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第350話 追う者




 第三大隊が形成した防衛ラインを内側から掻き分け、俺はアジフを駆って敵陣へと飛び出した。敵も味方もこちらを見て一瞬呆け、戦いの手を止める。

 鎧でも軍服でもない、さらには子供ときたもんだ。戸惑うのも無理はない。

 だが使えるものは何でも使わせてもらう。


「行け、アジフ」


 その隙を縫うように俺はアジフを走らせた。

 武器は抜かない。ショートソードでは馬上からの攻撃などほとんど届かない。それに共和国軍騎士たちが作り出した流れに逆らって武器を抜いて走れば、やつらの目には俺が敵に映るだろう。


「なんだっ!?」

「おい、おまえ!」

「すまない、ちょっと通してくれ」


 だからあえて堂々と胸を張り、戦場を端へと向けて横切っていく。

 焦らずに、アジフを小走りにさせて。


「子供?」

「悪い、通してくれ!」


 騎士どもの戸惑いに対し、さも味方であるかのように愛想笑いを浮かべて進んだ。

 しかしこうもうまくいくとは。騎士学校の学生服ではなく母上のコートを羽織っていることで、所属不明を簡単に演じられる。

 少々情けない手段ではあるが、これならばうまく抜けられそうだ。


「そこを通してくれ」

「え、ああ。……誰?」

「知らん! それより手を休めるな! やつらの陣地に打ち続けろ!」


 本音を言えば王国軍の防陣へと矢や魔術を放つ敵兵を斬りながら進みたいところだが、エレミーの肉体では不可能だ。


「急いでいるんだ、通してくれ」

「伝令か? 前線から来たのか?」

「そうだ」


 戦場といっても、すべての面が乱戦になるわけではない。互いの陣地がぶつかり合う緩衝地帯こそが乱戦となる。そこを越えてしまえば、周囲には敵しかいない。だからこそ、敵も気が緩んでいる。

 ましてや対竜石弩(バリスタ)の射線が通らない位置であるならばなおさらのこと。前世の経験が役立つ。

 ……まあ、ブライズならば普通に斬り込んで薙ぎ払うのだが。

 前方にいる騎士たちが、あくび混じりに会話をしている。


「出番ねーなぁ。手柄ほしいのに」

「バカ、最前線のやつらより遥かにマシだろ。相手はあのガライアの国境騎士団だ。俺は生きて家族の顔をもう一度見られるなら、これで満足だよ。殺すのも殺されるのも本当はご免だ」

「それもそうだな。……ん? 子供? なんで戦場に子供が?」


 呆れたものだが、それが前線に立つ騎士たちの本音だろう。王国軍だってみんなそのために戦っているのだから。

 なのに――。

 一国の指導者たったひとりの存在で、世界はいとも簡単に歪み狂ってしまうんだ。


「すまない、通してくれ」

「ああ……」


 だからひと言だけ、俺は余計な言葉を言ってしまった。


「もう一度、家族に会えるといいな」

「ああ。うん。……聞かれていたか。えっと、上官殿には内緒にしてくれよ。それと、キミも気をつけるんだ。その若さで家族を泣かせるんじゃないぞ」

「……ああ、もう二度と同じ轍は踏まん」


 前世とな。

 不思議そうに首を傾げる騎士たちを置き去りにして、心の中でそう付け加えた。

 もうこれ以上、リリを泣かせるつもりはない。


 後方から時折着弾する王国軍の魔術にだけ気を払いながら、アジフを決して急がせず、散歩でもするかのように脚を弛めながら走らせる。

 端はもうすぐだ。ここから見れば断崖のようにしか見えないが、ガライア高原の端はかろうじて馬で駆けられる程度の獣道が斜面にある。昔は一派の少数精鋭で、その地形をよく利用したものだ。

 崖のような斜面を利用して敵本陣を避け、側方や背後に回り込んで遊撃するんだ。敵に気づかれたところで林の斜面に戻り、振り切ってから再び横撃する。


 おそらくリリとヴォイドもそれを踏襲しているはず。ブライズの仇を討ったときのように、さすがに正面切って斬り込むような真似はしていないと思いたい。ヴォイドはそうさせないための歯止めでもある。

 斜面の林までもう少しだ。あそこまで辿り着ければ、一気に歩を進めることができる。


「――っ!」


 というのに……!

