第44話 バケモノの正体
ダンジョンの崩落という事故に遭った俺たち一組には、二日間の授業の免除が言い渡された。
事故の日の翌朝、正午を回ってから目覚めた俺が、疲労の抜け切らぬ中、リリの部屋から抜け出して食堂までいくと、片隅のテーブルに三班が揃って座っていた。
他に生徒らはいない。誰もだ。午後の授業中なのだろう。
俺に気づいたヴォイドが手を挙げる。
「よお、エレミア」
俺は軽く手を挙げてから、カウンターでAランチセットを頼んで受け取り、やつらの集う席に向かった。
ミクが他のテーブルから自分の隣に椅子を一つ持ってきて並べ、手招きをしている。
「ここ、ここ」
ちなみにヴォイドとオウジンが横並びだ。三人とも、すでに昼食は終えたらしい。空の食器はトレイごと片付けられていて、コーヒー、紅茶、あとはなんだ――古い溜め池のような緑色をした汁の入ったカップが並べられている。
ヴォイドがコーヒー、ミクが紅茶、オウジンが溜め池汁だ。腹を壊さなければいいのだが。
無視をするのもアレなので、俺はおとなしくミクの隣の席に腰を下ろした。
「ハァ~イ、エルたんっ」
「おう」
「おまえ、もう身体はいいのか?」
ヴォイドの問いに、俺はフォークでサラダを突きながら返す。
「元々大したケガはしていない。派手に吹っ飛ばされたが、オウジンの真似をして自ら吹っ飛ぶ方向に力を逃がした」
「え~? 眼球破裂してたじゃん? 右目、もう見えてる?」
「ああ、そうだったな。もう見えてるぞ。ちゃんとな」
俺はヴォイドを指さす。
「野犬だろ?」
ミクを指さす。
「こっちが野良猫」
オウジンを指さす。
「で、溜め池の汁をうまそうに飲む生物」
三人がほぼ同時にヤイヤイ俺に言い始めた。
俺は笑って「冗談だ」と返す。
肉の上にサラダをのせて、フォークでくるくると巻く。ここの食事はまだ数回しか食べてはいないが、まあまあうまい。だがこの肉体をブライズ級にまで戻すことを考えるなら、一食あたりの量は不足しているように思える。先は長い。
オウジンが溜め池――抹茶とかいう汁を啜ってつぶやく。
「そうか、僕の真似をして自ら飛び退いたのか。あれは空振一刀流の受け流しを、刀身ではなく身体で使う基本技だ。僕のように肉体に恵まれなかった小柄な剣士に使い手が多い」
確かに、俺がいまもブライズだったなら、流しもしなかった。力尽くで受け止め、さらに押し返していただろう。だが、さすがにエレミアの肉体では望むべくもない。
「だろうな」
「本来ならそんなぶっつけ本番で真似のできることじゃないんだけど、エレミアが言うならそうなんだろうな。岩斬りでバケモノの腕を飛ばしたんだろ。オルンカイムさんから聞いたよ」
「あれはヴォイドがやつの動きを止めてくれたから成功しただけだ。おまえの言う通り、動く標的にはできる気がしない。いまはまだな」
オウジンが岩斬りを繰り出す寸前に、わずかな溜めを必要としていた理由が、いまならわかる。敵の見極めと己の集中だ。こいつの流派には、あの技を溜めなしで放ってくるやつがいるのだろうか。だとしたら、中途半端な剣では刃ごと斬られてしまいそうだ。
「それでも大したものだと思うよ」
おっと。ずいぶんと買われているようだ。他流の剣士に褒められると素直に嬉しくなる。こいつは、この国の騎士どもとは大違いだ。
俺は肉のサラダ巻きを咀嚼し、飲み込んだ。
「ああ。おかげで疲労はあるがピンピンしている。おまえこそ平気なのか? リビングデッドのような顔色をしていたぞ」
オウジンが苦笑いを浮かべた。
「僕は保健教官に夜通し治療魔術をかけてもらったからね。この通り食事も摂れた。隣のベッドにはイルガがいたよ。あちらはもう少しかかりそうだったな」
「そうか。命に別状がないのならそれでいい。――それで、何かわかったか?」
ヴォイドとオウジンの視線が、ミクへと向けられる。
「うん。あのバケモノ、ホムンクルスっていうんだって」
「ホム……?」
パンを口に入れかけていた手を止めてしまった。
聞いたことのない魔物名だ。
「ホムンクルス。人造人間」
「……人間? 人造?」
紅茶を一口啜ってから、ミクがさも当然のように言った。
「お母さんの胎内じゃなくって、フラスコの中で産まれた人間だよ」
「馬鹿を言え。そのような奇天烈があるものか」
「あるらしいよぉ。この国にはまだなくたって、エギル共和国には、もう、ね」
両手を後頭部に回して背もたれに身体を預けていたヴォイドが、ニヤけながら尋ねる。
「そいつぁどこの情報だぁ?」
「何? ガセネタだって言いたいの?」
互いに顔は穏やかだが、ぶつかる視線に剣呑さを感じる。
「ここで因縁をつけるのはやめろ、ヴォイド。飯がまずくなる。ミクの父マルド・オルンカイム閣下は辺境伯だ。共和国との国境線上にある街を統治している。ミクが最前線の状況を中央の俺たちよりもよく知っていても不思議ではないだろう」
「ご名答。だから軍と繋がりを持つ教官たちも、薄々は気づいてたかもねー。リリたんなんて特に」
リリのやつめ。そういうことはちゃんと俺に報告しろ。
いや、無理か。俺はいま十歳で、一介の生徒に過ぎないのだった。
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