第48話 変化の足音
ヴォイドが纏わり付く少女を適当にあしらっていたまさにそのとき、集団の最後尾あたりから聞き慣れた女子の声が大きく響いた。
「あ~! もうこんな時間だ! 大変、授業が始まっちゃう!」
瞬間、俺たちを取り囲んでいた女子たちの目に正気の光が戻る。
「あ!」
「やっば! あたし一限目はリリちゃんの実技だわ!」
「あたしも! 遅れたらもったいないから早くいこ!」
戦姫の選択授業は大人気だ。大半の生徒が受けることを希望し、抽選で落とされ肩を落とす。学校でこれなら、へたをすれば国民人気は剣聖より高いのではないだろうか。まあ、美女と野獣ではやむなしか。
実際にリリの実技授業は男子からも女子からも評判がいい。ブライズと違って教え方がうまいのだろう。さすがに暴論精神論のブライズとは比べるべくもないか。
いや俺だよ。
周囲の女子たちが手を振る。
「またね、エルちゃん、オウジンくん!」
「今度一緒に遊ぼうね」
「あぁん、ヴォイド様ぁ~……」
波が引くように、あっという間に去っていった。
風通しがよくなった食堂で、俺とオウジンが同時に長い息を吐く。周囲にはまだ甘ったるい匂いが残っていたし、頭蓋の中ではまだキンキン声が反響しているように思える。
だがこれで食堂にいるのは俺たち三名と、先ほど時間を知らせる声を上げてくれたミクだけとなった。
疲弊しきった表情でオウジンがヴォイドを見上げた。
「すまない。助かったよ、ヴォイド。オルンカイムさんも」
「くく、やっぱおめえ、エルヴァまで遊びにこいや。案内はしてやるから、スラムで女の扱い方を教えてもらえ」
「え、誰から? ヴォイドが教えてくれるんじゃないのか?」
然も当然のようにヴォイドが言ってのける。真顔でだ。
「エルヴァはな、観光街から路地一本入りゃ、その手の商売で食ってる女なんざ山ほどいんぜ。組合があるから大半は気のいいやつだ。稀に騙して絞り取るようなやべえのも混ざってるけどな」
「い!? や、ぼ、僕は、修行中の身で……そういうことは……その……」
ヴォイドがオウジンの背中を叩いた。
「ま、心配すんな。そういうやつは大体がスラムを牛耳ってるチームと娼館組合に追い出されるようになってるからよ」
「そ、そういう問題ではないのだが……」
「だがまあ、エレミアにゃ、さすがにちょいと早ええ――」
ミクが慌てて俺とヴォイドの間に入ってきた。
「エルたんはだめだよ~? そゆとこで遊んだら、ヴォイドみたいなろくでもない不良になっちゃうかんね~? それにエルたんにはもう、あたしがいるもんね~?」
「いちいち抱きついてくるな! 唇をッ、近づけるなッ! どういうつもりだ!?」
俺は持っていたトレイを慌ててテーブルに置き、例によってミクの顔面をつかんで押し離す。
「誰かにエルたんを盗られるくらいなら、あたしが先に奪っとかないとぉ? 特に年増のリリちゃんとかぁ?」
「リリは関係ない! 変なこと言うのはやめろ!」
あいつはただの弟子だ。いまは俺が弟子のようなものだが。
ぐぎぎ、今日はやけに諦めが悪いな。そうか。いつもは止めてくれるやつが、今日はまだ作用していないからだ。
「吸うだけ! ちょっと吸うだけだから!」
「何をだ!? やめろ怖いっ! ――おい、ヴォイド! 早く助けろ!」
「あ~?」
ヴォイドが心底面倒臭そうな顔で俺たちを見下ろす。
ミクが怒る猫さながらに、いつものようにヴォイドを睨み上げた。
「何さ? また邪魔しようっての?」
だが、意外や意外。ヴォイドはあくびをしながら肩をすくめたんだ。
やる気はないとばかりにな。
「いんや、好きにしろや。――悪いなァ、エレミア。その野良猫は俺の手に余ンだわ。ま、取って食うってつもりでもなさそうだ。いまは好きにさせとけや」
「お、おい」
いつもと態度が違うではないか。
それはミクも感じたようで、毒気を抜かれたような表情で、不信感を丸出しにしながらヴォイドに尋ねる。
「へえ? あんたがあたしとエルたんの恋路の邪魔をしないなんて珍しいじゃん? 病気? ホムンクルス戦で頭でも打ってたとか?」
「かもな」
ヴォイドからミクに対する警戒や敵意のようなものが、いまはまるで感じられない。これまではあからさまなくらいにあったものなのに。
ホムンクルス戦を経て、何かが変わったのか。仲間意識が芽生えてきたとか。
ミクが戸惑うようにつぶやいた。
「ふーん? 今日はやけに素直じゃん……」
どういうことだ。ちくしょう、ヴォイドのやつ。突然裏切りやがって。
俺は恨みを込めてヴォイドを睨み上げる。
「おまえ、面倒になっただけだろ!? さてはミクから賄賂でも貰ったな!? いくらだ!?」
「ククク、ガキの分際で賄賂なんて難しい言葉知ってんじゃねえか。――んなことよか、早く飯にしようぜ。何しに食堂にきたんだよ、おめえら」
ヴォイドが俺たちに背中を向け、カウンターへと歩き出した。
俺は恨みを込めて叫ぶ。
「誤魔化すなぁ!」
「はっはっは! バレたかよ。ま、その必要がねえってわかっただけだ」
俺もミクもオウジンも首を傾げるしかない。
「どういうことだ。俺にはまるで意味がわからん」
「あたしもー。あ。これってもしかしたら、息子さんをあたしにください的なことが認められたってことかも!」
「んなわけがあるかっ」
一組三班。俺たちのパーティが平和になることはいいことだ。チームワークも出てくるだろうし、連携も取りやすくなる。
だが。ああ、だが。
どこか違和感がある。ただの勘に過ぎないが、これは戦場で培われてきた勘だ。そいつに頼ることで、俺は何度も命を救われてきた。もちろん同じ回数分の空振りもあったが。
ヴォイドとミク。このふたりの間には何か確執がある。そしていまこの瞬間、それが変化した気がした。
……良くない方にだ。
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