最終話 卒業
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俺がプロクスを討った日から、一年が経過していた。
戦争は、いまも続いている。
プロクスという大きな柱を喪った共和国軍だったが、そのことでやつらが退くことはなく、むしろ仇とばかりに要塞都市ガライアをこれまで以上の勢いで攻め続けた。
プロクスが共和国騎士たちを仲間とし、愛していたのと同じく、仲間の騎士らもまたプロクスを想っていたことに、あいつは気づいていただろうか。
戦場では時折強化個体らしきホムンクルスが現れ、王国軍に多大なる損害を与えはするものの、プロクスを超える個体には未だ遭遇していない。
程なくしてカーツ・アランカルドは戦場からその行方を眩ませた。
ほとんど同時期に、ガライア街道手前の宿場町で宿酒場を営んでいた親子が姿を消したという話を聞いた。
あの馬鹿弟子は、これからきっと大きな後悔と罪を背負って、どこかで生きていくのだろう。その目に映る景色に、アーシャの鮮やかな色は見えたのだろうか。
俺は己の知る限りのカーツに関する一部始終をすべて手紙に記し、ガリア北方マルディウス砦を防衛するレエラ・アランカルドへとしたためた。……返事はなかった。
マルド・オルンカイムはさすがに一戦を退いた。
だが戦場から離れたわけではない。ガライア領主として砦の指揮を努めることだけは、いまも続けている。もっとも、やつが毎度のように発する無茶な命令にこたえられるのは、戦線に復帰した俺とリリ、そしてヴォイドとオウジンだけの、名もなき遊撃小隊くらいのものなのだが。
ああ~……。
俺とリリがあの日以降、どうなったかというとだ。
リリは人の目など一切気にすることなく、まるで当然のように己の荷物をすべて担ぎ、マルドが俺のためにあてがった病室に住み着いてしまった。
それもだ。限界まで堰き止めていたダムが決壊したかの如く、学生時代にはまだあった遠慮というものを失って、やたらとベタベタと馴れ馴れしくだ。
そうしてともに眠る時分になると、毛布の中で決まって半眼となり、こう言うのだ。
「…………もう他に秘密はないのでしょうね、ブライズ……?」
その目とその口調、勘弁してほしい。
ガキの尻に敷かれていた前世を思い出してしまう。
実のところ、そのような生活が長く続いたいまも、俺には未だに伝えられてはいないことがある。俺がエレミア・ノイではなく、ガリアの第三王子エレミー・オウルディンガムであることだ。
まるで設置型の罠であるかのように、かろうじて踏まれぬまま、この秘密だけが生き残っている。
……いまさらどう言えというのだ!?
ヴォイドやオウジンに相談しても、面倒臭そうな顔で「さらっと言って流しちまえ」くらいのアドバイスしかくれない。それも半笑いでだ。
あいつら、他人事だと思って。
そして今日――。
いま俺たちは危険な戦場から一時的に離脱し、学園都市レアンに戻っている。
待ちに待った約束の日。王立レアン騎士学校の卒業式のためにだ。
イルガがいる。セネカがいる。ベルナルドもフィクスもレティスもいる。モニカはオウジンの隣にくっついて離れず、ヴォイドがそれをニヤつきながら眺めている。
なぜか父兄席にフリフリドレスの若すぎる女がいると思ったら、アテュラだ。
そんなところで何してんだ、おまえ。浮いてるぞ。俺に手を振るな、おまえはオカンか。見ろ、本物の母上が関係性を訝しんでおまえを見ているではないか。
そのすぐ側には目が見えないはずの〝諜報将校〟フアネーレことミリオラ・スケイルがいて、ヴォイドの名を騒がしく呼びながら、元気に手を振っていた。
「あのバカ、マジで勘弁しろや……」
ヴォイドが赤面した顔を隠すように手で覆い、声を震わせながらうつむいた。
その珍しい光景に、一組の全員が笑った。
みんな、王立レアン騎士学校のグラウンドに立っている。全員がきっちり整列し、前方で祝辞を述べているキルプスに視線を向けている。
謎の理事長としてではなく、あくまでも国王として、未来の騎士たちへ、だ。
もちろんキルプスの後方には、近衛騎士隊長のアルムホルトも控えている。
だが出番はないだろう。
いまだけは、戦時中にあっても国王の身に危険はない。なぜならここには学生や教官の他に、レアンに関係する凄腕の騎士たちが、卒業したばかりの学生らを勧誘するために手ぐすねを引いて集まっているのだから。
ホムンクルスの一体や二体が現れようが、何もできぬまま一瞬で斬って捨てられるだろう。
もはやそこらの凄腕騎士と比較してさえ劣らんだけの力をつけた、俺たち一組もいるしな。
レエラはエストックの鞘尻を地面につき、柄に両手をのせて堂々と立つ。
カーツのことは吹っ切れただろうか。凜々しく、そして空のように清々しい表情だ。安心した。
その隣には当然のように、厳格な顔でガードナーがいる。
もうやつ自身も最前線で指揮を執る小隊長だというのに、レエラの前では変わらずだな。
背後にはフィルポッツの姿も見える。
……まあ、なんだ、頑張れよ。万年平騎士。そして強くなれ、死ぬな。
おい、うちのリリに色目を使うな、ローレンス!
