第65話 陛下の大罪(第6章 完)
理事長室の隅に待避していた俺とリオナへと、キルプスが声を投げた。
「お~い、話は終わったかねー?」
リオナが振り返ってうなずく。
「終わりました。付き合ってます。あたしたち」
「終わってはいないが、平行線を辿りそうだからもういい」
諦観の念に囚われた俺とちょっと嬉しそうなリオナが、揃ってキルプスのデスクの前へと戻った。
キルプスが大きくうなずく。
「やはりそういう関係だったか。道理でベルツハイン嬢を救うために必死だったはずだ。ましてやあの戦姫と一戦交えてまでとなると、並大抵の覚悟ではあるまい」
「何をニヤつきながら見当違いのことを言っているんだ、あんたは……」
「いや何、若者の成長が喜ばしくてな。そう照れるものではないぞ。過度な否定は彼女の心を傷つける」
その程度で傷つくような女なら俺はここまで苦労していない。
だが恋人関係は事実無根でも、ここで必死になって否定したところで意味があるとは思えない。
あぁ、面倒臭い。俺の周囲にはオウジン以外にまともなやつはいないようだ。
「――しかし」
キルプスの雰囲気が豹変した。
戯けた表情は鳴りを潜め、その目が鋭く変化する。
「そこの娘が私の命を狙ったという事実は、そう簡単に消せるものではない」
空気が重量を持ってのしかかってくる。
だがこちらも退くつもりはない。
「ならば何のために、あんたは俺をいかせた。リオナを逮捕させるためだとでも言うつもりか。ああ、あんたの言う王族はずる賢くなければならないのだったな。……見損なったぞ。残念だよ、キルプス」
残念だ。本当に。身分を超えた友であると信じていたのに。
キルプスが微かに口元を弛めた。
「そうだ。ずる賢く振る舞え。裏を返せば、簡単ではないが事実を消すだけでよいのだ。猟兵ヴォイド・スケイルと留学生リョウカ・オウジン、そしてイトゥカ将軍には私から早期に箝口令を敷いておいたゆえ、一組のクラスメイトでさえリオナ・ベルツハインの真実は知らぬ」
「……え……」
俺は視線を跳ね上げる。
キルプスが片肘をついて顎をのせ、もう片方の掌を広げた。王城の家族の前では決して見せなかった、底意地の悪そうな笑みを浮かべて。
「そもそも理事長が国王であることすら、教官の極一部以外には秘匿事項だ。ゆえに学園都市で彼女を捜索していた騎士たちは、嫌疑不明の軽犯罪者を捜す任務についていると思って動いている」
「もったいぶるな。具体的に言ってくれ」
「有り体に言えば、レアン騎士学校から勝手に武器を持ち出し姿を眩ませた窃盗罪だ」
「あ……」
つまりは学内の備品泥棒か。
レイピアやマンゴーシュといった騎士学校の備品を勝手に学外に持ち出した少女の捜索ということだ。それならば後からなんとでも理由をつけられる。例えば街に侵入した魔物を追っていた等。騎士学校の学生であれば、なくはない事情だろう。
しかし、なるほど。騎士どもがたかが雨如きで捜索を一旦打ち切っていたのにも納得がいく。やつらは王族を狙った危険な暗殺犯ではなく、ケチな窃盗犯、それも疑惑をかけられただけの少女を追っていたんだ。
キルプスは続ける。
「国境のマルド・オルンカイム将軍は、彼の娘である本物のミク嬢を誘拐し成り代わっていた少女の容姿や名を知らんし、そのミクもベルツハイン嬢の顔は見ていないそうだ。誘拐を実行した一派はすでにマルド自身が捕縛済み。何名かには逃げられたそうだが、そこは問題ではない。国境を越えられたところで、どうせ共和国自身が処理するだろうからな」
暗部による口封じ、あるいは長期監禁か。十分にあり得る話だ。
だとすればリオナは――。
「それはつまり……そういうことか?」
キルプスが深くうなずいた。
「そういうことだ。私を含むわずか数名が口を閉ざせば、暗殺未遂犯であるベルツハイン嬢に辿り着く者はいないということになる。ついでに窃盗罪の方も、彼女自身が先ほど学内に備品を戻した。どうやら学校側の誤解だったらしい、と理事長である私は認識した」
じわり、と暖かいものが胸に込み上げる。
「キルプス、おまえ……!」
やはりキルプスは、俺にとっては最高の国王だ。こいつはいつだって権力や国家ではなく、あくまでも人を見ている。前世からそうだった。
仕えるならこういうやつでなくてはならない。こいつが王だからこそ、ブライズは躊躇うことなく存分に力を振るえた。たとえそれが人を殺す力であったとしてもだ。
キルプスならば、その力を人を生かす未来へと変えてくれると信じて戦った。
「ただし、先も言ったが、私個人は自身の命を狙った暗殺者をただで赦すつもりはない」
「え……」
冷徹に、キルプスが言い放った。
「リオナ・ベルツハインには監視をつけさせてもらう。この国で生きている限り、一生涯だ」
「待て! そんな罪人同様の扱いは――」
キルプスが俺の言葉を掌で遮った。
そうしてにんまり笑い、「わかっている」とでも言いたげにウィンクをしてきた。
「その役割を、おまえに命ずる」
「……………………あ?」
「鈍いぞ、エレミー……あ。エレミア・ノイくん」
おい、いま本名で呼びかけたな。俺のうっかり癖はおまえ似か。
「どうせ付き合っていたのであれば、監視がてら添い遂げろと言っているのだ。愛しているのだろう? なぁに、キミの父上にあたるノイ男爵の人となりは私もよく知っている。心配せずともキミが見初めた娘であれば、彼は認めてくれるだろう」
それはよく知っているだろう。何せおまえ自身なのだからな。
目の前にいる偉大な王は、息子の嫁を見つけて喜んでいるただの父そのものだった。
「いまからもう卒業が楽しみだなぁ。はっはっは。キミのご母堂には私から伝えておこう。華やかになるぞぉ」
俺はアリナ王妃の顔を思い浮かべ、ゆっくりと白目を剥いた。
なあ、キルプス……。
……俺にとっておまえは、最低の勘違い親父だよ……。
この日。
俺は決して取り返しのつかない一歩を、踏み出してしまった気がしていた。
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