 そいつは一切の迷いを見せることなく走り寄ってきて、馬上の俺へと目がけて跳躍した。一瞬気づくのに遅れていたら、俺はすでに拳に貫かれていただろう。


「アジフ!」


 腹を蹴って速度を上げさせる。遅れて地面を抉るように、魔術光で輝く拳が大地へと突き刺さった。赤目。セフェク型のホムンクルスだ。

 一体ではない。共和国軍の騎士らの集団から、俺を狙って次々と飛び出してくる。

 ホムンクルスの小隊!? なぜバレた!?


 ――キヒヒヒヒ……!


 ショートソードを抜いた。

 側方から飛びかかってきたホムンクルスの拳を打ち下ろして軌道を逸らせ、地面に突き立てる。足下の大地を抉られたアジフが、大きく揺らいだ。


「ぐ……っ」


 転倒が脳裏を掠めたが、さすがは辺境の馬。アジフは粘り強く持ち直し、再び斜面へと駆ける。


「いいぞアジフ! 行け行け行け行け!」


 おまえが頼りだ。俺の足ではホムンクルスを引き離すことなど到底できん。

 しかしこうなってしまっては人間の騎士たちも追ってくるだろう。ふとショートソードの柄尻を見て気づいた。王国紋が彫られている。

 おそらくこれだ。ホムンクルスの視力は人間の比ではない。暗闇でも完全に見えているし、動体視力も比較にならない。


「糞! 武器不足の懸念が徒になったか……!」


 ホムンクルスの数は目視で七体。駆けるアジフと併走している。

 さすがに全力を出せば馬の方が速いとは思うが、敵陣から飛来する弓や魔術を躱しながら蛇行させているせいで、追いつかれてしまった。


 ――キヒィ!

「この――ッ!!」


 ショートソードで爪の攻撃を弾き、身を倒してアジフの進む方角をこまめに調整する。

 まずい、まずい、まずい、まずい――!

 回り込まれてしまった。アジフが前脚を上げて急停止し、俺は馬首にしがみつく。後方からは騎士たちが川の流れとなって迫ってきている。

 あれに呑まれたら終わりだ。逃げようがない。

 だがこのホムンクルスの数は、処理をするには多すぎる。ましてやアジフの上からでは、ショートソードは届かない。それは刀を抜いても不利だ。


 馬を下りるか? だめだ! 致命的すぎる!


「はははっ、死ね」


 ケメト型が掌から魔術の炎を放った。

 俺が命じるよりも先に、アジフは自らの身を倒すように傾けながら側方へと跳んだ――直後に地面が爆ぜ、周囲が溶岩のように溶解する。


「ぐ……っ」


 よく避けたと褒めてやりたいところだが、いまので完全に取り囲まれてしまった。

 かくなる上は、もはやアジフから下りて戦うしかない。

 ショートソードでセフェク型の攻撃を逸らし、俺は膝を伸ばして鐙から飛び降り――かけて、大きな影に呑まれた。

 反射的に見上げた空は黒く、眼前には馬の腹が映っていた。


「な――っ!?」


 そいつは黒馬を駆って、俺の正面を塞ぐホムンクルスの口内へと、有無を言わさぬ速さで槍を突き立てながら叫んだ。


「続け、エレミア!」


 その後ろ姿には見覚えがあった。

 だが、ひとまわり大きくなっている。この国における小柄の域は脱せずともだ。


「オウジン……だよな?」

「呆けてる場合か! 走れ!」


 おまけに制服ではなく、珍妙なひらひらしたスカートのようなものを履いていて。

 俺は思った。きっと故郷に帰り気が緩んで、性癖が歪んだのだと。


「はぁぁ――ッ!」


 オウジンは黒馬を制御しながら片腕でホムンクルスを貫いたままの槍を持ち上げ、力任せに側方から飛びかかってきたケメト型へと叩きつける。

 ゴッ、と硬質の音が鳴り響き、二体のホムンクルスが槍ごと大地に転がった。


 あいつ、なんて剛力だ! めちゃくちゃに成長してやがる!