いい加減ぶっ殺すぞ貴様! てっきり戦死しているだろうと思っていたのに存外しぶとい!
俺の視線に気づいたサビちゃんが、片目を閉じて微笑む。
今日も化粧ののりが絶好調だな。サビーナ隊の活躍はガライアまで届いているぞ。
やがて、壇上のキルプスによって、ひとりひとり生徒の名が呼ばれていく。
卒業証書の授与だ。
ヴォイドがぼそりとつぶやいた。
「……やっぱ来やがらねえかよ」
「彼女も国王を救った英雄なのにね」
オウジンがそう言うと、ヴォイドはつまらなそうに吐き捨てた。
「ヘッ、野良猫の間違いだろ」
「まったく、キミは素直じゃないな」
順番に名が呼ばれていく。
特待生のヴォイドが呼ばれ、大きな拍手と黄色い歓声が巻き起こった。
優れた学生としてよりも、もう戦場での活躍が王国内に轟いているからな。
ヴォイドよりもミリオラの方が嬉しそうだ。大はしゃぎをしている。
留学生のオウジンが呼ばれ、やはり大きな拍手と黄色い歓声が巻き起こった。
こちらも同じくだ。俺たちは通称〝戦姫〟小隊だから。
……その歓声にモニカがむくれていることに気づいているのだろうか。
そうして、一組の俺を除く全員が呼ばれた。イルガの涙と鼻水に塗れた顔には、一組のみんなが指さして笑った。その笑っているやつらも、大半は泣いてたけどな。
冷静なセネカとベルナルドだけが、父兄のように目を細めて拍手をしていた。
俺の名が最後なのは、おそらく特例枠の補欠合格者だからだろう。
入学試験のあの日、やらかしてしまった俺を夜にリリが迎えに来てくれていなければ、この人生はなかった。
――すべてに感謝だ!
そうして、俺の番が来る。
キルプスがほんの一瞬、俺に視線を向けた。それからばつが悪そうに会釈をする。
「……?」
意味がわからん。さっさと名を呼べ。まったく。
魔導拡声装置に口を近づけ、キルプスが口を開く。
――エレミア、ノイ。前へ。
「おう」
俺は証書を受け取るべく、壇上に上がってキルプスの正面に立った。
軍用に設けられた席はもちろんのこと、教官席、父兄席からもどよめきが聞こえる。
エレミア・ノイと言えば、この戦争で共和国の英雄だったプロクスを討ち、ガライアの陥落を防いだ戦姫小隊の若獅子――と噂されている。人々の勝手なイメージだけが先行してな。
その俺が、実は未だ身長に伸び悩むチビッコだと知れば、然もありなんな反応だ。だが俺はもう嘆かない。ブライズの魂を再び世に顕現させてくれたこの肉体には、もはや感謝しかない。
だから俺はこの肉体で生きる。これから先ずっとだ。もう過去を羨んだりはしない。
キルプスが苦笑した。
「なんだその返事は。だが、よくあのプロクスを討ってくれたな。おまえはガリアの新たなる英雄なのだぞ。もっと自覚を持て」
「やめろ、おまえまで。仰々しいぞ。さっさと読んでくれ。このように注視されては尻がムズムズする」
「まったく……。本当に似ている。まあいい。わかった。だが、ひとつだけ言わせてくれ。エレミー、私はおまえを誇りに思う。我が友と同じくらいにな」
褒めすぎだろ。何なんだ。調子が狂うな。
だったらせめて小遣いを増やしてくれ。戦場でいくら稼いでも、ヴォイドの野郎に吸われるんだ。まあ、それでスラムの民が救われるならと思わんこともないが。
エホン、とキルプスが咳払いをする。
それだけで周囲のどよめきが遠のいた。
「それと、最初に謝っておくぞ。すまない」
「んぁ? 何の話だ?」
拡声装置に口を近づけ、キルプスがガキのように笑う。
そしておよそ国王にはあるまじき楽しげな声で、こう叫びやがった。
――エレミー・オウルディンガム! 上の者、本校で定めた課程をすべて卒業したことを、ここに示すものとする! 卒業おめでとうッ!
