンカリキュラムのはずなのに、来て早々だが、俺はもう帰りたい気分だった。
俺とオウジンはイルガのあとについて、先行する一班二班の貴族組と合流する。
場所はすでに五層へと続く埋まった階段の前、つまりは前回のカリキュラムで使用した第二拠点の跡地だ。
イルガが追いつくと、最後尾の大男が振り返って前方の集団に知らせた。瓦礫で埋めた階段を掘り出していたやつらが、慌ててイルガに場所を譲る。
「どうだ? もう五層に進めそうか?」
大男が応えた。
「うむ。瓦礫の撤去は、ほとんど終えている」
「さすがだ。その仕事の早さは素晴らしいな」
「うむ」
イルガは躊躇うことなく中央を進み、先頭に立った。撤去された瓦礫の前で立ち止まり、振り返る。
俺とオウジンはあまり近寄りたくなかったため、目立たないように集団最後尾の大男の隣で足を止めていた。
ところが振り返ったイルガが俺たちを指さし、朗々と声を張る。
「みんな、男爵家のノイと東国留学生のオウジンが、今日から俺たちの仲間となった。知っての通りどちらもホムンクルスと戦ってくれた腕の立つ剣士だ。仲良くやってくれ」
みんな口々に俺たちを歓迎してくれている。
声を掛けられ、背中を叩かれ、握手を求められ、笑顔だ。何やら少し意外な気分だ。オウジンも戸惑っているように見える。
てっきり上級貴族であるイルガを中心とした上下関係の激しい集団をイメージしていたというのに、雰囲気的には四班や五班ともさほど変わらないように思える。
イルガ再び声を張った。
「よし。顔合わせも済んだことだし、そろそろ――」
「あはは、何言ってんのさ、イルガくん。顔合わせなんてクラスの自己紹介でとっくの昔に済んでるだろって」
ふたつ結びの女子がからかうと、イルガははにかむ。
「あー、確かに! レティスはいつも俺に厳しいな。……さては、俺を男性として意識しているな!?」
レティスと呼ばれたふたつ結びの少女が両腕を広げて半笑いで否定した。
「してませ~ん。エレミアくんの方がよっぽどかわいいで~す」
「かー……。確かに、かわいさでは俺に勝ち目はないな……」
楽しげな笑いが生まれた。和気藹々とした雰囲気だ。
こっちは唖然呆然だけどな。平民以下に対する態度とはまるで違っている。なんだ、こいつは。
隣に立っていた大男が腰を屈めて、言葉少なに俺の耳元で囁いた。
「心配は、いらない。あれでも、根が腐っているわけでは、ない」
低い低い声でだ。ゆっくりと喋るやつだった。
やや愚鈍な印象だが、背負う武器は物々しい。ハルバードにスピア。どちらも長柄だ。
「おまえの名は?」
「おれは、ベルナルド・バルキンだ。ベルでいい」
とんでもないガタイをしているな。ヴォイドを遙かに凌駕して、すでにブライズくらいはあるのではないだろうか。髪が長く、女のように頸部でひとつに縛っている。
貴族、ではないな。どこかの部族の出身だろうか。
ガリア王国には大小様々な部族の集落がある。自由と精霊を重んじる部族が多いため、キプルスは彼らを無理に併合したり統治したりはしない。国内にありながらも、あくまでも対等の関係として接することが多い。つまり部族の王は領主ではなく、キルプスにとっては他国の王だ。
だからこそ、各部族とガリア王国が揉めたことはほとんどない。それどころか酒や各地の農産物畜産物などの取引相手として、大半が良好な関係を保っている。
高貴なお仲間の一員ということは、族長の子あたりだろうか。
目は細く、開いているのか閉じているのか判断が難しい。肌はリリよりもさらに浅黒く色づいている。一見すれば力はありそうに見えるのだが、長柄武器のみを選ぶあたり、間合いに入られるのを嫌うタイプか。あまり戦闘は得意ではないのかもしれない。
まあ、自信があればホムンクルス戦にも参戦していただろうからな。期待はしない。
いや、いや。違うな。
そうか。イルガの担架だ。倒れたイルガを運ぶため、長柄武器を制服で結んで担架へと作り替えた男がいた。参戦しようにも武器すらなくば、か。
俺は遙か上にあるベルナルドの顔を見上げた。
「俺はエレミア・ノイだ。こっちはリョウカ・オウジン」
オウジンが姿勢を正し、腰を曲げて頭を垂れる。
ヒノモトの挨拶なのだろう。このきびきびとした所作が美しい。
「よろしく頼む、ベル」
「ああ。こちらこそ、リョウカ。エレミアも。おまえたちの戦いっぷりを、おれは見ていた。頼りにしている」
細い目がさらに細くなり、口角が上がった。
笑った。屈託のない笑みだ。
それまで朗らかだったイルガの声に、唐突に険が混じった。
「……それにしても、四班五班はずいぶんと遅いな。本気で俺たちだけを働かせるつもりか。まったく、下民というのは揃いも揃って使えんやつらだ。仕方がない、これも我らの義務。先へと進み、つゆ払いくらいはしておいてやるか」
そう言えば遅いな。遅すぎる。何かあったのではあるまいな。ヴォイドとリオナがついているのだから、滅多なことはないとは思うが。
振り返っていると、オウジンが苦笑いで囁いてきた。
「心配いらない。僕がヴォイドなら、わざわざ揉めそうな道は通らない。四層ならもうひとつ、安全に五層へと下りられる近道があるだろ」
「あ……」
あいつら、ホムンクルスが貫通させた大穴から前回の第一拠点跡まで飛び降りたな。あそこならば六層への階段にも近いし、貴族組を出し抜くにはちょうどいい。
ゴブリンの死骸はスライムによって掃除されているだろうし、そのスライムもさすがにひとつところに留まっていることはないだろう。
となると、先行しているのはセネカ率いる平民パーティか。
まあ、別に競い合っているわけではないから気にはしないが、多少心配ではある。
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