第79話 肋骨粉砕先生
俺はパンをちぎって口に投げ込む。
やはり味気ない。せめて焼きたてであればと思うのだが、焼いてから一晩寝かせたパンはパサパサだ。バターを塗って口に詰め込めば、少しくらいは紛れるが。
向かいの席では同じような顔をして、リリがパンを食べている。
「ダンジョンの一組先行について、キルプスはなんと?」
もっとも、この味気なさを加味しても、あの食堂の混雑具合に朝から並ぶ方が億劫だ。
リリが俺のカップにミルクを注いだ。
「だめよ。ちゃんと陛下とお呼びしなさい。わたしのことはいいけれど、陛下の呼び捨てはやめておきなさい。いくら花瓶を投げ合って遊んだ仲であっても、友達付き合い感覚でいると将来に響いてくるわよ」
「……お、おう」
ごもっとも。ここでの俺はブライズでもエレミーでもなく、エレミアなのだから。
だが花瓶は投げ合っていないぞ。俺もキルプスもそこまで馬鹿ではない。とは言えないのがつらいところ。
「陛下は学校の運営を担うだけで、教育方針には口出しをされないことになってるわ」
「そうなのか」
「今回の会議の結果も知らないのではないかしら」
学校で何か問題が起こっても、キルプスにまでは波及しないようにか。理事長名を明かしていなかったのも、そういう意図があるのかもしれない。
これもあいつの言う悪知恵のひとつか。今回ばかりは仇となってしまったようだが。
「ただ、騎士学校である以上、いつかは命をかける任務に従事させられることは出てくるわ。戦争はないにしても魔物の駆除なんかのね」
「時期尚早だ」
「エレミアにとっても?」
「そんなわけがあるか。ヴォイドやオウジン、リオナのことなら問題ない。俺もそうだがホムンクルス戦以外にも何度か修羅場をくぐっているはずだ。でなければとっさの状況であのようには動けない。問題は一組の他の面子だ」
リリが怪訝な表情をする。
「三班のあなた以外のメンバーのことなら見ていてわかるけれど、エレミアも修羅場をくぐってきたの? 十歳なのに?」
「ああ? あたりま――」
おわーっ!? 馬鹿、俺の馬鹿! 十歳だぞ! そんなガキに修羅場も糞もあるか!
あ、ひとつ思い出した!
「そ、それは、あー……あれだ……。あの、山で立ち小便をしているときに蜂の巣にかかってな」
「……」
「俺はとっさに拾った枝葉で、襲い来る無数の蜂どもを勇猛果敢に叩いて払い落としながら……逃げ回っ……た……」
「……」
リリの表情を見て察した。
これはだめなエピソードのようだ。ならばデタラメでもでっち上げるか。
「ノイ男爵――じゃなくて、父上がな、あのーほら、ノイ家は田舎貴族だから? 領地に湧いた魔物退治とか? 手伝わされてたか?」
「わたしに聞かれても……」
「て、手伝ってたんだ! それはもうひどかった! 蠱毒のような魔物の巣にひとりで投げ落とされて、あいつら全滅させてから上がってこいって言われたりしてたり?」
リリが眉根を寄せた。
「ブライズじゃあるまいし、呆れたお父さまね。効果的な修行でしょうけど、いくら何でもそのやり方は早すぎるわ」
俺はそんなことはしていない! いま思いついたでたらめだ!
あと効果的って何言ってんだ? この人が教官で大丈夫か?
「お、おまえだって、俺の年齢になる頃には戦場に出ていただろうが!」
「わたしの初陣は十一歳だけど?」
「そうだったか? ブライズに拾われてから一年後?」
「そうよ。――ああ、でもそうね。一年くらいだったら変わらないかもしれないわね」
パンを食べ終えたリリが、ミルクに口をつけた。あの頃を懐かしむように、何もない虚空を眺めながら。
「まあ、ヴォイドやリリもそう変わらんだろ。珍しいことじゃない。こんな世の中ではな」
「そうね」
自分で言っておいてなんだが、そうだろうか。
パンを食べ終えた俺は、ミルクのカップを傾ける。
今朝もミルクがうまい。酒よりもうまい汁があったとは。あーうまい。ミルクうまい。背が伸びるし骨も強くなるしうまいし、最高汁だ。
ぼーっと俺を見ていたリリが、ぼそりとつぶやいた。
「飲み方かわいい」
「……」
飲み終えたカップを置く。
満腹だ。前世の一食分の十分の一も食べてはいないのに。この分では肉体を取り戻せるのはいつになることやら。
「ごちそうさん」
「うん」
「たまにはリリの作ったものを食いたい」
温かいものがいい。もっとあの頃のことを思い出せるかもしれない。
「わたしは別にいいのだけれど、この部屋にはまともなキッチンがないわ」
「そうだな」
食べ終えた俺が鞄に教科書を詰め込んでいると、先に準備を終えたリリが着替えを覗き込んできた。
「そうそう、エレミア。ひとつ言い忘れていたのだけれど」
「ん?」
鞘ベルトを巻きながら、俺は振り返る。
リリはすでに教官服で、眼鏡をかけていた。今日は座学からのようだ。実技指導であれば眼鏡を掛けないからすぐにわかる。
「あなたは少し気をつけた方がいいかもしれない。教員会議でダンジョンカリキュラムの再開が決定して、教官による魔物の排除をしない方針に変更になったのは、初等部指導課のギーヴリー教官が旗印になってそう決められたからよ」
「……ほう?」
「彼、王都中央の有力貴族出身だから、他の正騎士資格を持つ教官を強権で丸め込んだみたい」
「へえ?」
「まさか直接おかしなことはしてこないとは思うけれど……」
「ふむー?」
リリが半眼になって俺に視線を向けた。
俺は視線から逃れるようにグラディウスと脇差しを装着する。
「ねえ、わたしの言っていることの意味はわかってる? 一組のホムンクルス戦での善戦が明かされた後での会議だから、三班全員の名前――あなたの名前も挙がっていたのよ」
「なるほど?」
「だからギーヴリー教官によって一組が先鋒にされたのかもしれない。エレミア・ノイの名前があったから」
あ~。背筋がゾクゾクしてきた。
リリのジト目が突き刺さる。
「なぜだ?」
「…………エレミア。もしかしてあなた、覚えていなかったりする? ローレンス・ギーヴリーのこと」
「誰だそれは?」
弟子は額に手をあて、呆れたようにため息をつくのだった。
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