……。
……。
……。
誰もがあんぐりと口を開ける。あるいは呆然と立ち尽くす。
拍手はない。どよめきさえ聞こえない。
時の止まった世界に置き去りにされたかのような気分になった俺は、けれど次の瞬間には凄まじい怒気を感じて、ぐるんと首を回していた。
「――っ」
わあ、リリだぁ……。
リリがすごい形相で俺を睨んでるぅ……。
泣きたい……。
次の瞬間、一年前から俺の正体を知っていた一組の全員だけが、盛大な拍手とともに大きな歓声を上げた。
ベルナルドが指笛を吹き鳴らし、セネカが叫ぶ。
「エレミー殿下、おめでとう! この先もわたしたちを見ていてね!」
「たとえ王族でもキミは一組の仲間だからなーっ!」
まだ泣いているイルガがそう叫んだ。
「戦争が終わったら、また冒険しようよ! 魔術を磨いとくからさ!」
あの気弱なフィクスが、初めて大声を出した。
「卒業しても遊ぼうな!」
レティスが頭上で両手をぶんぶん振っている。
「ありがとう、エレミア。あなたのおかげ」
モニカがオウジンの腕に両腕を搦めてそう言った。
オウジンは真っ赤な顔で白目を剥いているが、それ大丈夫か?
「うむ、ヨシ!」
最後にベルナルドが強くうなずく。
みんなが俺を祝ってくれている。ヴォイドやオウジンでさえも、手を叩いて。
……ケツがむず痒い。
……あと首筋がゾワゾワする。
リリだけがすっっっごい形相だったから。
いまになってようやく理解した。
ガライアへと旅立つ前に、キルプスは俺にこう言っていた。
エレミア・ノイとしてではなく、エレミー・オウルディンガムとしてガライアへ行け、と。
最初からこの国の第三王子を、新たな英雄に祭り上げる気だったということだ。これ以上の政治的喧伝はないだろう。
やられたな、まったく。前世だけではなく今世まで利用しやがって。
王制を嫌い貴族を嫌う。そのような思想を持ちながらも、結局のところキルプス以上に国王をうまくやれるやつはいないだろう。ガリアは当分、安泰だ。
卒業証書の授与が終わり、軍関係者の卒業生勧誘が始まった。
一組はもうほとんど外征騎士団に行き先を決めてしまっているから平和なものだが、リリとともに傭兵団を組むつもりだった俺やヴォイド、オウジンはすっかり取り囲まれてしまった。
いまや俺は国の英雄で、ヴォイドやオウジンはその仲間だ。有望な戦力を逃すまいと、むさ苦しいやつらに揉みくちゃにされる。
だから俺は小さな身体を存分に利用し、騎士たちの足下から抜けて逃走した。例によってオウジンの怨嗟の声を背中で聞きながら。
校舎を迂回しながら校庭までやってきた。もう追ってくる騎士はいない。
すっかりと青葉をつけた木々の下、横長のベンチに座って一息つく。
誰もいない。視界には。
だから、声に出す。
「いいのか?」
さわさわと、春の穏やかな風が青葉を揺らしている。
返事はない。気配もだ。
「そうか」
ベンチから立ち上がり、俺は空へと向け、筒に入った卒業証書を投げ上げる。それは青葉をつけた枝に引っかかり、落ちては来なかった。
「やるよ。おまえの分だ」
そのとき、遠くから俺を呼ぶ声がした。捜しに来たのだろう。リリが手を振りながら、こちらへと歩いてきている。
数枚の青葉が散って俺の足下に舞い落ちてきた。
視線を上げたときにはもう、枝に引っかかっていた卒業証書は、筒ごと消えてなくなっていた。
……きっともう、そこにはいないのだろう。俺にはあいつの気配は掴めないけれど。
だからつぶやく。たとえもう聞いていなくとも。大切な友人へ。
「……元気でな」
季節的に少し暑くなってしまった白コートのポッケに手を入れて、俺はベンチに背を向けた。
リリがやってくる。まだむくれた顔をしている。
さ~て、どのような言い訳をしようか。
そんなことを考えながら、俺は愛する弟子の方へと歩き出した。
完結までのお付き合い、本当にありがとうございました。
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