第47話 剣聖には理解できないこと
食堂に向かう。時間が遅いためか、学生の数はすでに疎らだ。みな授業に間に合わせようと、大急ぎで口に詰め込んでいる。
ふと見ると、食堂の端の方に女子が固まっている一角があった。
「……?」
レアン騎士学校の高等部には男子が八十名と女子が二十名在籍している。中等部と初等部に関しては知らないが、俺の視線の先には小中高をまたいだ様々な年齢の女子が固まっているように見える。おそらく十五名ほどか。
中心に何があるのか気にはなったが、まあ正体を知ったところで俺の興味を惹くようなものではないだろう。ブライズと十代女子の中身が同じなわけがないのだから。
そう思い、テーブルに着いてフォークをベーコンエッグに突き刺した瞬間、女子の塊に動きが見えた。その隙間を掻き分けながら、小さな人影が転がり出てくる。まさに這々の体というやつだ。
小さいといっても俺ほどではない。黒髪に黒目、幼い顔つき。
あー、あいつなら見たことあるある。うん。やはり興味はなかった。よし、見捨てよう。
俺は後ろを向いて視線を逸らした。見つからないように。
だが。
「エレミア、助けてくれ!」
時すでに遅し。すでに見つかっていたようだ。
オウジンだ。どうやら女子の中心にはオウジンがいたらしい。しかも顔面が茹でたエビくらい真っ赤に染まってしまっている。
高等部、中等部、初等部の女子どもに揉みくちゃにされながらこちらに向かってくるオウジンが見えた瞬間、俺は目玉焼きを咥えた状態で己のトレイを持って早足で逃げた。
「おい、ちょっと! 待って! 待ってくれ、エレミア! 僕だよ!」
わかってる。わかってるから、その煩わしそうな集団をこっちに連れてくるなと言いたい。だが咥えた目玉焼きが落ちてしまってはもったいない。
「きゃあああっ、エルちゃんもいるー!」
エルちゃん。
この俺ともあろう者が、剣聖や戦姫に比べ、何と情けない渾名か。
「見て見てっ、ほんとに女の子みたぁ~いっ」
「おねーさんたちと遊ぼっ。放課後空いてる?」
「あ~ん、してあげよっか!」
勘弁してくれ。
俺は手を使わずに犬のように頭を振って目玉焼きを口内に収め、逃げながら振り返って叫んだ。
「オウジン、恨むぞ」
「そんなこと言わないで助けてくれ! 僕は修行中の身だから、女の子には慣れてないんだっ!」
「剣士が恥ずかしいことを抜かすな! 男ならそれくらい自分でなんとかしろ!」
なんだ、その捨てられた子犬のような顔は。そんなだからおまえはモテるんだ。かわいいな、貴様。
だめだ。走ればトレイのスープがこぼれる。
俺は早足で逃げ回る。あいつは無数の手に服を引かれながら追ってくる。
「キミだって剣士だろ! そんなこと言わないで頼むよ!」
「阿呆! そんなもの俺にどうしろと言うのだ!?」
まさか押しつけるだけ押しつけて、ひとりで逃げる気ではあるまいな!?
ああ、ああ。
散々食堂を逃げ回ったあげく、俺たちはついに角に追い詰められた。総勢十五名ほどの女子にだ。
「ねえねえ、ふたり揃ったらめっちゃ可愛くない!?」
「オウジンくんとエルちゃん、尊い……」
「食べさせてあげるっ。お口あ~けてっ」
こちらからぶった斬ってやれない分、ゴブリンの群よりも遙かにたちが悪い。
おそらく崩落事故の一件が原因だ。クラスの誰かがあの事故のことを、あることないこと吹聴して回ったのだろう。一組三班が身を挺して迎え撃ったと。
「ねえねえ、エルちゃんって小さいのにめっちゃ強いんでしょっ!? 十歳なのに新種の魔物を相手にひとりで大立ち回りしたんだって!」
「オウジンくんも、みんなを守るためにすんごくかっこよかったって! ねえ、くーしん一刀流のお話、聞かせてよ!」
「お姉さんたち、お話聞きたいなぁ~」
俺がブライズだったら、小娘どもなんぞ何百人いようが適当に掻き分けてさっさと立ち去るのも簡単だ。だがこの十歳の小さな肉体ではどうにもならない。
もはや質問だか雑談だかすら聞き取れん会話が頭の上で勝手に交差している。オウジンも目を回しているようだ。というか顔面があり得ないくらい赤い。茹でエビどころか塗り潰したみたいになっている。
おまえそれ大丈夫なのか、血圧。
そのときだ。女子の集団の後ろから、彼女らを水でも掻き分けるように平然とヴォイドが入ってきた。
「おう、んな端っこで何やってんだ、おめーら?」
開口一番、俺とオウジンが同時に叫んだ。
「助けてくれ、ヴォイド!」
「助けてくれ、ヴォイド!」
「あ~?」
ヴォイドが気怠そうな瞳で、頭ふたつ分ほど低い女子の集団を冷たい視線で見下ろす。
俺はおまえのその高身長が妬ましい。
だが逆にヴォイドを見上げる無数の視線は熱い。
「ちょーかっこいい……」
「悪人なのに、みんなのために身体張って戦ったらしいよ」
悪人ってなんだ。言ってもせめて不良だろう。あとそいつは悪そうに見えるだけで、俺などよりよほどデキた善人だぞ。
「ヴォイド様、正騎士並みにすごかったんだって!」
ヴォイド……「様」!? こいつだけ、「様」!?
オウジンですら「くん」なのに、俺だけ「ちゃん」?
「あぁ、あの、つ、付き合ってください」
「あ~?」
まずい、ヴォイドも呑まれる。そう思った。
かくなる上はヴォイドとオウジンを犠牲にして、俺だけここから脱出――。
「うぜえ、散れ」
――!?
俺とオウジン、そして女子たちが絶句する。
「さっきからギャアギャアギャアギャア。てめえら、うるさくて何も聞き取れねんだよ」
だが、それでも。めげない女子がいて。
「あの、ヴォイド様。もし彼女さんとかいなかったら、わ、わ、わたしにお弁当を作らせてくれませんか」
その言葉を彼女が言い終える前に、ヴォイドは耳をかっぽじりながら面倒臭そうに返した。
「あ~? 悪いな。おめえらみてえな乳臭え小娘にはこれっぽっちも興味がねえんだ。そうだなァ、十年ほど経ってから出直してくれや」
――!?
俺は息を呑んだ。
カ、カ、カッコイイ。お、お、俺がブライズだった頃でも言えないぞ、そんな台詞は。
しかしそんなふうに切り捨てては、言われた方の女子が泣いてしまうのではないか。そのようなことになったら、三班男子はもはやこの学校にはいられないぞ。
と、思ったのだが。
「……はぁん……」
彼女は真っ赤に染まった頬を両手で挟んで、くねくねしていた。傍目には喜んでいるように見える。
なぜだ……。
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