 オウジンは間髪容れずに刀を抜いて、包囲網に空けた穴から黒馬を駆って飛び出す。俺も慌ててやつの空けたへとアジフの鼻先をねじ込んだ。

 ここから先は斜面まで敵影がない。

 アジフの腹を蹴って最速で走らせ、オウジンの駆る大きな黒馬に並べた。二頭の馬は追ってくるホムンクルスを徐々に引き離していく。

 俺は安堵の息を吐いて、あらためてオウジンに視線を向けた。


「おい、オウジン。まだ一年だぞ。ちゃんと達したのだろうな?」


 むろん、実の父である〝剣鬼〟との因縁だ。


「うん。……いや、どうかな。正直、少しばかり消化不良だ」


 二頭の馬がならんで斜面を下りていく。木々の隙間を縫って走り、後方からの敵を完全に振り切ったあたりで鼻先を戦場と平行にして。


「歯切れの悪い。どういう意味だ?」

「端的に言えば、父は病に冒されていた。それこそ生まれてからずっとだ。本来ならば二十歳まで生きられないはずの肉体だったらしい。不治の病への焦りが、空振一刀流の完成を急ぐ〝剣鬼〟と呼ばれる忌むべき存在を生み出していた。……最期は僕の剣で逝ったのか、病で逝ったのかわからない。けれど――……」


 少し寂しそうに指先で頬を掻いて、オウジンは目を細めた。


「強かった。これまで剣を合わせた他の誰より、父は強かった。いくつも致命傷を負った。どうにか父の肉体を貫いたとき、あいつは満足げな表情をしていたよ。憎らしいくらいにな」

「そうか。……それは……何とも言えんな」

「うん……」


 この件に関しては、もはや他人の俺から言うことは何もない。オウジン自身が己の中で乗り越えられたのであれば、それでいいと思う。

 だが、もうひとつだけ気になることがある。こちらは聞いてよいものかどうなのか。

 どうしても気になった俺は、不慣れな愛想笑いなどを浮かべながら、遠慮がちを装って尋ねてみた。


「……あ~……、……ところでおまえ、なんでスカートなんて穿いているんだ……?」

「袴だよ!?」


 民族衣装だったようだ。つまらん。必死で弁解する顔面には笑わせてもらったけどな。

 どうやら立ち寄った騎士学校で俺が前日に旅立ったことをみんなから聞かされ、門をくぐることなくそのまま追ってきてくれたようだ。

 本来ならば要塞で着替える予定だったらしいのだが、東門が閉ざされていて立ち入ることすらできず、ほとんど崖に近い要塞都市の側面を馬で強引に抜けてきたのだとか。

 あいかわらず要領が悪くて笑えるな、おまえ。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

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― 新着の感想 ―
>いくつも致命傷を負った ひとつでも致命傷を負った時点で相手を倒せたとしても、オウジンが生きてエルたんと会うことは叶わないような…
オウジ〜ン〜!!! ズルい!カッコいい登場の仕方!! モニモニによるバフもかかってるのかもしれませんが、強くなったね〜♪ エルたんの中では、スカートはいた変態さん登場なのが、オウジンらしくて良いですね…
更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 少尉さんの描くイヌ科ほどではなくとも、アジフって頭いいからオウジンが自分の命の恩人って理解してそう(*^ω^*) しかし和装を知らなければ袴とスカートの見分けが付きにく…
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