第75話 この小動物は手に負えない
オウジンが顔を真っ赤にしてつぶやく。
「こ、恋文字は、いっぱい貰った、けど、貰いすぎて眩しくて何も見えなかった……んだ……」
「見えなかった? おまえは読んでもやらなかったのか?」
「仕方ないだろ!? 部屋のドアを開けたらほとんど光の球体みたいなのが部屋に浮いていたんだぞ!? 魔術師の攻撃かと思って身を隠しているうちに消えたんだ!」
よりによって、恋文字を出した全員が魔術でオウジンの部屋のドア前に転送してしまったのか。結果、光の球になっていた、と。奇跡的な運の悪さだな。
オウジンはあたふたと両手を動かしながら、必死で弁明している。
「王都で流行してる転送魔術かなにか知らないけど、あんな集合体はもう文字ですらないだろ! 攻撃にしか見えないよ!」
顔が必死過ぎて、俺は若干引いた。
隣を盗み見てみると、リオナも若干引いていた。
「わかった、わかったってば。いったん落ち着こ、リョウカちゃん」
だがオウジンは止まらない。
「そ、それに、そういうのはほら、流れが大事というか何というか。僕は、彼女たちのことを、まだ何も知らないわけで」
「だろうな。一文字も読んでいないのでは、誰から貰ったかすら知れるはずもない。気の毒に」
「う……。そ、そもそも修行中の身でそういうことにうつつを抜かすのは、僕にはまだ早いというか……」
しかし。
光球に、彼女たちか。いったい何人いたんだ。こいつに恋文字を転送したやつは。ヴォイドとふたりで校内の女子全員を山分けする気か。
リオナが呆れたように両手を腰にあてた。
「そういうところだよ、リョウカちゃん。何事もまじめに考えすぎなのよ。それ、悪い癖だよぉ? テンパってるとそのうち命にも関わってくるよ? 女の子の暗殺者は、色仕掛けでくる場合もあるからね」
元とはいえ、諜報員兼工作員兼暗殺者が言うと、言葉に重みが増すな。リオナの狙いがリリではなくオウジンだったら、あっという間に殺されていただろう。
「う……」
「あと、ヴォイドはともかくエレミアくらいにはなりたいってさっき言ってたけど、エルたんはかなり特殊な例だから。リョウカちゃんは絶対に見習わない方がいいと思う。というか普通は無理」
「おいっ」
どさくさで俺を貶めるな。
「ふふ、ははは」
「おまえも笑うなっ」
睨み上げると、オウジンがシュンとした。
「すまない」
「だから糞まじめに謝るなっ」
「す、まない」
なぜか泣きそうになっている。かわいそうに。
ともあれ、これでよし。
そうだ。この件とは別にオウジンには個人的な頼みがあったのだった。
「オウジン。いまから少しだけ剣術の相手になってくれないか。空振一刀流を体感してみたい。岩斬りで興味が湧いた」
「え。ああ、それはいいんだけど――」
オウジンが人差し指を上に向けた。ちょうどその瞬間だ。授業開始を知らせる鐘が鳴り響いたのは。
しまった。すっかり忘れていた。遅刻は確定だな。
「いまは時間がなさそうだ。またの機会でいいかな?」
「まあ、仕方があるまい。というか貴様、気づいていたなら先に言え。遅刻になってしまったではないか」
「リオナさんのピンチは、授業より大事な話だと判断したから黙っていたんだ」
リオナが嬉しそうに笑った。
「ありがとね! よっ、いい男!」
「や、そ、んな、僕なんかまだ全然――」
「だからいちいち糞まじめに取るなと。学べ、オウジン」
「そ、そうか……そうだな」
で、あらためてだ。
俺たちは向かい合って苦笑いを浮かべる。
「しかし弱ったな。イトゥカ教官に遅刻をどう言い訳したものか」
「あ~ん……、リリちゃんに叱られるぅ……」
「何を言っている。叱られるだけで済んでよかっただろうが。おまえとリリの場合は特にな」
首と胴体がおさらばしなかっただけ、ずいぶんマシというものだ。
リオナが苦い表情をする。
「う~、確かにぃ。エルたん、あたしを守るためにリリちゃんと斬り合ってくれたんだもんね」
「えっ!?」
オウジンが素っ頓狂な声を上げた。
「エレミアは戦姫と剣を交えたのか!?」
「ああ、そうか。あの場にオウジンやヴォイドはいなかったんだったな。戦ったぞ。ちなみにまったく歯が立たなかった」
「それはそうだろうけど……」
リリの狙いがリオナではなく最初から俺だったとしたら、正直あっという間に制圧されて終わっていただろうな。
「そうでもなかったじゃん? エルたん、リリちゃんのお尻をパシーンって叩き上げてたもん。リリちゃん涙目になっててかわいそうだったよ」
「ええっ!?」
「いや、あれは俺を回避してリオナを狙う行動が予想できていたから、その隙を突いて、あとはのりと勢いで誤魔化してうやむやにしてやっただけだ」
昔の記憶を呼び覚まさせてやるためにだ。
そうでもしなければ、いまのエレミアの力では王国最強の剣となった戦姫リリ・イトゥカは止められない。ホムンクルス戦のあの一閃など、マルド爺さんでも防ぎきれない気がする。
遠いな。遠い。剣聖までの道のりが。
俺はため息をついた。
「キルプスが――陛下が止めてくれて正直助かった。まともにやっていたら勝ち目などない」
いまはまだ、な。
卒業までには必ず追いついてやる。
「ちょっと待ってくれ! いまの話が本当だとしたら、エレミアはあのイトゥカ教官に一撃入れたのか!?」
「ああ。とはいえ、どうにかこうにか、あいつの尻を剣の腹で一発張ってやっただけだが」
オウジンが掌で目を覆って、歯を剥いて笑った。
「あは、あはははは! ……まったく、なんてやつだ。ふ、ふふ、これは確かにリオナさんの言う通り、何の参考にもならなさそうだよ。ふ、あはははは」
オウジンは笑い続けている。
「あのな、他にどうしろと言うのだ。あんなもん手に負えんぞ」
「言っちゃなんだけどエレミア。たぶんイトゥカ教官の方も、キミに対して同じことを考えたんじゃないかな。えっと、剣の腕というよりは性格的に」
リオナがうなずいた。
「あー。ありそう」
「だろ?」
「そんなわけがあるか。俺などリリに比べれば、小動物のようにおとなしいものだ」
そうして俺たちは本校舎へと向けて歩き出すのだった。やいのやいのと言いながら。
遅刻は確定している。もうこの際、焦ったって仕方がない。のんびりいこう。
こういう時間を楽しむのも悪くはないものだ。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




