第37話 なんかちょっとカッコイイよ
ミクが振り返って声を張った。
「きてる!」
「やつか!?」
ヴォイドが問い返すと、珍しく苛立たしげにミクが怒鳴り返した。
「他にいる!?」
「クソが! おいてめえら、瓦礫をどけろ! 下層に逃げんぞ! 二班男子、イルガの担架を担げ! 時間は俺らが稼ぐ!」
どよめきが広がる。
当然だ。苦労と危険を超えて、ようやく地上に近づいたというのに逆戻りせねばならないというのは、心理的にも大きく疲弊する。
だが――。
セネカが叫んだ。
「瓦礫をどける必要はない! 指示はわたしが出すわ!」
「ああ!? てめ、正気か!? あれと正面からやり合ったら――」
どれだけの死傷者が出るか想像もつかない。おそらく大半がわずかにうちに重傷を負い、彼らを犠牲にすることで少数の無傷の者だけが逃げることになる。
そう言いかけたのだろう。かろうじて口をつぐんだようだが、俺も同感だ。
「わかってるから! いまは指揮を二分させないで!」
セネカが下層へと続く階段の向こう側を指さした。
「四班が瓦礫に埋もれた別の通路を発見した。そちらに逃げる。確認だけど、三班の探索した通路に上層への階段はなかったのよね?」
「ああ。そいつぁ確かだ。散々走り回ったからな」
ヴォイドの言葉にセネカがうなずく。
「――オルンカイムさん、接敵までどれくらいある?」
「……わかんない。あいつがその気になったらすぐに詰められる距離。でも、なんか歩いてきてるから……散歩でもするみたいに……」
俺はつぶやく。
「……遊んでいるな……」
舐めている。俺たちを。狩りを楽しんでいるつもりか。
それならそれでいい。いや、その方がいい。戦うにせよ逃げるにせよ、その隙を突くことができるかもしれない。
セネカが青ざめた顔で指示を開始する。
「一班・四班を先頭に階段向こうの通路に逃れる! もし他の魔物が現れた際には両班で撃退を! 続いて二班男子、負傷者のイルガくんを担いで残りは治療者フィクスくんの護衛! 五班は隊列後方までの周辺警戒を! 全員すぐに動いて!」
集まった生徒らがうなずき、逃走準備を開始する。といっても、立てかけてあるそれぞれの武器を装着するくらいだ。
セネカが眉間に皺を寄せ、言いづらそうな表情で俺たちに向き直った。
「――三班、ごめん。かなり危険だけどお願いできる? わたしも残るから」
「殿なら、最初からそのつもりだ」
オウジンの言葉に、セネカがうなずいた。
やつが追いついてきた場合には、俺たちが時間を稼ぐ。どうにもならない状況に陥れば、真っ先にクラスから切り離され犠牲となる。強者に追われている状況では、最も割に合わない役割だ。
が。
ヴォイドが歪んだ笑みを浮かべる。ブンディ・ダガーを装着して、首を左右に倒しながらだ。
「どうせ他にできそうなやつぁ、いねーだろうがよ」
グラディウスを抜いて、俺がヴォイドの言葉を継ぐ。
「おまえも逃げろ。セネカ。青白い顔で足を震わせているやつなど、戦闘においては足手まといにしかならん」
「そ、そういうわけにはいかないわ。これはわたしの指示なんだから、三班のみんなと残って――」
内心、少し驚きながら、俺はセネカに言ってやった。
ゆっくりとだ。余裕ぶって、笑みを浮かべて、ゆっくりと言う。
「頭を冷やせ。俺が見たところ、まともに指揮を執れそうなのはおまえと、こっちのオウジンくらいのものだ。この先、そういうやつがいなくなると全滅もあり得るぞ」
残りわずか一層なんだ。
この四層を乗り切れば、安全域まで逃げ延びることができる。
「……それは……でも、あなたたちにだけ命をかけさせるわけには……」
「臆病、無責任、大いに結構。指揮を執るものはそれでいい。騎士ってやつは、それがわかっていない。騎士道糞喰らえだ」
騎士学校で言うことではないが、勇敢で責任感の強いやつほど戦場では早死にする。
セネカが俺を見て目を丸くする。
「それ、剣聖ブライズ様の言葉……よね」
近い。俺にも気配がつかめるようになっている。
ヴォイドとオウジンが同時に視線を闇へと向けた。
「ああ。知っているなら、これも知っているだろう。やつは騎士じゃなかった。平民出身で、獣で、剣士で、戦士ではあったが、最後までキルプス王の叙爵する騎士爵を受け容れることはなかった」
当時若かったキルプスは、俺に何度も叙爵を迫ったが、俺は意地になって固辞してやった。だから騎士団に身を置きながらも、ブライズの位は正式にはただの傭兵だった。
もっとも、それこそが“剣聖”という新たなる称号が生み出された理由でもある。
貴族ではないが貴族・王族に意見する権利を持ち、団下に在りながら命に従わぬことを赦され、自らの意思で戦場を駆けることのできる唯一の称号だ。
ゆえに“剣聖”は貴族どもの爵位のような、ただの飾りではない。こと戦場にあっては、王命にすら逆らう権利を持つ。
「その理由ってのはな、騎士道精神糞ッ喰らえ、だったからだ。だから剣聖になるまで生き延びられた。ま、多少は他者より優れた剣才もあったろうがな」
笑って見せると、釣られたようにセネカも微かに口角を上げた。
「そう、ね」
「わかったらさっさと行け。時間がない」
すでにクラスメイトたちは、新たに発見された通路へと移動を開始している。拠点に残っているのはもう俺たちだけだ。
ミクが通路入り口から逃げるようにこちらへと駆けてきた。
「きたよ! 目視で確認した! やっぱあいつだったよぉ! どうしようぅ~……」
セネカがうなずく。
「わかったわ。不思議。エレミアって、十歳なのになんかわたしより大人みたい。なんかちょっとカッコイイよ、あんた」
「……お、おう」
素直に褒められるのが久しぶり過ぎて、正直ちょっと照れる。こんな小娘より遙かに年上のおっさんなのに。
一度制服の背中を見せてから、セネカが勢いよく振り返った。短い一つ結びと横髪の揺れが収まるより早く、彼女は言う。
「じゃあ最後の指示よ。三班全員、限界までクラスからの離脱は許さないから。だからあのバケモノを牽制しながら、死に物狂いでついてきて。いいわね?」
「そのつもりだ。だから早く行け。追いつかれてしまう」
セネカが瓦礫に埋もれた下層への階段を飛び越えて、その向こう側にある通路へと走り込んでいった。
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