第5話 人はそれを暴走と呼ぶ
馬車の中でリリから聞いた話を要約すると、俺は初等部への入学は認められなかったものの、知識と肉体の両方において飛び抜けた成績を残していたため、高等部への飛び級ならば、という条件が出ていたらしい。
今年度に開設された学校だから、正確には飛び級と呼んでいいのかはわからんが。とにかく正騎士を下した俺の剣は、初等部では未だ肉体のできあがっていない他の生徒らを傷つけてしまう恐れがあるため、特例扱いなのだそうだ。
まあ、こう見えて剣聖の記憶を継いでいるんだ。
当時の歴史的変遷の知識や、肉体の動かし方などは、正直そこいらの若い教官よりはよほど識っているつもりだ。俺が思い出せなかったのは、弟子の名前と親の顔くらいのものだ。
いや我ながら人でなしだな……。
とにかくだ。
そんなわけで俺は、十歳にして高等部への入学が決まり、その日のうちに寮へと移されることとなった――わけだが。
俺は十代中盤と思しき小娘どもに囲まれていた。
「きゃあああ、かわいい~っ」
「この子、うちらと同い年じゃないよね?」
「そりゃそうでしょ。こんなに小さい子がいるわけないじゃん」
ええい、頬をつつくな。
俺は小娘の指を払いのける。
「ちっちゃい……かわいすぎる……」
「ぬいぐるみみたいよね」
噎せ返るような匂いに、げんなりするな。
おそらく前日に実施されたという中等部か高等部試験の合格者たちなのだろう。どいつもこいつも寝間着姿だ。嫁入り前が、寮内とはいえそのような格好でうろつくものではない。
少女が中腰になって、俺に目線を合わせてきた。
「ねえねえ、お名前は? 何ていうの?」
「……」
応える義理はないな。猫を被るのはもうやめたんだ。
「怯えて喋らないじゃぁん。あんたのこと怖がってるんだよ」
「そんなあ。怖くないよ~。優しいよ~」
レアン騎士学校には男子寮と女子寮がある。ふたつの寮は渡り廊下で繋がっているが、基本的には異性の寮への立ち入りは禁止らしい。共有されるスペースは、ふたつの寮の間に建てられた食堂とグラウンドくらいのものだ。
男女の比率は男子が八割、女子が二割。近隣にある魔術師学校では女子の割合はもっと高いらしいのだが、騎士学校というものは大体がこんな比率となる。ちなみに入学者の数は、初等部、中等部、高等部ともに男女合わせて百名ずつだ。
それはまあいい。問題はだ。
俺がリリに連れてこられたのは、女子寮の方だった。人数差があってのことか、男子寮の建物よりは、ずっと小さな建物だ。
小娘どもが興味津々で俺を取り囲む。
「で、誰これ? 誰かの妹? 初等部よね?」
「あたしじゃないよ。どう、似てる?」
顔を近づけるな。あと、妹とはなんだ。俺は男だ。
「おまえよかこの子の方が全然美人じゃん?」
「うるっさ」
「え~? でも男の子かもしんないじゃん? あーでもわかんないかも? 綺麗な顔してるからどっちだろ?」
「女子寮にいるんだから、そりゃやっぱ女子っしょ。男子禁制だかんね」
ふん、おまえの目は節穴か。
「た、た、確かめてみる?」
「……いいかも」
やめろ!?
両手の指をワチャワチャさせながら俺に迫ってきた小娘の頭に、クラス名簿らしきものがポスンとのせられた。
俺を寮のエントランスで待たせてどこかへ行っていたリリが戻ってきたんだ。
「やめなさい。ほら、もう就寝時間が近いわ。各自親睦を深めるのは結構だけれど、今日はもう部屋に帰って」
「はぁ~い……。リリちゃんお堅ぁ~い」
小娘らが俺に手を振りながら去っていく背中に、リリが声を投げる。
「イトゥカ教官と呼びなさい」
「はいは~い」
「返事は一回」
「は~い」
「伸ばさない」
「はいっ。――んじゃ、またね、ボクちゃん」
やつらの背中が見えなくなってから、俺はリリを睨み上げた。
「おい、リリ」
「教官をつけなさい」
前世では立場が逆だったんだが? おまえが俺を先生と呼ぶ立場だったんだが?
いや、そう呼ばれたことは一度もなかったか。ブライズと名前で呼ばれていたな。他の弟子どもは師匠だの先生だのだったのだが。
まあ、そのようなことを言ったところで仕方があるまい。
「イトゥカ教官。質問がある」
「何かしら」
何が哀しゅうてかつての弟子を教官呼ばわりせにゃならんのだ。弟子といっても剣術を教えたことなど一度もなかったが。いや、むしろ何も教えた記憶がないな。
ブライズの側で生きていただけだ。こいつは。
「何も糞も、なぜ俺は女子寮に連れてこられたんだ。男だぞ」
エレミアと名乗ったのは失敗だったか。男子とも女子とも取れる名前だ。エミリオかなんかにしておくべきだった。
ちなみにこの名を勝手に決めたのは母であるアリナ王妃だ。
リリが応える。
「一つは、つい先ほどまで、わたしはあなたを女の子だと思っていたからよ」
「ほう。……なんてっ!?」
俺はリリを二度見した。
「実技試験であなたに負けたギーヴリー教官は気づいていたようだけれどね」
「ああ?」
名簿に挟まれていた紙を一枚取り出して、リリは俺に見せつける。
俺の入学願書だ。
「あなたの入学願書の性別欄には女性と記されていたのよ。誰かの悪戯かしら。よく見たら一度書かれたインクを削って書き直されたような痕跡があったわ。筆跡も別人ね」
あの母! 書き換えやがったな!
この男とも女ともつかない名前を押しつけられたときから、態度が少々妙だとは思っていたが。それで俺が諦めて帰ってくるとでも思ったのか。
まったく。なんという執念深さだ。強すぎる愛が恐ろしい。
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