第51話 白日の下にさらされて
結局のところ、キルプスは俺たちからホムンクルスの話題を聞くことはなかった。どうやらただ単に将来有望とされる四名の生徒の顔を見たかっただけのようだ。
――けれども、最悪の瞬間というものは、いつだって唐突にやってくる。
俺たちがキルプスからのいくつかの質問に応え、和やかな雰囲気で面談を終えかけたとき、席を立った俺たちの背中へと向けて、キルプスが声を発した。
「ああ、そうだ、オルンカイムくん。ひとつだけ聞き忘れていたのだが――」
「はい。何でしょうか、陛下」
ミクが微笑みながら淑やかに振り返る。
だがキルプスが先ほどとはまるで違う険しい表情をしていた。そうして、低い声でその言葉をつぶやく。
「――キミは誰だ?」
「……!?」
瞬間だった。
リリが腰の剣を抜き放ち、目にも止まらぬ早さでミクへと斬りかかったんだ。
「~~っ!!」
最初の一閃でミクの鞘ベルトを切り裂いて武装を解除させ、間髪容れずに飛び退いたミクを追ってフロアを蹴る。
殺意のない一閃。おそらく剣速を加減し、頸部でピタリと刃を止める気だったのだろう。だがそれが失敗だった。
刃がミクの頸部へと届くよりも一瞬早く、ミクはスカートを翻しながら後方回転し、キルプスのいるデスクの上へと音もなく着地する。
「ごめんね」
揺れるスカートの中。左脚の大腿部に潜ませておいたマンゴーシュを抜き、その切っ先を国王キルプスの喉へと照準してだ。
俺は息を呑む。
「キルプ――ッ」
「やはりそうであったか」
だがそのときにはもう、ヴォイドは俺の肩を押しのけて走っていたんだ。
「させるかよ、ボケッ!」
ミクの刺突が繰り出される寸前、ヴォイドによって乱暴に蹴られたデスクの上で彼女はバランスを崩し、理事長室の絨毯に背中から転がり落ちる。
「う……っ」
「ハッ! やっぱそうかよ、てめえは!」
足を振り上げて飛び起きたミクは、リリの再度の斬撃を躱すように後方へと跳ねて理事長室の窓を背中から突き破り、ガラス片を散らしながら校舎外へと落下していった。
「……」
「……」
あまりに一瞬の出来事で、俺とオウジンはただ呆然としていただけだった。
フロアにはリリによって切り離されたミクのレイピアだけが取り残されている。
「な、んだ……?」
リリとヴォイドがすぐに、少し遅れて俺とオウジンが窓に駆け寄って遙か眼下を見下ろした。
すでに彼女の姿はない。四階から落ちたとはいえ、ダンジョンでのあの崩落事故のときから考えれば、おそらく無事なのだろうが。
いや、そのようなことよりも、いま何が起こったんだ。目の前のことなのにわからない。いや、脳が事実を拒絶している。信じたくないと。
ああ、糞。頭が混乱する。
ミクが親父――国王キルプスを暗殺しようとした?
それを示し合わせたようにリリとヴォイドが防ぎ、ミクは形勢不利と判断するや否や、そのまま姿を眩ませた?
心臓が馬鹿のように跳ね回っている。
鼓動が己の耳にも聞こえるくらいにだ。
「……オウジン、教えてくれ……。……これは夢か……?」
「……僕にもわからない……。……どうしてオルンカイムさんが……」
慣れた様子でリリがヴォイドに指示を出した。
「追うわ。スケイル、陛下の警護を頼めるかしら。オウジン、エレミアはスケイルの補佐よ」
ヴォイドがいつものように両腕を組んで壁にもたれ、目を閉ざす。
「いいぜ。引き請けてやる。多少は俺の領分とも被ってるからな。あんたもせいぜい気張れや、将軍殿」
「教官よ」
その言葉が終わらぬうちに、リリもまた四階の窓から身を投げ出した。
教官服のスカートを押さえながら男子寮の雨樋に足を掛けて勢いを殺し、着地と同時に地面を転がって衝撃を散らす。
すぐに起き上がったリリは、ミクを捜して走り出した。
理事長室にはキルプスと俺、そしてヴォイドとオウジンだけが残される。
キルプスが疲れた年寄りのように、ふぅと長い息を吐いた。
俺は親父に詰め寄り睨みつける。
「おい父上、これはどういうことだッ!? なぜミクがあんたの命を狙った!?」
言ってから気づく。しまった。口調を荒らげてしまった。キルプスの前では、前世以降、素を出したことなどなかったというのに。
だがキルプスはそのようなことなど意にも介さず、理事長の椅子へと腰を下ろした。そうしてまた、重いため息をつく。
「ああ」
だめだ。応えるつもりがないのか、何かを考えているのか。
キルプスはただ一点を見つめ、口をつぐんでしまった。
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ、エレミア。キミはいまキルプス王を父と呼んだのか……?」
「あ……」
ガシガシと頭を掻く。
「~~ッ」
やってしまった。失態を重ねた。ここにはオウジンとヴォイドもいたんだ。
糞、あまりに混乱しすぎて二重に余計なことを口走った。俺が王家の人間だとバレてしまった。
ああ、もうめちゃくちゃだ。
「僕にわかるように説明してくれよ、エレミア」
けれど、オウジンの問いに応えたのは――。
「そういうこった。エレミア・ノイはこの国の第三王子エレミー・オウルディンガムだ」
――俺でもキルプスでもなく、ヴォイドだった。
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